第07話 閃光
#7
刀剣を重ね合わせ、構築したが如き、鋭角的なアーマー。
闇のなかでも光と光が折り重なるようにして輝く白銀。
その白銀を彩るブルーのライン。
微かな月光すら啜り喰らうような、黒々とした夜の中、“畏敬の赤”の光の残滓を軌跡として残しながら、機甲の“救世主”は相棒である鉄馬、“機械を超越した機械”エクシオン“に跨り、いま、距離や速度といった人間の知る概念を塗り替えながら、道なき道を疾走していた。
街の最北端に位置する“栄華此処に眠る”と字される、かつて高層ビルだった、あるいはそれに成ろうとした、建造物の残骸で埋め尽くされた一帯。
彼女がいま、この世の理をねじ伏せながら、疾走するそこは、街の住民はまず近寄らず、外部の者に対しても自然の城壁と化している区域である。
――大規模のシェルターの存在から考えても、この土地がかつては大国の首都だったという説は眉唾ものではなさそうだ。そして、そうであるのなら街の平穏を脅かす“賊”と交戦するのに、これ程、適切な場所もない。
此処が“大戦”という過去の諍いの墓であるのなら、いま、腰部アーマーのバックルに埋め込まれている“物質としての神”=“創世石”を巡るこの騒乱も、古き時代の遺物として、此処に“葬って”みせる。
決意とともに、”機甲の乙女”は、サファイア・モルゲンは背後から迫る“追手”へと蒼い眼差しを送る。唯一、自分の姿を捉え、追跡することができる同種。”賢我石”の力を有するその追手へと――。
【舞踏のお誘いですか? “救世主”ッ!】
丁重な物言いを、下卑た発音が彩る。
蒼い瞳に映るのは、黒い鎧装を纏う異貌。
その”追手”である四体の”機械人形”達は、“創世石”と同じ“畏敬の赤”クラスである“賢我石”の適正者である、ドクトル・サウザンドの声を響かせながら、エクシオンの進路を“栄華此処に眠る”の中心部へと向ける“救世主”を追跡していた。
――“G・G”。
それは、ドクトル・サウザンドの手駒にして、彼が持ち得る己が技巧・技術を、その異能を注ぎ込んだ対“創世石”用の決戦兵装にして、芸術。
頭部にツインテールのように設置された――可動関節を仕込んだブレードを殺意とともになびかせながら、その四体のマネキンにも似た”機械人形”達は、賢我石から注入された“畏敬の赤”の光を全身に漲らせている。
目元は戦闘員のものと酷似した一つ眼の仮面で覆われているが、そのひどく整った、人工的な美貌を有した口元だけは露出されている。言語を発するわけでもない殺人機械達にとっての“それ”の用途は何か――。
【まったく手間をかけさせてくれますね――“創世石”】
音声の中に混じる舌打ち。
やはり、“創世石”の力は凄まじい。
サウザンドは市街地の中心での戦闘を、“彼女”を捜す街の住民達を巻き込んだ混戦を想定していたが、“創世石”は概念干渉による結界によって、住民達を完全に自分のいる領域から締め出してしまった。
よって、住民達を“人質”・“楯”とする策も消失。“軍医”ともあろう者が、”救世主”との直接戦闘などという“愚行”に興じる必要性が出てきた。
だが、“賢我石”には特性として、適正者自身ではなく、“G・G”のような機械人形でも“鎧醒”が可能という“利点”がある。
胎内に“畏敬の赤”のエネルギーを貯蔵し、“賢我石”の分身として活動が可能なこの機械人形達は“創世石”を追い詰めるための猟犬としていま、“栄華此処に眠る”を疾駆していた。創世石と同様に“概念干渉”もその手の内にはある。そして、
【いや、それだけではアリませんよ?】
「――!?」
発動する第一の罠。
道らしき道もない廃墟のなかを、エクシオンとともに疾走する“救世主”=サファイア・モルゲンの前方で、妖しげな、鮮烈なる光が異形の軌跡を描く。
“獣醒器”。
数時間前にアルとガブリエルを窮地におとしいれた、醒石を醒獣として強制的に覚醒させるその機器が、いまサファイアの前方で作動し、無数の醒獣を産み出そうとしていた。この区域に何者かが踏み入った瞬間、自動的に作動するようにプログラムされていたのだろう。
サウザンドはあらかじめ、此処での戦闘も想定していたのだ。
――備えは万全、という訳か。
(いけるよね、”ボク”――!)
【聖翼の光剣――起動】
”適正者”の意志に、鎧が応える。
腕部装甲の展開とともに、電子音声がその武装の起動を、立ち塞がる者達へと伝える。
“畏敬の赤”の光が展開された装甲から噴き出し、“剣”の形状へと収束。
身の丈を遥かに超える長さに調整された剣は、鞭のようなしなりとともに、凶暴な咆哮を放ち襲い掛からんとする醒獣の群れを切り裂き、殲滅する。だが、
(――! まだいる――!)
上空で、前方で、後方で、足元で、また異形を生む光が弾ける。
四方八方という次元ではない。
いわば、ここは”醒獣”の巣だ。
恐らく百はくだらない数の“獣醒器”が此処には仕掛けられている。
【――賢者の石片・起動】
サファイアの、“アルファ・ノヴァ”の背部から剣の柄のようなパーツが複数射出され、覚醒しようとする醒獣達を撃破するべく、拡散し飛翔する。戦闘による緊張と高揚が腸をむかつかせ、皮膚に汗を噴き出させる。そして、
(まだ――!)
背後から猛スピードで追跡してくるのは、黒の鎧装に全身を覆われた豹のような四足歩行の醒獣。
“概念干渉”でより距離と速度の概念に干渉し、引き離したいところだが――、
【成程、街の住民達を隔離しているぶん、現在使用できる“概念干渉”にも限りがあるようですねぇ。この賢我石すら振り切れぬほどに。悲しいモノですね――“仮初”という身分はッ!】
猛追する豹の体当たりが、その鋭い牙と爪が、エクシオンの車体を揺らし、その装甲を切り裂く。
この 醒獣も“賢我石”による強化を受けているのだろう。
”鋼亜精練陣”。卑金属を貴金属に変えるような、その異能は醒獣にも有効なのか。
「クッ――」
無我夢中のサファイアの蹴りが豹の顎を蹴り上げ、豹はその一撃によって己の速度から振り落とされたかのように路面を転げ回りながら、サファイア達から距離を話してゆく。だが、
(なっ――)
干渉した距離の概念が再度書き換えられ、エクシオンの疾走が強制的に無効化される。
反射的に交差させた両腕に襲い掛かる、“重過ぎる”衝撃。
次の刹那、頭上から巨大な“象”の脚がサファイアへと圧し掛かり、激痛が、恐怖が、彼女の神経を、骨を軋ませる。複数の醒石を結合し、獣醒した巨大醒獣は、黒い鎧装に覆われた“象”に似た巨躯を、重量を、“救世主”を磨り潰すべく右脚へと集中させる!
「くっ……あああああああああ!」
膨らんだ風船が破裂するような、精神の爆発。
交差させていた両腕の装甲が展開し、“聖翼の光剣”を再起動。
噴き出した“畏敬の赤”の光が、羽搏くように巨象の脚を斬り砕く。そして、
【いまです、我が娘達!】
「――!?」
主人が予定していた“位置”でまんまと停止した標的。その四方を囲うような陣形をとった四体の機械人形――“G・G”達は、その口内に仕込まれた“切り札”を作動させる。
“魔女は詠い、夢に還る”
紡がれるのは死の歌声。
対象を分子レベルで強制的に振動させ、分解する音響兵器。
それは聴覚には甘く、玲瓏な歌声として響く。
もたらされるのは冷徹なる“死”。四体に囲まれた区域にある高層ビルが、醒獣が、瞬く間に分解され、灰燼と帰す。
その中心に居た“救世主”は――、
【――SHINING ARROW 発動】
【ヌッ――!?】
響く電子音声に、“G・G”の視覚と、内部に満ちる“賢我石”の力を通じて状況を把握していたサウザンドの目が、上空へと、虚空から降り注ぐ“畏敬の赤”の光へと囚われる。
「ああああああああっ!」
己の迷いを振り切るような叫びとともに舞い降りる”救世主”。
光に囚われまいと、二体の“G・G”が“畏敬の赤”の力を解放し、後退。対処の遅れた二体の内、一体を光速の蹴撃が、もう一体を“聖翼の光剣”が貫く。
「エクシオンッ!」
サファイアの凛とした声が緊迫する、畏敬の赤に染まる大気を震わせる。
高層ビルを一瞬で駆け上り、音響兵器を避けていた“機械を超越した機械”・エクシオンは主の呼び声に応えるように、空から爆音とともに舞い降り、瓦礫を踏み砕くように悪路を駆ける。
主であるサファイアをその背に跨らせると、エクシオンは各部の装甲を展開させ、内部に貯蔵・蓄積されていた“畏敬の赤”のエネルギーを一気に“解放”する。エクシオンに貯蔵していたエネルギーを解放したことで、さらなる概念干渉への下準備は整った。
【モード“極騎・機動”起動】
“嬢ちゃん!”
エクシオンの状態を”創世石”を通じて認識し、グリップを握るサファイアの脳裏に、概念干渉の結果によって隔離している住民達の声が届く。
恐らく結界に触れている。踏み込めるギリギリの領域まで来てしまっているのだろう。
食堂の女将さん、食料品店のおばさん、みんな、みんな……大好きな、大切な人達だ。
(みんな、ごめん。ボクは――いくよ)
サファイアの決意とともに、エクシオンは、“アルファ・ノヴァ”は、疾走を再開する。
展開したエクシオンの装甲の一部が分離し、帰還した“賢者の石片”とともに、主と本体を囲うように、護るように浮遊する。
解放された“畏敬の赤”のエネルギーが、車体と分離したパーツを繋ぐように渦を巻き、赤々とした翼が、距離、速度の概念を切り裂き、駆け抜ける鮮血の翼が、一筋の閃光となり、轟然と“栄華此処に眠る”を突き抜けてゆく。
【『来る』つもりですか、“救世主”――!】
此処で悪戯に消耗する前に、元凶を断つ必要がある。
そんな敵の思考を読み取り、サウザンド=“G・G”達も概念干渉を起動。
同じように距離・速度の概念に干渉し、“救世主”を、“創世石”を追う。
“物質としての神”とその同種による、人間の知る“概念”を捻じ伏せた決闘――その瞬間は、もうすぐ其処まで来ている。
「逃げても避けても無駄だよぉ♪ 私の顔(^^)にケリ入れやがった罰はじっくりバッチリしてあげるんだからぁ☆彡」
「クッ……!」
そして、もう一人の“足掻く者”もいま、苦境・焦燥のなかにあった。
撃ち止まぬアーロウの砲撃によって、街路を疾駆する“鬼夜叉”の車体が跳ね上がり、響の“壊音”との同化によって強化された筋力がその車体を強引に制御する。
その前方に、“五獣将”からのもう一体の追手、ティターンがムササビの如き翼を広げて立ち塞がる。この寡黙な超醒獣兵は、黄土色の異貌の各部にヤマアラシの如き針を纏い、単眼に殺意を漲らせている。
「ティターン!」
「――心得た」
ナッ……!?
掛け声とともにアーロウの放った砲撃が、広げられたティターンの翼に埋め込まれた球体に吸収・反射され、散弾のように響へと襲い掛かる。疾走したまま避けられる一撃ではない。
響は“鬼夜叉”から身を投げ出し、砲撃により舞い上がった瓦礫の中に身を隠す。
だが、その瓦礫の間隙を縫うようにして、ティターンの異貌から放たれた針の弾丸が響へと襲い掛かる。そして、
「ヌッ――!?」
瓦礫から黒い鬼影が、この二体とは此処で決着を付けると、瞬時に判断し、“骸鬼”に鎧醒した響が飛び出し、ティターンの前にその異形を晒す。
撃ち込まれた針は骸鬼の“黒き呪いの皮膚”に突き刺さってはいたが、“醒石”のエネルギーを分解・消化されたそれは、朽ち果て塵に還る。
「オオオッ!」
骸鬼の拳が躍動し、ティターンの翼が盾のようにそれを受ける。
背後からアーロウの砲撃が襲うが、骸鬼=響は拳を叩き付けた勢いのまま、ティターンの背後へと回り、その翼の球体で砲撃を反射・拡散させる。
「チィ……! 小賢しいねッ!|д゜)」
ティターンの背を蹴るようにして距離を話した響は、転がった“鬼夜叉”の傍に着地。“鬼夜叉”もそれに呼応するように自ら車体を起こす。
――短い攻防ではあったが、実力は測れた。倒せない相手ではないが、楽に勝てる相手でもない。本格的に相手をするとすれば、時間を大きくロスすることになる。苛立ちが、骸鬼の口顎から低い唸りを漏らさせる。
だが、
「……?」
あれ程の敵意を、闘志を剝き出しにしていた二体の動きが止まっていた。
現在の獣醒した状態で、表情を伺い知る事は困難だが、気配としては“蒼白”となったそれが感じられた。その表情を、真意を探るべく響はジリとその足を踏み出し、間合いを詰める。そして、
「ボス達の反応が――」
「消えた!?」
そのような言葉とともに、二体は突如、踵を返し、響の前から姿を消した。
焦燥が、混乱が感じられた。“緊急事態”。そのような状況への惑いが。
「お、おいっ!」
だが、二体に戻られては、ヴェノムの皆が危険だ。やはり、あの二体はここで叩き潰すべきか――意を決し、響が大地を蹴らんとしたその瞬間、
「――案ずるな、貴様の部下は無事だ」
「……!」
まるで、首筋に鋭利な刃を押し当てられたかのようだった。
氷のように冷たい声が耳朶を撫で、総毛立つような“殺意”が五体を貫いた。
響が振り返った時、そこには、
「手前は……」
ブルー=ネイル。
瓦礫の上に立つ蒼の青年は、青の瞳で骸鬼を、響=ムラサメを“凝視”していた。
彼の意のままに動く“蒼の布”が鎌首をもたげ、響を包囲するかのように虚空を漂う。
月明かりに照らさられるその顔は――どこか、自分と似ていた。
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