表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第三章 血戦 PART1―Ready to go―
44/172

第12話 急転

#12


「うわわっ!?」


 時間としては、アルとガブリエルの二人が廃屋から出てわずか数分の事。


 ドサッ、と、少年の体は、砕かれた鋼鉄の獣達の破片が散乱する、鉱山の中腹――この自治区における、秘密結社アルゲムの前線基地へと投げ出されていた。


 “創世石”の欠片(かけら)を人為的に培養・複製し造り出された疑似生命体、ガブリエルと“創世石”の“繋がり”を利用した跳躍。


 ”創世石”の移動の軌跡・奇蹟を追跡した、”空間転移”の結果である、戦場のど真ん中。


 十一歳になったばかりの、まだ”幼い”と呼べる少年には、不似合に過ぎる情景のなか、アルのつぶらな瞳が静かに状況を確認し始める。


「痛てて…」


 強打した腰をさすりながら、アルが周囲の様子をうかがうと、そこに()る無残な“戦闘”の痕が、姉が繰り広げたであろう凄絶な戦闘の痕跡が、破砕された醒獣(インベイド)の手足や、爆散した醒獣(インベイド)と共に弾け飛んだであろう車両から漂う硝煙として、アルの視覚・嗅覚に飛び込んでくる。


 喉が思わず息を飲み込み、足が無意識に後ずさる。


(アル…大丈夫?)

「お、おう!」


 明らかに声が上ずっている。


 最初に出会った時の幼竜の姿とは異なり、頼もしさすら感じさせる大型の翼を広げるガブリエルからの問いに、アルは少し朱に染まった頬をごまかすように口を尖らせながら、


「ビ、ビビッてなんかないぞ!? お、俺は心の準備をだな」 


 言ってアルは、鉄扉をぶち破られた石造りの建物へと、そのつぶらな瞳を向ける。


(姉ちゃん……)


 わかる、気がする。その扉をぶち破り、内部に侵入したのが誰なのか。その先に何が待っているのか。


 ――姉は間違いなくこの先にいる。そして、自分の両親を殺め、ガブリエルを泣かせた“悪”……その元凶が間違いなくこの先に居るのだ。


(……そうだ、ビビッてなんかいられないんだ)


 意を決し、少年と幼竜は自らの足と意志を、建造物の内部へと向ける。

 そこで、”姉”が――総てを奪った”悪”が待っている。


*******


 ――『鎧醒(アームド)』。


 その言葉とともに、回転を続ける巨大な独楽は、自らの姿を劇的に、禍々しく変貌させる。


 鎖で独楽に縛り付けられた複数の巨人の姿、対峙する者を威嚇するように、縦横無尽に設置された砲門、回転を続け、螺旋を描き続ける巨躯から両手足の如く伸びる四本の触手。


 それは怨嗟と慟哭の眼差しを対峙するサファイアへと向ける、巨人達を呪縛する牢獄であり、敵対者を(ほふ)り、蹂躙(じゅうりん)する要塞であり、視覚する者に只々(ただただ)畏怖の念を喚起させる“怪物(モンスター)”であった。――白銀の機甲の下にあるサファイアの背筋に悪寒を走らせる程に。


「……“万魔殿(パンデモニウム)”。我が賢我石の『鎧醒(アームド)』形態であり、最高傑作。元々は、他の“選定されし六人の断罪者“と合いまみえる際の切り札として用意したものですが、創世石――”救世主(メシア)“が試運転の相手となれば、不足はありません。その異能・威力、その白銀に刻み込んで差し上げましょう」

「―――!?」


 一瞬、自分の周囲の空気が揺らいだ気がした。何かが自分の中を通り抜けたような感覚があった。


「エクシオンッ!?」


 その、一瞬だった。


 回転を続ける独楽(コマ)――“万魔殿(パンデモニウム)”から伸びる触手が槍のようにエクシオンの腹部を貫き、その機体を真っ二つに引き千切る。エクスシアであった時の名残でもあるオイルが体液のように飛び散り、引きちぎられた上半身と下半身が石畳へと叩き付けられる。


 長い時間を共にした、相棒の機体(ボディ)が。

 機械的(メカニカル)仮面(マスク)の下、隠された青の瞳に、(あか)い怒りが燃える。


「ああああああっ!」


 石畳を蹴った白銀の機甲が、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の光をその身に纏わせ、軍医(ドクトル)の操る“万魔殿(パンデモニウム)”へと突撃する。鋭利な鉾の切っ先とともに、四方から襲い来る触手を、両腕部の装甲を展開し、起動させた“聖翼の光剣(フェザー・ブレイド)”で捌きながら、サファイアは“万魔殿(パンデモニウム)”との距離を詰める。


「まずは脚を奪わせていただきましたよ、“救世主(メシア)”! ここまで来て逃げられては元も子もないですからね!」


 確かに、相棒を破壊された怒りの感情に支配される、現在のサファイアの思考では判断できぬ事ではあるが、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の力をある程度、貯蔵し、一気に解放する事で大規模の“概念干渉”を可能とするエクシオンを失った事は、戦力的にも、“撤退”の手段を喪失したという点でも、大きな損失を仮初の適正者である、サファイアに与えている。


 無数の醒獣を切り裂いた“聖翼の光剣(フェザー・ブレイド)”も、触手を弾くにとどまり、その機能を停止させるには至っていない。これまでの戦闘と異なり、両者の戦力は拮抗し始めている。


 いや、わずかではあるが、ドクトル・サウザンドが上回りつつある。


 サファイアにも“創世石”からダウンロードされた“戦闘技術”があるが、実戦の経験はほぼ皆無に等しい。


 生粋の“戦士”ではないにしても、数多の戦場で謀略をめぐらせ、多くの生血(いきち)(すす)ってきた“軍医(ドクトル)”には、彼女にはない老獪(ろうかい)さと、相手の心理を逆撫で操る“余裕”がある。

 

 人間として尊ぶべき倫理(モラル)も、彼にはない。


「――!?」


 触手が弾いた戦闘員の遺骸が、血しぶきを上げながら“アルファノヴァ”の装甲にぶち当たり、粉々に砕ける。“畏敬の赤アームド・ブラッド”ではない、血の赤に染まった白銀の機甲に、グローブと装甲に覆われたサファイアの拳が震える。


「あなたはぁぁぁっ!」


 涙とともに解き放たれる激情。


 サファイアの――“アルファノヴァ”の機甲から“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の光が(ほとばし)り、神々しくも毒々しい“(あか)”が、広大な空間を支配する。両肩の装甲、そのスリットから翼の如く凝縮・解放されたエネルギーが(ほとばし)り、腰を落とした体勢から、バネが弾けるように跳躍した白銀の機甲から無機質な電子音声が響く。


【 “SHINING(シャイニング) ARROW(アロウ)”――発動シュート


 放たれるは、光速の蹴撃。


 決して逃れることはできぬ、不可避の嚆矢(こうし)が“万魔殿(パンデモニウム)”を貫くべく唸りを上げる。だが、


「フッ……やはりそうですか」


 轟音(ごうおん)とともに“万魔殿(パンデモニウム)”の『一部』は確かに破壊されていた。


 しかし、その『一部』を除いた部分はいまだに健在。回転を続ける独楽(コマ)が作り出す、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の光による螺旋。


 その渦の一つ一つが、自らという“個体”の概念に干渉し、その存在を”分割”。“アルファノヴァ”が認識する“撃破すべき標的”を、己の“限られた箇所”に誘導し、その一撃を凌いだのである。


「やはり――必ず“命中”・“破壊”する対象は一つのみ。貴女がこの切り札をここ一時間で使用したのは、これで“二発”。切り札を繰り返し撃ってしまった貴女に残存する異能(チカラ)――どれ程でしょうねえ?」


 ――恐らく、数時間前の屑鉄置き場における戦闘は、ドクトル・サウザンドにとって、“敗北”ではなかった。ジャック・ブローズ等に街を襲撃させ、街を焼き――街の皆を“脅迫”し、まんまとサファイアを、“創世石”を、アジトまでおびき寄せるまでの数時間。


 その数時間は、屑鉄(ジャンク)置き場での戦闘データを解析し、対策を講じるには、“決戦用”にこの地に持ち込んだ“万魔殿(パンデモニウム)”を完成へと導くには、充分に過ぎる時間であった。


 この現状では、サファイアは、“創世石”は、猛獣の巣に誘い込まれた(ねずみ)に等しい。


 サウザンド本体を狙う手もあるが、“人体を直接狙う”事への躊躇(ちゅうちょ)、彼を警護する二体の機械人形(マシン・ドール)――“(ゴシック)(ガールズ)”の存在が、サファイアの足を地面に縫い付ける。


 サウザンドの言葉通り、後何発撃てるかもわからない“切り札”を無駄撃ちするわけにはいかない。肉体と精神の疲労も限界に達しつつある。“創世石”でその疲労を、エクシオンの言っていた“人間という概念の疲労”を書き換えることはできる。だが、それをすれば――、


【おぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおお】


 “万魔殿(パンデモニウム)”に縛り付けられた巨人達の喉から、聴覚を壊死(えし)せしめるような、苦悶に潰れた呪詛の(うめ)きが、広大な空間(ホール)に響き渡る。その瞬間、石畳が持ち上がり、浮かび上がり、重力が、この世の理が“概念干渉”によって破壊され始める。


 己の聴覚を支配するほどに、破裂しそうなほどに脈打つ己の心臓。


 全身を駆け巡る怖気と鳥肌が、彼女に伝える。


 これが、“戦場”――その恐怖だと。


*******


 響=ムラサメとブルー=ネイル。


「ぐっ――!」「がっ――!」


 交差した両者の拳が互いの頬を撃ち抜き、互いの口内から血塊が迸る。


 空中でぶつかり合った黒と蒼の異形は、街路へと真っ逆さまに墜落し、粉塵を、崩れた建造物の石片を舞い上がらせる。


 念動力サイコキネシスも駆使し、瞬時に身を起こしたブルーは後方へと飛び退り、己の距離を保つ。


(なんという男だ……)


 “蒼鬼(ブルーオウガ)”の凶相の仮面の下で、ブルーのこめかみを冷えた汗が伝う。


 いまだ戦況は己の優位にある。己が異能(チカラ)を理解し、修練し、熟成させた蒼の果実――“似て非なる蒼(ダミー・ブルー)”。『鎧醒(アームド)』という当然のプロセスすら覚えたての、“骸鬼(スカルオウガ)”の付け焼刃の異能(チカラ)など一蹴してしかるべきもののはずだった。


 だが、にも関わらず、ほんのわずかの優位に終始する現状は、ブルーの“制御され過ぎた”感情の中に驚嘆と、底冷えするような畏怖の念を喚起させる。


 ――眼前の“兄”は学習し、理解し、進化しているのだ。


 このまだ数十分にも満たぬ戦闘の中で。


 同種の――いや、“未知なる要素”に関しては、遥かに深淵なるものを持つ獣を、体内に飼うこの男は拳を、刃を交える度に、確実に強くなっている。


 天才、いや相性かもしれない。

 体内の呪われた獣と、すぐに適合・同調できる程に、この男は外宇宙生物“BVCR―34”との抜群の相性を持っている。 “適正者”、と呼ぶべき存在かもしれない。


(来るか……!)


 その恐るべき男が、大地を蹴り、突進する気配を感じる。


 立ち塞がるもの全てを踏み砕くような、凶暴なる突進。


 その猪突(ちょとつ)の首を狩るべく、ブルーは“蒼裂布(ブルー・リッパー)”を首筋へと差し向ける。だが、


「おおおおおおおおおおっ!」

「――!?」


 手応えは確かにあった。

 しかし、首を狩るはずの“蒼裂布(ブルー・リッパー)”は骸鬼(スカルオウガ)口顎(クラッシャー)によって捕獲され、凄まじい力でブルーの体ごと放り投げられる。


「ぐっ……?」


 必殺の意志を込めた斬撃。それを口顎(クラッシャー)一つで受け止められた。


 畏怖の念が、屈辱――確かな“危機感”へと変わる。


 轟音とともに、己が破壊した家屋の残骸へと激突したブルーの前に、漆黒の鬼――骸鬼(スカルオウガ)の異形を纏った響=ムラサメが静かに立つ。


「どうだ……前菜は終わりにする気になったか?」


 骸鬼(スカルオウガ)黄金鬼眼(エクリプス・アイ)がブルーを捉え、告げる。


「……“壊音(コイツ)”と同種のものを、そう綺麗に使えるはずがない。お前、妙な処置をされているな。移植された“壊音(カイオン)”の分身を活性化させないために、感情を抑制――いや排除されているのか。念動力は、怒りや殺意の代わりに“壊音”を制御するためのもの。七罪機関(セブン)か――下種な事をする」


 骸鬼(スカルオウガ)の――響の拳が震えている。憤り、か。だが、誰の為だ。


 理解できぬブルーの体が念動力(サイコキネシス)で浮き上がり、骸鬼(スカルオウガ)黄金鬼眼(エクリプス・アイ)に、己の黄金鬼眼(エクリプス・アイ)を向ける。


「俺がこれから助けにいく女は、そんな事を許せない女だ。お前が身を預ける組織が、お前のような連中を抱え、利用してるなら……顔を真っ赤にして怒鳴るだろう。アイツの説教はいつも身に(こた)える。俺の抱えてる力なんて、何の防護壁にもならない」


 骸鬼(スカルオウガ)の先程までの暴れぶりが嘘のように、響の声音は穏やかだった。

 脳裏に蘇る彼女の姿が、声が、“壊音(カイオン)”の獣性の中に埋没しつつあった人間性を浮かび上がらせているのか。


「なんだ、“同情”か……? 悪いが“女王(クイーン)”にお仕えしているのは俺の意志だ。七罪機関(セブン)もこの俺とシャピロの手で叩き潰した。貴様に感傷も同情もされるいわれは――」

「ないだろうな、だがアイツが手を差し伸べるには充分すぎる理由だ。そういう女だ。そういうヤツなんだ、アイツは――」


 己の“食糧”を脳裏に想い描く宿主に、両肩と胸の三頭犬(ケルベロス)の牙がガチガチと噛みならされ、諌めるように骸鬼(スカルオウガ)の拳がその三頭犬(ケルベロス)の顔を掻き(むし)る。


「俺がアイツを喰らう獣であろうが、何だろうが、そんなアイツを放っておけない。アイツが本当に“創世石”とかいう力を手に入れてしまったなら、もう歯止めは効かないだろう。だが、七転八倒の無茶は俺の役目だ。アイツのじゃない。アイツの手は(アル)の手を握ってやるためのものだ。――人を殴るために固めるには、あの手は優しすぎる」


「フン……惚気(のろけ)話か。“女王(クイーン)”と違い、“救世主(メシア)”殿はずいぶんと甘っちょろい娘のようだな」

「そうだ、その甘っちょろい娘に、俺は――一刻も早く“会いたい”んだ」


 宿主によって掻き毟られた三頭犬(ケルベロス)(かお)が瞬く間に再生し、戦闘衝動と“壊音”の異常なまでの力が響の全身に満ちる。


「抱きたいって思える程にな」

「ふしだらな……」


 その言い草からもブルーは確信する。


 この男は人間として“壊音”を制御しつつある。

 この異能を完全に理解し、制御しつつある。


 ならば前菜は終わりだ。

 ブルーの内なる指が、己の“制限(リミッター)”に触れ、外す――。


「馬鹿、な……」


 そして、その頃、シャピロの喉から驚愕の声が、彼らしからぬ焦燥の声が漏れていた。


 事態の、状況の推移を、己が異能で探知・解析していた彼は、遥か上空、この街に接近する巨大過ぎる何かを察知し、己の肌着を濡らす“らしくもない”汗に、乾いた苦笑を口内から漏らす。


 この面積、移動速度。間違い、ない――。


移動要塞(ディアヴォロ)が……此処(ここ)に来る……?」


NEXT⇒第13話 双醒ダブル・アームド

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ