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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
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第12話 異形―キョウ―


「隊長……」

「隊長……!」


 (キョウ)=ムラサメ。


 彼はそこに()った。


 顔の半分以上はゲルに覆われ、その隙間から(のぞ)()は、赤々とした尋常(じんじょう)ならざる光を放っている――。


 保安組織ヴェノムの隊長であり、全身に(まと)わりつくゲル状の魔獣“壊音(カイオン)”の宿主である青年は、己が半身たる妖刀“村雨”を地面に突き立てると、その赤の瞳を周囲の戦況、そして、倒れたままの部下達へと向け、己が唇を血の(にじ)むほど噛み締める。


「ジェイク、ガルド――」


 骨は砕け、肉は裂け、


「ミリィ……」


 超えてはならぬ限界を幾度も超えてしまった“無残”が、そこにはあった。ゲルから(のぞ)く赤の瞳のなかで、怒りと哀しみが入り混じり、唇に滲んだ血が、涙の如く流れ落ちる。


「待たセたな」


 喉すらも壊音(カイオン)に侵食されているのか、異様な声音を発し、全身を戦闘員(シャグラット)の返り血で染め、いまも腕から(おびただ)しい血を(したた)らせる彼が(まと)う気配は、禍々(まがまが)しき“戦鬼”そのもの。しかし、


「待たセたな、皆……!」


 異音に(さいな)まれながらも、他者を(いつく)しむその声音が(つむ)がれたその瞬間、部下達は、兄妹(きょうだい)達は、彼の“到着”を確信する。


 夢幻(ゆめまぼろし)などでなく、彼は現在(いま)、間違いなく“此処(ここ)”に“()”る。 


()穿()ァァ――ッ!」

「……!」


 そして、そんな彼を歓迎(かんげい)するように銀鴉(ジャック)(のど)奇声(きせい)を放つ。両腕から垂れ流される水銀、“忌銀の魔爪”が銀鴉(ジャック)の興奮を示すように(うごめ)き、“忌銀の翼槍(アルジェント・フュリューゲル)”は街路を砕き斬り、荒れ狂う。


「やっとおでましか、実験体野郎(ゴドウルイ)。すっかり待ちくたびれた()ェ? こいつらもなかなか遊び甲斐(がい)のある玩具(オモチャ)だったがヨォ、所詮(しょせん)玩具(オモチャ)玩具(オモチャ)――」


 やっと姿を現した仇敵(きゅうてき)に、銀鴉(ジャック)の舌が饒舌(じょうぜつ)に捲し立てる。


 だが――、


「大丈夫か、ミリィ?」

「隊、長……」


(アアッ!?)


 ナニカガオカシイ。


 銀鴉(ジャック)はそこで異変に気付く。

 

 先程まで足元にあったはずのミリィの身体が響の腕に抱かれている。ジェイクとガルドの肉体も自分の認識よりも遥か前方にある。先程までの知覚の攪乱(かくらん)によるものではない。

 

 響自身にも動いた様子はない。ということは、トイウコトハ――、


(無意識に(あと)退()さっただと? この俺ガァ――?)


 ギリ、と、銀鴉(ジャック)の胸の(かお)が、有り得ぬはずの屈辱(くつじょく)歯噛(はが)みする。


「命令違反とは、お前らシくなかったな、ミリィ――」

「隊長……ダメじゃないですか」


 変質しながらも、どこまでも優しい青年の声と眼差しに、ミリィの瞳からとめどなく涙が(こぼ)れる。


「そんな無理して、ダメ……ですよ」


 漏れる声は、もはや嗚咽(おえつ)だった。


 ミリィは、ジェイク、ガルド達は既に気付いている。


 響の腕から流れる血は、返り血ではない。


 壊音の行動範囲、侵食範囲とて無限ではない。響はその範囲を強引に広げた。ミリィ達が銀鴉達を“結界”へと追い込む寸前に、自ら迎え撃ったのだ。


 その代償として、響の肉体は深く裂かれ、大量の血液を奪われた。


 そして、数時間前の戦闘と、その際に負った損傷を補修するために、“壊音(カイオン)”がいま、響の肉体の大部分を占拠している――。自分達の“非力”が(まね)いたも同然であった。彼の、変貌は。


「……駄目じゃないですか、隊長が来ちゃったら、私達、がんばったのに……」


 響の腕から伝わる温もりに、優しさに、自らの非力さに、ミリィは泣き、(あえ)ぐ。


「そんな無理して……駄目じゃないですか」


 私、サファイアさんに何て言ったら……。


 彼女が戻るべき日常に、“彼”がいなければ意味がない。“彼”を想う同志として、“彼”を、“彼”のまま、彼女のもとへと帰してあげたかった。

 

 そして、その願いを掴み取るには、疲労(ひろう)(ふる)える自分の手はあまりに小さく――無力だった。


「隊長、すまねぇ、すまねぇ……ッ!」


 立ち上がれぬはずの体を立ち上がらせ、ジェイク、ガルドも()びる。だが、そんな彼等に、ゲルに(おお)われつつある響の口元は、はにかむような笑みを浮かべていた。


「無茶や無理は、俺ノ専売特許かと思ってたんだがな――」

「え?」

「やはり兄妹(きょうだい)だ、似てるらしい」


 それは、壮烈(そうれつ)と言える“有様”のなかで、(なご)やかさすら感じさせる――爽やかな笑みだった。


 ああ――と、隊員達は観念する。 


 このヒトはいつもそうだ。


 常人なら精神を病むような極限のなかでも、どこまでも繊細で、優しく、甘い。


 自分達が()びている理由すらわかっていないのかもしれない。


 たとえ、本当に人間(ヒト)ではなくなっていたとしても、そんな彼から兄妹と言ってもらえたことが、何よりの勲章であり、誇りだった。彼以外に隊長と呼べる存在などあるはずもなかった。


 “お前達の無茶と無理に、俺は答えただけだ。”


 そう語る穏やかな瞳が、全てを託す“信”を隊員達の胸に湧き上がらせる。


「命令を伝える。ゆっくり休め。そして、見ていていくれ。俺の戦いを」


 ミリィの身体を寝かせ、立ち上がった響の手が、地面に突き立てていた村雨の(つか)を掴む。


「――隊長として、四人兄妹の長兄として、厳守を願う」


 部下達へと告げて、響は倒すべき敵へと体を向ける。同時に、街路に散らばっていた“壊音(カイオン)”の肉片が、黒い絨毯(じゅうたん)のように集合・結合し、宿主である響へと急速に収束してゆく。


 ――やはりコイツは他の“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”とは違う。その街路を這い回る“壊音”の(さま)に、銀鴉(ジャック)(たかぶ)り、発情すらしている己を認識する。


穿()ッ! ヘタレ劇団のヘタレ劇場はここらで幕にして暮世(クレヨ)ォ。だが、やっぱ手前(テメェ)は“特別製(スペシャル)”だ。ゾクゾクくるぜ――」


 目前の獲物への“好奇”が、屈辱も、恐怖も上書きし、銀鴉(ジャック)の胸の(かお)が遊びを捨てた、硬質な表情(もの)へと変化してゆく。“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”の水銀が銀鴉(ジャック)昂揚(こうよう)を示すように、グツグツと煮立ち、(うごめ)く。そして、


「そうだな……。“同類”」


 ヌ――ッ!?


 刹那(せつな)、響の赤の両眼(りょうめ)銀鴉(ジャック)を鋭く射抜(いぬ)く。


 その瞬間、銀鴉(ジャック)は、ジャック・ブローズは理解する。


 恐怖していたのは、自身の肉体ではない。


 自らに埋め込まれた“醒石(せいせき)”達が(おび)え、(うめ)いている。


 此処(ここ)には()たくない。()られない、と。主である彼へと訴えている。


「お前には(つぐな)ってもらう。俺の父を、叔父を、叔母を殺め、友を傷つけ、弟を――アイツを泣かせた罪を、」


 響の声音が大気を震わせるのと同時に、銀鴉(ジャック)()(ぎん)の表皮に、激痛(いたみ)疾走(はし)る。


 緑色(りょくしょく)の単眼が(とら)えたのは、響の(てのひら)、その指の隙間から(こぼ)れ落ちる水銀――。


 導き出されるのは単純(シンプル)な解答。そう、銀鴉(ジャック)にも視覚できぬ響の動きが、その(てのひら)が、銀の鎧装(がいそう)の一部を引き千切り、投げ捨てたのだ。


「お前の血と肉で――支払ってもらうぞ」


 アア、素晴らしい。銀鴉(ジャック)の胸に恍惚(こうこつ)とした感嘆(かんたん)が満ち溢れる。


 今度こそ、自分の目の前に、生き写しの、人間(ヒト)としての境界線を踏み越えた同種が()る。


 コイツと、こんな怪物と()り合えるなら、こんな辺境くんだりまで来た甲斐(かい)は充分にある。


 そして、いま、“醒石(せいせき)”達の恐怖が臨界に達し、元凶たる響を排除せんと、銀鴉(ジャック)(なか)咆哮(ほうこう)を上げる――。


「始めようぜ、キョウダイイイイイイッ!」

「ゥゥゥゥォォオオオオオオオオオオッ!」


 響の喉からも“壊音(カイオン)”と混ざり合った、人ならざる咆哮(さけび)(ほとばし)り、二体の“怪物(モンスター)”はその血と肉を激突させる。


 ――人柱実験体。“神”をも()らう獣として創造されたもの達が、互いの肉を()らい、血を(すす)ることしか知らぬもの達が織り成す”愚者の饗宴(きょうえん)”が、その赤々とした最終幕をいま、上げようとしていた。


NEXT⇒第13話 血と焦燥と疑念と

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