表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
31/172

第17話 悪夢

奇比(キヒ)…何だヨ――手前(テメェ)

 

 死闘は終わりを告げ、“人間(ヒト)容貌(カタチ)を取り戻した”二体――二人は、崩れ砕けた建造物の残骸の前で、鋭利な視線を交差させていた。


 骸鬼(スカルオウガ)によって与えられた損傷(ダメージ)は、超醒獣兵(ギガ・インベイド)――醒石(せいせき)の回復力でも補いきれるものではなく、四肢を失った達磨(ダルマ)の様な状態で、ジャック・ブローズは、眼前に立つキョウ=ムラサメの姿を眺めていた。


 銀鴉(シルバークロウ)の異形と四肢を失い、元の“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”の容姿となったジャックの姿は弱々しくもあったが、それでいてもなお“生命を維持している”という点で、充分に驚嘆、驚異に値する生命であると言える。


 骸鬼(スカルオウガ)への“鎧醒(アームド)”を解除した響は、縛鎖から刀剣の形状を取り戻した村雨を、ジャックへの喉元へと突きつけ、その鋭い眼光を尖らせていた。


 その端正な顔立ちはいまだゲルに張り付かれてはいたが、その面積はあきらかに減っていた。 


 体内の“壊音(カイオン)”を“骸鬼(スカルオウガ)”として制御した事で、人間(ヒト)としての体組織が再生、活性化を始めたのかもしれない。そんな響の(かお)に、ジャックは(つば)を吐きかける。


「中途半端な野郎だ。トンデモネェ怪物に成り()がったと思え()、俺ヲ、(コロ)()ネェのカヨ……」

「――お前にはまだ用がある。お前がこの馬鹿騒ぎの首謀者ってわけじゃないだろう」


 己の頬を流れる唾を拭いもせず、響は握る村雨の柄に、力を込める。

村雨の刃がジャックの首筋、肌に触れ、裂けた皮膚から緑と赤の混じった体液が流れ落ちる。


九九九(ククク)……拷問でもするつもりか? 第一、何を聞き出すつもりだよ。首謀者(スポンサー)組織(アルゲム)の事を聞き出したところで手前(テメェ)に理解できるとは思えないが名ァ」

「……“壊音(コイツ)”の使い方はだいぶ覚えた。お前の神経一本一本に潜り込ませて、掻き(むし)ってやっても、引き千切ってやってもいい。お前の再生能力を考えれば、苦痛が永遠に続く……さぞや愉しい時間になるだろうな」


 表情も変えず淡々と告げる青年に、ジャックの内腑(ないふ)にヒヤリとした感覚が走る。


「これだけの事をしてくれたんだ。貴様等には、代価を支払ってもらう。――俺が理解する必要はない。何処に居て、何処からこの悪趣味な騒ぎを眺めてやがるのか吐けば、それでいい。俺が乗り込んで、俺という“猛毒(ヴェノム)”を喉に流し込んでやる。一人残らずこの街に来たことを万回悔やむほどの“恐怖”を、“絶望”をくれてやる」


 凶相の仮面に覆われていた時以上に壮烈な、響の眼光が、意志が、自らの内臓(はらわた)のなかを(うごめ)いているかのようだった。ジャックは唾を飲み込み、”重圧プレッシャー”という名の吐き気を噛み殺す。



 そして、その響の瞳に宿るのは、憎悪や憤怒のみではない。


 ジャックに解せずとも、状況を見守る保安組織(ヴェノム)の隊員達、救われた少女、親子には(わか)る。


 彼の瞳に宿る最たる感情は、燃え盛る街への、帰らぬ人々への悲しみ、悔恨、(たぎ)るような“慈愛”である。それは、今は亡き、響達が父と慕う男の瞳に宿っていたものに、よく似ている。


「俺達は煌都(こうと)選抜(スカウト)されていた。それは、お前が殺したホワイト夫妻と長が繋いでくれた道。

 ――煌都(ヤツら)は俺達の返事を待っている可能性もある。そんな街から長時間、連絡が途絶えたら、煌都の連中も、“少しは妙に”思うだろうな。お前の言う組織とやらの詳細も、出自も、遅れて出張ってくる連中に任せればいい。お前には、奴等が来るまで道案内をしてもらう。首謀者どもが落ちる地獄へと続く、その道程のな」


 ジャックへと、一歩踏み出した響の影が一瞬、三頭犬(ケルベロス)をその身に宿す異形の鬼へと変貌する。


「この街の人間を護るためなら、神だろうが、なんだろうが、喰らってやる――俺のこの異能(チカラ)はその為に、()る」

「隊長……」


 目に余る、漆黒の異形を内に抱えながらも、響という人間は何も変わっていない。変わった点があるとすれば、その繊細さを覆い隠すだけだった痛々しいまでの“強さ”を、その繊細さが確かに制御し、いまは我が物としている、という点だろうか。


 部下達の心に、もはや不安も、(おそ)れもない。だが、


「ククク……おもしれえ、おもしれえぜ、お前。――“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”か。なるほど、わざわざ精神感応物質(ヒヒイロカネ)なんぞを使ってたわけがようやく飲み込めたぜ」

「何……?」


 だが、ジャックの声はこの後に及んで、不穏に、愉しげに空気を震わせる。


「お前が使うにゃ醒石の贋作(デッドコピー)でなきゃならなかったわけだ。超醒獣兵(ギガ・インベイド)の異能が通じねえのも納得だ。面白い趣向だ。“適正者”の男が“天敵種”。いや、だからこそあの女が選ばれたのか――」

「貴様、何を言っている……?」


 ジャックの言葉に、響の表情が怪訝(けげん)に歪む。


「クハハハハ、残念だなお前――お前が成っちまったモンは!」


(――まったく何処までも甘いヤツだ)


「何……?」


 突如、内側から響いた声に、響の理性が惑いを覚えた瞬間、


()()アアァァぁぁッ!?」


 ジャックの苦悶が、喘ぎが、周囲の空気を、景色の色を一変させる。


 瞬きすら許されぬ間に、響も意図せぬ一瞬の時に、三頭犬(ケルベロス)の形を成した“壊音”がジャックへと喰らいつき、その肉を、その肉に埋め込まれた“醒石”を貪り食っていた。


「なっ……何をしてるッ!? お前――」 


(感謝してるぜ兄弟。(ヲレ)にこの“口”を与えてくれた事をナァ)


 宿主(あるじ)の戸惑いを余所に、内なる“壊音(カイオン)”は愉悦に歪む下卑た声音を、響の精神へと響かせる。


(不定形な我に、お前が確かなカタチ、成熟した一個の形態を与えてくれた事で、(ヲレ)の機能は完全に解放された。コレを喰らい、消化するには、宿主との一体化。“骸鬼(スカルオウガ)”への鎧醒(アームド)が段階として必要だったからナァ……)


 続く暴虐。ヴェノムの隊員達は言葉を失い、少女は表情を凍りつかせ、少年はただ嘔吐した。母親は子供達の目を暴虐から庇うように、二人の子を強く抱きしめる。


「やめろ……やめろッ!」


 響の顔に張り付いていたゲルが引き、満身創痍だったはずの肉体の傷が、凄まじい速度で再生してゆく。

 

 ――恐るべき“美味”であった。これを喰らうために生まれてきたのだと、本能が咆哮するような、禍々しい美味。


 それは芳醇(ほうじゅん)で、甘く、口内の味覚でなく、全身の五感で味わう、“捕食”であった。


 だが、その事実が響の臓腑に吐き気を催させる。


 これでは、人間(ヒト)を喰らって悦ぶ魔獣(ビースト)の有様である。


 違う。自分がなったものは、人間を喰らうものでなく、人間を護る――、


碑簸簸ヒヒヒ……人間(ヒト)を護る存在(モノ)、か。人知を超えた“神”を殺し、人類を万物の頂点に置くって意味じゃあ、その通りかもなぁ」

「――!」

醒石(せいせき)と、醒石(せいせき)と繋がった者の肉を糧とする“天敵種”。“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”を打倒・殲滅するために七罪機関セブンが産み出した最悪の失敗作。“神を喰らう獣(プラネット・イーター)”。へ、へへ……お目にかかれて光栄ってヤツだぜ」


 思考が現実に追いつかない。


 衝撃の余り片膝を付く響とその肉を繋いだ三頭犬(ケルベロス)は、醒石をガリガリと噛み砕きながら、食事の余韻に浸っている。


 暴虐から解放されたジャックは、埋め込まれていた醒石を失ってもなお不敵に(わら)い、言葉を投げていた。しかし、 


「お、おい、待てよ……。何で、手前らが」

「………?」


 その表情が凍りつき、蒼白となる。


 響の五感も何かを感知する。これは――、


「ま、待てっつってんだろ! 俺は、俺はあの方の――」


 次の刹那、四肢を失い、動けぬはずのジャックの肉体が宙を舞い、空へと落ちてゆく。


「ぎ、ぎゃあああああああああああ!?」

「―――!?」


 そして、遥か上空で静止したジャックの体は、見えない掌に捕縛されたかのように軋み、崩れ出す。


 重力制御(グラビディ・コントロール)。この場にいる誰のものでもない異能(チカラ)が、ジャックをいま捕獲し、握りつぶそうとしていた。


「クッ――!」


 反射的に響がジャックへと腕を伸ばした瞬間、ジャックの肉体は握り潰され、破裂するボールのように挽肉(ミンチ)へとその姿を変えていた。その飛沫が、響の頬を濡らす。


 一瞬の出来事であった。


 “何かがいる”。五感が訴えるその先に、響が目線を送ると、燃え盛る建造物の屋上に立つ、“賊”達の姿が視界に溢れる。


 それは、漆黒のラバースーツのようなものに身を包んだ、五人の男女であった。


 ――当然のように、そのラバースーツには逆十字(さかさじゅうじ)紋章(エンブレム)が刻まれている。


「貴様等は……」


 聞こえるはずもない距離にいる彼等に対し、響は呟く。だが、五人の中心に立つ巨漢は、確かにその声を聞き取り、応える。


超醒獣兵(ギガ・インベイド)五獣将(ごじゅうしょう)

「何……?」


 ジャックと同様に、いやそれ以上に体内に醒石を埋め込んだ“五獣将”達は、闘気漲る獰猛な笑みとともに言葉を紡ぐ。


「我らの目的は、お前がいま喰らった醒石の上位種にして、この惑星の核たる“創世石”と、その適正者の確保」

「創世石、だと……?」

「見るがいい」


 巨漢が空を指差したその瞬間、夜の闇に異変が起きた。

 

 朱い、朱く毒々しい光が夜空に溢れ、やがて一つの映像を映し出す。


 その巨大なスクリーンに映し出された、虚空(こくう)に映し出された映像に、響は息を飲む。


「これが我らの求める“適正者”の姿だ」


 それは、畏敬を喚起させる“赤”の石を手にした少女の姿であった。

 

 響のよく知る、あの少女の姿であった。


(非常食や保存食だけじゃあ餓死だ…)


 非常食、それは、


精神感応物質(ヒヒイロカネ)なんて醒石の贋作(デッドコピー)に過ぎねえって――)


 本来の食料たる醒石、その模造品である精神感応物質(ヒヒイロカネ)=村雨。

 それが増幅させた、自らの戦闘衝動。


(お前が喰らった醒石の上位種、創世石)


 それを手にしたのがいま、虚空に映し出されている――


(醒石と、醒石と繋がった者の肉を糧とする“天敵種”)


 そして、それを喰らうのは、


(面白いノサ、貴様の七転八倒は――)


「ク…ア…オオオオォォォォォ―――ッ!」


 響の喉から、呪いの叫びが、残虐なる運命への叫びが(とどろ)く。


「サファイア、さん……」


 ミリィの掠れた声が紡ぐように、響の愛する少女の姿がいま虚空に()った。


 創世石。人柱実験体。“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”。


 血に染まり、(ほのお)に包まれる舞台に役者は揃う。


 そして、その決戦(ドラマ)の幕がいま、静かに上がろうとしていた。


第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis― 了 NEXT⇒第三章 決戦―Count Zero―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ