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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
22/172

第08話 疾風―ジェイク―

#7


 ――コレ、は。 


 その異変(いへん)を、“到来(とうらい)”を獣は逃さず察知(さっち)し、観測(かんそく)し、咀嚼(そしゃく)していた。


 これほどの獲物(エモノ)が、(エサ)が、一同に(かい)することなど、記憶にないことだった。

 

 ……(さわ)ぐ、(さわ)(さわ)(さわ)(さわ)ぐ、宿主の肉を()(やぶ)らんほどに、細胞(さいぼう)の一つ一つが狂喜(きょうき)し、(さわ)ぎ出している。いま、自らを縛る(くさり)(いと)わしい。


 あれほどまでに脆弱(ぜいじゃく)に、あれほどまでに衰弱(すいじゃく)しきっていたはずの宿主の精神は、いまや獣の侵食を微塵(みじん)も許さぬほどに強固な縛鎖(ばくさ)を作り出し、獣の身動きを封印(ふういん)制御(せいぎょ)していた。


 愚カナ、我に身を任せれば、造作もない局面ダロウニ――。

 

 ……まぁいい。この“()れ物”の主が、(ワレ)なのか、お前なのか。


 やはり、そろそろ“決着”を付けるべき時期なのかもしれない。

 

 獣は宿主(カレ)(いど)み、()いかける。

 

 回答(こたえ)は――、


×××


()非非(ひひ)非熬破亜亜亜(ヒイハアアア)―――っ!」


 その(のど)から(ほとばし)るような盛大(せいだい)嘲笑(ちょうしょう)は、聞く者の鼓膜(こまく)を引き裂くように大気を震撼(しんかん)させる。


 同時に街路(がいろ)を疾走する、水銀の(ごと)き物質は、逃げ(まど)う住民達の足元に忍び寄ると、瞬時に刃のような形状に硬質化し、足の肉を(えぐ)らんと、月光と街を焼く炎に、その刀身キバを光らせる。


「な…なんだ…なんなんだよコイツは!」


 無数に枝分かれして、街路を支配しつつあるそれは、数十もの刃となって、悲鳴を上げて逃げ回る甘美(かんび)獲物(エモノ)達へと次々に襲いかかろうとしていた。


 その刹那(せつな)、自警団員達の構えた銃が、住民達を護るために火を吹き、銃弾を受けた水銀の刃は火花を散らす。


 受けた銃弾を弾き、また時に切り裂き、その水銀の刃はまるで舞踏(ダンス)でもしているかのような優雅(ゆうが)な軌跡を描きながら、自警団員達の肉を裂き、血の雨を降らせてゆく。


非破破破破(ヒハハハハ)ッ! なんだよソレ、なんだよソレェ!」


 奇声を発するのは、火に包まれつつある街並みに、隕石(いんせき)(ごと)突如(とつじょ)、“落下”してきた白鴉(ホワイト・クロウ)異形(いぎょう)


 この()まわしい水銀の(ごと)き物質は、その鳥のような怪物の腕から次々と()れながされていた。


 ――それだけではない。物質は刃であることにとどまらず、再度、液状化すると、一箇所に群れ集まり、巨大な拳を形成して、負傷した仲間に駆け寄ろうとする自警団員達を殴り飛ばした。


 その変幻自在な有り様は、数時間前の戦闘の記憶を自警団員達の脳裏にありありと呼び覚ます。


(こ、これは……キョウ=ムラサメの……!?)


 ――“壊音(カイオン)”。不定形で変幻自在かつ、神出鬼没。この怪物が操る水銀状の武装、“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”は明らかにその特性を摸倣(もほう)継承(けいしょう)しているように思われた。


 自警団員達は知る由もないことであるが、それは“適正者”と呼ばれる特定の人間の精神・記憶を解析し、自らの形状・能力を変質させる未知の鉱物、“醒石(せいせき)”による力の顕現(けんげん)であり、白鴉(ホワイト・クロウ)――ジャック・ブローズが“壊音”との戦闘で感じた、“恐怖”、“屈辱”、“憤怒”の感情から“醒石(せいせき)”が産み落とした、怨嗟(えんさ)の申し子たる武装であった。


 白鴉(ホワイト・クロウ)の肉に埋め込まれた複数の醒石(せいせき)は、いまも新たな凶器を生み出さんと、ドス黒い感情渦巻(うずま)く主の記憶・精神をまさぐっていた。


 上位種たる“賢我石(けんがせき)”により、強制的にジャック・ブローズを“適正者”と認識させられているこれらの醒石は、もはや先住民(ネイティブ)の残した、惑星(ほし)奇蹟(きせき)などではなく、殺戮(さつりく)のための(ただ)の“兵装”へと成り果てていた。  


 そして、その刹那(せつな)


「うおらあああああああああああああああああっ!」

「―――!?」


 粉塵(ふんじん)を巻き上げながら超高速で接近する影が、倒れた自警団員達にトドメを差さんと、槍のような形状へと変形した“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”を蹴り上げ、砕く! 


 だが、砕かれながらも、再度分散し、無数の水銀の刃と化したそれは、逃げ惑う住民達に牙を()かんと、凶暴な疾走を開始する。――しかし、影はその全てに追い付き、鉄靴で容赦なく踏み砕いてゆく。


「……壊音(たいちょう)猿真似(さるまね)か? 十年早いぜ、鳥野郎」


 苛立(いらだ)たしげに、“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”の破片(かけら)を白鴉へと蹴り飛ばした男の名は、ジェイク・D・リー。


 保安組織ヴェノムの副長にして、響=ムラサメの右腕。赤く染めた髪を逆立てたその男は、触れれば焼けるような闘志を宿した双眸(そうぼう)で白鴉を凝視していた。


 恩人を、“父”を殺害した憎き“仇”を。


「ほぉう…やるじゃねぇか。なるほど、人柱実験体(アノヤロウ)のお仲間か? シケた街かと思いきや、こりゃなかなか楽しめそうじゃねーの…」


 その醜悪(しゅうあく)な声を発しているのは(くちばし)ではなく、白鴉(ホワイト・クロウ)の胸に浮かび上がった、声と同様に(しゅう)(かい)極まる人面であった。


 位置としては、先刻の戦闘で響に砕かれた甲殻類(こうかくるい)(ごと)き装甲に隠されていた部位である。ドクトル・サウザンドによって格段に強化された現在(いま)となっては、あえて防護(ぼうご)する必要もないということなのだろうか。


 ジャック・ブローズの本来の顔を()したそれは、だらしなく口を開き、舌を泳がせたまま、己を(たかぶ)らせる戦闘(せんとう)衝動(しょうどう)に身を(ゆだ)ねる――。


「もっと楽しませろ…踊らせろ…壊させろ…切断サセロォォォォォォッ!」

「てめえは苦しみ抜いて死ぬんだよ! クソ野郎ォォォォォォォォォッ!」 


 両者の咆哮(ほうこう)交錯(こうさく)し、ジェイクの“加速”が(ごう)と、音となって地を疾走(はし)る。


 次の刹那、一瞬で、間合いを詰めたジェイクの拳が、数百発もの鉄拳が、白鴉(ホワイト・クロウ)の胸へと、腹へと、(くちばし)へと、絶え間なく叩き込まれる! 


 だが、その強烈な鉄拳を()らう白鴉(ホワイト・クロウ)の――ジャックの口の()(つね)享楽(きょうらく)(てき)(ゆが)み、その目はどこまでも(たの)しげに嘲笑(わら)っていた。


 この、己の吐いた血反吐(ちへど)にまみれ、対峙(たいじ)する者の憎悪に(おぼ)れるような“戦闘”こそが、至上の悦楽(えつらく)であるとでも言うように。


 このような“戦闘”こそが、己が生き甲斐(がい)であるとでも告げるように。それこそが、“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”だとでも(うそぶ)くように。


「ひ、ひひ…いいねぇ、感じるぜ、もっとだ……もっとおおおおおおおおお!」


 “忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”ッ! ジャックの号令と同時に、砕かれ四散していた“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”の破片が再生・集合し、盾のような形状となって凝固(ぎょうこ)。拳を受け続ける(あるじ)から引き()がすように、ジェイクの身体を弾き飛ばす! 


 ……その盾の表面には、ジャックの“切断”、“刺突”の嗜好を示すように、びっしりと細かい刃が生やされていた。それらはジェイクの肌を剃刀(かみそり)のように切り裂いており、ジェイクは(そで)(ぐち)から流れ落ちる自らの血をペロリと舐めとる。


(チッ……遊んでやがる)


 情けない話だ。自身の全霊の攻撃に対し、この敵はいまだ構えてすらいない。まだ互いの手の内を見せきっていない状況のなかでも、ある程度の攻防で、力の“差”は(はか)れる。


 ――(なる)(ほど)、隊長の言っていたとおり、コイツは化け物だ。だが、


「あの人ほどじゃねぇさ……!」


 戦意に(たけ)る瞳のなかに、あの不器用で、無骨な背中が蘇り、ジェイクはさらなる“加速”を全身に強いるため、足腰に渾身(こんしん)の力を込める。託された“役割”は必ず果たしてみせる。己の速度に、この肉体が砕け、千切れようとも。そして、


「……ジェイク・D・リー……」

「……!」


 ――背に熱い視線を感じる。もし、ジェイクが振り返っていたなら、そこにはいまにも泣き出しそうな自警団員達の顔があっただろう。


 ホワイト夫妻と長を殺害した“賊”の特徴は、彼等も響から聞かされている。その“賊”を、“仇”を目の前にして、後退せざるを得ないのは彼等にとって無念の極みだろう。


 そう、住民の避難と傷ついた仲間の救命こそが、成すべきことであると知るが(ゆえ)に、彼等(かれら)は私情を噛み殺し、後退せざるを得ないのだ。その心痛(いたみ)は――、


 わかってる。だから、代わりに俺が殺る。俺が叩く。俺が撃つ。

 振り返らず、背中で(こた)えて、倒すべき敵を見据えることで、ジェイクは彼等を見送る。


 ……そうだ。戦闘なんてものは、兵器である俺達がやりゃあいいんだ。

 構えた“骨刀(ボーン・ブレイド)”が月光を吸い上げ、“兵器”である己が本懐(ほんかい)を果たさんと、凶暴(きょうぼう)に輝く。


 ――死闘開始。肺が気合を吐き出し、ジェイクが大地を蹴ると同時に、白鴉(ジャック)とジェイクの距離はほぼ(ゼロ)(ちぢ)まっていた。躍動し、唸りを上げる“骨刀”と、白鴉が右腕に発現させた刃翼(じんよく)がぶつかり合い、甲高(かんだか)い金属音と火花を散らす!


 不利は百も承知(しょうち)。だが、自分は、自分達は、一分一秒でも長く、この化け物とあの薄気味悪い連中の目を引きつけておく必要がある。


 たった四人の保安組織(チーム)が、全貌(ぜんぼう)(つか)めぬ巨大な組織と対峙するために選んだ手段――それは、それぞれ突出した能力を持つ四人が、自分が担当する地区に出現した敵を(ことごと)(せん)(めつ)し、住民の避難する時間を稼ぐ。


 敵の弾切れを待つという一種、無謀極まるものであった。無論、そのような“無謀”は策とはいえない。……だが、隠し玉はある。信頼に値する隠し玉が。


 (ゆえ)に、それ(ゆえ)に、ジェイクは躊躇(ためら)いなく己の“限界(リミッター)”を破棄(はき)した。そして、


「ぬぅ――!?」


 白鴉(ジャック)の“刃翼(じんよく)”から鍔迫(つばぜ)り合っていた“骨刀”の手応えがかき消えると同時に、鋭い斬撃が白鴉の脇腹をしたたかに切り裂いていた。


 瞬間的に脱力し、白鴉(ジャック)の力を流体の如く受け流したジェイクが、構えた骨刀を刃翼(じんよく)(やいば)(すべ)らせるようにして、懐へと飛び込み、そのまま疾走(はし)り抜けたのだ。


 常人には視覚できぬ域にまで“加速”した肉体は(きし)み、(うめ)き、全身が()ぜるような激痛がジェイクの全神経を駆け(めぐ)る――! まるで分身したかのような、無数のジェイクの残像が白鴉(ジャック)を取り囲み、途絶(とだ)えることなく打撃、斬撃、蹴撃を繰り出してゆく。


「『飛燕(ひえん)』――! 二手(にて)、『咆虎(ほうこ)』ッ!」


 そして、防御のため、盾のように構えられた左右の刃翼(じんよく)合間(あいま)()(くぐ)るようにして、超高速で繰り出された掌底(しょうてい)飛燕(ひえん)”が白鴉(ジャック)(あご)をとらえる。


 確かな手応えとともに白鴉(ジャック)の頭上に躍り出たジェイクは脳を揺らされ、昏倒(こんとう)しつつあるはずの仇敵(きゅうてき)へと全体重を乗せた、(てつ)(ぐつ)での(かかと)落とし、“咆虎(ほうこ)”を放つ! 


 (たぎ)憎悪(ぞうお)も、噴き出す憤怒(ふんぬ)も、消せぬ後悔(こうかい)も、全てを込めて。――が、 


「ハッ……! いわゆる“残像だ”ってやつだぜ?」

「――――!?」


 ドゥーユーアンダスタン? ――次の刹那(せつな)、そこに()ったはずの白鴉(ジャック)の姿は、夢幻(ゆめまぼろし)(ごと)く消え去り、()わりに鋭い衝撃がジェイクの背中を襲う! 


 信じ(がた)いことに、“速度”でジェイクを凌駕(りょうが)した白鴉(ジャック)が一瞬で彼の背後を奪い、強烈な肘鉄(ひじてつ)を落としたのだ。


「がっ…!?」


 激烈(げきれつ)に過ぎる一撃に息を()まらせたジェイクを、白鴉(ジャック)(あし)(まり)のように蹴り飛ばす。


 地面に叩きつけられ、激しく転げ回ったジェイクは、白濁(はくだく)とする意識のなか、態勢を立て直そうと背筋(はいきん)を使い、その身を強引(ごういん)に立ち上がらせるが、急接近した白鴉(ジャック)(てのひら)は彼の顔を掴み、再度、彼を地面へと接吻(くちづけ)させる。


 口内に広がる砂利(じゃり)の味が、屈辱(くつじょく)と敗北を痛烈(つうれつ)脳裏(のうり)に印象づける――。


非破破破破破破(ヒハハハハハハ)っ! 軍医(ドクトル)旦那(だんな)ァ! こりゃちと強化(カスタム)しすぎと違いますカァ!?」


 倒れたジェイクを踏みつけながら、白鴉(ジャック)(まく)し立てると同時に、近辺に新たな鉄球が落下し、ほんの数十分前まで、あたたかな(あか)りをともしていた家々(いえいえ)をまた、次々(つぎつぎ)と破壊してゆく。


「や…め…ろ…」


 その鉄球から這い出し、“補充”された戦闘員(シャグラット)達の悪意に満ちた単眼が、燃える街を見据え、残された生命(いのち)すら刈り取らんと動き出す。


 深い損傷(ダメージ)(あえ)ぎながらも、ジェイクはその凶行を止めるべく手を伸ばし、声を(しぼ)り出す。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「……了解。引き受けた」

「―――!?」


 そして、そのジェイクの絶叫を、低く、岩のように硬質な声が拾い、巨大な鉄槌(ハンマー)が、ジェイクを踏みつけていた白鴉(ジャック)を一撃する! 


 舞い上がる粉塵(ふんじん)のなかから姿を現した巨漢は、声と同様に岩石を想起させる額から血を流しながら、己が一撃で数メートル先まで吹っ飛ばした白鴉(ジャック)と、戦闘員(シャグラット)の群れを凝視(ぎょうし)していた。


 ()ぎ払ってきた戦闘員(シャグラット)達、その血肉のこびり付いた鉄槌(ハンマー)を構える巨漢(きょかん)容貌(ようぼう)は、まさに鬼。


 ガルド・ガルド。保安組織随一(ずいいち)の剛力の男は、逃げ急ぐ住民へとふたたび意識を向けかけた戦闘員(シャグラット)達の目を、その凄絶(せいぜつ)に過ぎる“殺気”で、自らへと一気に集中させていた。


「ガルド…すまねぇ」

「無茶をする。この怪物――お前一人で背負いきれる相手ではないぞ」

「へっ…隊長の真似(まね)だよ」


 自分の担当する地区の戦闘員を殲滅(せんめつ)し尽くした巨漢は、相も変わらぬ副隊長のへらず口に苦笑しながらも、いま眼前に()る、確かな戦果(せんか)への驚嘆(きょうたん)を込めて、立ち上がった彼の背を支える。


 見たところ、この地区(エリア)以外に新たな鉄球が落ちた様子はない。弾切れか、それとも何か別の目的のために温存されているのか――どちらにせよ、この地区でのジェイクの派手な暴れぶりが予想外の追加戦力まで使わせたのは確かだ。


 そして、彼がこの怪物を一人で釘付けにしてくれたおかげで、ガルドは己の任務を滞りなく果たすことができた。


 ならば、あとは自分が引き継ぐ。この怪物の次の相手は自分だ。


「ひひひ……イーッ! 一撃だぁ…。いいねぇ、“スピード”の次は“パワー”! 生まれ変わった俺の力を試すにゃ最高のサンドバッグだぜ、テメーら」


 刹那(せつな)白鴉(ジャック)の背中から伸びる翼の(ごと)金属(メタル)の刃が、彼の(たかぶ)りと呼応するかのように肥大化(ひだいか)し、周囲の瓦礫(がれき)を切り刻む。見れば、白鴉の肉体自体、初見時より金属の占める割合が大きくなってきている。


 四肢(しし)に、胸に、腹に、埋め込まれている石が輝き、“忌銀の魔爪(アルジェント・ナーゲル)”の水銀が白鴉の全身を覆うように(うごめ)いている。

 

 そこから発せられる気配は、毒薬を煮詰(につ)めた(かま)から漂う臭気(しゅうき)にも似ている。

 

 ――断じて、人のそれではない。


「……ならば、遠慮はいるまいな」


 ガキン―、と。


 ガルドが持つ鉄槌(ハンマー)から鈍い音が響く。


 錠が外れるようなその音とともに、鉄槌(ハンマー)(つか)から射出されたのは、ネジや釘と呼ぶにはあまりに無骨で、凶器じみた物体だった。


 髑髏(ドクロ)の意匠を施されたその止め金は、巨大な銃弾を想起させる形状を持ち、それは一つ、二つ、三つ…と、次々と射出され、地面に転がってゆく。


 そして、六つ目のそれが射出された瞬間、柄の“結合”が解かれ、内部に秘匿されていた鉄鎖がその姿を(あらわ)にする。


 ――『六腕巨塊(へカトンケイル)』。それが、鉄槌(ハンマー)という領域から逸脱(いつだつ)し、鎖鎌(くさりがま)(くさり)分銅(ふんどう)のように構えられたその武具の真名であった。


「――手に(あま)る“やんちゃ“な武装だ。()れるなら、死ぬ気で()れろ」


 構えるガルドの口の()鬼気(きき)(せま)る、凄惨(せいさん)な笑みが宿る。()の武器のあまりの異様な容貌(カタチ)有様(ありさま)に、対峙(たいじ)する戦闘員(シャグラット)達は息を飲み、状況を注視(ちゅうし)する。そして、


破亜(ハア)ァ…」


 その新たな“驚異”に、白鴉(ジャック)恍惚(こうこつ)とした息を吐き、水銀に(おお)われている、(おか)されている全身を激しく(ふる)わせる。“戦闘”という美酒が五臓(ごぞう)六腑(ろっぷ)に注がれ、全神経が(よろこ)びに(むせ)ぶ。


 合わせ鏡の(ごと)く――その様は眼前の“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”達も同様であるはずだった。


 だが、眼前のガルド・ガルド、ジェイク・D・リーの目は、この(こた)えられぬ美酒に酔うこともなく、只々、よくわからぬ情念に突き動かされ、燃えている。


 クダラナイナ――そう、それは、境界(きょうかい)(せん)()()えていない、クダラナイ、“人間”の目だ。


()ッ! このトチ(くる)った饗宴(カーニバル)でシラフなんざ、場違いにも程度があるぜ――? お客様ァァァァァッ!?」


 ――“獣醒(ベムド)”ッ!


 その言霊(ことだま)とともに、白鴉(ジャック)(のど)からこの世全てを呪い、引き裂くような激情(げきじょう)が解き放たれた瞬間、白鴉(ジャック)に埋め込まれた醒石(せいせき)の輝きが爆発的に増幅(ぞうふく)され、全身を覆っていた水銀が鎧の(ごと)く硬質化する! 


 ジャックの精神をそのまま具現化したかのように、(いびつ)(ねじ)じれたまま固形化(こけいか)した水銀の甲冑(かっちゅう)は鈍く光り、怪鳥の頭部を覆い尽くした(よろい)(かぶと)には、新たに構築された緑色(りょくしょく)の単眼が輝く。


 それはバイザーのように()()まれたスリッドの下で、持ち主の(たかぶ)る“衝動”を示すように凶悪な(きらめ)きを、夜の闇へとナイフの(ごと)く突き立てていた。


 ――“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”。


 それは醒石(せいせき)というこの惑星に芽吹(めぶ)く“奇蹟”を、欲望と悪意によって歪め抜いた、狂気の産物。“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”という呼び名すら(あたい)しない、純然(じゅんぜん)たる破壊獣(はかいじゅう)


 その(あぎと)哄笑(こうしょう)(ひび)かせる。

 ここからが、第二幕――殺戮(さつりく)の章(SHOW)の(まく)()けだと。


NEXT⇒第09話 剛腕―ガルド―

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