第13話 双醒 《前篇》
#13
意識を集中し、額と両肩と胸、計四つの知覚強化端子を残らず励起させたシャピロは、街全体、そして、その周辺地域まで思念波の糸を伸ばし、事態の、状況の推移を見守る。
“五獣将”の中にいた砲撃型の一体。
彼女の能力の“習得”はシャピロにとって、実に有益だった。
彼女が密かに有していた“長距離射撃能力”は、シャピロの知覚強化端子と併用することによって、従来、彼の“眼”の届かぬ範囲にある空にまで思念波の糸を飛ばすことを可能とし、シャピロの索敵範囲を大幅に拡張してくれた。
その、結果。
(移動要塞が……此処に来る……?)
シャピロが感知したのは、彼が最も懸念していたことでもあり、最も予想していなかったことでもあった。
“選定されし六人の断罪者”――その内の誰かが、もしくはその全員が組織の意向とは別に、秘密裏に動いている。
それが、シャピロの推測である。
だが、この現状はいわば、組織そのものが、この自治区に接近しているに等しい。
組織の出資者である“元老院”の意志であるとは考え難い。
わざわざ“選定されし六人の断罪者”から派遣されるメンバーを“女王”、“軍医”の二名に限定し、牽制のため“五獣将”を派遣している老人達が、彼等全員を“現地”に運ぶような真似を許すとは思えない。
となれば、これは“選定されし六人の断罪者”の独断。
それも、移動要塞を”単独の意志”で動かす程の存在とすれば――、
(……想像していたなかでも、これは最悪の事態になりそうだよ、ブルー)
“黒を付き従える者”――“兄”との決闘の最中にある相棒へとつぶやき、シャピロは体内に集積した“五獣将”の“情報”を一気に解放・融合させる。
――女王、貴女に勝利の祈りを。
胸の内でつぶやき、シャピロは瞳を閉じる。
衣服が解れるようにして分泌された繊維状の物質が、繭のように彼の全身を包み、淡い光を帯びる。
彼の――体内での”戦支度”は既に、開始されていた。
*******
「なっ――!?」
何かに躓く、そんな感覚だった。
重力の概念が“賢我石”に干渉され、その体を失くしていた。
足場となっていた石畳が、広大な空間を豪奢に演出していた、純金製の騎士像、悪趣味なまでの調度品が、出鱈目な軌跡を描きながら宙へと舞い上がる。
そして、足場を失くした少女の、アルファ・ノヴァの”神幻金属”で鋳造された、白銀の機甲までが綿毛のように宙へと浮き上がり、その決定的な隙を“万魔殿”の触手は逃さずに捕縛する――。
「あ、ああ……!」
乙女の肢体を、”神幻金属”を絡め取り、万力の如く強固に締め上げる触手は、少女の全身の神経を圧迫し、下卑たドクトル・サウザンドの舌舐めずりとともに、目の眩むような苦痛を与えていた。
機械的な仮面から洩れる苦悶の声を肴として、軍医は膝上に侍らせた“G・G”から手渡されたグラスに満ちた美酒を美味そうに飲み干す。
口内に広がる旨味に、軍医の頬がだらしなく緩む。
「くっ……そおお、”賢者の”……”賢者の石片“ッ!」
【 “賢者の石片”――起動】
”物質としての神”を下腹に宿した白銀の機甲も、ただ嬲られているわけではない。
主の呼び声に応え、アルファ・ノヴァの機甲の背部から、剣の柄の如きパーツが次々と射出される。
そのパーツ――“賢者の石片”から、密度を高め、レーザーメスの如く放たれた“畏敬の赤”の光が、触手に僅かな”切れ目”を生み、微かに緩んだ拘束の中、再度、腕部装甲を展開し、起動させた“聖翼の光剣”が触手を完全に寸断する。
だが、その緊縛から脱出した少女を、“万魔殿”に夥しい程に設置された砲門から放たれた砲撃が襲う。
すぐ様、額と両肩に埋め込まれた”三位一体の魂石”が発光。
防御のために、白銀の機甲から“畏敬の赤”の光が多角形の”障壁”として放たれるが、同様に“畏敬の赤”の光を帯びた砲弾は、その”障壁”を容赦なく蝕み、貫き、少女の足をジリジリと後方へと、後方へと下がらせる――。
“時間”と“距離”の概念に干渉し、一気に接近したいところだが、エクシオンに貯蔵されたエネルギーの補助がない現在、使用可能な“概念干渉”の実情はひどく限定的だ。
接近して、こちらの“切り札”―― “SHINING ARROW”を撃ったとしても、恐らくそれが”最後の一発”。
もしも外したなら……仮定・想像するだけで緊張が、恐怖が、内臓を絞り上げる。そして、
(それだけ、じゃない……)
肌がヒリつくような、完全なる劣勢の中、サファイアは“創世石”を通じて、この状況を、この難敵の意図を、理解し始めていた。
あの独楽の螺旋は、己の存在を分割し、“切り札”―― “SHINING ARROW”を防ぐためだけのものではない。
あの螺旋の一つ一つが、異なる概念干渉を発動させ、サウザンドへの距離を、サウザンドと対峙するこの空間をいまや、何者も近付けず、何人も立ち入れぬ“異界”へと変えてしまっている。
時間も、距離も、目に映るものも、鼓膜を震わせる音も――あらゆる概念が此処では何の意味も成さないのだ。
活路を切り開くには、“賢我石”を凌駕する出力で、概念干渉を行い、歪められた概念を矯正するしかない。
だが、それをすれば、アルファ・ノヴァに残存するエネルギーは僅かなものになってしまうだろう。――手詰まりか。分の悪い賭けしか、この手には残されていないのか。
だけど、もう、それしか残された手段はない……!
「イチか、バチかだ!」
砲弾を防いでいた障壁を解除し、己に使用を許可された全エネルギーを概念干渉へと移行させる。サファイアが石畳を蹴り、突進すると同時に“異界”が矯正され、現世へと戻り始める。
アルファ・ノヴァの肩部装甲のスリットから、“畏敬の赤”のエネルギーが、翼の如く迸り、残像とともに超高速で、彼女は“万魔殿”へと突撃する。
(かかりましたか――)
だが、それを待ち受けるサウザンドには、現時点で”余裕”と”嘲笑”しか存在しない。
当然といえば当然である。この状況を作り出すために、完成させた“万魔殿”の機能と性能。
いかに”創世石”といえど、仮初の適正者で攻略するのは至難の業だろう。
このまま間合いに入り、力尽きた瞬間に首を刎ねる。
我が傑作たる機械人形“G・G”達が。
もはや”物質としての神”を籠絡させるだけの“策”も、“力”も、こちらには充分にあるのだ。
「あああああああああっ!」
そして、サファイアの脚が、サウザンドの領域、間合いに触れたその瞬間、
サウザンドが勝利を確信したその瞬間、
「なっ――!?」
予期せぬ驚嘆の声が、サファイアとサウザンド――両者の喉、口内から漏れた。
サウザンドの予想通り、自らの領域へと足を踏み入れた瞬間、エネルギーを枯渇させたサファイアへと“G・G”達が殺到する。だが、その瞬間、予想だにせぬ衝撃が二体を弾き飛ばし、サファイアを、アルファ・ノヴァを攻撃から護った。
在り得ない。在り得るはずがない。
そんな戦闘力を持つ者など、この場には存在しない。
(何事です……!?)
歯噛みするサウザンドの機械化された左眼に、眩い緑色の光が、腹立たしい程に可憐な緑色の煌めきが映る。
「成……程」
――“畏敬の赤”ではない。だが、それは同種の奇蹟。“複製されし禁碧”と名付けられた緑色の奇蹟。
“賢我石”を通じてサウザンドは感知する。紛い物ではあってもそれは同種。
反応としては“創世石”と同じ。
分身。もしくは複製か。
「ガブ……君?」
サファイアにとっても予期せぬ救援だった。
サファイアの眼前に現れ、危機を救ったのは、陶器のような煌めきを持ち、刀剣の如き鋭さを持つ大型の翼を広げた、幼竜――ガブリエル。
彼女の家に、リュックとともにアルが持ち込んだ際は、疲弊し衰弱しきっていた、あの幼竜。
その柔毛に覆われていた白い竜の体は硬質な、装甲板の如き鱗に覆われ、体と翼に描かれた黒と赤が渦巻くような紋様は、攻撃的ですらある。
これでは、まるで戦うための――。
「成程……成程! これは盲点です。アナタは“創世石”の分身、おそらくはその欠片を複製・培養した戦闘兵器。“創世石”が鎧醒するまでは、愛らしいおチビちゃんですが、“創世石”が適正者を得、鎧醒した以後は制限が外れ、守護者となる。ふふ……あの、ラ=ヒルカでの攻防戦から貴女が外されたわけがわかりましたよ。貴女は創世石が我々と対峙してからが出番だったというわけだ――」
概念干渉によって”異界”と化した広大な空間に響き渡るは、苛立ちを隠せぬ酷く尖った声色。
“万魔殿”からサファイアとガブリエルを見下ろすサウザンドが手にしていたグラスを石畳へと叩き付けると、それと同時に、二体の“G・G”の視線が一点へと集中する。
視線に込められているのは、冷酷な殺意と、冷徹な敵意。
「――目障りです。消しなさい、我が娘達ッ!」
号令とともに、行動を開始する機械仕掛けの肢体。
“G・G”がガブリエルへと襲い掛かるが、ガブリエルも素早い挙動でそれを躱し、飛翔することで、翻弄する。
(この二体は私が引き受けます。貴女はその間に力の回復を――!)
サウザンドもまずは障害となるガブリエルの排除を優先しているのか、万魔殿ではなく、“G・G”の直接操作に集中している。確かに、この隙に“創世石”のエネルギーを再充填できるかもしれない。だが、再充填しても、万魔殿を攻略できない限り、同じ展開になる可能性は高い――。
できるの、ボクに――?
弱音が、心の内側から挫折の扉をノックする。
「何、やってんだよ……」
「……!」
そして、弱気になった彼女の聴覚に聴きなれた声が、その視覚に、良く知る少年の姿が、潤んだつぶらな瞳が映し出される。
「まったく何やってんだよ、このバカ姉!」
「あ……」
拳をぎゅっと握って、肩を震わせて、頬を紅潮させて、自慢の弟はそこに立っていた。
ガブリエルが此処にいる時点で、当然のことかもしれない。
ガブリエルの力を借りて、少年は此処に来たのだ。
こんな、こんな危険なところに――。
胸に、胸に感情が溢れて、うまく言葉が紡げない。
「ア、アル、どうし――」
「この、このバカ姉――何負けそうになってんだよ! 何死にそうになってんだよ! 俺の晩飯作るって言ってたじゃないか! あれ……嘘だったのかよ!」
揺れるサファイアの言葉を断ち切るように、バンっと、アルの拳が、機械的な装甲に防護された、サファイアの胸のあたりにぶつけられる。
「どうしてここに来たかって!? そうだよ、姉ちゃんが心配だからだよ……姉ちゃんが無茶すんじゃないかって、また自分の事は全然考えてないんじゃないかって、心配だったから来たんだ! そしたら……案の定だよ!」
紡ぐ言葉は既に嗚咽混じりだった。
涙でぐちゃぐちゃになった真摯な表情が姉を見据え、その拳は駄々っ子のように、”物質としての神”によって造られた”アルファ・ノヴァ”の機甲を叩く。
「馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 無茶ばっかりして、危ないことばっかりして、どうしようもないのは姉ちゃんのほうじゃないか! 窓に鉄格子を付けなきゃいけないのは、姉ちゃんのほうじゃないか! わかってんのかよ、姉ちゃんにもしもの事があったら、みんながどうなるか……街の皆が、俺の友達が、ヴェノムのみんなが、響兄ちゃんが――どんなに悲しむかわかってんのかよ!」
この――わからず屋!
心からの叫び。
それとともにふりぬかれた、ひときわ本気の平手が、サファイアの頬を揺らした。
鎧醒したこの状態では、アルの手のほうが、一方的に痛いはずだ。
だからこそ伝わる――彼の痛みが。優しさが。
その、気持ちが。
「姉ちゃんは犠牲になっていい人じゃない! なっていい人じゃないんだ! 犠牲に……ならないでよ」
少年は全て伝え終えると、崩れ落ちるように、姉が纏う白銀の機甲へと顔を埋めた。
涙がアルファ・ノヴァの胸部装甲を濡らし、冷たい金属に人の温もりをつたわせる。
「……わかったよ、アル」
グローブと機甲に覆われたサファイアの手が、アルの髪を撫で、後方に翳したもう片方の掌が、“畏敬の赤”の光を凝縮した障壁で、再開した“万魔殿”からの砲撃を防ぐ。
「それを、伝えに来てくれたんだね。……情けないな、本当はこんな馬鹿なことしてって、叱らなきゃいけないのに」
片膝をついていた“白銀の機甲”は立ち上がり、機械的な仮面の下にある青の瞳が、自慢の弟の顔を真っ直ぐに見据える。
「ありがとう。すごく――嬉しかった」
「姉ちゃん……」
自らの言葉に、健やかな笑みを取り戻した弟に、サファイアの胸の内にホッとした息吹が流れる。
本当に強い子だ。
ご両親を失って、こんな怖い目にあって、それでもなお自分のために、言葉を届けにきてくれた。
「ボクも同じだ。同じだね、響」
大事な事は何一つわかっちゃいない。わかっちゃいないんだ――。
教会でかわした大切な人との言葉が、脳裏に蘇る。
似た者同士だ。彼とももっと、愛し合いたい。分かり合いたい。
そうだ。ここで死んでやるわけにはいかない――。
「ハァ……まったく……お涙頂戴のお芝居が本当に、本当にお好きな方達ですねぇ。では、その“最高潮”―― 貴女達の悲鳴・嘆き・死に様で、盛り上げていただきましょうか!」
「……!」
その刹那、”万魔殿”の切断したはずの触手が瞬く間に再生し、先端に鋭い鉤爪を構築させる。
“万魔殿”本体から過剰なまでに放出される”畏敬の赤“の光を滴らせるそれは、血に塗れているかのようだった。
同時に、“万魔殿”に縛り付けられた巨人達が、醜怪な哭き声を発する。
“創世石”を通じ、サファイアは理解・解析する。あれはサウザンドが“賢我石”を使い、殺めた者達、数百はくだらぬ無数の人間の『怨嗟』や『慟哭』。『苦痛』や『憎悪』――人間の負の感情を集積し、『鎧醒』と同時に固形化・物質化させたものだ。その嘆きの声が“賢我石”と感応し、“賢我石”の力をより強力に引き出している。
精神と感応する“醒石”の特性の、残忍極まる応用である。
ここまでの巨人を構築するために必要とされた生贄の数は――、
「はぁぁ……」
そして、そのサウザンドの悪趣味極まる“悪行”に、憤る適正者の心に“創世石”もまた感応し、力を、彼女の五体、四肢へと託す。両腕部の装甲が展開し、“聖翼の光剣”が起動。肩部装甲のスリットからも再度、翼の如く“畏敬の赤”の光が迸る。これまでのように一瞬のものではない。
それは凝固し、揺らめき、実態のある翼のように、あるいは旗のように、アルファ・ノヴァの鎧装の白銀を勇壮に演出していた。
サウザンドも感知する。“アルファ・ノヴァ”の性能が、一段階上に上昇した、と。
(やはり、こちらの戦力に応じ、状況に応じ、戦闘力を変化させる――いや適正者がより“創世石”に馴染んでいるのか。どちらにせよ、勝負を急いだほうがよさそうですねぇ)
視界にあるもの全てを、この世界そのものを薙ぎ払い、焼き尽くすかのような強烈な砲撃。
あらゆるものを捕縛し、捻じ切り、鉤爪で挽肉へと変える、残忍な意志を宿した触手。
己への接近を許さぬ概念干渉。
再度、己の“攻略”を開始したサファイアへと、サウザンドは己が総ての異能を結集して応戦する。
上昇したアルファ・ノヴァの性能を持ってしても、やはり対“創世石”用に調整・完成された“万魔殿”の攻略は容易ではない。否――むしろ苦境に変化はないと言っていい。
「クッ――!」
ガブリエルが稼いでくれた時間で、再充填した”力”も有限であることに変わりはない。決して緩むことのない、むしろ苛烈さを増すサウザンドの攻撃が、アルファ・ノヴァの機甲を砕き、それを纏うサファイアの肉体を蝕んでゆく。
それでも、それでも――、
「姉ちゃんっ!」
(ボクは生きたいんだ……!)
弟の声とともに、迸る生への渇望が、衝動にも似た、あきらめきれない意志が暗闇の中に稲光のように煌めいた。――その時である。
「……!」
……視界に広がる蒼い世界。
瞳に映る蒼の輝きは心安らぐ程に優しく、温かい。
己の喉元へと迫る絶対的な危機。その一瞬と一瞬の狭間、サファイアの意識は、あらゆるものが蒼く染められた、この不思議な空間へと跳躍していた。
あの、“夢”を見た時と同じような感覚。
だけど、あの時のような不安はない。
むしろ――、
「……やっと、“自分の意志”に気付けたようだな」
「……!」
耳朶を撫でる、どこかぶっきらぼうな、だが、確かな温もりを感じる声に、サファイアが振り返ると、そこには自分と同じ、赤い髪と青い瞳を持つ青年の姿があった。
星型のピアスと、少し胸をはだけさせた衣服の着こなしが随分、様になっている。
初めて会う。だけど、どこかで――、
「あなたは……」
「……俺の名など知っても一銭の得にもならんよ。まぁ俺は、お前のバックルの中に入っている“護者の石”の、元の適正者――その残留思念ってところだ」
そう言うと、青年は歯を見せて笑んで見せた。
草原に風が吹くような、さわやかな、健やかな笑みだった。
(あっ……)
そうだ。
その言葉と在り様でサファイアは悟る。
彼は自分に“創世石”を託してくれたあの鎧の――いま、ヘヴンズ・ゲイトの中で“創世石”を制御してくれている“護者の石”の適正者。
つまりはあの夢の中で出逢った、傷付き朽ちていた、あの鎧の主だ。
では、此処は“護者の石”が自分の脳に直接アクセスした事によって、発生した空間。
それはおそらく、あの夢と同じ原理。
いま目の前にいる彼の意志によって発動した奇蹟――。
「――生きたいって思えるヤツにしか、俺の“相棒”は託せない。死に急がせちゃ、あの子にも、アンタを慕ってる、アンタを愛してる人達にも悪いからな」
そう語る青年の手元に、この空間を構築する蒼色の粒子が集中し、蒼く、透き通るように輝く醒石――“護者の石”が浮かび上がる。
創世石を守護する為に生まれた兄弟石、“蒼醒石”という別称を持つその石が。
「後悔はいくらしたって後悔しかない。後ろばかり見てると、自分の事も、周りの事も見えなくなっちまう。自分にも、誰かにも、悲しい思いをさせることになる」
「サクヤ、さん……」
幾度かガブリエルの唇から零れたその名を、サファイアがつぶやくと、彼は――サクヤは照れ臭そうに頬を掻き、“護者の石”をサファイアのその手に握らせる。
「――アンタに前を見る力を貸す。それで護ってくれ。アンタの護りたいものを、アンタ自身を。それが“護者の石”の役割であり、力だ」
握った“護者の石”から迸る蒼の光が、力が己の中に流れ込んでくるようだった。
彼の、想いも。
「――任せたぜ、俺達の“救世主”」
蒼の世界が、消える。そして、
「なっ、なんですっ……!?」
――その場にいる誰もが状況を飲み込めずにいた。
再度、機甲を砕かれ、力を枯渇させ、敗北の寸前にあったはずの“機甲の乙女”から突如、目を晦ませるような蒼の光が放出され、万魔殿の攻撃を総て弾き、四散させた――それだけならいい。制御装置の“護者の石”の悪足掻きと、一笑に伏す程度の事象だ。
だが、これは違う。これは知らない。
“創世石”の朱の光と、“護者の石”――“蒼醒石”の蒼の光。
それが渦を巻くように混ざり合い、鎧醒を解除した適正者を防護する、光の障壁を構築している。
「姉ちゃん……?」
「あ、あれは……」
アルも、ガブリエルも、息を飲み、その情景を見守っていた。
ガブリエルと交戦していた機械人形――“G・G”達も異変を察知し、創世石の適正者へと“標的”を再設定する。
「何です……何の手品です! “救世主”ッ!」
あきらかに己の知識にないその事象に、サウザンドの声が上ずり震える。
「“救世主”なんて自分しかいない――」
「な、何……?」
「でも、ボクは……一人じゃない!」
澱みない青の瞳が、サウザンドの機械化された赤目を真っ直ぐに見据え、託されたチカラ、託されたもう一つの“言霊”を、彼女の唇が紡ぐ! それは――、
「『双醒』――!」
「ナッ――!?」
言霊の発声と同時に、彼女を防護していた朱と蒼の光の障壁が、サファイアが腰部に身に付けたバックル、“ヘヴンズ・ゲイト”へと吸い込まれ、新たな“戦闘機甲”へと再構築される。
無数の刃を折り重ねて構築したかのような、アルファ・ノヴァの鋭角的な白銀の機甲の上に、さらなる蒼の鎧装が追加されてゆく。それは、護者の石の力。それは――!
「ば、馬鹿な……こ、この娘は『創世石』だけでなく……!」
二つの醒石に適正者として承認された”サファイア・モルゲン”という人間の力。
「護者の石――蒼醒石にまで選ばれたというのですか!?」
アルファ・ノヴァの機械的な仮面、その額から顎部にかけて蒼の追加装甲が着装される。
装着の完了と同時に、眼部に適正者の意志の光が宿り、二本角の如き、刀剣の如きアンテナが追加装甲から展開・現出する。
両腕の追加武装“蒼翼の醒銃・双”が、駆動音と共に創世石から供給された“畏敬の赤”のエネルギーをその全スリットに漲らせ、展開した装甲内から現れたトリガーがサファイアの手に握られる。
「これが、ボクの皆を護る――皆と生きる力だっ!」
“蒼の衝撃”。
その形態の持つ呼称の如く――アルファ・ノヴァの新たなる御姿は、視覚する者の目へと叩き付けられ、刻み込まれる。
いまこそ反撃の時――。
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