第03話 共鳴
#3
「クッ……!?」
朱い光が、目を潰すような朱い閃光が、総てを飲み込んでゆく。
この“栄華此処に眠る”の象徴である、かつて高層ビルであった虚ろな残骸を、かつての栄華の墓標を閃光が飲み込み、瞬時に塵芥へと変えてゆく。
対峙するブルー=ネイル――己と“同種”である人柱実験体“蒼鬼”を街から引き離し、戦場を此処、“栄華此処に眠る”に移せたのは良いが、ブルーが新たに解放した“異能”は、戦況を 一変させ、響を瞬く間に窮地へと追い込む。
「第一射は躱したか……。元より“飛び道具”で決着を付けようとは思わんがな――」
蒼の異形から朱い光の残滓を漂わせながら、ブルーは呟く。
ブルーの全身から円状に放射された朱の光。
それが周囲にある全てを飲み込み、風とともに消えゆくような灰燼へと変えてしまったのだ。
間一髪のところで、全身を朱い光に飲み込まれるようなヘマはしなかったが、わずかに掠っただけの“骸鬼”の腕部鎧装は溶解し、神経に直に沁み込むような痛覚が響の精神を震撼させる。
幸い、“同種”との接触・戦闘によって活性化している“壊音”の活動によって、溶解した鎧装・体組織はすぐに“復元”され、響の――“骸鬼”の肉体を万全の状態へと戻す。
「……互いに難儀な体だな。そう簡単に終焉は迎えられない」
ブルーの、蒼鬼の鎧装の胸部・関節部が裂けるように展開し、そこから朱い光を放出している。いやまさにブルーは自らの体組織・鎧装を切り裂き、その内部・自らの体内から朱々(あかあか)とした“チカラ”を放出しているのだ。
蒼鬼の背部から伸び、宙を漂う“蒼裂布”が、蒼鬼の皮膚・鎧装を切り裂き、その内部に在る金属板のような物質を剝き出しにしている。
眩い光を放つそれは響の精神をも微かに刺激する。
触れ、目視する事で己の“負の感情”を引き絞られるようなこの感覚――これは現在、強固な“縛鎖”と化し、“壊音”を鎧装へと収束させている“村雨”と同種のもの。
“精神感応物質”か……!?
「どうした……? “蒼朱爆裂”が恐ろしくて間合いが詰められんのか? “畏敬の赤”に対抗できるよう通常の数百倍の濃度で精製された“精神感応物質”だ。貴様の駄刀とは訳が違う」
「………」
ブルーの“異能”。それも響を戦慄させるには充分に過ぎる要素ではある。
だが、それ以上にブルーの身体に施されている過剰なまでの処置が、響の内腑に吐き気にも似た感覚を蠢かせている。
感情の除去・強制的な抑制。
体内への“精神感応物質”の移植。
……反吐が出る。
人体を、人間を“素材”や“部品”としてしか見ていない。そして、
「ふむ……膠着状態というのも退屈なものだ。まぁ、貴様とて一度見た“手”に容易く屠られるような間抜けでもないだろう」
「……!」
“七罪機関”という人柱実験体を生み出した組織への言葉にならぬ怒りに、思考をわずかに乱した響へと、戦意に研ぎ澄まされたブルーの視線が突き刺さる。
ブルーの口数が明らかに多くなってきている。
体内の“精神感応物質”を露出させたことで、ブルーの強制的に抑制された感情も“解放”され始めているのだろうか。
「いいだろう。この“精神感応物質”……“朱板”の応用と真価、いま見せてやる――」
「ナッ――!?」
畏るべきスピードであった。
引き裂かれた体組織・鎧装の内部から噴き出した朱い光が、ブルーの全身を覆い、ブルーの異形が響の知覚できぬ速度で接近。強烈な手刀が響の、骸鬼の肉を、鎧装を切り裂き、続け様、放たれた蹴撃が、響の身体を遥か後方まで跳ね飛ばす。
(くっ……!)
瓦礫にバウンドしながら跳ね飛ばされる響を、ブルーの、蒼鬼の双眼から放たれる朱いビームが狙い撃ち、響は衝撃に踊る体を捻り、意図的に回転させることで、その着弾を急所から逸らす。
「避けるだけでは……“決着”はつかんぞ!」
「――!」
そして、街路に骸鬼の爪を突き立てることで、響が体勢を整え、身を起こそうとしたその瞬間、距離を詰めたブルーの両腕、その爪が響の胸を貫かんと唸りを上げる。
間一髪! 響の、骸鬼の腕がブルーの両腕を掴み、阻む。
だが、腕力はブルーの方が上回っている。
ブルーが“朱板”と呼んだ“精神感応物質”のエネルギーが蒼鬼の鎧装――“似て非なる蒼”に充填され、先程までと比べて、倍以上の出力がブルーを駆動させている。
その力が、響の腕を軋ませ、爪の先端が響の、骸鬼の胸へと突き刺さる――。
しかし、
「ヌ……!?」
その瞬間、ブルーの腕を捕える響の掌の、“骸鬼”の握力が急激に増幅し、骨が容赦なく砕ける音とともに、ブルーの両腕を破壊する……! 続いて“骸鬼”の口顎が開き、凄まじい咆哮が、響の咽喉から、腹腔から轟き爆ぜる……!
「オオオォォォォ――ッ!」
「クッ――!?」
両肩と胸の三頭犬の口からも同時に放たれるその咆哮は、聞く者の鼓膜を破り、肉を軋ませる、強烈な“音響兵器”でもあった。
また、咆哮に含まれる超音波によって強制的に“超振動”させられたブルーの、“蒼鬼”の鎧装に亀裂が走り、ブルーは“骸鬼”の異形を蹴り飛ばすことでこの凶悪に過ぎる“騒音”から逃れる。
背から伸びる“蒼裂布”が主を護るように、我が身を交差させ、その先端に“朱板”から流入するエネルギーを集中、朱い刀身として顕現させる。
「……成程、“神を喰らう獣”――その“特性”、か」
ブルーの両腕の砕けた骨が、“似て非なる蒼”の活動によって体内で結合・再構築される。
“蒼鬼”の凶相の仮面から覗く、朱い光を湛えた眼が、油断なく響を――“骸鬼”の異形を見据える。
「ハァ、ハァ……」
ブルーの視線の先で、“骸鬼”の鎧装の一部が触手のように伸び、足元に、地面に散乱する“醒石”の破片を貪るように喰らっていた。
それは、“アルファノヴァ”――サファイア・モルゲンが交戦し、撃破した醒獣達の残骸。彼女が残した足跡と呼ぶべき“救援”、“僥倖”であった。
脳を蕩けさせるような、芳醇な“美味”とともに、喰われた醒石は“骸鬼”の全身で消化され、純粋なエネルギーとして黒の鎧装に充填される。
「クッ……」
不愉快なまでの“快感”が、手足を痺れさせる程の“充足”が、響の脳を揺らす。
それと同時に意識に“雑音”が混ざり出す。
“壊音”の声か――? いや違う。これは……、
(――さん、兄、さん)
「な、何……?」
これは、遠い記憶。それも、自分の記憶ではない。
ナイフを握り、模擬戦を行う、遠い過去の自分。
その様が映像として、いま脳内に“再現”されている。
それは、いったい誰の視点か。
過去の自分を見つめる者――ガラスに反射したその姿。
(なっ……)
蒼い髪、蒼い瞳、蒼い唇。
まだ、“そう”なってはいないが、そこにあるのは紛れもなく自分の顔。
いま、対峙するブルー=ネイルの過去の姿。
生き写しであるが故に認めるしかなかった。そして、
「お前……」
無視できぬ“感情”が響の脳に、精神に刻み込まれ、響の瞳が動揺と驚愕に見開かれる。
再び大地を蹴り、自分へと襲い掛からんとするブルーの姿を見据える響の感情は、明らかに先程までとは変わっていた。
彼が“製煉施術”を受ける前、どのような感情を抱いていたのか、どのような想いで兄を、自分を見つめていたのか――“知ってしまった”。
ブルーが“朱板”と呼んだ全身に埋め込まれた“精神感応物質”、そして、己が喰らった人間の精神に感応するという“醒石”。
それらが交わり、ぶつかり合う事で予期せぬ“共鳴”が起きたのか。
いま、響の胸には、ブルーの過去の感情――“蒼い爪痕”がくっきりと刻み込まれていた。
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