第05話 朱い策謀
#4
男は目を閉じ、思考していた。脳裏に焼き付いた映像を一フレームずつ確認するように、深く、深く思考していた。
「――創世石」
それは“王者の石”、“願望機”、“物質としての神”等、様々な呼び名と逸話を持ち、数多の奇跡と悲劇を世に撒き散らしてきた惑星の核たる醒石――“畏敬の赤”。
時間を、距離を、物理を越え、事象を支配する因果律すらも捻じ曲げ、自在に収束させる、まさしく“神”の如き御業を秘めるというその石、その力を扱える者は、石に、
すなわち“神”に認められた適正者……“救世主”のみである。
その覚醒は、『鎧醒』は、彼の、軍医の眼前でおこなわれた。自らを選んだ“醒石”であり、精神と肉体を繋いだ、もはや自らの一部ですらある“賢我石”を通じての邂逅ではあったが、あの“奇跡”と呼ぶべき超常と屈辱はドクトル・サウザンドの五感に、嫌気が差すほどに焼き付けている――。
薄暗い闇の中、彼は精煉用カプセルのなかで最終調整中の手駒を眺めつつ、自らが対峙した“創世石”に対し、思考を深める。そして、
「解せませんね……それがアレ程度とは」
【軍医…?】
移動要塞から持ち込まれた、仰々(ぎょうぎょう)しい設備一式で埋め尽くされた一室の中、軍医が漏らした言葉に、白衣姿の戦闘員たちの目線がいっせいに彼へと集中する。
「いや……少し思考を改める必要があると思いましてね」
いま、思考すべきは、推察すべきは、創世石の真なる性能だ。
サウザンドの眉間に深く皺が刻まれる。
六人揃っての襲撃は、より強力な“創世石”の覚醒を呼ぶ――此度の任務において、ジャッジメント・シックスからの派遣メンバーが二人に絞られたのも、過去の事例からそのような懸念が生まれたから、という経緯がある。
成る程…と、現実に“創世石”と対峙したサウザンドは舌を鳴らす。
アレが見せた概念干渉は確かに賢我石を陵駕する、強力なレベルのものではあったが、飽くまでサウザンドが発現させた概念干渉に対するカウンター程度のものでしかなかった。
そう、“女王”、“剣鬼”、“毒蠍(毒蛇)”、“獣王”、“破壊者”――あの五人のような純粋な戦闘種と比較すれば、脆弱とすら言えるほどだ。
(しかし――)
しかし、傀儡を撃破する際に見せた、行動の結果すらも固定するアノ力だけは、「いかなる事象も時間的に過去に起こった事を原因として起こる」とする因果律すら蹂躙し、我が物としていた――。
それは概念干渉の範疇すらも超越した、まさに“救世主”の、“神”の成せる業だ。その二つの事例を考えれば、おのずと真実は見えてくる。
「“神”が選んだ“救世主”も、所詮は“神”そのものではない――ということですか」
そう、アレは“神”でありながら、その実、力の発現に多くの制限を設けられているのではあるまいか。遭遇した状況や外敵に応じて徐々(じょじょ)に解除されてゆくような制限が。
(そして、奪還戦の折は、六人揃っての総掛かりだったにも関わらず――護者の存在等、推測できる要因は多々ありますが――創世石は目覚めなかった。それが目覚め、力を発現させたということは……)
奪還戦の際、解除されていなかった制限がいま、解除されている。それも自分達とは全く異なる要因のもとに。事実、サウザンド等がこの辺境の地に足を踏み入れる前に、“創世石”は覚醒の兆候たるエネルギーの昂ぶりを見せ、組織にその存在を感知されている。
(創世石にとって最低でも他の四人と同等、あるいはそれ以上の脅威がこの街に潜んでいる……ということですか)
そう考えれば、あのような適正者の存在も我点がゆく。
どんなに心清らかな処女だったとしても、あのような小娘が数十年、数百年、現われなかった正式な適正者だとは考え難い。心身ともに、同レベル、それ以上の人間などいくらでもいたはずだ。
――そうだ、創世石にとっては、アレは急場しのぎの、暫定的な適正者に過ぎないのではないか。
“例え、仮初であっても創世の力を得ることは叶わない”――そうイクスノヴァがあの小娘に告げるのをサウザンドは確かに聞いた。そう、確かに。
……やれやれ、ならば、そうならば、奪還の好機は必ず訪れる。まぁ、そうまでして――紛い物の適正者をでっちあげてまで拒まれるというのは、その“要因”としても、組織としても、実に業腹な話だろうが。
「まぁ、よいでしょう。多少のイレギュラーはありましたが、他の五人より確保できた情報は多い。創世石を我が掌中に収めるためのプラン進行はむしろ上々といっていい……」
湧き上がる興奮を発散するように、サウザンドは機械化された左手をカチャカチャと鳴らしてみせる。そして、白衣姿の戦闘員からカプセル内の手駒の状態を示した資料を受け取ると、極上の美酒を口に含んだかのように、その口元を綻ばせる。
「元老院からいただいたデータを元にアレンジしてみましたが……『超醒獣兵』、なかなか面白い技術です。強化兵士を素体とした事例は初でしょうが、私の頭脳と腕にかかれば、容易い精煉手術でしたネェ。元老院から派遣される試作体も私が手を加えれば、より強靭になったでしょうに……」
言ってサウザンドは手術を終え、精煉用カプセルのなかで出撃の刻を待つ“傑作”をチラリと見る。
「ブルー=ネイルでしたか、女王の部下も困ったものですね。業煉衆からの借り物をあそこまでボロボロにしてくれるとは……まぁおかげで絶好の素体を得ることができましたが」
――そして、その主たる女王本人にも困ったものだ。あの方は、煌都で二人の部下が生命を落とした要因が、自分が渡した試作兵器“禍神”にあると思い込んでいる節があり、事あるごとに自分と対立している。
馬鹿馬鹿しい。アレは素晴らしい逸品だった。
たった一つでも醒石があれば、“神”の如き力――基本性能ならジャッジメントシックスにも匹敵するような状態で『鎧醒』できる鎧醒補助装置。ただし、使用者の肉体の崩壊という“贄”を伴う、その名が示すとおりの禍々(まがまが)しき神ではあるが。
大体、副作用については軽く説明はしたし、貴重なデータの採取、被検体というカタチであの二人は組織に大きく貢献できたのだ。思い残すことなど何もなかっただろう。にもかかわらず、女王が自分を恨んでいるとしたら、それは思い違いも、筋違いも甚だしい。
(……所詮は聖処女、魔女に堕ちるにはまだまだ性根が甘すぎます)
度が過ぎた潔癖は、自らの思考、足すらも縛る汚泥に他ならない。
そのようなものを抱えたまま、何処へ手を伸ばそうというのか。どのような理想を掴もうというのか。そして、その過程であの美貌がどう歪み、喘ぐのか――想像したサウザンドの口の端が嗜虐的に嗤う。
「ふふふ……女王が何を喚こうが、もはや計画は止められません。さぁ始めてください、白鴉。“創世石”を包囲するための……愚かしくも華やかな血の饗宴を!」
サウザンドの鋼鉄の指が、精煉用カプセルのなかで殺意をギラつかせる白鴉の頬の辺りをなぞり、盛大な哄笑が室内に響き渡る。
「逃がしませんよ、“神”――“創世石”!」
鋼鉄の掌を天井へと伸ばし、サウザンドは機械化された左眼に赤い光を滾らせる。
それは、血臭すら漂ってくるような陰く、湿った“赤”だった。
核である“創世石”とともに、惑星の概念を司る六つの醒石――“畏敬の赤”。
この男も紛れもなくその所持者の一人であった。
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