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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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第09話 棄てられし者たち

#9


「おや……?」


 開きかけたまぶたを、閉めきられた窓から洩れ零れる陽光が刺激する。


「ほう――生きていたか、寝言一つ漏らさずに転がっているから、良く出来た人形かと思ったぞ」


 耳朶じだくすぐるのは、”言葉”という甘美な旋律。


 ――ブルーが目を覚ました時、信じ難い美貌が、優雅な笑みとともに彼を眺めていた。


 彼が目を覚ましたのは、切れかけた電球が明滅する、薄汚い家屋の中だった。


 ……戦闘の中で、死に掛けた事は記憶にある。


 だが、彼にとってはそれも、どうでも良い事だった。


 あらゆる感情を抑制された彼にとって、自らの“死”さえも、己の状態から推測できる一つの事象でしかなかった。


 現在、寝かされているベッドは固く、お世辞にも寝心地が良いとはいえないものである。


 だが、己の肉体を休息させ、回復させるには十分なものだったようだ。


 手当も随分とあらいが、一応はされている。戦闘で疲弊した体内の“似て非なる蒼(ダミー・ブルー)”が活性化し、肉体の治癒を始めるまでの時間稼ぎにはなってくれた模様である。


「無茶な男だ。お前――一人で“あれ”を落としたのか? あの砦は私が珍しく軍略を持って制圧すべく、準備をしていたのだがな」


 顔立ちだけでなく、声もひどく美しい女だった。感情のない眼差しがその輪郭を認識し、脳へと情報を送信する。


 ブルーに感動はない。だが、感情は(ともな)わなくとも、視神経そのものが歓喜するかのような、圧倒的な“美”が彼女にはあった。


 そして、その“美”は肩に羽織ったジャケットの他には、黒のタンクトップにアーミーパンツという無頼(ぶらい)(よそお)いであっても、色褪せることも、損なわれることもなく、むしろ、荒野あれのに咲く野生の薔薇のような(たくま)しさと気高さをブルーに印象付けた。


 花として愛でるには、尖り過ぎたその、”刺”も。


「受け取れ」

「……!」


 白く、しなやかな指がウイスキーの瓶をブルーへと投げ渡す。


 瓶を受け取めた指の隙間から、瓶に貼られた古ぼけたラベルが見えた。


 ラベルに描かれている文字から中身はかなりの年代物であることがうかがえる。


 このような辺境で手に入れるのは、かなりの代価を要求される代物だろう――。


「俺は……酒はやらない」

「勝利の美酒とする予定だった上物だ。お前が責任を持って飲み干せ。その青い顔を赤くするのもまた、一興かもしれん――」


 そう告げる美貌の口元に浮かぶのは、豪放ごうほうな、心底楽しげな笑みであった。


 部屋を出るその背を見送る、ブルーの蒼い瞳に僅かな“興味”が滲んでいた。


 ――彼自身、その理由を理解してはいない。単純なデータとして処理できぬ、複雑な“感情”の起伏が、ブルーの脳髄を徐々(じょじょ)占拠(せんきょ)しつつあった。


「やぁ、久しぶりだねぇ。直接、顔を合わせるのは君が“七罪機関(セブン)”を壊滅させた日以来かな――?」


 ようやく歩ける状態になり、家屋の外に出たブルーを出迎えたのは、“懐かしい”顔だった。……“苦手な顔”と言ってもいい。


 ――シャピロ・ギニアス。


 自分の都合や様子を考慮せず、一方的に“壁”を突き崩してくるこの男が、ブルーは苦手だった。そもそも、この男はその特性上、とっくに“別の顔”になっていると、ブルーは思っていたのだが。


「いやぁ、君と再会した時、君が僕だと気付かないと困るなぁ~と思ってね」


 シャピロはブルーの疑問に対し、本気とも冗談ともつかない調子でそう答えた。


 その事実がまた、ブルーを嘆息させる。


 ――だが、同時にこの男が自分との再会を心底、喜んでいる、楽しんでいるらしい事は、ブルーにも良く理解できた。


 彼はこちらの都合を考慮しないと同時に、己を(いつわ)ることも知らない男だ。


 その“己”がひどく掴みづらいのも事実だが。 


「感謝してよね、一応、君の手当をしたのは僕なんだからさ。それとも麗句=メイリンにして欲しかった?」


 麗句=メイリン。


 それがあの女の名か。


 “変わった人間には、変わった名が付いているものだ“


 そんな感想を抱いた事を覚えている。


 その名に込められた彼女の”想い”も知らずに。



(……どうした、いつまで寝ている、“黒を付き従える者(ブラック・ライダー)”――)


 倒壊寸前のビルの壁面を足場とした、凄絶に過ぎる空中戦の最中、瓦礫の森の中へと叩き落とした兄の――響=ムラサメの異貌が立ち上がるのを待つブルーの脳裏に蘇るのは、かつての邂逅。


 何故、こんな時に――?


 理性が、その事象に疑問をていする。そして、


(虫の知らせ、という奴か……)


 同時に、ブルーの臓腑の中で、一種の“不安”が(うごめ)いた。


 “女王(クイーン)”が、適正者とは言え、あのような小娘に遅れをとるなど考え難いが、相手は“創世石”。


 万が一の“奇蹟”が彼女の足元をすくうことは在り得るのかも知れない。


 ならば、この“私闘”。早々に決着を付け――


【KURUOOOOOOOOH(クゥルオオォォォォォ――ッ)!】

「ヌッ……!?」


 ブルーがその思考を、(わず)かにこの“私闘”から遠ざけたその瞬間、彼が足場としていた瓦礫の下、その死角から一体の機械が襲い掛かる。


 “鬼夜叉(オニヤシャ)”――機体を浸食する壊音の体組織、その本質を全開とした“虫獣形態(バグズ・モード)”へと“変態”したそれは、槍同然の節足と、強酸性の粘液を滴らせる口顎を持って、ブルーへと挑みかかっていた。


「小細工を(ろうするかっ! こんなもの……!」


 ブルーの、“蒼鬼(ブルー・オウガ)”の背から放たれる“蒼裂布(ブルー・リッパー)”が“虫獣形態(バグズ・モード)”の異形を絡め取り、締め上げ、切り裂きながら、遥か後方へと投げ捨てる。そして、


「……!」


 ブルーの視覚が、粉塵の中、立ち上がる一つの異貌を認識する。


 立ち上がる、兄の姿を。


「………」


 あらゆる筋肉が断裂し、骨が砕け、指先一つ動かすことはできなかった。

 

 全身の神経はただ、噎せ返るような痛みだけを訴える器官へと成り果てていた。


 だが、体内の“壊音”は瞬時にそれを再生させ、響を立ち上がらせる。


 脳内には今も、ブルーとの接触の度に、彼の過去が、記憶が流れ込んでいた。


 先程、ブルーの脳裏に蘇った“邂逅”もまた、その断片を、響の意識に刻み込んでいる。


「お前も、“誰か”の為に戦っている、らしいな――」


 本当に全て“受け止める”つもりなのか。


 この男は戦闘の中の“共鳴”で総てを“知る”つもりなのか。


 “虫獣形態”の突貫もその為の(うつわ)、肉体の再生時間を稼ぐ為か。


「……貴様に、あの方を理解することなどできん。我等の、想いなど」


 響のその想いを”感知”しながらも、ブルーは己の、“自分達”の過去へと思考を(めぐ)らせる。


 そうだ、あの日、世界にてられた我等は誓った。


 彼女の理想が世に根差すための礎になると。


 彼女の、”女王の誇りクイーンズ・プライド”であり続けると。


 死が、我等を別つまで。


NEXT⇒???

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