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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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第01話 邂逅

#1


「な……あ……」


 硝煙と血臭を帯びた夜風が鼻孔を(くすぐ)る。


 その夜風に妖艶(ようえん)になびく彼女の黒髪は、芳香(ほうこう)すら漂わせ、月光が作り出す陰影は、彼女を、誰の目も釘付けとするような“美の彫像”へと変えていた。


「あ、貴女(あなた)は……」


 麗句(れいく)=メイリン。


 そう名乗った、目の前に現れたその美貌に、サファイアも、アルも、ガブリエルも、言葉を喪失し、ただ、“見惚れて”いた。


 背に“逆十字(さかさじゅうじ)”の紋章を刻んだ黒衣から、彼女がサウザンド等と同じく、“組織”に属する存在だということは理解できる。


 だが、


(何……? 何なの、この人……?)


 これまで対峙してきた者達とは根本的な違いが、決定的な異質さが、彼女にはあるように思えた。


 特に先程まで対峙していたサウザンド達とは明らかに違う空気を、雰囲気を彼女は纏っているように思える。


 それは――、


「アル、ガブ君、下がって……ボクの、うしろに」


 濃厚に過ぎる美と芳香に、恍惚とする脳を認識しながらも、サファイアはアルとガブリエルを自分の背後へと下がらせようとする。


 この女性(ひと)は、危険だ。


 直感に近い感覚が、知らせる。


 彼女はただ、“美しいだけ”の花ではない――。


「良い瞳だ。蒼く気高く、安らぐような光を秘めている――“Sapphire(サファイア)”か。名付けた者はお前を充分に理解し、想っていたのだろうな……」


「ボクの、名前を……?」


 麗句の整い過ぎた唇から(つむ)がれる自分の名に、美貌に劣らぬ(つや)やかな声音に気圧されながらも、サファイアは麗句へと言葉を返す。


「お前の戦いは“麗鳳石(れいほうせき)”を通じてさせてもらった。軍医(ドクトル)の下劣な策に反吐(ヘド)を吐きながらも抗い、凌ぎ切った、護りきった、お前の美しい戦い様はな」

「あ……」

(私は――お前だよ)


 そこでサファイアは気付く。


 そうだ。彼女の声はあの時、脳裏に響いた声。あの玲瓏な、脳が痺れるような、美しい声。


「あの時の……!」

仮初(かりそめ)とはいえ、“創世石”に見初(みそ)められるだけの意志と心。確かに見させてもらった。さらには、護者の石との『双醒(ダブル・アームド)』か――アレには私もいささか驚いたぞ」

「………」


 麗句の賞賛とは裏腹に、その言葉は対峙するサファイアの耳を上滑りしていく。


 あの時の言葉と、いま目の前にある彼女がどうしても重ならなかった。


 自分との共通点が見当たらない。


 外見も、精神性も似ても似つかないように思える。


 しいていうならば、それは――、


「何なんだよ……」

「ん……」


 そして、


「何なんだよ……! いきなり出てきて何なんだよ、お前……!」

「ア、アル……!?」


 しばし思考に没頭していたサファイアの意識を、現状に呼び戻したのは、弟の憤りに満ちた声だった。


 制止するサファイアの手を押しのけ、麗句の前に身を乗り出したアルは、少し(うる)んだつぶらな、勝気な瞳を“女王(クイーン)”、麗句(れいく)=メイリンへと向ける。


(えっら)そうに姉ちゃんのこと、ベラベラ喋りやがって! お前に姉ちゃんの何がわかるっていうんだよ! 姉ちゃんは確かに、俺が頭に来るくらい無茶して……一生懸命戦った! けど、ガブに悲しい想いをさせて、街を焼いた奴等の仲間に、そんな事……喋って欲しくないね!」

「アル……」


 いま、目の前に()るのは、あのサウザンドが切り札として繰り出した“単眼巨鎧(キュクロプス)”を一撃で消滅させた存在。恐らくは、姉やサウザンドと同じく“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の奇蹟を手にする者。


 でも、そんな事は関係なかった。


 真っ直ぐな瞳は麗句を正面から見据え、足は微かに震えながらも、大地をしっかりと踏みしめている。


 ガブリエルを労わるように。


 サウザンドとの戦闘で疲労しきっている姉を護るように、少年は麗句へと言葉を叩き付け、“全能なる神を殺す異能の機関“の大幹部と堂々と対峙していた。


 その()り様に、彼女の、麗句=メイリンの目が微かに細められる。


「……強い子だな。今の私が見つめるには、その瞳はあまりに(まぶ)しい」

「……?」


 薄い微笑とともに(つむ)がれるその声音には、どこか寂しげな(ひび)きがあった。


 アルを一瞬、見つめた後、目を伏せた麗句は再び言葉を紡ぎ出す。


「――確かにその通りだな。だが、安心もして欲しい。これ以上、人命に危害が及ばぬよう、街には私直轄の部下が百名程待機している。内二名は私自身の誇りと呼べる、最も強く、美しい者達だ。――保安組織の男、お前の“恋人”と浅からぬ間柄とは、私も知らなかったが」

「恋人……(キョウ)、と――?」


 不意に、不吉な予感が、サファイアの肌を粟立たせる。


 “創世石”の力だろうか、幾つかの映像(ビジョン)が脳裏に浮かび上がる。


 いま、確信する。やはり、まだ――彼も“戦い”の中にある。


「安心しろ。男、だよ」

「……! そ、そゆう意味で不安になったんじゃない……!」


 予期せぬ己の言葉に、頬を赤くする仮初(かりそめ)の“救世主(メシア)”へと微笑み、麗句は遥か後方へとその瞳を向ける。


「何にせよ、ブルーが彼を足止めしてくれているのは有難い。彼がここに来れば、事態は“相当に複雑”になるだろうからな」

「複雑……? どういう――」

「知らないほうがいい事もある。特に、お前はな」


 そう告げる麗句の瞳には、質問を跳ね除けるような厳しさと同時に、包み込むような穏やかさもあった。


(この人……)


 ――不可解な気分になる。話せば話す程、この女性があのサウザンド達と同じ、“逆十字”の黒衣を纏っている事が不自然に思える。


 言葉にも、声にも悪意は感じられない。それどころか黒衣の奥に秘められた、“高潔”とすら呼べるような魂が、彼女の所作、言葉の端々に滲み出ているように思える。


 その彼女がいま、サファイアへとその足をさらに一歩、踏み出す。


「……本題に入りたい。まず我々が、“組織”が求める“創世石”の力がいかに強大で、捨て置けぬ存在か、いまのお前になら充分に理解できるだろう」

「……そうだね、貴女達に渡せないって事も、良くわかってる」


 飲まれぬように、腹部に力を込めながら、サファイアは言葉を贈る。だが、


「その通りだ。私もそう考えている。だからこそ、ここに、この場所へ足を運んだのだ」

「え……?」


 だが、意外にも麗句の口舌が刻んだのは肯定だった。


 ――麗句の足がさらにサファイアの間合いへと踏み込む。


「まずは“創世石”が選ぶ存在があるのならば、見極めたい。そう、思ったのだ。“物質としての神”に選ばれた乙女――その心と有り様を」


 動かなければいけない。飛び退いてでも距離を離さなければいけない。そう認識しながらも、足が動かなった。まるで、蜘蛛の巣に捕えられた蝶のように――。


「お前は――美しい」

「……!」


 麗句のしなやかな指がサファイアの頬を包み、その唇がサファイアの桜色の唇へと重ねられる。


 驚愕に肢体が硬直し、甘い香りと、驚きに見開かれた目に映る美貌が、サファイアの意識を恍惚とさせる。


 その接吻(くちづけ)は彼女達の運命の邂逅(はじまり)――。


 麗句=メイリンによる、甘美な“宣戦布告”ともいえた。


NEXT⇒第02話 麗しき句は冥府に鳴る鈴の音の如く

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