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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第51話 すべての人生が薔薇色ならば―“LA VIE EN ROSE”―

#51


暗号サイファーだと……? 舐めおって……」


 “カシウス・L・サイファー”。


 光の輪をまたぎ、出現した異邦人ストレンジャー――“人柱実験体・第0号”が名乗った、その名に、“殺戮者スレイヤー”の口舌が苛立ちを奏でる。


 紫紺の鎧装を纏う、白蛇に似た面立ちを持つ、その怪物ニンゲンは、戦場に立つ各々の容貌すがたを観察。


 災禍の元凶たる“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”たちをめ付け、紫紺の鎧装の隙間から、排熱の為か、大仰に蒸気を噴出させていた。


(人柱実験体、第0号……?)


 ――そして、その異邦人の容貌すがたに息を飲んだのは、“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”たちだけではない。


 同じ“人柱実験体”であるキョウもまた、“蛇鬼カシウス”が放つ圧力プレッシャーに、全身の毛孔から汗が噴き出すのを感じていた。


 恐らく、この個体は、キョウが幾重の奇跡の果てに辿り着いた“煌輝キラメキ”に匹敵する力を、その身に有している。


 そう確信させるに足る覇気や瘴気のようなものが、“蛇鬼カシウス”の全身からは溢れ、絶え間なく響の五感を刺激していた。そして、


(な……何だ、“彼”は……? 人柱実験体、だって――?)


 迫る“神戒獣アダム”を喰い止めるべく奮闘するブルーとシャピロもまた、その突然の来訪者に、注意をかざるをえなかった。


 特に、“蛇鬼カシウス”を“観測”したシャピロの様子は、尋常じんじょうのそれではなかった。


 ――ほとんど“取り乱していた”と言っていい。


 限りなく“恐怖”に近い衝撃が、シャピロの思考の一端を支配していた。


(何故……何故、彼の中に“アレ”と同じものがあるんだ……?)


 指の震えをこらえ、“白輝槍びゃっきそう”を握り直したシャピロへと、“神戒獣アダム”の体組織が変化した触手が殺到!


 そのまま激しい攻防戦へと雪崩込なだれこみ、シャピロの思考と戦慄を、半ば強制的に中断させていた。そして、


「お、おい、ミリィ。あれ、なんか解析してるか――?」


 仲間たちと“黄金邪龍樹(アウルム・マレフィクス”と対峙していたジェイクも、突如として出現した、“ただならぬ”異邦人ストレンジャー異幌すがたに、思わずミリィへと震える声を投げていた。


 ミリィはうなずきながら、“黄金邪龍樹(アウルム・マレフィクス”へと、光の矢を連射……!


 知覚強化端子に流れ込む、膨大な情報の整理を試みる。だが、


「いや、“あれ”は、私には荷が重い。……“人柱実験体”と名乗ってるみたいだけど――」


 そのからだに秘められた“謎”は、とてもミリィ一人で解析できるたぐいのものではなかった。


 思考全体を占拠しかねない、その情報の渦を、ミリィは一時遮断。


 目の前の戦闘へと、意識を向け直していた。


 この信じ難い、情報データの規模は、まるで――、


「隊長と同じ、という訳か――」


 “黄金邪龍樹(アウルム・マレフィクス”の尾による薙ぎ払いを、戦斧で防ぎながらガルドは呟き、戦慄と高揚に身を震わせる。


 ――彼が、何者かはわからない。


 だが、自分たちと同じ“強化兵士(カスタム・ヒューマン)”に分類してよいかもわからない、禍々しい瘴気と、それを抑え込むに足る、あの堂々とした佇まい――。


 それが、高い“格”を演出し、他者の迂闊な動きを封じているのは、感覚的に理解出来た。


 そして、その紫紺(ヨロイ)が秘める異能チカラは、自分たちが信奉する隊長をも凌駕するのではないか――と、密かな予感を抱いてしまう程に、“蛇鬼(かれ)”が放つ圧力(プレッシャー)は強烈だった。


 そして――、


「フン……!」

「……!」


 裏拳のような回転スピン)とともに、“殺戮者スレイヤー”の“龍体抜刀ヒドゥン・ブレード”が躍動……! 


 “蛇鬼カシウス”へと襲いかかっていた。


 だが、閃光の如き、その斬撃を、“蛇鬼カシウス”の拳が迎撃……! 空気が破裂したような轟音と共に、即座に“撃ち落として”いた。


 “殺戮者スレイヤー”から贈られた挨拶への、強烈な返礼である。そして、


「……手癖の悪い蛇だ」


 ――迫る、地を這う咬牙きば


 拳による迎撃と同時に、“蛇鬼カシウス”の背から伸びる蛇腹状の武装――“狂歌紡ぐ毒蛇(サーペント・クレイズ“が、“殺戮者スレイヤー”の足首を狙っていた。


 “殺戮者スレイヤー”はその狡猾な蛇を踏み付け、憤怒を吐き出すように、“龍体抜刀ヒドゥン・ブレード”へとほのおまとわせ、吠える。


 だが、


「そう、油断すれば、即座に“毒”は廻る」

「……!」


 危険なのは、蛇の咬牙きばのみではなかった。


 蛇腹から滲み出した、腐食性の毒液が、踏み付けた“殺戮者スレイヤー”の靴底を瞬く間に溶かし、おかしていた。


 “殺戮者スレイヤー”は即座に、自らの足に燃え盛る“龍体抜刀ヒドゥン・ブレード”を突き刺し、毒液を焼却。


 負った損傷ダメージを瞬時に再生させながら、わずかな舌打ちをこぼしていた。


小癪こしゃくな……」

「“だけ”ではないぞ」


 “……!?”。


 “蛇鬼カシウス”の行動に、無駄はなかった。


 再生の隙を逃さず、素早くステップを踏むと、拳の弾幕を、“殺戮者スレイヤー”へと間断なく叩き込んでいた。


 “殺戮者スレイヤー”の防御ガードをすり抜け、胸、腹、腰を確実に捉えるジャブの連打は、確かな拳闘ボクシングの技術に裏打ちされたものである。


 やがて、防御ガードの隙間を縫うように繰り出された、“蛇鬼カシウス”の拳が“殺戮者スレイヤー”の顎先を捕捉!


 脳を揺らす衝撃が、その態勢をガクンと、大きく崩す――。


「コォォォ……」


 静謐せいひつにして凶暴な呼吸と共に、“蛇鬼カシウス”の両腕、その筋肉が膨張し、硬化!


 そのまま、野球ベースボールの投手のように、大きく拳を振りかぶっていた。

 

 ――それは、“決着”を予感させて、余りあるものである。


 だが、


「待ってくれ……!」

「……!」


 ――割り込む、叫びがあった。


 両者の狭間に、差し込む“黄金ひかり”があった。


 突如、割り込んだ、その黄金の鎧装ヨロイは、“蛇鬼カシウス”の拳を、真っ向から受け止め、“決着”の一撃を阻止……!


 その翡翠エメラルド双眸そうぼうを、真っ直ぐ“蛇鬼カシウス”へと向けていた。


「君は……」


 自らの一撃を阻んだ男――キョウ=ムラサメの姿に、カシウスの喉奥から驚愕がこぼれる。


 “畏敬の赤アームド・ブラッド”を大量に捕食チャージし、掌に“黄金氣マナ”を集中させる事で、“蛇鬼カシウス”の全霊フルパワーを受け止める事には成功したものの、その黄金の鎧装ヨロイひび割れ、衝撃に大地は砕けていた。


 予期せぬ妨害に、“蛇鬼カシウス”の双眸が、わずかに細められる――。


「……奇妙な行動だな。私は、たおすべき“敵”を読み違えたか?」

「……すまない。コイツとの決着は俺に“ゆずって”くれ。この、俺に」


 “ゆずる……?”


 小さくない負荷ダメージを負ってまで、“敵”を護った響の真摯な声に、蛇鬼カシウスは、その拳を下ろし、静かに耳を傾ける。


「コイツは、“強化兵士カスタム・ヒューマン”、俺たちの願望ねがいに歪められた“疑似聖人”だ。その決着は、俺の誤りは、俺自身が絶たなければならない――そう、感じるんだ」

「………」


 “蛇鬼カシウス”は、疑似聖人および、その成り立ちを知らない。


 だが、響の切迫した声は、それを察するに十分な、切なる祈りにも似た響きを有していた。


 ――カシウスは、それを無視できる男ではなかった。


「……頼む」


 切迫した戦局の中、真っ直ぐに己を見据え、告げる響の姿に、カシウスは不思議と緩む、自身の口角を認識していた。


「……なるほど。“話通り”、歪みのない男だ。理解できる気がする。君を託そうとしたホグランおうの気持ちが」

「……えっ?」


 カシウスが告げた、予期せぬ名に、響は思わず息を呑んでいた。面喰らう響の様子に、静かに頷きながら、カシウスは彼の肩に、鱗に覆われた掌を置く。


「――確かに、私は事情を知らない。ならば、この“決着ケリ”を君に託すのも理に適う。同じ“強化兵士カスタム・ヒューマン”である私のぶんもな」

「……すまない」


 彼の言葉に多少の戸惑いはあったが、響もカシウスの裏表ない意志を感じ、素直に感謝を伝えていた。


 初の邂逅であり、現状、互いに異形の風体でありながら、二人には不思議と心許せる感覚(ものがあった。


 そして、


「何を、ごちゃごちゃと“(ツル)んで”いる――」

「……!」


 歯軋りとともに、“殺戮者スレイヤー”の口舌が苛立ちを吐き出していた。


 何故、必滅すべき対象の戯言ざれごとを、黙して聞き逃したのか。


 何故、“あのような暴挙”を、易々と見過ごしたのか。


 “殺戮者スレイヤー”の脳髄を、自身への怒りが掻きむしる。


 “憐れまれたとでも言うのか、この聖人ヲレが――”。


 ――響の行動は、ある意味で、“蛇鬼カシウス”の攻撃以上に、“殺戮者スレイヤー”を一撃し、その思考を、著しく停滞させたと言ってよかった。


 そのゆるし難い“醜態”を振り切るように、“殺戮者スレイヤー”の全身から夥しい量の荊棘いばらが這い出す――。


「おおおおおおおおおおおお……ッ!」

「……!」


 這い出した荊棘いばらつたとなり、嵐のように荒れ狂う! それは黄金キョウ紫紺カシウスの鎧装を斬り裂き、先端から液状化した“畏敬の赤アームド・ブラッド”をしたたらせていた。


「元より、抵抗する人類ニンゲンの抹殺は、“破壊者ジーザス”より、この“殺戮者スレイヤー”に一任されている! 貴様らに譲り譲られる権利も、託す資格もない……!」


 “一人足りとも逃すものか――”。


 “殺戮者スレイヤー”の双眸が、黒々とした光を灯し、その全身から“畏敬の赤アームド・ブラッド”を帯びた焔が、爆発的に噴き出す。


 たかぶり、自身の肉と魂をも、燃やし尽くすかのような、“赤”と“焔”。


 その苛烈さが、状況を注視する“破壊者ジーザス”――フェイスレスの脳裏に、看過できぬ“予感”を走らせる。


「“殺戮者スレイヤー”、まさか――」

「“聖極化ウルティマ)”ァ……ッ!!」


 “言霊”の吐瀉としゃと共に、“殺戮者スレイヤー”の長駆から湧き出した荊棘いばらが、響とカシウスの周囲を、牢獄のように包囲!


 燃え狂う“畏敬の赤アームド・ブラッド”のほむらとともに、“殺戮者スレイヤー”のからだは、数倍のサイズに肥大化していた。


 ――“畏敬の赤アームド・ブラッド”に染まり、各関節を禍々しく歪曲させた、その御姿すがたは、彼が狩らんとする“竜”そのものに見える。


「“殺戮者スレイヤー”……」


 たおし、乗り越えるべき“疑似聖人”が切った“最後のカード”に、響は、“強化兵士じぶんたち”の本質でもある、の名を呟く――。


 あの禍々しさこそが、自身の罪から目を逸らし、“救われ”ようとした自分たちの弱さ、醜さ、そのものなのだと。


 そして、


「選択肢は一つだ、“キョウ=ムラサメ”」

「……!」


 突如、耳朶を叩いた、自分の名に、響は言葉こえの主であるカシウスへと振り返る。


「……私が後方から支援する。君は憂いなく自身の目的を果たせ」

「何故、俺の名を――」


 加勢を頼もしく告げるカシウスへと、響は至極当然の疑問を投げかける。


 その問いに、カシウスは頷き、白蛇のカヲに、涼やかな笑みを浮かべていた。


「――私は、“煌都こうと”から来た。ならば、解答こたえは自明だろう」

「……!」


 充分に過ぎる解答こたえだった。


 “父”と慕う人が進めていた、“煌都こうと十六戦団”への、自分たちの参加。


 その縁が、この出逢いを導いた。


 その縁が、この頼もしき救援者を此処に呼んだのだ。


 熱くなる目頭と胸に、からだを震わせる響の背を、カシウスの掌が叩く――。


 “いけ、己が想いを果たせ”、と。


 そして、


「おおおおおおおおおッ!!!! 死ねよやぁああああッ!!!」

「……!」


 うなずいた響へ、“殺戮者(スレイヤー)”の肩口から生えた竜の首が、火球を放射……! だが、それは響の腕に、想いに猛る、黄金の鎧装ヨロイに、容易く弾かれていた。


 響が巻き上げた粉塵に、鎧装ヨロイが放射する“黄金氣マナ”が重なり合い、眩い黄金の世界を、響の周囲に作り出す――、


「……もし、すべての人生が薔薇色なら、“疑似聖人あんた”達が産まれる事はなかった」


 行く手を阻む荊棘いばらを蹴散らすように、黄金の鎧装ヨロイを歩ませ、響は己の道筋を定めるように、言葉を繋ぐ。


「……俺が見てきた景色もそうだ。薔薇色には程遠い、くすんだ、灰色の世界。混じる色は血の“赤”しかなかった」


 その絶望が、救いを求める心が、眼前の“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”――“殺戮者スレイヤー”を産んだ。


 この逃れられぬ“現実”と対峙するように、響は真っ直ぐに“殺戮者スレイヤー”を見据え、続ける。


「だが、その灰色の世界を薔薇色に変えるため、互いに想い合い、懸命に生きている人がいる。藻掻もがきながら、明日をひらこうとする人がいる……!」


 もはや、瑣末さまつな迷いもない。


 “殺戮者スレイヤー”を見据える翡翠エメラルド双眸に、いまは戻らぬ“父”の、愛する人たちの笑顔がともる……!


「だから……人は、この世界は美しいと、俺は信じる!」

「戯言を、戯言をほざくなぁッ!!!!!」


 ならば、何故、お前は、お前たちは、いまだ“救い”を求めている……!


 禍々しい牙に覆われつつある、“殺戮者スレイヤー”の仮面から、呪詛にも似た咆哮さけびが轟いていた。


 虚勢いつわりを、嘘を吐くな、と。


「なら、俺はその“嘘”から始める……!」 


 “封印解除シール・ブレイク”……!


 響の“覚悟”、その発声と同時に、重輝醒剣はその外殻を排除パージ)!


 “畏敬の赤アームド・ブラッド”――“赤”の禍根を断つ、“輝醒剣きせいけん村雨ムラサメ”の白銀の刀身をあらわとしていた。


 同時に、“蛇鬼カシウス”の“狂歌紡ぐ毒蛇サーペント・クレイズ”が、荊棘いばらの牢獄を斬り裂き、黄金の騎士は雄々しく大地を蹴る!


 いけ、疾風かぜの如く。


 数多の想いを、えにしを背負った黄金ひかりが、いま、拓くべき“未来あす”へと駆け出していた。


NEXT⇒第52話 絆竜キズナ―“Promise”―

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