第50話 そして、“人柱”は其処に立つ―“CIPHER”―
#50
「……了解した。やはり、目の前にある情景が“現実”という訳か」
――此処は、“鏖殺の獣”を撃破し、静けさを取り戻した“煌都”。
一騎当千の雄姿と活躍を見せた機神、グレート・オーティスも、いまはその動きを止め、鋼の巨体を、降り出した雨に打たれていた。
“塔”との通信を終えたリオンは、そのオーティスの操縦席内で、不明瞭な状況に爪を噛む隊員たちに通信を送る。
「……やはり、どのセンサーにも奴等の反応はない。奇妙な事だが、撃破すべき標的は尽く消失している」
そのリオンの声音に安堵はない。
状況的に“煌都”は危機を脱したが、飛び交う情報はまだ錯綜を究めている。
世界全体に視点を移した時、この未曾有の事態が終息しているか否かは、まだまだ不鮮明な状態であった。
だが、この静けさが“煌都”だけのものとするならば――、
「――どうも我々は円盤に“見棄てられた”らしい」
「“見棄てられた”って……隊長は、あれが神様とか、そういう善いものだと思ってるんですか!?」
リオンの呟きに、抗議するようなレイの若い声が重なる。操縦席のモニターに映る惨状は、とても“神聖な存在”による仕業とは思えなかった。
奈落に潜む悪魔も、眉を潜める蛮行とさえ思える。
その憤りに頷きながら、リオンは焦燥にざらついた声音をその声帯に奏でさせていた。
「そうだな……。勿論、善いものなんかじゃない。だが、“神”なんて超常の代物があるとすれば、我々にとって都合の良い“救い主”とは限らない――むしろ円盤のように、暴威を持って審判を下す怪物であっても、おかしくはないわけさ」
答えながら、リオンは手元の端末を忙しなく操作。各部署から送信された“悪い報せ”に顔を顰めていた。
「そして、神々は残虐なだけでなく狡猾だ。オーティスが脅威と見るや、我々を舞台上から排除してみせた。……まったく。実に、臆病な連中だな」
端末に収集された情報から、世界各地で“神による蹂躙”が継続されている事を確信したリオンは、湧き上がる苛立ちを吹き消すように呼吸。
通信のチャンネルをふたたび“塔”へと合わせていた。
「ボブ、今から指定する座標のデータをオーティスの“頭脳”に送信してくれ。“彼”が理解できるよう、“煌都”からのルートも含めてね」
【……? え、ええ、それは可能ですが、リオン隊長、この座標は――】
脳裏にあるのは、“確証”と呼ぶにはあまりに朧げな情報である。
――だが、リオンの心には不思議と“確信”があった。
あの時、罅割れた虚空から響いた懐かしい声と、そこに映し出されていた人物。
あそこに映っていた人物が、“自分が託されていた”青年と同一であるならば、“彼”であるならば。
この災禍の中心部――“血戦”の地は“あの土地”に間違いない。
「ああ――藁を掴むような話だが、この“縁”に賭けてみるさ」
※※※
「どうした……!? 貴様の剣は、俺に先端すら届いていないぞ、”“天敵種”……!」
――同時刻。
災禍の中心である“血戦”の地。
其処で続く、響たちと“殺戮者”の死闘はいま、苛烈さを極めつつあった。
“殺戮者”の嘲りと共に、三頭邪龍の顎が開かれ、眩い光線が、夜の闇に雷のように咲き乱れる。
――その威力は、響と、彼が騎乗する“獣王”の進撃を阻んで余りあるものであった。
【――-__―――-_-___――――――ッ!!!!!】
「また引力の渦が来る! 散開しろ!」
電子音じみた三頭邪龍の咆哮とともに、放射される光線は、周囲の引力を乱し、その場にある生命を混沌の渦へと叩き落とす!
響の檄により、回避に移行したジェイク・ミリィ・ガルドのすぐ脇を光線が乱舞し、瓦礫を、岩盤の塊を木っ端のように舞わせていた。
三頭邪龍――“黄金邪龍樹”と“殺戮者”の連携は強靭にして鉄壁。
さらに“黄金邪龍樹”は、“寄生結晶生物”と融合した“綺晶三頭覇竜”なる形態に強化されている。
其れはもはや、響と“獣王”の突進力を持ってしても突破し難い、難攻不落の要塞だと言えた。
その要塞を前に、響は、呼吸を整えるように上体を起こし、自らが騎乗する“獣王”へと、口を開く。
「……“獣王”、俺を―――れるか」
【……ヌゥ……】
――両者の間に、沈黙があった。
其れは、短いが、時間を止めるような、重い沈黙。
告げられた“策”に、“獣王”の喉奥から、呆れたような、低い唸り声が漏れ零れていた。
【……もはや、それは“賭け”とすら言えぬ愚行だぞ。“護る者”よ――】
「だとしても……」
躊躇いを断ち切るように、重輝醒剣を構え、響は答える。
「俺を、“信じろ”」
“よかろう――”。
響の覚悟によって、銃爪は弾かれる。
刹那。“獣王”の巨躯が、轟然と躍動!
“獣王”の脚が岩盤を踏み砕き、その尾が大地へと深々に突き刺されていた。
同時に、“獣王”の体内からほとばしる蒼い光が、大地を灼き、夜闇を塗りつぶし、やがて開かれた顎に収束してゆく――。
その挙動が、自身を“固定砲台”とした”獣王”の、極大の熱線放射を予告していた。
【―――-――_――---――――――――ッッッ!!!!!!!】
「ヌゥ……ッ!?」
“獣王”の凄絶な咆哮に、“殺戮者”の背筋に怖気が走る……!
刹那! 惑星そのものを鳴動させ、灼き尽くすような、衝撃と熱が戦場を蹂躙!
三つ首を丸めるようにして防御の姿勢をとった“黄金邪龍樹”を直撃していた。
黄金の表皮に纏った結晶体を、盾のように前面へ集結させるも、熱線の威力・熱量は凄まじく、邪龍の巨躯は一歩、また一歩と後退。
その膨大な熱量は、“黄金邪龍樹”に騎乗する“殺戮者”の鎧装をも、灼き焦がしていた。
「……流石は“生物としての神”、その神威で推し通るか――。だぁガァ!」
……しかし、“殺戮者”の力もまた、絶大。
赤く、くすんだ“殺戮者”の鎧装から、暴力的な量の“畏敬の赤”が噴出。熱線を押し留める!
三つ首の防御を跳ね飛ばし、“殺戮者”そのものを直撃せんとする熱線を、幾重もの“概念干渉”が捕獲。
その威力と灼熱を、強引に歪めているのだ。
だが――、
「おおおおおおおおお!」
「なっ――」
驚愕が、“殺戮者”の思考を劈く。
熱線から飛び出してきた“腕”に、“殺戮者”が唖然と息を零した刹那、強烈な鉄拳が頬を直撃! “殺戮者”を邪龍の背から弾き飛ばしていた。
熱線の勢いとともに、“殺戮者”を“黄金邪龍樹”から引き剥がした、その鉄拳の主は、黒焦げとなった鎧装と躰を急速に再生させながら、その身にふたたび黄金を纏いつつあった。
――其の異形の名は、“骸鬼・煌輝”。
絶望の夜を照らす、黄金の太陽である。
「……狂人か、貴様。あの熱線の中に“身を隠す”など、策とすら呼べぬ、只の“自殺”だ」
心底呆れたように告げる“殺戮者”の目線の先で、煌輝――響=ムラサメの躰が、目が眩む程の黄金氣を放射していた。
熱線の中に自ら飛び込み、ロケットのように加速。
己が身を弾丸とした響は、その威力と勢いのまま、“殺戮者”を一撃! 畏るべき邪龍と疑似聖人を、見事に引き剥がしてみせたのだ。
「ああ……だが、俺は死なない。“彼女”の生命が、俺の中で燃え続けている限りな――」
「ほぅ……」
その響の言葉に、虚勢はない。
それは、可憐に散った少女の生命への誓いであり、約束。
戦場に充満する“畏敬の赤”の捕食により、大幅に“黄金氣”を増強した響の鎧装は、その証を立てるように、眩い金色に輝き、“殺戮者”の前に、雄々しく立ち塞がっていた。
「……なるほど、その狂った“妄執”で“獣王”と“黄金邪龍樹”。俺とお前で一対一の状況に持ち込んだという訳か――まったく度し難いな、貴様は!」
苦々しく状況を分析した“殺戮者”の指先が、鎧装に刻まれた傷痕をなぞり、その口舌が、渇いた苛立ちを吐き出す。
「騎乗戦は不得手と、ようやく学んだか?」
「――そうだな、上に乗って、あれこれ指示するのは、もともと俺の性分じゃない」
再生を終えた、全身の筋肉を確かめるように、重輝醒剣を構え、響は翡翠の双眸に、漲る闘志の焔を灯す。
「同じ大地に“共に立つ”――それが俺のやり方だ」
【―――-――_――---――――――――ッッッ!!!!!!!】
響の言葉に呼応するように、“獣王”の咆哮が轟く。
――響の啖呵に、口元を苦く歪めながら、“殺戮者”は、己が大剣、“龍体抜刀”を肩に担ぎ、腰を、深く落としていた。
其れは、猟犬が獲物を狙うような、特異な構えであった。
「アンタの“救済”は、俺が止める。“強化兵士”である俺が」
――背後では、仲間たちと“獣王”が、“黄金邪龍樹”との交戦を開始している。
近付く決着の刻を、その肌に感じながら、響は重輝醒剣を雄々しく、正眼に構えていた。
そして――、
「む……!?」
「な……!?」
――突如として、“現実”が、歪む。
対峙する両者の筋肉が、そのバネを弾かんとした瞬間、一つの事象が二人の動きを止めていた。
――突然、空間を歪めるようにして出現した、円輪状の光。
その“内部”から放たれる、尋常ではない気配に、響も、“殺戮者”も息を呑み、其処から現れる存在に、全神経を集中。
臨戦態勢のまま、謎の異邦人の顕現に備えていた。
そして、
「……やれやれ、とんでもない戦場に招かれたものだ。これも、あの“機神”の仕業か」
「……!」
光を跨ぎ、大地を踏み締めた紫紺の鎧装。
その全容が響たちの視界に入り、その“異様”がより場の空気を緊迫させる。
紫紺の鎧装の主、その白い鱗に覆われた指が、手にしていた鉄塊――“機戒”の残骸を投げ捨て、“彼”の双眸が、戦場に立つ各々の容貌を見渡す。
その突然の来訪者に、“殺戮者”の喉が渇いた声音を、重々しく奏でていた。
「……貴様、何者だ」
「人柱実験体・第0号、カシウス・L・サイファー」
「何……?」
“殺戮者”の問いに、白蛇に似た面立ちが答える。
リオンが機神へと送信させた座標は、効果覿面。寸分の違いなく、畏るべき救援者を血戦の地へと転送させていた。
人柱実験体・第0号。
その脅威と“毒”がいま、“疑似聖人”たちへと牙を剥かんとしていた。
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