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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第二章 愚者達の饗宴―Triger of Crisis―
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第07話 無垢なる猛毒Ⅱ―開戦―

#6


 街には鉄の(きし)むような、嫌なサイレンの音が鳴り響いていた。


 住民達は何が起きているのか知らされないまま、自警団員たちに誘導され、地下のシェルターへと避難を開始していた。辺境の自治区には似合わぬ大仰(おおぎょう)なそれは、この街の住民達によって造られたものではない。


 正確には、大戦時に作られた大規模(だいきぼ)なシェルターの上に、この街が建てられているのだ。


 この街の長、ジーン・ホグランと(こころざし)を同じくする人間たちが、外敵の入り込めないシェルターの中で物資と設備を整えながら、如々(じょじょ)に地上に街を建造していったという経緯(いきさつ)がこの街には存在する。


 故に、シェルターの内部は原初(オリジナル)の街の(かたち)といっても過言ではないのだ。いまも、数週間程度なら住民全員を生ながえらせるくらいの備蓄(びちく)と居住施設としての機能は生き続けている。

 

 ――だが、現状、その場所への避難がすべて順調に進んでいるとは言い(がた)かった。


「だからさ、おばちゃん、やばいんだよ! いまは具体的にいえないけど……すぐにでも避難(ひなん)しないと!」

「んなこといったって、アル坊と嬢ちゃんが戻ってきてないんだよ! あとで……あとでとりにくるっていったきり!」


 住民の誘導役を、行動を開始した響達に申し出た自警団員達であったが、その理由は響達の姿に感銘(かんめい)を受けた――というより、あの四人の“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”が長の息子であり、娘であるのだと実感できてしまったから、というのが大きいかもしれない。


 自分達もあの人の遺志を継ぐ子であるのだという意地。対抗心と共感がない交ぜになった感情がいま、彼等を動かしていた。


 ……が、長の死という街を恐慌(きょうこう)状態(じょうたい)にしかねない情報を秘匿(ひとく)したまま、全ての住民にシェルターへの移動を納得させるというのは、なかなかに至難の(わざ)だった。

 

 なまじいままでが平和すぎたぶん、危機感を呼び覚ますのに少し時間がかかるのかもしれない。


 まして、この街を包囲する“危機”の正体は、対峙(たいじ)した響をしてもまだ、その全貌(ぜんぼう)を掴み切れていないのだ。


 そんな状況下で、この食料品店の女主人は、荷物を預けたままなかなか戻ってこない客――サファイアとアルを探しにいくといってきかないのだ。


「……アル坊は両親があんなことになっちまったばかりだし、嬢ちゃんはああ見えて無茶ばかりするだろう? どうして……どうしてこんなことになっちまったんだろうねぇ!? アンタらなんやかんや騒いじゃいるが、どうせこれも、“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”の仕業なんだろう!? なら、あのヴェノムの連中に任せときゃいいじゃないか! 化け物どうし、潰し合えばいいんだよ!」


 自警団員の若者がその言葉を不快に感じたのは、隊員寮で響の言葉を、表情を、間近で聞き、見ていたからであろうか。


 ……声を(あら)げるのも理解できる。


 先日の捕り物で彼女の親友の息子であるユーシェンは、響によって腕の骨を折る重傷を負わされている。だが、それはユーシェンが街の食料と情報を野盗まがいの連中に売り渡し、対価として得た拳銃で武装していたが(ゆえ)の制圧処置である。


 情報(じょうほう)漏洩(ろうえい)と食料や物品の横領(おうりょう)という、投獄や追放といった処置もあり得る大罪の代価としては、むしろ安く済んだといえるかもしれない。


 ――そうだ。強化兵士(カスタム・ヒューマン)達と異なり、銃器が大きな脅威(きょうい)となる自警団員(じぶんたち)が事に対処(たいしょ)していた場合、“射殺”という最終(さいしゅう)手段(しゅだん)視野(しや)に入ってくるのだから。


「おばちゃん! あのな――!」


 突発的に口を開いた若者は何を伝えようとしたのか。


 釈明(しゃくめい)か、擁護(ようご)か、同調か。本人にも行き先のわからぬ、感情に任せた開口。

 

 しかし、その行き先が明らかとなる前に、


「あいつは……!」


 日常は、唐突(とうとつ)に終わりを告げた。


「―――!?」


 ――街路を震撼(しんかん)させる轟音(ごうおん)


 まるで隕石(いんせき)でも落ちたような衝撃とともに、(くだ)け、飛散(ひさん)した食料品が衣服を、顔面を、全身を(けが)す。


 続けざま、突如(とつじょ)、視界を占拠(せんきょ)した、真っ赤に(ふく)れ上がった爆炎(ばくえん)と、耳を(つんざ)爆音(ばくおん)が肉体と精神を恐慌(きょうこう)させる。


 ……遠方(えんぽう)から断続的(だんぞくてき)(ひび)銃声(じゅうせい)


 戦闘が始まっている。

 

 若者がそう認識した瞬間、食料品店を押し(つぶ)した鉄球(てっきゅう)が視界に仰々(ぎょうぎょう)しく映し出される。


 同時に鉄球に亀裂(きれつ)が走り、それは(なか)(はら)んでいた禍々(まがまが)しきものを外部へと、噴出(ふきだ)蒸気(じょうき)とともに放出し始める――。


「う…あ…」

【……作戦領域への到達を確認。標的の捜索を開始する】


 (かた)(ひじ)にプロテクターを組み込んだ黒装束(くろしょうぞく)。腕に装着されているカギ爪のような武装。


 表情の読めぬ一つ()の仮面。


 組織に戦闘員(シャグラット)と呼称される集団は、果実の皮が剥けるように展開された鉄球のなかから姿を現し、自治区(ナザレス)の街路を踏みしめた。


 装束(しょうぞく)(そで)(ぐち)に刻まれた(さかさ)十字(じゅうじ)の紋章が、この(ぞく)たちが、一連(いちれん)凶行(きょうこう)(かか)わっていることを如実(にょじつ)(うそぶ)いている。


 ――落下(らっか)した鉄球はこの一つだけではない。視認(しにん)できるだけでも周囲に五から六の同じ個体が存在していた。


 そのどれもが同様に展開し、複数人の戦闘員(シャグラット)を外部へ解き放っている。


 上空から(ひび)く、(おびただ)しい、耳を(つぶ)すようなヘリのローター音が、それらを投下した組織(モノ)の強大さ、膨大(ぼうだい)さを聞く者の耳に(にょ)(じつ)に示している。


 恐らくこの鉄球は、敵地への奇襲と、降下時の防御を目的とした一種の輸送カプセルなのだろう。


 いま、食料品店を跡形(あとかた)もなく押し(つぶ)してしまったことを(かんが)みれば、“兵器”としての存在意義も大きく持ち合わせているのかもしれない。

 

 そして、複数の鉄球から姿を現した戦闘員(シャグラット)達は合流し、整然(せいぜん)隊列(たいれつ)を組みながら、街路を闊歩(かっぽ)し始める。喜怒哀楽(きどあいらく)破棄(はき)したような、無表情な一つ眼が冷徹(れいてつ)に、眼前(がんぜん)()る若者と街を観察(かんさつ)していた。


障害(しょうがい)認識(にんしき)。……排除(はいじょ)

「お…おばちゃん! 逃げるんだ!」


 その“()”に、皮膚のなかを数百の(むし)()い上がるような悪寒(おかん)を感じながらも、街の()り人である自警団員の若者は武装していた散弾(さんだん)(じゅう)を構え、叫ぶ。


 震える指で()かれる引き金(トリガー)


 轟音(ごうおん)とともに(きば)()く無数の散弾。


 しかし、戦闘員(シャグラット)の一つ眼――漆黒(しっこく)の仮面に埋め込まれた“石”が何らかの力場(フィールド)を生じさせているのか、放たれた散弾は着弾することなく空中で静止すると、そのすべてが(むな)しく地面へと落下した。


 ――“遺跡技術(レリクス・テクノロジー)”。世界の統治(とうち)機関(きかん)たる、(こう)()により厳重(げんじゅう)に管理され、濫用(らんよう)を禁じられたはずの技術がそこには確かに濫用さ(つかわ)れていた。

 

 腕に装着されたカギ爪状の武装、“竜爪(ガルグイユ)”と名づけられたそれを殺意でギラつかせ、戦闘員(シャグラット)達は、これから際限(さいげん)なく増え続けるであろう“目撃者”を一人残らず狩るために、標的たる“救世主(メシア)”を捕らえるために、行動を開始する。


 (ひと)欠片(かけら)温情(おんじょう)も、微塵(みじん)容赦(ようしゃ)もなく。そして、


「……(なる)(ほど)。やはり、単なる強化兵士(カスタム・ヒューマン)の仕業とは言えなくなったな」

「―――!?」


 そして、戦端(せんたん)は開かれる。


 進軍を開始した戦闘員(シャグラット)たちの視界に現れたのは、巨大な鉄槌(ハンマー)(たずさ)えた一人の巨漢(きょかん)であった。


 ……いや、(たずさ)えているのは、鉄槌(ハンマー)だけではない。鉄槌(ハンマー)の上にはなにか、巨大な物体、石の(かたまり)のようなものが乗せられている。


 それが、恐るべき怪力で強引にえぐりとられた街路と気付いた時には、その避け(がた)き“脅威(きょうい)”は(すで)戦闘員(シャグラット)達の頭上に降り注いでいた。


「おおおォォォッ!」


 巨漢(きょかん)、ガルド・ガルドの雄叫(おたけ)びとともに、空高く投擲(とうてき)された石塊(せきかい)は次々と戦闘員(シャグラット)のもとへと落下し、容赦(ようしゃ)なく押し(つぶ)す。


 散弾を防いだ力場(フィールド)も砲弾の如き破壊力と、絶大な重量を持つ石塊を防ぎきることはできず、戦闘員(シャグラット)達は無残(むざん)肉塊(にくかい)となって果てる。


「……いけ、ここは俺達が預かる」


 あまりの事に言葉をなくしている若者と女主人に、野太い声が告げる。


 鉄槌(ハンマー)を肩に(かつ)いだ巨漢は、街路を流れる戦闘員(シャグラット)達の血のなかを歩みながら、刻一刻(こくいっこく)と数を増やす“(ぞく)”へと、憤怒(ふんぬ)()き立つ阿修羅(あしゅら)(ごと)眼光(がんこう)を向ける。


「この街は、父との約束どおり――我々、ヴェノムが死守する!」


 鉄槌(ハンマー)(うな)りを上げ、襲い来る戦闘員(シャグラット)()れを瞬時に蹴散(けち)らす。


 その“強さ”が、若者と女主人に確約する。彼等(かれら)こそが長からこの街の平穏を託された守護者であり、いま誰より頼れる相手なのだと――。


「ハッ! 遅すぎるんだよ、手前等(テメエら)ッ!」


 また――ガルドが()るエリアから離れた場所でも、戦端は(はな)やかに、(あざ)やかに、赤々(あかあか)とした鮮血(せんけつ)の花を咲かせていた。


 (かた)(ひじ)(うで)(あし)、コートにも似た真紅(しんく)の戦闘服の上に、一つ数キロはあると(おぼ)しき(くろがね)の鉄甲を身につけた男――ジェイク・D・リーは、戦闘員(シャグラット)達が感知(かんち)できぬ、力場(フィールド)の発生も許さぬスピードで接近し、戦闘員(シャグラット)躊躇(ためら)いなく蹴り上げ、切り裂き、頭蓋(ずがい)を砕いていた。


 全身の骨格を強化する生体金属(バイオメタル)と、精煉(せいれん)手術(しゅじゅつ)で強化された筋力によって()た、尋常(じんじょう)ならざるスピードを武器とする彼が身に付けた鉄甲は、迂闊(うかつ)に全力を出せば、自らの身体(からだ)すらもバラバラにしかねないスピードを制御(せいぎょ)するためのブレーキ。そして、超スピードから繰り出される攻撃の(するど)さに、(おも)さ・破壊力を付加(ふか)する凶器(きょうき)であった。


 特に暴走する壊音を制する際にも発現させた“骨刀(ボーン・ブレイド)”と、両足に()いた(てつ)(ぐつ)の威力は凄絶(せいぜつ)の一語に()き、瞬時に戦闘員(シャグラット)達の肉を吹き荒れる竜巻(たつまき)(ごと)く八つ裂きにし、その骨を荒れ狂う嵐のように、次々と破砕(はさい)した。そして、


「私の“()”を簡単に突破(とっぱ)できると思うな、私だって……!」


 ――鉄球、戦闘員(シャグラット)の襲撃により、恐慌状態に(おちい)った住民達の悲鳴が(とどろ)くなか、彼女のその可憐(かれん)な、(りん)とした声は(ひび)いた。


任務(にんむ)遂行(すいこう)のための第一(だいいち)障害(しょうがい)強化兵士(カスタム・ヒューマン)の一名を確認。魔法使い型(ウイザードタイプ)と認識。排除(はいじょ)開始(かいし)!】


 一つ()の仮面に内蔵された解析機(かいせきき)により、眼前(がんぜん)隻眼(せきがん)の女強化兵士、ミリィ・フラッドを非戦闘型と判断した戦闘員(シャグラット)達の凶暴な躍動(やくどう)が、その刹那(せつな)一直線(いっちょくせん)に彼女へと挑みかかる。


(あなど)ったな、有象無象(うぞうむぞう)……!」


 対するミリィが手にしている武器は一本の短刀。それのみである。だが――それで充分すぎた。


【――!?】


 戦闘員(シャグラット)達の“竜爪(ガルグイユ)”はことごとく宙を切り、その攻撃と同時に 戦闘員を防護する“力場(フィールド)”の一部が(かす)かに(たわ)み、揺らぎを見せる。


 その一点を潜り抜け、仮面と黒衣の隙間(すきま)()うようにして皮膚に()()んだミリィの短刀が戦闘員の喉首(のどくび)容赦(ようしゃ)なく切り裂いてゆく。 


 噴き上がる血潮(ちしお)がミリィの頬を()らす――!


「私も猛毒(ヴェノム)の一員。容易(たやす)く飲み(くだ)せると思うなら、その命、塵芥(じんかい)(ひと)しい……!」


【……グッ!?】


 闘志に満ちた彼女の声音(こわね)気圧(けお)されたように、戦闘員(シャグラット)達はわずかに後退し、彼女を取り囲むように散開(さんかい)する! 


 ミリィの精神波の糸による結界。


 その内部では、戦闘員(シャグラット)の動きなど、子供に観察される虫かごのなかの昆虫の動きに等しかった。


 街全体をカバーできるほどのその絶対監視の結界を、自分の周囲に限定的に発生させることによって、彼女は自らへと躍動する物体・事象を、ほぼ時間停止しているといってもいい状態で“観測(かんそく)”できるようになっていた。


 精神波の糸によって隙間なく()まれた文字通りの“情報網(じょうほうもう)”から脳に送られる、常人(じょうじん)には処理(しょり)しきれぬほどの情報量。


 その(しめ)された情報を瞬時に処理し、反射的に動ける強化された肢体(からだ)


 非戦闘型である自らの能力(チカラ)を、手腕(しゅわん)により戦闘へと特化させたそのセンスは、凡百(ぼんぴゃく)の強化兵士や戦闘員(シャグラット)(たば)になっても(かな)わぬ“強さ”を秘めていた。


 あらゆる接近を察知(さっち)し、(とら)えた獲物(えもの)を決して(のが)さぬ、(おそ)るべき感覚(かんかく)()


 その()が空間を支配し、自治区(ナザレス)平穏(へいおん)を踏み(にじ)る“(ぞく)”の侵入を、(かたく)なに拒絶(きょぜつ)していた。


「皆さん、落ち着いて! 自警団の指示に従ってください! 此処(ここ)は私の()が守る……守ってみせますッ!」


×××


「いやー(すご)(すご)い、感動的だよ、拍手(はくしゅ)喝采(かっさい)だよ。こうして見ると強化兵士(ボクたち)もまだまだ()てたものじゃないネェ。最先端(さいせんたん)武装の戦闘員(シャグラット)クン達がまるで案山子(かかし)じゃないの」


 ――鉄球の落下(らっか)、開かれた戦端(せんたん)。その混乱(こんらん)とともに発生(はっせい)した火災(かさい)により、火を()びつつある建造物(けんぞうぶつ)の上に、開始された戦闘を見下(みお)ろし、知覚(ちかく)する二つの影があった。


 シャピロ・ギニアスとブルー=ネイル。“選定されし六人の断罪者(ジャッジメント・シックス)”の一人――“女王(クイーン)”、麗句=メイリンの親衛隊(しんえいたい)、“女王の誇り(クイーンズプライド)”に所属(しょぞく)する精鋭(せいえい)二人である。


 白と黒のストライプの衣服を(まと)うボブカットの男と、全身青づくめの男は、()りつける火の(あか)のなかにあっても、異質(いしつ)で、異端(いたん)で、まるで絵物語のなかからでも抜け出てきたかのような“非日常”として、そこに(たたず)んでいた。


 ――この状況下にあっても(すず)しげな、(ととの)ったその顔立(かおだ)ちは壮麗(そうれい)ですらあった。


「しっかし(おどろ)いたね、こんな辺境(へんきょう)にここまで上位クラスの“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”が集まってるなんて。特にあの魔法使い(ウイザード)のお(じょう)さんの性能(せいのう)優秀(ゆうしゅう)かつ貴重(きちょう)だよ。あのレベルの知覚(ちかく)能力(のうりょく)誤魔化(ごまか)して潜入(せんにゅう)するなんて、ジャック・ブローズの擬態(ぎたい)能力(のうりょく)程度(ていど)じゃあ(むずか)しかっただろうにねぇ」

「…………」


 ――共に立ちながらも、状況に対する二人の()り方はまるで真逆である。


 饒舌(じょうぜつ)に、子気味(こぎみ)よい音楽を聞いているかのように軽快(けいかい)に、状況への感想を()べるシャピロとは対照的(たいしょうてき)に、言葉という概念(がいねん)すら忘却(ぼうきゃく)したかのような青の男(ブルー=ネイル)は、“無粋(ぶすい)な騒ぎだ”と、一言だけ吐き捨て、眼下(がんか)の戦闘を寡黙(かもく)見据(みす)える。


 彼の意志に連動する青の布が、構えられた(つるぎ)のようにその鎌首をもたげる。


「そうだねぇ……大方、創世(そうせい)(せき)の行方が観測できなくなったんじゃない? それで手当り次第って感じ? 賢我石(けんがせき)は、創世石の鎧醒(アームド)に一役買わされちゃったみたいだしね、お(やく)御免(ごめん)となれば、共振を遮断(しゃだん)されちゃっても無理はないんじゃないかな。となると観測(かんそく)は不可――」

「……お前達、魔法使い(ウイザード)の知覚能力、絶対監視でも、か」


 あの娘が使用しているような。


 ブルー=ネイルの問いに、シャピロは口をへの字に曲げると、整えられていたボブカットを()き上げ、大仰(おおぎょう)溜息(ためいき)()いてみせる。


「無理言わないでよー。多分(たぶん)創世(そうせい)(せき)は“概念(がいねん)干渉(かんしょう)”で適正者ごと雲隠(くもがく)れしているはずだよ。

視覚という概念(がいねん)干渉(かんしょう)して、“()の者は誰にも視覚されず探知(たんち)されない”とすれば、あらゆる追跡(ついせき)からしばらくは(のが)れられるからね。強化兵士(カスタム・ヒューマン)程度の能力(チカラ)じゃあ、まず尻尾(しっぽ)の先すら見つけられないだろうねぇ……」


 確か陣名(なまえ)は“盲目の守護陣(ブラインド・ガーディアン)”。一切の戦闘行動はできないかわりに、自らを、もしくは指定した対象をあらゆる視覚から遮断(しゃだん)させる概念(がいねん)干渉(かんしょう)能力。


 女王(クイーン)軍医(ドクトル)()が持つ“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”クラスの六つの醒石(せいせき)、全てに常備(じょうび)された基本的な能力の一つ。――それらの上位種(じょういしゅ)たる創世(そうせい)(せき)ならば、その程度(ていど)造作(ぞうさ)もなく、息を()くように()()げてみせるだろう。


「……でもねぇ、“魔法使い(ウイザード)”である僕の一種の誇りとして言わせてもらうけど、そーゆうズルでもなければ――さっきの話を()(かえ)すけれども――本来(ほんらい)侵入者(しんにゅうしゃ)なんて簡単に割り出せちゃうはずなんだよ。任務を請け負ってる以上、変装(へんそう)擬態(ぎたい)なんて、常時していられるわけじゃないしさ。そもそも能力を解放して観察している最中なら、空間(エリア)に人が一人増えただけでも僕達にとっては、大きな“違和感”なんだ。街全体を監視下におけるあの娘クラスの知覚能力なら尚更(なおさら)だ。いいかい?」


 シャピロの指が己の眉間(みけん)を差し、人為的に埋め込まれた“知覚強化端子”を第三の眼の(ごと)く、発光(はっこう)させてみせる。


「見たところ、あの娘に埋め込まれた知覚強化端子は僕と同じ街全体を監視下におけるレベル。その力を二十四時間、無効化するには、同程度の知覚端子を持つ魔法使いが妨害(ジャミング)を二十四時間、仕掛けなければいけない。君も知ってのとおり、組織にそんな(ひま)かつ優秀な魔法使いは数えるほどしかいないよ。まぁ――この辺境に派遣(はけん)されている人員のなかではこの僕くらいなものさ。そして、僕はそんな事してないし、そもそも現地(ここ)に到着したのも軍医(ドクトル)が行動を起こさせた後だったからねぇ。とどのつまり、“概念(がいねん)干渉(かんしょう)”以外にジャック・ブローズの潜入を許す要因はなかったというわけさ」

「…………」


 ――だとすれば、それを()せるのは。


 シャピロが何を語ろうとしているのか、(なか)察知(さっち)しながらも、ブルーは組織内でも“百万の奇蹟ミリオンズ・ストレンジ”の異名(いみょう)(おそ)れられる偉大な魔法使い(ウイザード)へと視線を投げる。


軍医(ドクトル)の仕業ってのは考え難いね。創世石との相対が想定できる状況で、戦闘を禁じられる概念干渉を使うのは得策じゃない。まして、軍医(ドクトル)旦那(だんな)の“賢我石(けんがせき)”は非戦闘型で、ただでさえ一騎打ちじゃ分が悪いしね。そのうえ、女王(クイーン)が到着すれば、隣で(にら)みを()かせるのがわかってるんだ。なるべく力を温存しておきたかったところだと思うよ。わざわざ擬態(ぎたい)能力(のうりょく)を持つ強化兵士(カスタム・ヒューマン)なんかを獣王(キング)から借り受けてるのも、概念干渉を使う気がなかった、その証拠(しょうこ)かな。――ウチの女王(クイーン)は言わずもがな。こういう姑息(こそく)はウジの()いたパンみたいに嫌うしね」


 ならば、もし、そうならば、結論づけられる現実(こたえ)(ただ)(ひと)つ。

 創世石を(のぞ)けば、それを成し遂げられる異能は世に“六つ”のみ。


「……この地に、創世石へ触手を伸ばす第三の“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”が存在する。

つまり、“選定されし六人の断罪者 (ジャッジメント・シックス)”の誰かが、もしくは全員が組織の意向とは別に、(ひそ)かに動いている……」


 そして、恐らく彼らの(あるじ)である女王(クイーン)も、軍医(ドクトル)も、その事に気付いているのだろう。


 だからこそ、軍医(ドクトル)は行動を急ぎ、女王(クイーン)は前線に側近を派遣(はけん)し、“創世(そうせい)(せき)”と対峙(たいじ)するための(いくさ)支度(じたく)に入っている。


 ――眼下(がんか)(うな)りを上げる戦火(せんか)とは異なる種の戦闘、謀略(ぼうりゃく)が、この地に()るもの達を置き去りにして、(はじ)まっている。


 下で繰り広げられている血で血を洗う凄絶(せいぜつ)な争い――流される血潮(ちしお)も、(ほとばし)怒号(どごう)も、()()ける想いも、生も、死すら踏み(にじ)り、“茶番”であると嘲笑(あざわら)うような。


非熬破亜亜亜(ヒイハアアア)―――っ!」

「……!」


 ――だが、彼らは気付いているだろうか。その“茶番”に隠されている(とげ)に。計算通りに配られたはずの手札(カード)のなかに紛れ込んでいた“死神(ジョーカー)”に。


 そして、その“茶番”にいま、あらたなアクセントが加えられる。


 総毛立つような雄叫(おたけ)びとともに、ヘリから降下した異形は、轟音(ごうおん)を上げ、街路(がいろ)を吹き飛ばしながら着地。


 “悪意のアルビノ”と(しょう)すべき、白身(はくしん)を夜気に(さら)していた。


 鋭く(とが)った(くちばし)は弾けるような殺意と昂揚(こうよう)にガチガチと噛み鳴らされ、肩と背から翼の如く広がる金属(メタル)の刃は、勢いを増し続ける戦火の(あか)を吸い、凶暴(きょうぼう)(きらめ)きを闇夜(やみよ)誇示(こじ)している。


「……醜悪(しゅうあく)だねぇ、ただの兵器に()した強化兵士(カスタム・ヒューマン)鑑賞(かんしょう)(あたい)しないよ。兵器でありながら人間であることに足掻(あが)く、その姿こそが気高(けだか)く、美しいのに、さ」


 ――白鴉(ホワイト・クロウ)。人柱実験体、ジャック・ブローズの戦闘形態(バトルスタイル)である災厄(さいやく)は、その(うさぎ)のそれの(ごと)く赤々(あかあか)とした()を、悪意を、周囲(しゅうい)を逃げ(まど)獲物(ターゲット)達へと向けていた。


 その眼が不意に、上から状況を観察するシャピロ達を(とら)える。


「……始めよーぜ、お前らの血が酒で、肉が(つま)みの――楽しい宴会(カーニバル)を」


 饗宴(きょうえん)は幕を開ける。下卑(げび)た声と笑いが大気を(ふる)わせ、いま、白鴉(ホワイト・クロウ)の白い肉に新たに()め込まれた複数の“醒石(せいせき)”が、(あや)しい光を放ち始めている。


 その胎動(たいどう)災厄(さいやく)(むか)え撃つ青年のもとに、確かに届いていた。


NEXT⇒第08話 疾風―ジェイク―

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