第07話 極限Ⅰ
#7
――黒と白。鋼と鋼。“赤”と“赤”。
血臭と硝煙が充満する戦場を、“超常”で幾重にも塗り潰しながら、“創世の新星”と“断罪の麗鳳”は激突を幾度も、幾度も繰り返す。
アルファノヴァの展開した両腕部装甲から迸る“聖翼の光剣”と、麗句=メイリンの振るう異形の刀剣、“赤塵の悲劇”が、朱い閃光とともに鍔迫り合い、空間に歪みを生じさせる。
両者の機甲から洩れ零れる、あらゆる概念を超越し、歪曲させる”畏敬の赤“の粒子は、もはや現実に存在を許容される濃度を越え、激突の度に、現実に亀裂を、”空白“を生じさせている。
風景の一部が撓み、穿たれ、底なしの穴のような“虚無”を湛えている――。
斬撃がぶつかり合う度に、空間そのものが切り裂かれ、破かれた写真のように出鱈目な景色を衆目に晒しているのだ。
だが、“現実”を維持しようとする物理法則・因果律といった“世界の働き”がそれを修繕し、そこに在る景色を通常通りのそれへと戻してゆく。
もはやこれは世界への暴力だ。
“奇蹟”と呼ぶにはあまりに破壊的で、常軌を逸している。
「はあああっ!」
「ヌッ――!?」
己を鼓舞するような、サファイアの叫びが空間を震わせ、振り抜かれたアルファノヴァの“聖翼の光剣”が、麗句の、“赤塵の悲劇”を折り砕き、飛び散る破片が、麗句の黒い鎧装へと突き刺さる! 好機と見たアルファノヴァの、サファイア・モルゲンの足が大地を蹴り、麗句=メイリンの胸倉へとその拳を躍動させる!
「だがっ!」
「……!」
その刹那、得物を喪失し、“自由になった”麗句の、“断罪の麗鳳”の掌が、不用意に間合いを詰めたアルファノヴァの機械的な仮面を掴み取り、万力の如き、凄絶に過ぎる握力がサファイアの頭蓋を締め付ける――!
「可愛い顔を焼かれてみるか。――“救世主”っ!」
「ああああああああああっ!」
“断罪の麗鳳”の腕部鎧装が、剃刀が逆立つように展開し、秘儀の、、“我異端にして神を穿つ朱”の発動を予感させた瞬間、アルファノヴァの背部から射出された剣の柄状のパーツ、“賢者の石片”が両腕部の装甲に接続され、“畏敬の赤”のエネルギーが爆発的に増加。腕に纏ったその畏敬の光を叩き付けるように、頭部を掴まれたままのアルファノヴァの両腕が躍動する!
【SHINING BRAST――発動承認】
「しゅうとおおおおおおおおっ!」
感情そのものといえる絶叫! 漆黒の鎧装へと拳が炸裂すると同時に、“畏敬の赤”のエネルギーが爆裂する! 同時に、衝撃に砕け散った黒の鎧装、白銀の鎧装の破片が空間を舞い踊り、世界そのものを疾走り抜けるような朱い衝撃波の中に吸い込まれる――。
「はぁ、はぁ……」
滝のような汗と、自らの血肉を溶かすような“熱”がいま、少女の全身を覆っていた。
あらゆる概念を、現実を掻き消すかのような衝撃波が去り、吹き荒れる砂塵の中に二つの鎧装、その輪郭が浮かび上がる。
――両者とも、“五体満足”な状態ではない。
肩を上下させるサファイアの、アルファノヴァの機甲は、“我異端にして神を穿つ朱”と麗句との戦闘によって既に満身創痍の状態であり、発動した機能、『SHINING BRAST』によって爆裂した両腕部の鎧装からは、着装者である彼女の血が滴っている――。
対峙する麗句の鎧装もまた、『SHINING BRAST』を受けた損傷によって、ところどころ罅割れている。優雅で雄壮であった背部の翼、その片翼は部分的に折れ、羽毛の如く、その破片を夜の闇へと散らしていた。だが、その内部にある麗句=メイリンの肉体には、それ程、損傷を感じることはできない――。
「フン……“似たような技”を持っているとは思わなかったぞ、“救世主”。強い“心”だ。その折れぬ心が、生死の狭間、その土壇場で新たな機能を目覚めさせたか。つくづく美しいぞ、お前のその、“足掻き”は」
発動しかけていた、“我異端にして神を穿つ朱”のエネルギーを瞬時に防御へと転換する事によって、麗句=メイリンは『SHINING BRAST』の発動を受けてもなお、“絶望的な程に“無事で、その“余裕”を崩すこともなく、サファイアの前に悠然と立ち塞がっている。
右肩に受けた“聖翼の光剣”の傷も、“畏敬の赤”の異能で瞬く間に塞がれ、戦闘の支障、彼女の負担とは成り得ていない。
――やはり踏んだ場数、経験、技量、総てにおいて麗句=メイリンは自分を上回り、その存在そのものが自分よりも遥かな高みに在る。
その現実が、サファイアの両肩に重く圧し掛かる。
「では、私も一つ――“切り札”を切らせてもらうか。お前を凌駕し、撃ち貫く為の“切り札”を」
「……!」
その上で、麗句=メイリンには些末な油断すらない。
慎重に、サファイアの、“創世石”の実力を測り、確実な手を繰り出してくる。
「再機醒――“朽ち果て呪われし聖槍”!」
麗句の詠唱とともに黒の鎧装から射出された金属片。その周囲に“畏敬の赤“の光が集中し、次第に一つの形状へと収束・物質化を果たす。そして、その新たに顕れた赤々とした、禍々しい形状をした長槍は、主の、”女王“、麗句=メイリンの手へと握られる。
まるで、その金属片自体が“鎧醒”を果たしたかのように。
(こ、これは……)
「ふっ……察したか。こいつは我々の知識を元にした“奇蹟の再現”ではない――本物の“聖遺物”を元とした代物だ。かつて“救世主”と謳われた聖人を刺したとされる聖槍――その穂の欠片を我が“麗鳳石”で鎧醒させた。お前を屠るのにこれ程、相応しい得物はあるまい? なぁ――“救世主”!」
“朽ち果て呪われし聖槍”が放つ尋常ならざる気配に、サファイアが身を強張らせた刹那、麗句の腕と指先が操る長槍が唸りを上げ、彼女の白銀の機甲へと襲い掛かる。
両腕部の鎧装は完全に爆裂し、その機能を完全に喪失している。
“賢者の石片”と接続し発動させる『SHINING BRAST』は、緊急時に両腕部の機能と引き換えに作動する一種の“切り札”だったのだろう。
それによって生命を拾った現状とはいえ、“聖翼の光剣”の喪失は、長い射程を持つ麗句の新たな得物に対し、圧倒的に不利な状況を呼んでいる。
――否、それだけではない。この長槍は、度重なる概念干渉によって距離や時間の流れが曖昧になったこの空間にあっても、“その影響を受けずに“武具としての本分を十二分に発揮している。
かつて、”奇蹟の死“に立ち会ったその金属片は、噎せ返るような奇蹟の中にあっても、奇蹟を殺し、己を維持する。それが麗句の技量と重なった時、畏るべき”凶器“が誕生する。
“朽ち果て呪われし聖槍”。
……成程、確かに“切り札”だ。
“創世石”の力に頼るしか術がなく、戦闘経験をほとんど持たないサファイアを、純粋に戦闘の技量の競い合いへと引き摺り込む、この長槍は、どんな“概念干渉”よりも効果的な妙手であろう。
このままでは――、
(ばれ……)
だが、
「がんばれ、姉ちゃん!」
「――!」
鼓膜を震わせた声に、サファイアの脚は踏みとどまり、己を捉えかけた長槍を、畏敬の光を纏った手刀が叩き落とす!
――ここにはもう現世の声はほとんど届かない。もう、自分達の姿も、彼等には見えていないかもしれない。
それでも確かに届いた。届けてくれた声。
それが委縮しかけたサファイアの心を奮い立たせる。
「――“賢者の石片”ッ!」
「ヌ……!?」
主の呼び声に応え、背部より飛来した“賢者の石片”が連結し、サファイアの手に握られる。
同時に連結した“賢者の石片”の両先端から畏敬の光が迸り、それは朱き長剣として己を現世に維持する。
その連結剣の名は――、
「……“賢者の杖”」
振るわれる連結剣が、麗句の長槍と交差し、鍔迫り合う。世界を塗り替える過剰なまでの“奇蹟”と、“奇蹟殺し”の槍の激突が、再び世界を撓ませ、歪ませ、虚ろな穴を穿つ。
互いの意志が、互いの鎧装から洩れ零れる“畏敬の赤”の光とともにぶつかり合い、絡み合う――。そして、
(え……?)
その刹那、何か、イメージのようなものが、サファイアの脳裏を疾走った。
業火に包まれ、燃え盛る街。その中で泣き叫ぶ黒髪の少女。その腕には、武骨な、まだ幼い少女の身の丈を考えれば、大きすぎる銃器が抱えられている。これは――、
「フッ……“交わり始めた”か。早く決着を付けねば、また“迷う”事になるぞ、“救世主”――!」
(なっ……)
戸惑うサファイアの脳裏に、更なるイメージが流れ込む。
これは果たして、何を意味するものか――。
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