第52話 絆竜―“Promise”―
#52
「“殺戮者”……」
“畏敬の赤”がその濃度を増し、数多の感情が交錯する戦場の中。
“処刑者”の声帯が、哀切に満ちた音色を奏でていた。
彼の硝子玉のような眼球が捉えるのは、最後の切り札を切り、醜く、凶暴な御姿となりつつある“殺戮者”の狂態である。
――“聖極化”は、“疑似聖人”の“最後の手段”そのものである。
それは、発動させれば、後戻りのできぬ殉教の御業。
勝利を引き換えとした、同胞の喪失を意味していた。そして、
「……あの闖入者は、お前が遊んでいた獲物か? “処刑者”」
「……“極闘者”――」
感傷に沈む、“処刑者”の思考と聴覚に、“極闘者”の野太い問いが響く。
咎めるような物言いではない。
だが、“処刑者”は、自身を責め、苛むように口を開いていた。
「……その通りだ。業腹だが、私の“機戒”は奴に敗れ、斃れた。――紛れもない、私の失態だ」
それが、現在の“殺戮者”の苦境を、“聖極化”を招いたとも言える。
自嘲する“処刑者”の脳裏に、先に逝った同胞、“誘愛者”の顔が過ぎる――。
「あぁ、よいよい。“処刑者”であるお前が“殺せなかった”というなら、それはケッタイな“厄モノ”に違いあるまいて」
その点は、“破壊者”も異論あるまい。
“処刑者”が漂わせる、沈鬱な空気を払うように、“極闘者”は手を振り振りと、太い声で告げる。
「常在の戦場であれば、名乗りを上げ、我先と挑むところであるが――まったく、“救済”というのも、実に難儀、面倒な“戦”よな」
“救済”の発動により、“畏敬の赤”の粒子は、常に臨界状態。
故に、自分たちの、ほんの少しの加勢で、“救済”は容易く頓挫する。
それどころか、臨界点を超えた“赤”が世界という器から溢れ、“惑星そのもの”を破綻させる可能性すら有している――。
現状、目的の達成には、傍観が必須なのだ。
極上の馳走を前に騒ぎ出す、己の肉体を鎮めるように、“極闘者”は、大地に根を張るが如く屹立。
いまにも暴れ出しそうな両腕を組んでいた。
「この戦場、まだまだ“荒れる”ぞ――」
その“極闘者”の言葉は、続け様に閃いた光に裏付けられる。
臨界の“赤”の中に、閃いた“青”。
“生物としての神”――“獣王”の開かれた顎と背鰭に充填された蒼き死の光が、その暴威を証明せんと、“赤”を禍々しく塗り潰す……!
「ちょっ……マジかよ!?」
【―――――――――――――――――――――ッ!!!!】
付近に立つジェイクたちの戦慄を余所に、“獣王”の咆哮とともに、凄絶な熱線が放射される!
身を躱すジェイク、ミリィ、ガルドの鎧装を掠める勢いで、放射された熱線は、標的である“黄金邪龍樹”を直撃……!
強烈な破壊力で、黄金龍の鱗を強かに灼き、三つ首の一本を吹き飛ばしていた。
「な、なんちゅう……」
その威力も馬鹿げているが、蚯蚓のように体組織を蠢かせ、即座に再生を開始する“黄金邪龍樹”の生命力もまた、馬鹿げていた。
唖然とするジェイクの耳に、大地を揺らす、重厚に過ぎる“足音”が響く――。
【……羽虫が飛び回るだけでは、彼奴は斃せぬぞ、“小さき者”よ】
「……!」
振り返ったジェイクの前には、壁の如き、黒鉄の巨獣――“獣王”の巨躯があった。
ジェイクを視る事もなく、彼を押し退けるように、三頭邪龍へと歩を進める“獣王”の御姿に、ジェイクの中に、混乱・畏れ・怒りが、同時に、憤然と湧き上がる――。
「な……何なんだよ、あんた! 随分と上から話しやが――」
――言葉の途中、不意に込み上げる“恐怖”。
抗議と同時に、改めて目視した“獣王”の輪郭に、ジェイクはふたたび唖然とする――。
人間が変態した“超醒獣兵”等とはあきらかに規格、臭気が異なる。
気配一つとっても、彼の識る、“人間”の気配ではない。
――“生命”としてのレベルが、あきらかに違うのだ。
「あ、あんた、いったい――」
【我が“何であるか”は、どうでもよい……】
ジェイクを一瞥すらせずに、“獣王”は、再生を続ける三頭邪龍へと、その巨体を前進させ、その背鰭に、蒼き死の光を、再び纏わせる――。
【ここで無駄口を叩く一秒で、彼奴は、千の命を喰らい、己が糧とする。お前達の世界を救いたくば――】
荒ぶる“生物としての神”が、踏み潰すような“圧力”とともに、告げる。
【――我の“邪魔”だけはするな】
轟く“神”の咆哮。
黒鉄を纏った巨躯が大地を蹴り、千切れた首を復元させた“黄金邪龍樹”へと、進撃を開始! 茫然とするジェイクを他所に、激しい戦闘を開始していた。
飛び散る岩盤と、噛み合う巨獣の鮮血が視界を塞ぎ、ジェイクの背筋に、悪寒を走らせる――。
「千の命……? あの野郎、何を言って――」
「――ジェイク」
“……!”。
ボヤくジェイクの耳朶を、ミリィの重々しい呟きが叩いていた。
自身の“知覚強化端子”が観測した“事実“に、彼女の声はひどく、震えていた。
「……彼の言う通り、あの邪龍は一挙動ごとに、凄まじいエネルギーを周囲から吸い上げている」
「あん……?」
知覚強化端子が観測した、おぞましき光景から目を逸らすように、ミリィは目を伏せ、言葉を続ける。
「このまま、戦闘が長引けば、この場どころか、“世界そのもの”の存続が危うい。――そういう規模だ」
「なっ……」
ジェイクの絶句に、ミリィは、“嘘じゃない”と深く頷く。
そして、愛らしい誤報を期待できるほど、ミリィの“知覚強化端子”は脆弱なものではなかった。
「はぁ……!? なら! 本当にそんな規模なら! 何で俺らは無事なんだよ!? 俺らも周りの奴等にも何も――」
異常はない。あちらこちらで、激しい戦闘が続いているが、そのような負荷が、各々に降りかかっている様子もなかった。
だけど、それが事実だとするならば――、
「……そうだ。彼が、あの“獣王”が全部、肩代わりしてるんだ。我々が吸われるはずの生命を、すべて」
「なん……だと……?」
絶句するジェイクの鼓膜に、毎秒、生命を吸われ続ける“生物としての神”の咆哮が轟く――。
驚愕と戦慄が、ジェイクの精神をいま、交互に揺らしていた。
そして、
「“殺戮者”……!!」
「“天敵種”ァァァッ!!」
響と“殺戮者”の剣が、いよいよ、その切先を交える!
荊棘に覆われた、“殺戮者”の“龍体抜刀”。
それが、響の斬撃を押し返し、“聖極化”による強化が生半可なものではない事を、骨の髄にまで叩き込んでいた。
衝撃に、弾き飛ばされかけた身体を、“黄金氣”で強化された体幹で支え、響は“殺戮者”が続け様に放った火球を、剣の腹で防ぎ、捌く。
「……“嘘”から始める、か。なるほど、なんとも人間らしい虚勢の張り方だ」
自身を包囲する荊棘の牢獄と、火球による爆炎を潜り抜けながら、一歩、また一歩と、近付く響へと、“殺戮者”の血に渇いた笑いが絡み付く。
怨嗟とも、憐れみとも言えぬ、複雑な響きを持つ声音。
――それが、昂ぶる感情に、引火したように爆ぜていた。
「“痛々しい”んだよ! 人間……!」
「……!」
その咆哮を銃爪として、“殺戮者”の胸部が裂け、内部にある“核”が露出……!
その結晶体から惑星そのものを砕き、灼き尽くすような光球が発射されていた。
だが、
「此処に集い、闇を照らせ……! "千年王国に到る黄金の希望"……ッ‼」
「ぬ……!?」
響は、排除した重輝醒剣の外殻を、盾のように前面へ結集し、その衝撃を、“殺戮者”の憤炎を受け止める――!
“守護者”から受け継ぎし“黄金氣”の障壁は、黒々とした怨嗟の焔を浴びても尚、眩く輝いていた。
「痛々しい、か――」
――炎の赤を、黄金の鎧装に反射させた響の、真っ直ぐな眼差しが、“殺戮者”を射抜く。
「俺には、アンタが“そう”見える」
「き…きさまあああああああああああああああ!」
“殺戮者”の首があらぬ方向に曲がり、噴き上がる激情と共に、“聖極化”による変態が加速してゆく――。
より禍々しき、“竜”に近い形状となった、“殺戮者”の狂態へと、響は素早く跳躍!
輝醒剣の刀身を閃かせ、鋭い刺突を突き入れる! だが、
「甘いわ……ッ!!」
半ば暴走状態にある、“畏敬の赤”の奔流は、響の五感をも鈍らせ、瞬く間に“現実”を侵食!
距離感を見誤った響を、“殺戮者”の逆関節化した脚が、強かに蹴り飛ばしていた。
そして、暴走する“赤”は、そこかしこの“現実”を、硝子のように叩き割り、響の背後に、虚ろな“穴”を穿つ――。
そして――、
「ムラサメ……!」
「……!」
背後の“穴”から、響を貫かんとした巨大な角を、割込んだ“蛇鬼”の両腕が捕獲!
その剛力で、木っ端と破砕していた。
“殺戮者”の巨躯から伸びる、無数の角は、そこかしこに穿たれた“穴”を利用し、四方八方から響を狙わんとしている。
――それは、“蛇鬼”の援護がなければ、潜り抜けられぬ、死の牢獄。
背中を合わせた“蛇鬼”の体温が、頼もしく、響の心を奮わせる。
「……すまない、カシー」
「振り返らずに走れ、響=ムラサメ」
「……!」
礼を言いかけた響の耳朶を、“蛇鬼”の叱咤が叩く。
「君は君の“想い”を果たせ」
「……ああ!」
同胞の言葉に、響の“覚悟”が深く頷く。
同時に、響の鎧装から高濃度の“黄金氣”が放射され、“殺戮者”の破砕された角、荊棘の欠片を、拾い上げるように、宙に舞い上げていた。
それらは輝醒剣を構える響の鎧装へと、尽く吸い寄せられ、徐々に雄々しい形状へと変わってゆく――。
「……俺は背負う。アンタを産んだ、“強化兵士”の弱さと痛みを」
「ヌゥ……!?」
響が纏う黄金。
その眩しさに、半狂乱となっていた“殺戮者”の双眸が、わずかに平静の色彩を取り戻していた。
その双眸を真っ直ぐに見据えながら、響は己の想いを“鎧”とする――。
「俺は誓う……! 俺たちが、俺たち自身を“救う”事を……!」
「……!」
“『鎧醒』……!”
眩き黄金の鎧装に、重ねられた響の言霊。
それが、鎧装の背に、決着へと羽撃く“竜”の双翼を、その両肩に、“竜”の頭部を模した、雄々しき追加装甲を形成する――。
形成された“竜”の顎は、響の魂を代弁するように咆哮し、その黄金の煌めきを、より鮮やかなものとしていた。
――其の名は、“骸鬼・煌輝《絆竜》”。
己の弱さを纏い、“赤”の禍根を断つ、黄金の騎士の鎧装である。
「ぬぅぅ……おぉおおおおお!」
その眩き光へと、文字通り、怨嗟の焔に全身を焚べた“殺戮者”の異形が突撃を開始!
焔の暴竜と化した彼は、兇悪な“殺戮”そのものとなって、響へと挑みかかっていた。
「……決着だ、“殺戮者”」
迎え撃つ“煌輝《絆竜》”の双翼が大きく羽搏き、雄々しき黄金が閃光となって戦場を駆ける。
死闘の終焉――決着はまさに、次の瞬間であった。
NEXT⇒第53話 さよならに、僕らの花束を―“good bye”―




