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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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クリスマス特別篇 聖夜―TONIGHTー

本話は時系列を本編開始前としたクリスマス特別篇になります。本編の続きは次話からとなります。

「クリ……スマス?」


 伝えられたその祭日の名を、響の声音が朴訥となぞる。


 此処は、普段は飾り一つない、武骨な、この街の長の部屋。


 そこが今日に限って、不似合な樅ノ木のインテリアや、チカチカと賑やかな電飾で飾り立てられている。


「大昔からある風習の一つだ。元になった宗教は既に形骸化しているが、その風習はいまも生き続けている。もともと信仰などとは関係なく、一種の祭や“口実”として広く世界に愛されてきた風習だ。今年はそれをウチでも利用させてもらう」

「利用……?」

「何せ、こんな辺鄙な街だ。娯楽も限られているし、特に遊び盛りの子供達にとっちゃ何とも辛い環境だろう」


 ふむ、ではそれと、その祭日に何の関連があるのだろうか?

 部屋に集められ、話を聞く響達、保安組織の隊員達の無言の疑問に、ホグランは言葉を続ける。


「――子供はプレゼントをもらえるのさ。一年に一度、クリスマスの日にやってくるサンタクロースっていうおっさんにな。そのおっさんに今年はこの街に来てもらう」

「……成程」


 訝しげに話を聞いていた響達はそこで長の計画を飲み込む。


 長は今年のクリスマスにサンタを捏造しようというのだ。


 子供達のために。


「……千年以上前におっ死んだ聖人なんざ、何の腹の足しにもならんが、子供達の為に一肌脱いでもらう事にした。その生誕祭とやら、この自治区の“潤い”とさせてもらう」

「な、なんちゅう罰当たりなおっさんだ……」


 ジェイクのボヤきに同意しつつも、響は長の考えにも半ば同意していた。


 “全てはいま生きている人間達のためにあるべきだ”というのは響にも共通の考えだ。


 だが、同時に宗教・信仰にまったく興味はないが、この街の人間の、特に子供達の役に立つのなら、その“聖人”とやらに感謝を捧げても良いと思っていた。


 言葉の上では不遜な長の態度の裏にも、同じ気持ちがあるのではないか?


 それを察するくらいには、響も、他の隊員達も長という人を、ジーン・ホグランを理解していた。


「で、俺達にその“サンタ”をやれっていうのか――? 物を配るだけなら確かに容易い任務だが……」


 サンタ? 響の言葉に長は軽く鼻を鳴らす。


「ミリィにはその任を与えるが、お前等野郎共はサンタって柄じゃない。本式はおっさんだが、プレゼントをもらうなら綺麗な嬢ちゃんの方が嬉しいだろう。俺は嬉しい」


 ……そういうものなのか? 今度は隊員達が顔を見合わせる。


「そうだな、お前達は――」



「なっ……」


 “それ”を見たサファイアの表情は固まっていた。サンタクロースの衣装を着込んだ彼女は、家の外で自分を出迎えた“それ”に絶句し、呆然と立ち尽くしていた。


 何処か遠いところへ昇天してしまったかのような彼女に、“それ”は遠慮がちに声を掛ける。


「よ、よう……」

「う、うーん…」


 そして――彼女は倒れた。


◆◆◆


「……まず、驚きのあまり、階段から転げ落ちたあげく、雪に頭から突っ込んじゃったボクのフォローからして欲しいんだけど。もうっ、付け(ひげ)もとれちゃったじゃないかぁ」

「……こういうもんなんだろう? 違うのか?」


 小さな、可愛い口を尖らせたまま、ソリを引く自分に抗議するサファイアに、響=ムラサメは微かに首を傾けて尋ねる。


 その生真面目に過ぎる端正な顔が身に付けているのは、“真っ赤なお鼻”と、“立派な角”。


 ――“トナカイさん”の着ぐるみを着込んだ、その鍛えられた肉体は、ふにふにと雪の積もった街路を踏み締め、勢いよく“予定のルート”を進んでいる。


 自分のトナカイ役を(おお)せつかった響は、その任務を淡々と、何の疑いもなく遂行している。


 街の子供達、皆に迅速に、着実にプレゼントを配れるように、四人のサンタとトナカイがセッティングされた事は知っていたが、まさかそこに保安組織の隊長をキャスティングするとは、長の剛腕、ここに極まりといった感じではある。


「安心しろ、割り振られたルートは、パトロールのルートと寸分違わずだ。治安維持には何一つ問題はない」


 ……成程。その辺りに抜かりはないという訳か。 

 でも多分、そうまでして彼等を選抜した理由の一つは。


(……気を、遣ってくれたんだ)


 仕事に追われている上に、滅多に家には帰ろうとしない目の前の“同居人”との時間を、長はこうした形で作ってくれたのだ。随分と大雑把で、荒っぽい気遣いだが、あの長らしい、と納得もし、心から感謝できた。


 街の皆から”強化兵士”として畏れられる保安組織の皆と、街の皆の距離を縮める意図もあるのかもしれない。


 けど、気になる点がただ一つ――、


「響は嫌じゃないの? その恰好――」

「防寒機能に優れているし、非戦闘員であるカモフラージュにもなる。効率的だ。それに、この角も“実用的”だ」


 ハリケーンミキサー!


 脳裏に浮かんだその物騒な単語に、サファイアは頭を抱える。


 ――世界最凶のトナカイがいま、この辺境の自治区に確かに爆誕していた。



 世界最凶のトナカイとタッグを組んだ、サファイアのプレゼント配達は順調そのものだった。


 あっさり「サファイアお姉ちゃんありがとう!」と言われてしまったり、「サファイアお姉ちゃん…にありがとうって伝えてね」と子供なりの気遣いを受けてしまう点については思うところがないではなかったが、子供達が純粋に喜んでくれている事に心は満たされ、ポカポカとしていた。


(差し当たっての問題はあの子か……)


 トナカイの扮装が思いのほか気に入っているのか、ノリノリで街路を駆ける響のおかげもあって、大体の家を予定よりも早いペースで配り終える事ができた。


 しかし、あの子の家が、ホワイト家がまだ残っている。


 先日、「ねえアル、サンタさんって知ってる?」と聞いたところ、「知ってる。父さんと母さんでしょ。自分が欲しい玩具をオモチャ屋の広告からピンポイントで当てて運んでくれるおっさんなんて、姉ちゃん、いくつまで信じてた?」という返答をした男の子の家が。だが、


「うわっすごい!サンタさんありがとう!」

(へ…?)


 ――だが、思いがけず反応は意外にも素直だった。プレゼントを受け取り、包み紙をあけたアルはその中身にわぁっと歓声を上げ、キラキラとした瞳をサファイアへと真っ直ぐに向けていた。


 わざと騙されてくれているのか、本当にそう思ってくれているのかはわからないが……彼が喜んでくれている事は確かだった。


 アルはプレゼントであるオモチャの外箱をまじまじと見つめ、その口元を楽しそうに緩める。


「この黒のダイキャストが高級感あって最高なんだよね~。細かいモールドもキッチリ再現されてるし、造形もアニメのデザインよりむしろ格好良い! 十年は残る玩具じゃないかな、DXエクサリオン!」

(……よかったね、アル。玩具を煌都で用立ててくれたお父さんに感謝しなきゃね)


 今回の子供たちへのプレゼントは、全て外交官であるホワイト氏が子供たちからのリクエストを元に用意してくれたものだ。


 そのオモチャをすぐに箱から出し手にとる、“自分の弟のような”少年の子供らしい姿に、サファイアはホッと胸を撫で下ろす。


 だが、その喜び方が子供らしくない事には、思いが到らないのがこの姉である。


「ご苦労様、はい、温かいミルクをどうぞ」

「どうも」


 そんな姉弟の後ろで用意された椅子に腰を下ろしたトナカイが、ホワイト夫人から受け取ったミルクを口へと運んでいた。少し照れくさそうな様子が、どこか可愛らしくもあった。


 ――悪くない。悪くないな。普段とはちょっと違う温かな景色。なんて特別な、素敵な夜だ。


「ねぇサンタさん」

「…ん?」


 カップの中のミルクをフーフーするトナカイに気をとられていたサンタの目前に、いつの間にかオモチャを床に置いた少年がニコニコ顔で立っていた。

 

 覚えがある。この、間合いは。


「……お前のような乳のデカいサンタがいるか」


 むにゅ。


 胸に走った、いやらしい感覚に、サンタの喉から素っ頓狂な悲鳴がほとばしった。



「もうっ信じられないよ、あの子! 全部アレのための芝居だったんだ!」

「あ、ああ…」


 サンタの、サファイアのあまりに怒りぶりに若干、気圧されながらも、響はホワイト家でのアルの様子を思い返す。ソリのスピードはだいぶ緩やかになっていた。


 この配達もゴールが近い。


「照れ隠しじゃないのか、俺にはアルが本当に喜んでいたように見えた」

「……まぁ、そうだろうね。あの子はそういう子だから。本当に嬉しかったり、本当に悲しかったりする時ほど、イタズラするんだから……可愛いよね、本当」

「ホワイト夫人の怒りぶりをみる限り、その照れ隠しの代償は大きかったようだがな」


 アルがしでかした事に対するホワイト夫人の怒りはただ事ではなかった。


 アレが日常的に起きている事と知れば、さらに大変な事態が彼に降りかかるであろう。


「いい薬だよ、しょうがないんだから……ホントっ!」


 そう語るサファイアの瞳は、言葉とは裏腹に楽し気だった。

 弟とのじゃれ合いは彼女にとっても大切な時間なのだ。


 ”あまりきつく叱らないであげてください”とホワイト夫人に、彼女がお願いしたことを響は知っている。

 

「あの家で最後だ。俺は――ここで待っていたほうがいいな」

「あ……」


 そして、響が指し示した家は、アーゴ家。


 “強化兵士(カスタム・ヒューマン)”に対する嫌悪が一際、強い家だ。


「だ、大丈夫だよ、アーゴさん達は悪い人じゃない。クリスマスなんだもん、きっと――」

「子供の楽しい夜を台無しにしたくない。いいんだ――サファイア」 


 響がサファイアに送った微笑は爽やかな、健やかなものだった。

 子供達の事を真摯に、心から大事に思う、気持ちの籠った笑みだった。


「……わかった」


 その笑みを受け止め、サファイアは最後のプレゼント配達に向かう。


 特別な夜でも変わらない事があった。


 自分達の足元に、重く横たわる現実と、彼の優しさだ。



「……終わったね」

「ああ、興味深い任務だった」


 いまは誰も使っていない、古ぼけた建物の屋上。


 そこに全てのプレゼント配達を終えた、サンタとトナカイ――サファイアと響はいた。


 程良い、どこか心地よい疲労が両肩と足腰にあった。


 コンクリートそのもののゴツゴツとした床面に腰を下ろした二人は、降る雪を眺めながら、今日という特別な夜の余韻に浸っていた。


 今日のために特別に街中に飾り付けられた電飾が鮮やかで、夢の世界にいるような陶然とした気持ちを与えてくれる。


「どうだった? 初めてのクリスマス」

「……悪くない。こんな空気は初めてだ。ひどく寒いが……温かい」


 噛み締めるように響は呟き、普段とは装いの違う温かさの灯った各家の明かりを眺める。


「そうだね、凄く素敵な――綺麗な夜」


 響の言う通りだ。凍てつく程に寒いのに、街の空気が温かい。


 そして、隣に“恋人”と呼べる人がいる聖夜はサファイアにとっても初めての事だった。


 いつになく穏やかな表情をした響の横顔を眺めながら、サファイアはソリの中に入れていた保温ポッドを取り出す。


「ポ、ポットにね、紅茶を入れてきたんだ。でもカップを一つ忘れちゃったから、このカップで一緒に飲もうね?」


 嘘だ。


 本当はトナカイ役の人も一緒に飲めるように二つ用意していた。


 でももう少し身を寄せ合いたくて、彼女はそんな嘘を付いた。


「メリークリスマス、響」

「メリー……クリスマス」


 少し照れ臭そうに返した響の手が、紅茶が注がれたカップに添えられる。

 温もりが二人の手を通して繋がり、互いの体温がクリスマスの温かな空気を、より温める。



女王(クイーン)、元老院よりクリスマスパーティの案内が」

「……“全能なる神を殺す異能の機関”だろう、自重しろ」

「え~いいじゃん、楽しそうで。行こうよ、女王クイーン


 移動要塞ディアヴォロに帰還した”今はまだ出逢わぬ”三人のもとへも、聖夜の息吹は届く。

 

 いまこの瞬間だけは、世界は、ほんの少し幸福だった。


NEXT⇒第10話 魔女

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