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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
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第17話 悪夢

「奇比(キヒ)…何だヨ――手前(テメェ)」

 

 死闘は終わりを告げ、“人間(ヒト)の容貌(カタチ)を取り戻した”二体――二人は、崩れ砕けた建造物の残骸の前で、鋭利な視線を交差させていた。


 “骸鬼(スカルオウガ)”によって与えられた損傷(ダメージ)は、“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”――“醒石(せいせき)”の回復力でも補いきれるものではなく、四肢を失った達磨(ダルマ)の様な状態で、ジャック・ブローズは、眼前に立つ響(キョウ)=ムラサメの姿を眺めていた。


 “銀鴉(シルバークロウ)”の異形と四肢を失い、元の“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”の容姿となったジャックの姿は弱々しくもあったが、それでいてもなお“生命を維持している”という点で、充分に驚嘆、驚異に値する生命であると言える。


 “骸鬼(スカルオウガ)”への“鎧醒(アームド)”を解除した響は、縛鎖から刀剣の形状を取り戻した村雨を、ジャックへの喉元へと突きつけ、その鋭い眼光を尖らせていた。


 その端正な顔立ちはいまだゲルに張り付かれてはいたが、その面積はあきらかに減っていた。 


 体内の“壊音(カイオン)”を“骸鬼(スカルオウガ)”として制御した事で、人間(ヒト)としての体組織が再生、活性化を始めたのかもしれない。そんな響の貌(かお)に、ジャックは唾(つば)を吐きかける――。


「……中途半端な野郎だ。トンデモネェ怪物に成り病(ヤ)がったと思え馬(バ)、俺ヲ、殺(コロ)蹉(サ)ネェのカヨ……」

「――お前にはまだ用がある。お前が、この馬鹿騒ぎの“首謀者”ってわけじゃないだろう」


 己の頬を流れる唾を拭いもせず、響は握る村雨の柄に、強く力を込める。


 村雨の刃がジャックの首筋、肌に触れ、裂けた皮膚から緑と赤の混じった体液が、ドクドクと流れ落ちていた。


「九九九(ククク)……拷問でもするつもりか? 第一、何を聞き出すつもりだよ。首謀者(スポンサー)――組織(アルゲム)の事を聞き出したところで手前(テメェ)に理解できるとは思えないが名ァ」

「……“壊音(コイツ)”の使い方はだいぶ覚えた。お前の神経一本一本に潜り込ませて、掻き毟(むし)ってやっても、引き千切ってやってもいい。お前の再生能力を考えれば、苦痛が永遠に続く……さぞや愉しい時間になるだろうな」


 表情も変えず淡々と告げる青年に、ジャックの臓腑にヒヤリとした感覚が走る。


 その言葉を寸分違わず“実践”する強固な意思を、ジャックは確かに感知していた。


「“これだけの事”をしてくれたんだ。貴様等には、代価を支払ってもらう。――俺が理解する必要はない。何処に居て、何処からこの悪趣味な騒ぎを眺めているかを吐けば、それでいい。俺が乗り込んで、俺という“猛毒(ヴェノム)”を喉に流し込んでやる。この街に来たことを万回悔やむほどの“恐怖”と、“絶望”をな」


 そう語る響には、有無を言わさぬ“凄味”があった。


 凶相の仮面に覆われていた時以上に壮烈な、響の眼光と意志が、自らの内臓(はらわた)のなかを蠢(うごめ)いているかのようだった。


 ジャックは唾を飲み込み、その”重圧(プレッシャー)”という名の吐き気を噛み殺す――。


(名(ナ)……做(な)ン菜(な)ンダ、コイツは――)


 そして、その“凄味”を持つ響の瞳に宿るのは、憎悪や憤怒のみではない。


 ジャックに解せずとも、状況を見守る保安組織(ヴェノム)の隊員達、救われた少女、親子には解(わか)る。


 彼の瞳に宿る最たる感情は、燃え盛る街への、帰らぬ人々への悼(いた)み、悔恨、滾(たぎ)るような“慈愛”と“哀しみ”である。


 ――それは、今は亡き、響達が“父”と慕う、長の瞳に宿っていたものに、よく似ている。


「俺達は煌都(こうと)に選抜(スカウト)されていた。それは、お前が殺したホワイト夫妻と長が繋いでくれた道。

 ――煌都(ヤツら)は俺達の返事を待っている可能性もある。そんな街から長時間、連絡が途絶えたら、煌都の連中も、“少しは妙に”思うだろうな。お前の言う組織とやらの詳細も、出自も、遅れて出張ってくる連中に任せればいい。お前には、奴等が来るまで道案内をしてもらう。首謀者どもが落ちる地獄へと続く、その道程のな」


 ジャックへと、一歩踏み出した響の影。


 その輪郭(シルエット)が一瞬、三頭犬(ケルベロス)をその身に宿す、異形の鬼へと変貌する――。


「この街の人間を護るためなら、組織だろうが、神だろうが斃(たお)し、喰らってやる――俺の異能(チカラ)はその為に、在(あ)る」

「隊長……」


 目に余る、漆黒の異形を内に抱えながらも、響という青年は何も変わっていない。


 人間のまま、人間として、其処(そこ)に立っている。


 ――変わった点があるとすれば、その繊細さを鎧装(ヨロイ)のように覆い隠すだけだった痛々しいまでの“強さ”を、いまは、その繊細さが確かに制御し、自らの血肉としている、という点だろうか。


 部下達の心に、もはや不安も、恐れもない。


 確固たる“信頼”だけが其処にある。


 だが、


「ク、ククク……おもしれえ、おもしれえぜ、お前。――“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”か。なるほど、わざわざ“精神感応物質(ヒヒイロカネ)”なんぞを使ってた理由(わけ)がようやく飲み込めたぜ……」

「何……?」


 だが、ジャックの声はこの後に及んで、不穏に、愉しげに空気を震わせる。


 ――まるで、響を嬲(なぶ)り、嘲(あざけ)るように。


「お前が使うにゃ醒石(せいせき)の“贋作(デッドコピー)”でなきゃならなかったわけだ。――“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”の異能が通じねえのも納得だ。

 こいつは面白い趣向だぜ。“適正者”の男が“天敵種”。成る程、だからこそあの女が“選ばれた”のか――」

「何を……貴様、何を言っている……?」


 ジャックの言葉に、響の表情が怪訝(けげん)に歪む。


 ――予感があった。


 言い知れぬ、“嫌ナ”予感が。


「クハハハハ、残念だなお前――お前が成っちまったモンは!」


(――まったく何処までも甘いヤツだ)


「何……?」


 突如、内側から響いた声に、響の理性が惑いを覚えた瞬間――、


「犧(ギ)、犧(ギ)アアァァぁぁッ!?」

「な……」


 “悪夢”はその幕を上げる。


 瞬きすら許されぬ程の刹那に、ジャックの苦悶が、喘(あえ)ぎが、周囲の空気を、景色を一変させていた。


 響の意識。その間隙を突くような一瞬に、三頭犬(ケルベロス)の形を成した“壊音”がジャックへと喰らいつき、その肉を、その肉に埋め込まれた“醒石”を貪り食っていたのだ。


「なっ……何をしてるッ!? お前――」 


(感謝してるぜ兄弟――。我(ヲレ)にこの“口”を与えてくれた事をナァ)


 宿主(あるじ)の戸惑いを余所に、内なる“壊音(カイオン)”は愉悦に歪む下卑た声音を、響の精神へと響かせていた。


 “己の目論見どおり”に動いた、馬鹿な宿主(あるじ)を嘲(あざけ)るように。


(不定形な我に、お前が確かなカタチ、成熟した一個の形態を与えてくれた事で、我(ヲレ)の機能は完全に解放された。コレを喰らい、消化するには、宿主との一体化。“骸鬼(スカルオウガ)”への鎧醒(アームド)が段階として必要だったからナァ……)


 続く暴虐。ヴェノムの隊員達は言葉を失い、少女は表情を凍りつかせ、少年はただ嘔吐した。母親は子供達の目を暴虐から庇うように、二人の子を強く抱きしめる。


「やめろ……やめろッ!」


 響の顔に張り付いていたゲルが引き、満身創痍だったはずの肉体の傷が、凄まじい速度で再生してゆく。

 

 ――恐るべき“美味”であった。これを喰らうために生まれてきたのだと、本能が咆哮するような、禍々しい美味。


 それは芳醇(ほうじゅん)で、甘く、口内の味覚でなく、全身の五感で味わう、“捕食”であった。


 だが、その事実が響の臓腑に吐き気を催させる。


 これでは、人間(ヒト)を喰らって悦ぶ魔獣(ビースト)の有様である。


 違う。自分がなったものは、人間を喰らうものでなく、人間を護る――、


「碑簸簸(ヒヒヒ)……人間(ヒト)を護る存在(モノ)、か。人知を超えた“神”を殺し、人類を万物の頂点に置くって意味じゃあ、その通りかもなぁ」

「――!」


 戸惑(とまど)う響へ、喘(あえ)ぐようなジャックの言葉(こえ)が投げ付けられる。


 ただ酷薄に。ただ残酷に。


「……“醒石(せいせき)”と、“醒石(せいせき)”と繋がった者の肉を糧とする“天敵種”。“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”を打倒・殲滅するために七罪機関(セブン)が産み出した最悪の失敗作。“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”。へ、へへ……お目にかかれて光栄ってヤツだぜ」

「…………」


 思考が現実に追いつかない。


 衝撃の余り片膝を付く響とその肉を繋いだ三頭犬(ケルベロス)は、“醒石”をガリガリと噛み砕きながら、食事の余韻に浸っている。


 暴虐から解放されたジャックは、埋め込まれていた“醒石”を失ってもなお不敵に嗤(わら)い、さらなる言葉を、嬲(なぶ)るように投げようとしていた。しかし――、 


「お、おい、待てよ……。何で、手前らが」

「………?」


 彼の享楽は、一瞬で戦慄に変わっていた。


 瞬く間に、その表情は凍りつき、蒼白となる。


 同時に、響の五感も“何か”を感知していた。これは――、


「ま……待てっつってんだろ! 俺は、俺はあの方の――」


 形振り構わず、唾を飛ばすジャックに、容赦なくその“異常”は、“不可視の五指”は襲いかかっていた。


 その理解を超えた現象に皆が息を呑んだ刹那。


 四肢を失い、動けぬはずのジャックの肉体が宙を舞い、空へと“落ちて”いた。


 深く昏(くら)い、黄泉(よみ)の世界へと、連れ去られるかのように。


「ぎ……ぎゃあああああああああああ!?」

「―――!?」


 そして、遥か上空で静止したジャックの体は、その不可視の手に“握り潰される”かのように軋み、崩れ出す――。


 重力制御(グラビディ・コントロール)。


 この場にいる誰のものでもない異能(チカラ)が、ジャックをいま捕獲し、“処分”しようとしていた。


「クッ――!」


 あからさまな“処刑”だった。


 反射的に響がジャックへと腕を伸ばした瞬間、ジャックの肉体は、ボールのように破裂し、憐れな挽肉(ミンチ)へとその姿(かたち)を変えていた。


 飛び散った飛沫、命の残滓が、響の頬を濡らし、彼の瞳に憤りの色を滲ませる――。


「な……」


 “何かがいる”と、五感が訴えるその先に、響が目線を送ると、燃え盛る建造物の屋上に、悠然と立つ“賊”達の姿が確認できた。


 立ち塞がるは、余裕に満ちた佇まいを見せる、漆黒のラバースーツに身を包んだ、五人の男女。


 ――当然のように、そのラバースーツには逆十字(さかさじゅうじ)の紋章(エンブレム)が刻まれていた。


「貴様等は……」


 聞こえるはずもない距離にいる彼等に対し、響は呟く。


 しかし、超常に超常を重ねつつある戦場に、そのような“常識”はあってないようなもの。


 五人の中心に立つ巨漢は、確かに響の声を聞き取り、応えてみせる――。


「我等は“超醒獣兵(ギガ・インベイド)、五獣将(ごじゅうしょう)”」

「何……?」


 男が名乗った瞬間、尋常ではない重圧(プレッシャー)が、響の五感にのし掛かっていた。


 ジャックと同様に、いやそれ以上に体内に“醒石(せいせき)”を埋め込んだ“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”達は、闘気漲る獰猛な笑みとともに言葉を紡ぐ――。


「我らの目的は、お前がいま喰らった“醒石(せいせき)”の上位種にして、この惑星の核たる“創世石”と、その“適正者”の確保」

「“創世石”、だと……?」

「見るがいい」


 巨漢が空を指差したその瞬間、夜の闇に光が満ちる。


「――これが我らの求める“適正者”の姿だ」

「な……」

 

 その朱い、朱く毒々しい光が形作るは、一つの映像(ビジョン)――。


 その夜空という巨大スクリーンに映し出された、“看過できぬ”映像に、響は息を飲む。


「……嘘、だろ……」


 それは、畏敬を喚起させる“赤”の石を手にした少女の姿であった。

 

 響のよく知る、あの少女の姿であった。


 響が愛し、“守る”と誓った――


(非常食や保存食だけじゃあ餓死だ…)


 非常食、それは、


(精神感応物質(ヒヒイロカネ)なんて醒石の贋作(デッドコピー)に過ぎねえって――)


 本来の食料たる醒石、その模造品である精神感応物質(ヒヒイロカネ)=村雨。

 それが増幅させた、自らの戦闘衝動。


(お前が喰らった醒石の上位種、創世石)


 それを手にしたのがいま、虚空に映し出されている――


(醒石と、醒石と繋がった者の肉を糧とする“天敵種”)


 そして、それを喰らうのは、


(面白いノサ、貴様の七転八倒は――)


「ク…ア…オオオオォォォォォ―――ッ!」


 響の喉から、呪いの叫びが、残虐なる運命への叫びが轟(とどろ)く。


 こんな“馬鹿なこと”が、許されるものか――。


 鋭く歪んだ赤い瞳から血涙が溢れ、流れ落ちていた。


「サファイア、さん……」


 残酷なる現実。


 そのミリィの掠れた声が紡ぐように、響の愛する少女の姿がいま、虚空(そら)に在(あ)る。


 この災禍の中心、標的(ターゲット)として。


 “創世石”。“人柱実験体”。“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”。


 血に染まり、焔(ほのお)に包まれる舞台に役者は揃う。


 そして、その決戦(ドラマ)の幕がいま、静かに上がろうとしていた。


第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis― 了 NEXT⇒第三章 決戦―Count Zero―


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