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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第三章 血戦 PART1―Ready to go―
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第08話 蒼い爪痕-BLUE―

#8


*******


 モニター越しに見た、精悍(せいかん)な横顔を覚えている。


 施設に収容される前の記憶はひどく曖昧だが、一人、“兄”がいたことはおぼろげながら覚えていた。


 そうだ、あの※※の中、※※れて、自分は――、


 粉々になった記憶の破片を拾い集めながら、少年だったブルーは、モニターの中で繰り広げられる、被験者同士の模擬戦を眺めていた。


 ナイフを用いた模擬戦であったが、執拗に肉を裂こうとする対戦相手とは違い、ブルーが凝視する彼は、ナイフの柄と体術のみで、相手の攻撃をさばき、最終的にはナイフの刃のように鋭利な足払いで相手の動きを止めてみせた。


 ナイフの切っ先を突き付けたのは、相手に降伏を勧告する、その一瞬のみであった。


「お優しいものだな、お前の“兄上”は――」


 そんな研究員の言葉が、ブルーの耳朶を撫でる。


「兄――」


 記憶の中の映像と、モニターの中の彼を重ね合わせながら、ブルーは口内で呟く。


 ――施設で受けた“処置”のために、過去の記憶に関しては、閲覧可能な“データ”以上の認識も、感傷も持てぬブルーにとってそれは、実感にとぼしい事実であったかもしれない。だが、客観的に見れば、納得も、得心もいく、鼻白む程に、明確な“事実”である。


 そうだ。“同じ遺伝子を持っている”と判明したからこそ、同タイプの“実験体”への製煉(せいれん)が決定したのだから――。


「兄、さん――」


 感慨が、声となって澱んだ空気を震わせた。


 己と同じ血を体内に宿した、己と同じ遺伝子を持つ存在。


 それが、いま同じ場所に居て、同じ異能を得ようとしている。


 その事実に、ブルーの破壊され尽くした人格と感情のなかに、微かな高揚が湧き上がる。


 それは、“人間であることを喪失する”地獄の中に見出した、わずかばかりの“希望”であったかもしれない。起伏というものを忘却した表情のなかに一瞬、笑みと呼べるようなやわらかさが宿り、その足は製煉用カプセルへと、その中に満たされたジェルの中へと身を埋める。


 体内に“異物”を、その“生物”を流し込まれる悪夢のような――いや、悪夢でしかない、苦痛の連続でしかない、数か月にも渡る“製煉(せいれん)施術”。


 髪を、瞳を、唇を蒼に染め、完成態としてブルーが目覚めた時、ブルーに突き付けられたのは、兄が、“黒を付き従える者(ブラック・ライダー)”が施設を、七罪機関(セブン)を脱走したという“現実”であった。


 蒼の瞳から赤い雫が零れる。


 涙ではない。――それは紛れもなく開かれた傷口から流れる、心に刻みつけられた蒼い爪痕から流れ出す、涙の如き鮮血であった。


*******


「手前は……」


 視線が皮膚を突き破り、神経に突き刺さるようだった。


 尋常な“殺気”ではない。


 瓦礫の上に立ち、己を凝視する蒼の青年――ブルー=ネイルに、響は全身の筋肉に走る緊張を、全身の毛孔から汗を噴き出させるような重圧(プレッシャー)を感じながら向き合う。


(コイツは――)


 只者ではない。


 一度対峙しているが、改めて対峙すると、その潜在する異能が本能を突き刺し、揺さぶっているようだった。――その揺さぶられた本能が、銀鴉(ジャック)や“五獣将”以上の危険を訴えている。


 だが、“骸鬼(スカルオウガ)”への鎧醒(アームド)は既に解除されていた。能力的には、平常時よりも遥かに高い異能(チカラ)を持つ“骸鬼(スカルオウガ)”ではあるが、響にとっても未知の要素が多い形態であり、その全容を把握できているとは言い難い。


 ブルーという一度、“自分を叩き伏せている”相手――この“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”に対しては、己自身が最も良く知る“自分”でありたいと考えるのは、慎重な響らしい判断といえるかもしれない。


 刀剣(カタナ)の形状を取り戻した村雨を構える響は、己の五感を研ぎ澄まし、眼前の難敵の重圧へと対処する。


 ブルーも響の判断を察し、理解しているのか、それを(いぶか)しむ様子はない。


 いや、むしろ露わになった響の素顔を凝視・観察している風でもあった。


 蒼の瞳から溢れ出す“敵意”・“殺意”。


 否、それだけではない――ブルーの蒼い眼差しからは、この肉の下で蠢く内なる魔獣“壊音(カイオン)”が悦び、せせら笑うような、濃く、禍々しい気配が、感情が漂っていた。


 そして、その感情に、響の中でも何かが動き出す。


 まるで、脳のなかに手を突っ込まれ、自分のなかのその何かを、無理やり、引っ張り出されているようだった。


(何だ、何なんだ、コイツは――)


 これまで、あの“父”が生命を失ったその瞬間までは、間違いなく只の一度も交わりのなかった青年。そもそも一度でも交戦していれば、記憶が忘却するような容姿・容貌はしていない。


 だが、いま改めて見る、このブルーという男の容姿に、脳が言い知れぬ既視感を覚え始めているのもまた事実であった。いままで出逢った、どの他者の面影・記憶とも一致しないその容姿。

 

 しかし、その顔立ちを確かに自分は見知っている。

 

 馬鹿な。己の考えを響は一笑に伏す。

 

 だが、やはり、思い当たるのは、その顔は、


(俺、か?)


 鏡の中に映る“自分の顔”ではなかったか――。


「己の目的も二の次にして、部下の心配とは、相変わらず、お優しいことだな――」

「何……?」


 自分と良く似た容貌を持つ男の、蒼い唇から紡がれた言葉に、響の表情が怪訝に歪む。


 “相変わらず”――やはり、この男は自分を、自分は、この男を知っている。

 だが――何処でだ。


 “人柱実験体”、“七罪機関(セブン)”。


 己も良く知らぬ、己の出自へと、響は思考を巡らせる。


 その響へと、宙を漂っていた“蒼裂布(ブルー・リッパ―)”が襲いかかり、飛び退いた響の振るう村雨が、その鋭利に過ぎる一撃を捌き、弾く。


「……遺伝子というものは、想像以上に絶対的なものらしい。鏡を眺める趣味でもあれば、早々に気付けただろうにな」

「遺伝子、だと……?」


 予期せぬ単語に、響の構えが一瞬揺らぎ、その防御(ガード)を潜り抜けた“蒼裂布(ブルー・リッパ―)”が、微かに頬を切り裂く。そして、ブルーもまた響の顔を凝視しながら、同じ“感想”を抱いていたらしい。


 いや、その口ぶりからは響よりも多くの情報を、所持している事がうかがえる。


 恐らくは限りなく“解答”に近い情報(それ)を。


 短くはない対峙の後、やがて蒼い唇が突き付ける、その解答を。


「――同じ遺伝子を持つ双子。外宇宙生物“BVCR―34”移植に適応する“人柱”。それが、俺と貴様の“因縁”であり、繋がりだ」

「なっ……」

「久しいな、兄さん――“黒を付き従える者(ブラック・ライダー)”」


 絶句。獲得した情報に対し、脳が、精神が対処し切れていない。


 響の中に、“自らを製煉した施設”に収容される以前の記憶は存在しない。


 持っているのは、ゴミ(クズ)のように()ちていた、少年であった自分に”壊音(カイオン)”が移植され、”人ならざる者”として再生された、製煉されたという情報だけである。


 このブルーも同様の過去を持っているのだろうか。だとすれば、コイツの体内にいるものは――、


「……蠱毒(こどく)というものを知っているか?」

「何……?」


 惑う響へと、わずかに歩を進めながら、ブルーは言葉を続ける。響の五感を圧迫する重圧(プレッシャー)が増し、体内の”壊音”さえも騒がせる。


「百種の虫を集め、器の中に置き、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留め、呪いの源とする――。あの”船内”でも同じ事が行われていたのだ。貴様の体内のモノを輸送・運搬する船の中で、意図的に事故を起こし、生存確率の高い個体を導き出す……。そのなかで俺は生き残り、貴様は死んだ。だが、その体内の“BVCR―34”は、貴様の死んだ肉に潜り込み、貴様を宿主として”再生”させた。七罪機関(セブン)にしてみれば、偶発的な事故だったが、“BVCR―34”に適合する遺伝子を発見できたのは僥倖(ぎょうこう)だった。その弟が”蠱毒”の船の中で、生存確率の高い個体として生き残っていたこともな」


 己の知らぬ、己の過去に響は息をのむ。体内でわらう”壊音”を感じる。


「貴様の中から一部摘出した“BVCR―34”を培養・調整し、戦闘用に特化させた”似て非なる蒼(ダミー・ブルー)”。貴様も察した通り、この体内に在るそれで俺は生まれ変わった。”七罪機関(セブン)”などというゴミを駆逐・殲滅できる程度にはな――」

「…………」


 ブルーの表情は奇妙なものだった。言葉には微かな高揚・感情の動きが感じられるが、抑揚は少なく、その表情(カオ)は能面の如く無表情で冷たい。


「――”神を喰らう獣(プラネット・イーター)”である貴様を、女王クイーンのお側に近付けるわけにはいかない。同じ――否、似て非なる異能チカラを持つ俺が、”あの日”の俺の甘さ、弱さごと、貴様の生命(いのち)、刈り取ってみせる」


 口許が微かに歪んだ。


 この男なりに笑んでいる、つもりなのかもしれない。


「……一つ、質問がある」

「何……?」


 響の喉から放たれた声音には、鞘から抜かれた刃のような鋭さがあった。


 投げかけられた言葉に、間合いを詰めるのを止めたブルーへと、響は製煉の証である赤の瞳を向ける。


「この街の状況を見てどう思う? 燃やされ、崩されたこの街の有様を、貴様はどう感じる?」


 凡庸な、俗な問いだと感じたのだろうか。ブルーは嘆息とともに口を開く。


女王(クイーン)は無駄な流血は好まれない。”外交官”の夫妻やジーン・ホグランに関しては、その御手は届かなかったが、女王(クイーン)はこれ以上の犠牲をお認めにはならん。俺とシャピロがこの前線に派遣されたのもそれが主たる理由だ。非戦闘員の犠牲の抑止――女王(クイーン)の慈悲は深い。感謝とともに……」

「やはりそうか、貴様らはそんな程度の連中ということか」

「……?」


 深い溜息とともに放たれた、吐き捨てるような響の言い様に、ブルーの表情がわずかに歪む。


 敬愛する”女王(クイーン)”への侮蔑ともとれる言葉に、まるで表情がなかった顔に微かな感情が、”憤怒”が宿ったようにも見えた。――“女王(クイーン)”という存在は彼にとって、それほどまでに大きな存在ということか。


 そんな、弟らしき(ブルー青年ネイル)の在り様を見据えながら、響は言葉を続ける。


「人間は命があれば暮らしていけるってものでもない。ましてこの街は爺さんが、街の皆が血を吐きながら耕し、作り上げた皆の家だ。安堵して明日を迎えるための、決して失えない、かけがえのない、決死の想いで手に入れた”家”だ。それを焼き払うのを傍観しておいて、命があるから感謝しろ、だと? ――お綺麗な主義も理念も糞喰らえだ。そんなもので人は救われないし、逝ってしまった生命は戻らない。弟だろうが、なんだろうが、それがわからない手前は――殴らずには済ませられない糞野郎だ」


 響の左手が村雨の峰に添えられ、その赤の瞳が、燃え滾る。


「俺の――”敵”だ」

「フン、世界に対する理念も、思慮も持てぬ。己の見える世界しか見えない、か。こんな辺境に引き籠っていただけでなく、ここまで浅はかな男に成り果てているとはな――」

「俺は感謝してる。手前のようにならなかった自分に。いま、この場所で生きている人間達を見落とすような()は――俺には不要だ」


 遺伝子という”繋がり”の決裂はあきらかだった。


 道は既に別たれている。


 ならば、とるべき手段は一つしかない。


 進む者と阻む者。


 二人の”人柱実験体”は、迷うことなく”それ”を選択する。


 その、言霊を。


「「――鎧醒(アームド)!」」


 言霊の発声と同時に、響の容貌が三頭犬(ケルベロス)を両肩と胸に宿した漆黒の鬼――”骸鬼スカルオウガ”に、ブルーの容貌が頭部に一角獣(ユニコーン)の如き一本角を有する、蒼でその身を塗りつぶした鬼――”蒼鬼(ブルー・オウガ)”へと変貌する。

蒼鬼(ブルー・オウガ)”が胸と両肩に宿す異形は、大鷲(おおわし)のようにも見える。周囲に在る獅子の脚・蛇の尾らしき彫り込みモールドから察するに、恐らくは合成獣(グリフォン)がモチーフか。


別離わかれの時だ、”黒を付き従える者(ブラック・ライダー)”――この宿縁とともにその身、切り裂く!」

「すぐに退()いてもらうぞ、”蒼尽くめ(ブルー・ボーイ)”――!」


 激突する二体の”鬼”が、その咆哮が、大気を震撼させる。

 同じ遺伝子、異能を持つ者同士の決闘が、いま幕を開けた。


NEXT⇒第09話 女王クイーンの気配

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