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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第三章 血戦 PART1―Ready to go―
33/172

第01話 突破口

#1


「へぇ……なかなか面白い状況じゃない。“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”の恋人が“創世石”の適正者なんて。君、知ってた?」


 黒のストライプに彩られた白服を纏う青年――人柱実験体の一人であるシャピロ・ギニアスは、虚空に映し出された少女の顔と、眼下で悲鳴と嗚咽、そして憤怒が混ざり合ったかのような、壮絶な咆哮を上げる響の姿を観察しながら、相棒であるブルー=ネイルへと言葉を投げる。


「そもそもジャック君はいろいろ情報を持ってたみたいだけど、出処(でどころ)はどこなんだろうねぇ?

街の構造や要人の顔貌(かおかたち)ならともかく、“人間関係”なんて、あきらかに組織が“創世石”の反応を感知する以前から“見ていた”としか思えない情報だ。抜けがけを企む六人の内の誰かが、組織より先に“創世石”を発見し、動いてたってとこかな?」


 “俺はあの方の……!”


 散り際のジャックの言葉を反芻(はんすう)し、シャピロは何事かを思案する。


 軍医(ドクトル)であるとも考えられるが、あの口調から察するに――、


「元老院は元老院で秘蔵っ子の“五獣将”まで出してくるとは、そういうジャッジメント・シックスの動きを牽制する意味合いもあるかもねぇ。事態はいよいよ煮詰まってきたというわけだ。これは僕達も――」


 シャピロが視線を向けた時、相棒であるブルー=ネイルの姿は既になかった。


 (ブルー)のなかで煮えたぎったであろう“殺意”――複雑極まる“感情”の残り香が、シャピロの額に埋め込まれた“知覚強化端子”を熱く焦がす。


「……行っちゃったか。まぁずっと追い求めてた“愛しの兄上”だものね。“用意”も万全にしたいよね」


 一瞬の内に、シャピロの“魔法使い(ウィザード)”としての眼が戦場を見渡し、戦況を、動き出した“決戦”への胎動を感知する。


「さぁて僕も動くとするか、観客気分もここまで、だね」


 未知なる亡霊(グレイ・ファントム)。人柱実験体としての二つ名を想起させる異形が一瞬、焔のなかを揺らめき消えた。その、目的は――、


「クッ……」


 混乱と混沌。


 響のなかで様々な感情が渦巻き、内臓が捻れるような不快感、焦燥感とともに胃液の味が口内に満ちる。


 “壊音”は既に掻き消えるように響の体内へと戻り、響の容貌は完全に、人間のそれへと戻っている。だが、“癒えてしまった”、“満たされてしまった”肉体が、起きてしまったことを、あの忌まわしい出来事を、響の五感に示している。


 そして、反射的に伸ばした手に付着したジャックの肉片が、そのぬめりが、喪失した生命を、事態が次なる状況(ステージ)に移ったことを、響に実感させる。


 確かに同情の余地などない最低の男だった。


 何度殺しても飽き足らないような男だった。


 だが、その最期はあまりに唐突で、呆気のないものであった。


 自分のこの手で殺したかったのか、理不尽に奪われたかのように思える生命への憤りなのか、自身の感情すら不可解だ。


 様々な現実への憤りが、響の眼光を鋭くし、そのきっさきは“五獣将”と名乗った五人の男女へと向けられる。


【なかなか愉しい余興でしたよ、“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”の皆さん。“猛毒(ヴェノム)”、でしたか。成程、なかなかに愛らしい“毒”です】

「―――!」


 そして、突如、声が響く。大気を震わす音響ではない。これに近い感覚はミリィの精神感応。つまり、


(脳内に直接、か……?)


 それだけではない。その声を発している人物の姿かたちもまた、同時に脳内に形作られていた。


 銀の髪に、赤の瞳。彫りの深い舞台役者のような顔立ち。その左半分はヒューズ等が束になって構成され、その隙間からは黄金の爪状のパーツが飛び出していた。


 ――常軌を逸している。


【――初めまして、辺境に生きる哀れな子羊の皆さん。私の名はドクトル・サウザンド。“秘密結社”――アナタ達の大切な平穏と安息を乱す、“全能なる神を殺す異能の機関”アルゲムの最高幹部、ジャッジメント・シックスの一人、軍医(ドクトル)の称号を持つ者です】



「な、なんだい、これは……」


 そして、サウザンドの声、容姿。虚空に映し出された少女の容貌。その全ては、地下シェルターへの避難を終えた街の住民の、全脳内に“送信”されていた。


 畏るべき異能であった。


 この街で暮らす全ての人間の脳に、同一のイメージを送り、強制的に共有させているのだ。


【何故、こんな事に。鼠のように地下に逃げ込んだ皆さんはそうお思いでしょう。確かにその通り、我々もある物質。その“物質としての神“さえこの街に紛れ込まなければ、こんな辺鄙な街に用はなかった】


 次の瞬間、おびただしい悲鳴がシェルター内を満たした。


 ホワイト夫妻の変わり果てた姿。

 ジャック・ブローズの刺突を受け、倒れる長の姿。

 燃え盛る街。

 街を蹂躙する戦闘員のイメージ。


 それらが次々と住民達の脳裏を駆け巡り、強制的に入力される。パニックを引き起こして当然の事態であった。そして、


【耐え難い悲劇でしょう。見るに耐えぬ惨劇でしょう。家は灼け、隣人は泣き、明日は見えない。でも皆さんは幸福です。たった一つの“悪業”で、この“不幸”を止められる】

「――!?」


 パチンと脳内の男が指を鳴らした瞬間、一つの奇蹟が起こった。


 神々しくも毒々しい、畏敬の念を喚起させる“赤”の光が街の中を駆け巡ったかと思うと、燃え盛っていた家々を灼く焔が消え去り、夜の涼風さえ肌に感じさせた。


 響達には、現実の光景として、シェルター内の住民達には明確なイメージとして、その“奇蹟”は伝えられる。


【長い人生に必要悪は存在します。アナタ達はそれを成すだけで救われる】


 脳内のドクトル・サウザンドの指が虚空に浮かぶ少女の貌、その頬を撫で回すように蠢く。


【我々にこの少女を差し出していただければ、ね】

「ナッ……!」 


 驚愕と怒りに、握り締めた村雨の柄が軋む。


 同時に、ルートが脳内で示される。


 少女を捕らえ、生贄として差し出すためのルートが。 


「ふざけ…」


 激情とともに、響が何処かへと駆け出そうとした瞬間、建造物から飛び降りた五人の男女の剛腕が、彼の四肢を押さえつけていた。


 驚異的な腕力である。常人であれば、四肢はもがれ、挽肉となる有様であろう。


「隊長っ!」


 駆けつけようとしたヴェノムの隊員達を、ジャックを屠った時と同様の“重力操作”と思しき衝撃が襲い、五獣将の間合いの外へとはじき出す。


 ――攻撃というよりも、摘み出すような、“優しい”一撃は、敵とすら見なされていない“力量差”をジェイク達に屈辱とともに察知させる。


「ラズフリート」

「ザンカール」

「アーロウ♪」

「ティターン」

「ヴェガン」


 名乗ると同時に、五人の容貌が変異――“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”のそれへと変わる。銀鴉と同じく複数の醒石を体内に埋め込んだ五体の圧力は凄まじく、響の骨を軋ませる。だが、


「クッ……オオオオオオオオオオッ!」 


 その刹那、響の容貌(カタチ)もまた、“骸鬼(スカルオウガ)”へと鎧醒(アームド)する。


 響を取り押さえていた“五獣将”は弾かれるように散開し、距離をとる。


 銀鴉(ジャック)との戦闘を観察し、“醒石”を喰らう骸鬼(スカルオウガ)の特性は把握済みということか。 


【彼女は悲しい事に我々が追跡していた存在をかくまい、“物質としての神“――創世石の力も手にしてしまった。ですが、虐殺や殲滅を大いに好む我々としても事は穏便に勧めたいのです。なのでアナタ方の手で我々に”差し出して“もらいたい】

「……“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”。天敵種。抵抗はよせ。貴様に、“彼女”を救うことはできない」


 ラズフリート――恐竜の骨格を鎧装と化したかのような、白い超醒獣兵(ギガ・インベイド)の竜を想起させる頭部、その牙の隙間から、低く攻撃的な声音が漏れる。


 このラズフリートの容貌は、同じ超醒獣兵ギガ・インベイドである銀鴉ジャックの印象とはまた異なり、重戦車の如き心象を見る者に与える。両肩は内部に”何かを孕んでいる”と思われる巨大な装甲に覆われており、その四肢は石柱の如く太く硬く逞しい。


 その存在を完全に人間と “(たが)えている”尻尾が凶暴に躍動し、周囲の瓦礫を破砕する。


【期待していますよ、“救世主(メシア)が降りる街”の皆さん】

「クッ……」


 軍医の演説は終わり、響の視界に強敵=五獣将だけが残される。


 肌が、人柱実験体としての五感が訴える。少なくともこのラズフリートなる男は戦闘者としても、超醒獣兵(ギガ・インベイド)としても、銀鴉(ジャック)を遥かに超える強敵だ。


 それが五人。容易に突破できる相手ではない。そして、


「シャアアアッ!」

「――!」


 もう一体、響に襲い掛かる影がある。 


 ザンカール。蒼と紫を基調とした異貌(ボディ)。刀剣そのものと化した両腕と、刃をそのまま貼り付けたかのような六つ目を持つそれは、抜き身の殺意を響へと叩き付ける。


 襲い来る刃を、骸鬼スカルオウガの肩部に在る三頭犬の牙が受け止め、放たれた拳がザンカールの異貌(ボディ)を後退させる。


 だが、それと同時に、響の骸鬼(スカルオウガ)への鎧醒(アームド)が、紐が解けるかのように解け、響の端正な顔立ちが、再び露となる。


 躊躇(ためら)いか。これは彼女を喰らう獣。使ってはならぬ異能(チカラ)――。


「クッ――」


 続け様放たれたザンカールの斬撃を、刀剣(カタナ)の形状を取り戻した“村雨”で捌き、響は五獣将から距離をとる。


 鎧醒は解除されたが、壊音との一体化によって強化・進化した筋力はある程度、持続するらしく、ザンカールの相手をするのに不足はなかった。しかし、


「ぬぅあああああああああああああっ!」

「――!?」


 防戦一方となった響を、ヴェガン――緑色の豚と爬虫類を混ぜ合わせたような異形の巨躯を持つ、その超醒獣兵(ギガ・インベイド)の突進が吹き飛ばす。


 ゴブリン、オーク、そのような物言いが似合う巨体は、鼻息も荒く、胴体から“生えている”鎖に繋がれた鉄球を振り回す。


「くそっ……」


 思考がまだ、現実を、現状を受け止めきれていない。そして、目の前に立ち塞がる強敵は、そのような不安定な精神状態メンタルで相手をしきれるような容易な相手ではなかった。しかし、


「なっ……」


 響を優しく下がらせる手があった。敢然と五獣将の前に立つ影があった。


「ミリィ……」


 響を確固たる意志とともに退け、五獣将の前に立ったのは、ミリィ・フラッド。


 ジェイクから受け取った肌着の布を外し、知覚強化端子を剥き出しにした彼女は、決意を満たした眼差しとともに、そこに立っていた。



「探すんだよ」


 そして、燃え盛る街、長の死を暗示する映像、強大に過ぎる災厄に、恐慌状態へと突入しかかっていたシェルターに彼女の、食堂の女主人、カミラ・ポートレイの凛とした声は響いた。 


 ――提示された選択肢。


 飲むべきか、飲まざるべきか。怒号にも似た無言の議論が、住民達の脳裏を這いずり回っていた。そこに口火を切ったのが、彼女の、その声であった。


「あの子を……サファイア嬢ちゃんを探すんだよ!」

「カ、カミラ、てめえっ!」


 怒号が飛び交い、激昂した男の手がカミラの襟首を掴む。だが、


「あの子をあんな連中に――!」

「ふざけんじゃないよ!」


 真に激昂していたのは男ではなかった。


 カミラの平手が男の頬を打ち、彼女の頬を涙が伝った。


「アンタ達、あの子の何を見てきたんだい! あの子に何をしてもらってきたんだい!」


 カミラの怒号に、パニックを起こしそうになっていた周囲の住民達の視線が、一斉に彼女へと集まる。


「あの子は、誰かが泣いてたらほっとける子じゃないだろ! アンタ達が泣いてた時、助けになってきたのはあの子だろ!」


 この街に生きる人間であれば、“何でも屋”の、もしくは個人としての彼女に大なり小なり、恩義を感じているものは多い。関わり合いはなくとも、彼女の朗らかな人柄に癒されていた者も多い。そして、誰の脳裏に浮かぶのも、朗らかに微笑み、他者に手を差し伸べる彼女の姿だった。


「あの子が本当に……そんな力を手にしたとしたら、きっと、きっと、自分からあのいけすかない連中のところにいっちまう」


 カミラの脳裏に、人一倍皿を割ったが、誰よりも店に笑顔をくれた彼女の微笑みが過る。大事な、密かに娘のように思っていた彼女の微笑みが。


「一人で、いっちまうよぉ……」


 肩を震わせてカミラは泣いていた。


 盟友でもあった長の死も先程、強制的に見せられたイメージのなかで察知している。そんな辛い状況のなかで、“娘”のために啖呵を飛ばした、気丈な食堂の女主人の肩を叩き、街の男達は声を上げる。


 そうだ。彼女を保護するのは、自分達の役目だ。


“皆は一人のために。一人は皆のために”それが、長が定めたこの街のルールだ。


「探そう! お嬢ちゃんを! きっとアル坊も一緒にいる!」

「長が作ったのは、嬢ちゃんを見捨てるような恩知らずな街じゃねえぞ!」


 恐慌状態に陥りつつあったシェルター内の空気は変わった。


 誰もが、いままで自分を助けてくれていたサファイアへの恩義と、愛情のために動こうとしていた。

 それは、軍医(ドクトル)の期待を裏切る、“突破口”と成り得るだろうか――。


NEXT⇒第02話 足掻く者たち

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