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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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第02話 麗しき句は冥府に鳴る鈴の音の如く

#2


「……!」

 

 薔薇(ばら)(とげ)から血中に流れ込んだ“毒素”のように、脳を、全神経を痺れさせる“恍惚(こうこつ)”を振り切り、サファイア・モルゲンは、唇を重ねる麗句=メイリンの身体を突き飛ばしていた。


「はぁっ、はぁっ……」


 自分でも驚く程に呼吸が荒い。


 震える手が、唐突に“奪われた”唇を(ぬぐ)う。


 麗句のしなやかな指先に触れられた、(あか)く染まった(ほほ)が、全身が焼けるように熱かった。


「フフッ……初心(うぶ)なのだな、その様もまた愛らしい」

「お、女の人とキスするような趣味はないよ……!」


 動悸がまだ正常に戻らない。

 

 言葉で否定しても、目の前にある美貌が、甘い香りが、体の熱を冷ましてくれない。


 そして――、


(これは……)


 その事に戸惑いながら、サファイアは自分の身体の、もう一つの異常に戸惑っていた。


 気を抜けば、膝を折ってしまいそうだった程の“疲労”が嘘のように消えている。


 その彼女の(まど)いを察したのか、麗句は微笑とともに“解”を(つむ)ぐ。


「お前の人間(ヒト)としての概念は消耗しきっていた。それを“麗鳳石(れいほうせき)”で回復させた。(きず)()え、体力も戻っているはずだ。力を直接、吹き込む必要があったからな。なかなか刺激的な、“儀式”だったろう――?」

「しゅ、趣味が悪いよ」


 カッ!


 その瞬間、遠くで閃く光を、サファイアの瞳が捉えた。


 それは麗句も同様だったのか、二人の目線は自然、その方向へと向けられる。


(あれは……)


 遠方から継続的に爆発音が轟き、黒煙が上がっているのが目視できる。


 位置としては“栄華此処に眠る(グレイブ・グローリー)”の辺りである。


 あの場所でまた、戦闘が開始されているという事か――。


「ブルーが“制限(リミッター)”を解除したようだな。己の異能(チカラ)に目覚めたばかりだというのに、お前の騎士(ナイト)も存外やるようだ――」

「……」


 麗句の艶やかな声音が耳朶(じだ)を撫でるとともに、得も知れぬ“不安”がサファイアの胸を掻き(むし)る。やはり、彼に、響に、何かが起こっている。


 青の瞳は“栄華此処に眠る(グレイブ・グローリー)”から立ち上る黒煙に釘付けとなり、その様に、麗句は薄く微笑む。


 その眼差しには、妹を見守る姉のような、穏やかさと、温かみがあった。


「麗句ぅぅぅぅ、メぃぃリぃぃン……」

「……!」


 そして、岩の陰から、故障したスピーカーから漏れ聞こえるような、潰れた声が、(ひず)んだ声音が響き渡る。何処か、聞き覚えのある声が。


「うわわっ!?」

「な……!」


 岩陰から姿を現したそれに、サファイアが息を飲み、アルが驚愕の声とともに、尻餅をついてしまったのも無理はない。


 そこにあったのは、言ってみれば、“生首”である。


 それもその半分を機械化し、今、首の先から伸びる触手じみたコードを蛸の足のようにして前進する異形の“生首”である。


「お、お前は……!」

(わめ)かないでくれますか、少年(ボウイ)。耳に(さわ)ります」


 指差すアルへの、丁寧であるようでいて品のない物言い。


 ……間違いない。これは、奴の“生首”だ。


 先程までサファイアと戦闘を繰り広げ、麗句=メイリンによって終止符(ピリオド)を打たれたはずの男、ドクトル・サウザンドの。


「私自身の“想定した通り”とはいえ、口惜しいものだな……何かの間違いで()ってしまってもよかったのだぞ、軍医(ドクトル)

「 “賢我石”の力と、生命維持に関わる器官の機械化が完了していなければ、普通に死んでいますよ……。まぁ、その内、右側も完全に機械化する予定でしたから、痛手はそれ程ありませんが――」


 麗句の言葉に、生首は、ドクトル・サウザンドは、盛大な溜息とともに返答。触手状態のコードを駆使し、軟体動物のようにズルズルと麗句へと詰め寄る。


「貴女も同様に解体……機械化してさしあげましょうか?」

「悪いが、人形遊びに興味はない」


 ……!


 麗句が指をパチンと弾くと同時に、“赤”の光が麗句の周囲から(サークル)状に噴き出し、サウザンドを麗句の間合いの外へと弾き飛ばす。


 光は麗句とサファイアの周囲を囲うようにして、“檻”のようにその場に持続する。


 アルも、ガブリエルも、サウザンドも、もはや二人の(そば)に近寄れない。


「姉ちゃん!」

「……組織への義理立てもある。お前の醜悪な策も、(たくら)みも(すべ)(ため)させてやった。だが、これ以上はない。これより先の私の行動に、譲歩はない。一切の、一()けらの、一(つま)みの妥協すらない」


 そう告げる、麗句の黒い瞳を見据えたサファイアの背筋に悪寒が走る。


 麗句があの“単眼巨鎧(キュクロプス)”を(ほふ)った事が、ようやく腑に落ちたような気がした。


 彼女は自分の一挙手一投足を誰にも阻まれぬよう、元来、“味方”であるはずのドクトル・サウザンドへとその牙を向けたのだ。


 彼女は――組織の一員としてではなく、彼女個人として、いま自分の前に立っている。


 彼女は、彼女自身の意志でいま自分を、自分が手にする“創世石”を見据えている。


「お前は確かに美しい。だが、“物質としての神”などというものは元来、人の手の内にあるべきものではない。まして、お前のように己の血を搾り、他者の喉を潤すような、聖者の如き気性の娘が持つべきものではない」


 麗句の声は凛としながらも、微かに震えたように思えた。わずかであるが、彼女の美貌、その奥底に秘められた感情が垣間見えた気がした。その欠片が、サファイアの聴覚を、心を捉えて離さない。


「お前と私は良く似ている。このまま歩めば、私と似た道を歩むだろう。だが、それは、お前だけでなく、周囲の人間をも不幸へと導く――“絶望”の道だ。優しさが総てを救える程、この世界は単純(シンプル)でも、酷薄(こくはく)でもない。その優しさがチカラを手にした時、耐え難い悲劇を産むこともある」


 麗句の目がわずかに伏せられ、どこか悲しげな色彩を宿す。


「渡せ、いまならばまだ引き返せる。一時、奇蹟を手にした町娘として、穏やかに、怠惰に余生を過ごすことができる。子を成し、生命を後の世に繋ぐことができる。それは、当たり前でありながら、得難い幸福、奇蹟だ」


 自らへと手を差し伸べながら、告げる麗句の声と言葉は、突き付けられた剣のようにサファイアの胸へと迫り、サファイアの顔を真っ直ぐに見つめる麗句の瞳はどこまでも真摯(しんし)で、強かった。


 情に、満ちていた。


 ――けれど、


「ダメ、だよ」


 ここで彼女に“従う”わけにはいかない。


 彼女の言葉には、何故か、無視できないような響きが、心に直接、圧し掛かる“重み”がある。


 でも、これは、この石は――、


「この力は、託されたものは、ボク一人のものじゃない。たくさんの人の想いが、ココに導いて、ボクが受け取った、みんなの“願い”でもあるんだ。……例え、貴女がどんな人でも、ガブ君やアルを悲しませた人達に、その願いは、“創世石”は渡せない。ボクが、護るよ」

「……美辞麗句だな。だが、それは冥府に鳴り響く鈴の音に等しい。――やれやれだ。残念だが、人は実際に誤らねば現実を直視できぬものかもしれんな。お前も、私も」


 麗句は溜息とともに告げると、“鎧醒器(アームド・デバイス)”であるバックル、“ヘヴンズ・ゲイト”を握り締めたサファイアへと、その足を一歩、踏み出す。


「まぁいい。そもそも決闘が私の流儀だ。それをお前が望むというなら是非もない。お前の意志。私の意志で折り砕き、地に()わせる。神なき世界に――神という“幻想”を降ろさぬために」

「……!」


 気が付けば、麗句の手に、その中心に赤々と輝く“麗鳳石(れいほうせき)”を埋め込まれた、黒い短剣(ダガー)(ごと)き“鎧醒器(アームド・デバイス)”が握られている。柄を握り、鞘へと手を添えた麗句は、それを天へと掲げるように構える。


「ダ、ダメだ……!」

「ガ、ガブ……?」


 その様に、麗句=メイリンが出現した後、言語を喪失したかのように押し黙っていたガブリエルが、蒼白となった表情とともに口を開く。


「サファイアさんは……サファイアさんは殺される……!」

「『鎧醒(アームド)』――!」


 麗句の唇がその言霊を紡ぐと同時に、鞘から短剣(ダガー)は引き抜かれ、目も(くら)むような高濃度の“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の光が周囲に(ほとばし)る。


 短剣のそれの如く、空間に突き立てられた“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の刃は“現世”を切り裂き、その裏側――この世を構築する“概念”を(つかさど)る“異世界”から漆黒の鎧装(がいそう)を召喚する。


 大仰な二翼を持つ異形の鎧装は瞬時に分割され、麗句の(かいな)に、(あし)に、(またた)く間に装着されてゆく――。


【 “QUEEN(クイーン) HAWK(ホーク)”――起動完了(アームド・オン)


 鷹の(かお)を摸したと思しき、機械的(メカニカル)仮面(マスク)が麗句の美貌を覆い隠し、刺々しい、だが、匠の手による彫像のように整えられた、天使と呼ぶにはあまりに禍々しく、悪魔と呼ぶにはあまりに美しい鎧装が麗句の全身を、その存在をこの世ならざるものへと変える。


「……さぁ、挑んで来い。“皆の願い”という美辞麗句を貫く覚悟、私に見せてみろ――“救世主(メシア)”」


 麗句=メイリン。


 彼女の意志を宿した(タカ)の仮面、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の光を満たした眼がサファイアを見据(みす)え、対峙する者の意識を遠のかせるほどの“殺気”が、黒の鎧装から噴き出す。


 全身を濡らす汗を、粟立つ肌を認識しながらも、サファイアは己が手の握るバックル、“ヘヴンズ・ゲイト”を腰へと導く。


「……貴女の事はよく知らない。けれど、この石を奪おうというのなら、”皆の願い“を踏み(にじ)るっていうのなら……」


 青い瞳が、恐怖と戸惑いを振り切り、真っ直ぐに漆黒の鎧装(がいそう)を見据える。


「ボクは――戦う!」


 『鎧醒(アームド)』――!


 言霊の発声と同時に、空間を叩き割るようにして出現した白銀の機甲が、サファイアの肢体(からだ)へと装着され、いま再び“アルファ・ノヴァ”は、機甲の救世主(メシア)は現世へと顕現(けんげん)する。

 

 麗句の接吻によって、体力と概念を補強・回復した肉体は驚く程に軽い。

 

 だが――、


 邂逅は終わり、いま死闘が始まる。


 彼女達の生涯そのものとでも呼ぶべき、永き死闘が。


NEXT⇒第03話 共鳴

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