第13話 血と焦燥と疑念とⅠ
#10
「すごいねぇ……たった四人で本当に一個大隊、殲滅しちゃったよ! 百騎《鬼》衆とか業煉衆なら喉から手が出るような人材じゃない!? 組織もスカウトの仕方、考えたほうがいいねぇ! 戦闘力もそうだけれど、どこにでも転がってる無法者だけじゃ愚連隊にしかならない。世界の革新を願うなら、ああいう純な、剥き出しの熱情が必要だよ」
人間ってのはこうじゃないと、ね。
付近の建造物、その屋上から戦況を見守るシャピロの口から口笛のように感嘆が漏れ、隣に立つ青の青年、ブルー=ネイルは彫像の如く動かぬ表情とともに、淡々と事態の推移を“観察”していた。
「……だが、大局から見れば、その精鋭も飽くまで“歩兵”。それ相手に、軍医もこれ以上の手札は切らない、か」
「まっ、“救世主”戦もあるからねぇ。ヘリと戦闘員以外の戦力――本隊の投入はないと見ていいかな。しかし、あの彼も人柱実験体なんだよねぇ? ……となると、“七罪機関”によって産み落とされた七体の内の四体が此処にいることになるわけだ。神殺しのために造られた人柱実験体が、物質としての“神”、創世石の覚醒の地に集うなんて、なんだか奇遇だね。“七罪機関”を壊滅させたキミとしては複雑かな、ブルー?」
「いまさら、“七罪機関”など関係ない。だが」
言葉と同時に、ブルーの眼下に現れた“彼”を、響を捉える眼差しに、彼らしからぬ感情の色彩が宿る。それこそ、“剥き出しの熱情”とすら呼べるような――。
「あの異能――“気”にはなる」
「非熬彌唖アァァ――ッ!」
家屋を灼く焔が渦巻く災禍のなか、激突する異能と異能。
銀鴉の腕に翼の如く構築された刃、“刃翼”による斬撃を、響の村雨が受け止め、続け様、襲い掛かる“忌銀の魔爪”の水銀を、響の肉から滲み出した“壊音”のゲル状の触手が弾く。
後方に飛び退き、一旦、距離をとった響を、銀鴉の肩口から射出される散弾“忌銀の魔弾”が追撃。
しかし、響によって弾幕の如く振るわれる超高速の斬撃、閃光の嵐が散弾を切り裂き、阻む。
なおも襲いくる散弾を払うため、村雨を振るいながら、街路を蹴り、付近の建造物の壁面へと飛んだ響はそのまま壁面を走り抜け、“忌銀の魔弾”の発射により僅かに硬直状態にある銀鴉へと斬りかかる――。
「娑ァッ!」
迎撃のために半ば強引に放たれた銀鴉の斬撃が、響の肩口を切り裂いたが、振り下ろされた村雨の鋒は鋭く、銀鴉の胸に縦一文字の傷が刻まれる。
切り裂かれた銀の鎧装から緑色の体液が噴き出し、その返り血を浴びた響へと銀鴉の背の槍状の触手“忌銀の翼槍”が直進し、響の肉体を弾き飛ばす!
衝撃を拡散するべく、その身を回転させ、響は受身をとるように地面へと体を寝かせる。その決定的かと思われる“隙”に銀鴉が動かなかったのは、危険を察知する彼の、研ぎ澄まされた本能故か。――それとも、侮りか。
「――砕けッ! 壊音ッ!」
飛び退き、距離をとろうとした銀鴉へと、死骸を束ねた竜が大口を開けて襲い掛かる。
だが、銀鴉は微動だにせず、“忌銀の魔弾”を発射した肩の鎧装を蠢かせる。
次第に肥大化し、雷獣の如く顎を開いたそれは、眩くも禍々しい、装填された“醒石“のエネルギーを解き放つ――。
「 “忌銀の――砲門”ッ!」
刹那、銀鴉の肩に産み出された球状の器官が熱線を放ち、襲い掛かる死骸の塊を一瞬の内に蒸発させていた。
死骸を束ねていた“壊音”は弾け飛び、地面を跳ね回りながら、響の肉体へと収束してゆく。
熱線によって街路は抉られ、溶解し、溶岩の如く赤々と煮立っていた。
「非婢婢、“防衛本能”……ってやつか。テメェと殺り合うに至って、“醒石”の連中も進化を始めたようだ是ェ? こりゃ“選定された六人の断罪者”ともやれそうだなぁオイ! テメェ、どんだけ危ネェもんを飼ってやがるんだ――?」
もっと……もっと愉しませろヨ。
銀鴉の緑色の単眼が響の“中身”を探るように、弄ぶように歪む。
見れば、銀鴉の両肩の鎧装は、長槍のように伸び尖り、全身にあった撓み、歪みは矯正され、彫刻のように引き締まった筋肉を浮き立たせた、よりシンプルなものへと変化を始めていた。
それは、鎧というよりは硬質化した裸身のような心象を見る者に与える。
間違ってもそれは、人間の裸身ではないが。
(クッ……)
そして、対峙する響もまた、己の内部で進行する“変化”のなか、己が半身たる“壊音”に起こりつつある明らかな“変質”を感じ取っていた。
平静の仮面に、一抹の焦りが過るほど、その“欲求”は深刻だった。これは――、
「なっ……」
また、状況を見守る隊員たちの背にも戦慄が走っていた。
目の前で繰り広げられた異能と異能の交差。
その衝撃が、全身を蝕む激痛と疲労を麻痺させていた。
「なんて怪物なの……。短い時間の中でどんどん進化してる。只でさえ手に負えないような化け物なのに――」
「ああ、確かにとんでもねぇ怪物だ」
呟いたミリィの背後に、副隊長であるジェイクの影が立つ。
「――俺達の隊長は」
“何っ……!?”と、 予期せぬ言葉に振り返ったミリィに、ジェイクは諭すように“巻け”と肌着を裂いたと思しき布を手渡す。眼帯を失い、眼窩が剥き出しとなったままの彼女へと差し出されたそれは血に汚れてはいたが、微かな安らぎをミリィの疲弊し、ささくれ立った精神に吹き込んでくれる。
「あり……がとう」
「考えてみろ、俺のスピードも、ガルドのパワーも、お前の超感覚もあの鳥野郎には通じなかった。だが、隊長はあの怪物の速度に対応し、力負けもしてねぇ。お前の超感覚と生命を削るような“無茶”でやっとこさ捉えたあの野郎に、当たり前みてえに肉薄して遜色ねぇ有様だ。もう、ありゃ“強化兵士”なんて段階じゃねえ。あの人の“中身”がどうなっちまってるのか、もう、俺にゃ想像も、見当もつかねえ……」
平静でいようとする声が掠れ、上ずる。
「覚悟なんてもんじゃねえ。あのヒトは本当に後先考えず、この街のために全部捨てる気でいる。サファイアちゃんやアル坊の為に、長との約束の為に、本気で……」
“畜生っ! 畜生畜生畜生っ!” 激情とともに瓦礫を蹴り上げた脚が粉塵を巻き上げ、恥も外聞もない悔恨の叫びが血に澱んだ空気を震わせる。
「なんで俺は“人柱実験体”ってやつじゃないんだろうな。なんで只の“強化兵士”なんだろうな。あの人だけに俺は……!」
「ジェイク……」
震える肩から滲み出る無念。ガルドもまた、歯が砕けるほどの歯軋りとともに、響と銀鴉の異能――死闘を見つめていた。
そして、自らの無力を嘆き、喚けるほど、死の寸前にあった肉体が回復を始めている。
“強化兵士”としての回復力を加味しても、異様な速度で傷は塞がり始め、疲弊の極みにあった身体に徐々(じょじょ)に体力が戻り始めていた。
――理由は誰にもわからなかった。
唯、唯一つ、その要因らしきものを捉える眼があった。
ミリィの超感覚の眼――剥き出しとなった知覚強化端子だけが“それ”を、空間を漂う微量の“赤”を捉えることができた。
(これは……)
薄く赤い霧のように周囲を漂う光。
それは、触れ、視るだけで、畏れを喚起させる“畏敬の赤”。
長く視覚してはいけない。“魔法使い”として研ぎ澄まされた本能がそう告げる。
これは只の光や粒子ではない。
うかつに認識すれば、精神を壊しかねない“力”を感じる――。
けれど、温かい。自らの感覚を蝕み、肉体を癒す光に、ミリィの脳裏に徐々(じょじょ)に一人の女性のイメージが浮かび上がる。
(サファイア、さん……?)
只の直感や白日夢ではない。
周囲を漂う光を知覚強化端子が解析した結果――その形が導き出された。
聖母、救世主。眠っているような、彼女の横顔にそのような言葉達が重なる。
この癒し、“奇蹟”も彼女の差し伸べた手なのだろうか。
(お願い、サファイアさん――)
畏るべき力を秘めた“赤”の光から精神を防護するため、ジェイクから手渡された布を、左眼を覆うように巻き、ミリィは親愛なる“恋仇”へと請い願う。
――奇蹟ならば、眼の前の“愛する人”へ届けて。
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