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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
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第09話 剛腕―ガルド―

#8

 

――(あか)(あか)(あか)


 飛び散った鮮血が路面を流れる様は、さながら(どろ)(かわ)だった。

 

 ガルドの振るう『六腕巨塊(へカトンケイル)』――鎖の先端に結び付けられた、かつて鉄槌(ハンマー)であった鉄塊(てっかい)は、巨人が振るう六本の巨腕(きょわん)(ごと)く、縦横無尽(じゅうおうむじん)に空間を駆け(めぐ)り、飛び(かか)戦闘員(シャグラット)の群れを次々と粉砕(ふんさい)――挽肉(ミンチ)にしていた。


 (かす)っただけで人体を完膚(かんぷ)なきまでに砕くその破壊力も驚異的(きょういてき)ながら、その軌道(きどう)制御(コントロール)もまた、驚異的……ヒトの領域を逸脱(いつだつ)して(あま)りあるものであった。


 ガルドの重心の移動、筋肉の動き一つ、一つが鉄塊(てっかい)(おの)身体(からだ)の一部のように操り、戦場を絶えず乱舞(らんぶ)するジェイクを正確に避けたまま、狙いを定めた標的(ターゲット)だけを忠実に、躊躇(ちゅうちょ)なく(つぶ)す。叩き(つぶ)す。


 この鉄球によってもたらされるものは、不可避(ふかひ)の“死”、それのみである。


 にも関わらず、戦闘員(シャグラット)達が()えず殺到(さっとう)することをやめないのは、同士であるはずの白鴉(ホワイトクロウ)がさらに変異(へんい)した、形容(けいよう)(がた)い“異物”から逃れるためかもしれない。


 異様(いよう)異常(いじょう)異質(いしつ)。かろうじて人の型を想起(そうき)させる四肢(しし)も、もはや、“かつて人間であったもの”の(むな)しい残骸(ざんがい)に過ぎない。


 無機的なはずの銀の表皮は、時折(ときおり)、血管が脈打(みゃくう)つように(うごめ)き、背にあった翼は()け、四本の触手――もしくは(やり)のような形状へと変貌(へんぼう)している。


 緑色に輝く単眼に至っては、(のぞ)き込めば、即座に心を(むしば)むような底知れぬ虚無(きょむ)(たた)えていた。


「怪物め……!」


 人々が自分たちを(おそ)れ、(ののし)るように、畏怖(いふ)侮蔑(ぶべつ)を込めて吐き捨てると、ガルドは地を(すべ)らせるようにして、『六腕巨塊(へカトンケイル)』の(くさり)を“かつて白鴉(ジャック)であったもの”へと投げ放つ。


 砲弾の(ごと)粉塵(ふんじん)を巻き上げながら滑走(かっそう)したそれは、白鴉――いまは銀鴉(シルバークロウ)というべきか――の脚を絡めとり、地面へと強引に引き倒す。


 無可動(むかどう)の人形のように身動き一つ、姿勢一つ変えず、路面に叩き付けられた銀鴉(ジャック)(くさり)ごと引きずり寄せるガルドの右腕に、制服の上からでも視認できるほど、雄々(おお)しく血管が浮き立つ。


 その刹那(せつな)、ガルドは背に(たずさ)えていたもう一つの“得物”を左腕に装着する。


 “パイルバンカー”――。


 (てつ)ごしらえのぶあつい盾のような形状(フォルム)を持つその武装は、中央に巨大な鉄杭(パイル)と、それを押し出すための強力な火薬を(はら)ませている。


雄雄雄雄雄雄雄雄(オオオオオオオオ)ォォォッ!」


 ガルドが左腕を振り抜き、持ち手の引き金(トリガー)を引いた瞬間、炸裂(さくれつ)した火薬によって、轟然(ごうぜん)と射出された鉄杭(パイル)銀鴉(ジャック)の顔面へと叩き込まれる! 


 確かな手応えがガルドの腕を走り抜け、銀の表皮、その破片(カケラ)が、火花とともに(あざ)やかに飛び散っていた。――が。


「ナッ…!?」

奇奇奇(キキキ)……なかなかの玩具(オモチャ)だったがナァ、俺と遊ぶにゃ対象年齢がちと、低すぎたようダゼェ?」


 射出された鉄杭(パイル)は確かに銀鴉(ジャック)の顔面を直撃していた。だが、その金剛石(ダイヤ)すら(くだ)くはずの一撃は、バイザーの(ごと)きスリットすら満足に砕けぬまま、その運動を停止していた。まさしく子供の玩具(オモチャ)で殴りつけたのと同様に、なんの意味も()さず――。


 そして、鉄杭(パイル)の先端に溶け出すように液体に戻り、(うごめ)き出した水銀が(から)みつき、じわじわとその範囲(はんい)を広げてゆく。まるで、鉄杭(パイル)()らい、消化するかのように。


「クッ――!?」


 本能的に”危険“を悟ったガルドの巨腕が、銀鴉(ジャック)の脚を捕えたままの(くさり)ごと、力任せに銀鴉(ジャック)の身体を投擲(とうてき)する。


 炎上する建造物の外壁にぶち当たり、破砕(はさい)した外壁(がいへき)粉塵(ふんじん)を巻き上げる様は、並の相手であれば、“決着”を確信するに値する光景(モノ)である。


 だが、それが攻撃としてはおろか、防御としても不十分なものであることを、ガルド自身の本能――“経験”と“勘”が、その場にいる誰よりも(さっ)していた。そして、


「ヌ!?」


 ――グイ、と、握った鎖に強烈な力を感じた瞬間、ガルドの巨体は釣り上げられるように、高く宙を舞っていた。大きく放物線を描き、地面に叩き付けられた巨体は、ガリガリと街路を削り、引き()られながら、終点へと招き入れられる。


 そのガルドの鼻先で、銀鴉(ジャック)緑色(りょくしょく)単眼(たんがん)(あや)しく光る。


「よぉ、おっさん。キスしちまおうか? 大サービスでよぉ!」


 次の刹那(せつな)! 強烈な頭突きがガルドの脳を揺らし、『六腕巨塊(へカトンケイル)』の鎖を引きちぎって放たれた蹴りがガルドの巨躯(きょく)をいとも簡単(かんたん)飛翔(ひしょう)させる! 


 人間の領域を遥かに逸脱(いつだつ)した、ガルドの強化(カスタム)された筋力も、この銀鴉(ジャック)の前ではもはや、児戯(じぎ)に等しかった。


 ――子供と重戦車が喧嘩(けんか)しているようなものだ。


 パワーとスピード。ガルドとジェイクの特化したその能力(チカラ)を、軽々と凌駕(りょうが)して(あま)りある“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”という怪物に、二人は全身を(むしば)む激痛を忘れさせるほどの、“絶望(ぜつぼう)”と“焦燥(しょうそう)”を噛み締めずにはいられなかった。


畜生(ちくしょう)……畜生(ちくしょう)、くそったれえええええええええええええッ!」


 そして、折れそうな心を鼓舞(こぶ)するように、あるいは折れた心をそのままぶつけるように、ジェイクとガルドは(なか)ば“特攻”に等しい突撃を仕掛(しか)ける! 


 ――が、その一撃は銀鴉(ジャック)の背にある四本の触手、“忌銀の翼槍(アルジェント・フリューゲル)”によって弾かれ、二人の身体(からだ)(むな)しく地を転がる。


 ――次元(レベル)が違いすぎる。


 人間どころか、もはや“生物”の範疇(はんちゅう)にあるかどうかすら定かではない“怪物”を前に、皮肉にも、強化兵士(カスタム・ヒューマン)という怪物として(おそ)れられてきた二人は、自分達がただの人間に過ぎないことを痛感していた。恐怖によって脂汗(あぶらあせ)が噴き出し、立ち上がろうとする脚は、ガクガクと無様(ぶざま)(ふる)えている。だが、


退()くわけにゃ……いかねえ)


 (たく)された使命がある。(まも)るべきものがある。だからこそ、二人の“防人(さきもり)”は立ち上がり、銀鴉(ジャック)異貌(いぼう)の前に立ち(ふさ)がる。


 己が生命(いのち)代価(だいか)としても、この“任務”だけは必ず果たすと――。


「まったく……強がりだけは一流だな、私達チームは」

「――!?」


 それは、()()める戦場に似合わぬ可憐(かれん)な声だった。

 そして、(けが)れきった空気に切り込むような(りん)とした、(するど)声音(こわね)であった。


 短刀を構え、返り血に全身を()らしたその乙女(おとめ)は、燃え(さか)る炎を背に、悠然(ゆうぜん)銀鴉(ジャック)の前にその身を(さら)していた。


 ――ミリィ・フラッド。


 保安組織ヴェノムの紅一点(こういってん)隻眼(せきがん)魔法使い(ウイザード)


 敗れた二人よりもなおも非力、非戦闘型であるはずの彼女の瞳は、秘めた決意によって翡翠(ひすい)(ごと)き、美麗(びれい)な輝きを(にじ)ませていた。


NEXT⇒第10話 悲壮―ミリィ―

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