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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第49話 僕は逃げない―“resolve”―

#49


「む……」

「ハッ……! やりやがったか……!」


 罅割ひびわれた虚空そらに映し出された映像ビジョンに、““洛陽の獣ネロ”と交戦していたシオン、我羅の喉奥から驚嘆の声が漏れ溢れていた。


 雄々しき機神が、“鏖殺の獣ティベリウス”を両断し、塩の塊へと変える様は、全世界で歓声を呼び、絶望に塗り潰されていた夜に、“希望”という虹彩こうさいを刻んでいた。

 

「ふん……“煌都こうと”にも骨のある連中がいたか。業腹だが、“認めて”やる――」


 “血盟機”の紅翼つばさ羽撃はばたかせ、“淫蕩の獣カリグラ”と、死闘を演じていた麗句の唇が称賛を紡ぎ、“淫蕩の獣カリグラ”へと更なる一撃を加えていた。


 黙示録の様相を呈する状況の中、彼等が“淫蕩の獣カリグラ”、““洛陽の獣ネロ”を足止めしていた事が、“機神オーティス”の勝利を呼び込んだとも言える。


 罅割ひびわれた虚空そらと、体を包む“畏敬の赤アームド・ブラッド”を通じ、全世界の歓声こえを感知したアルは、こみ上げる感情ものを飲み込み、改めて前進。


 罅割ひびわれた虚空そらにらむフェイスレスへと、凛と声を張っていた。


「見ろよ、“”疑似聖人おまえら”の“救済すくい”なんて、俺たちにはいらない! ここだけじゃない、世界中で、人類おれたちはそう叫んでるんだ!」


「……わめくな。れは“来訪者ビジター”という外部因子がもたらした事。貴様らの手柄ではない」


 える“神の子アル・ホワイト”へと視線を下ろし、フェイスレスは憤怒を侮蔑で塗り潰したような、重々しい声を響かせる。


 “鏖殺の獣ティベリウス”を撃破されたという事実は、この不遜なる“破壊者ジーザス”にも、明確な“痛手”を与えたと思われた。だが――、


「――この程度の“些事”、我等にとっては、“対処”出来る範囲のものに過ぎん」

「……!?」


 感覚が捉えた“異常”に、アルの表情が曇り、その瞳が罅割ひびわれた虚空そらにらむ。


 フェイスレスが罅割ひびわれた虚空そらへと、指を鳴らした刹那、“煌都”の機神の映像ビジョンが消失。


 同時に、“煌都”の空の罅割ひびわれも消失し、煌都の街路を埋め尽くしていた御使ミツカイどもが、忽然と御姿すがたを消していた。


「こいつら、いったい――」


 オーティスの操縦席で、レイの口内から戸惑いの息がこぼれる。


 れは、僥倖ぎょうこうか、厄災か。


 信じ難い事に、御使ミツカイだけでなく、“機神オーティス”が対峙すべき“終焉の超獣アポカリプス・ビースト”たちも、霧のように、その存在を“煌都”から消していた。


 事実として、現在いま)――“煌都”は、“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”たちの“救済”から完全に切り離されていた。


「……予定外の“来訪者ビジター”には、ひとまず舞台から下りてもらう。彼奴きゃつは最後に我等が手ずから葬ろう――」


 “終焉の超獣アポカリプス・ビースト”に対抗し得る障害を、“隔離かくり”したフェイスレスは、“赤”をたたえた双眸そうぼうでアルを見下ろし、告げる。


「お前たちの悪足掻きは、結局のところ、憐れな時間稼ぎでしかないのだ。おとなしく“救われる”のが、お前たちの“最善”だ」

「…………」


 アルは、その憐れみの双眸を真っ直ぐに受け止めながら、一歩前進。反抗の焔を幼い瞳に燃やしていた。


 “疑似聖人”の頭目である“破壊者ジーザス”を前にしても、少年アルに臆する様子はまるでなかった。


「……そう考えるしかないよな、アンタ達は。その為だけに生まれて、その為だけに生きているんだから」

「…………」


 ――彼等もまた、人類ヒトを見おろしながら、その実、“救われたい”という人類ヒトの願いに縛られた複雑な存在。


 少年の脳裏で、己に課せられた運命にさいなまれながら、生き抜いた少女の笑顔がまたたく。

 

「人間だけじゃない。俺に言わせれば、アンタ達だって十分にあわれだ」

「……さえずるな、“小僧”」


 少年アルが触れたのは、“破壊者ジーザス”の逆鱗げきりんか。


 アルが啖呵たんかを切った瞬間、アルの体を防護していた“畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子が渦巻き、少年の頚部、心臓を圧迫。


 筆舌に尽くしがたい激痛を、アルの心身に与えていた。


「ぐ……あああああ……っ!?」

おごるな。また、“柱”にしてやっても良いのだぞ、“神の子アル・ホワイト”。そうしないのは、ただ“必要がない”だけだ――」


 腰に手を添えたまま、目線だけで“畏敬の赤アームド・ブラッド”を操るフェイスレスは、なぶるように、苦悶するアルの表情かおを眺めていた。


 誤魔化せぬ“苛立いらだち”が、“破壊者ジーザス”の表情を確かに歪めていた。そして、


「お前は、この状況において――」

〈――ああ、重要な“隙”を生んでくれた――〉


 “何……?”


 苛立ちの中、割り込んだ思念に、フェイスレスが僅かな反応を示した瞬間、巨大な腕が彼を掴み、自らの巨体ごと高く飛び上がっていた。


 ――恐竜の骨格を、そのまま装甲に転じたような、その巨体の名は、ラズフリート。


 その身に複数の“醒石”を埋め込んだ、“超醒獣兵ギガ・インベイド五獣将ごじゅうしょう”の長である。


 ラズフリートの両腕が、フェイスレスの頭骨と腰をむんずと掴み、突き刺すようにぶつけられた大角が、不遜なる“破壊者ジーザス”の背骨を軋ませる……!


「重力の“底”に落ちろ! “恐骸獣重獄葬(デッドリー・グラビトン・ボトム)”……!」


 “重力”の渦と共に、彗星の如く落下したフェイスレスとラズフリートの身体からだが、巨大な大穴クレーターを穿つ!


 れは、規格外の剛腕パワーと、重力操作というラズフリートの機能スキルを融合させた秘儀の炸裂であった。


 だが、


「……やれやれ。“超醒獣兵ギガ・インベイド”如きが今更、何のお遊戯だ?」

「……!」


 冷徹な“破壊者ジーザス”の声が、“赤”におかされた空気を震わせる。


 おぞましい程の殺気を感知したラズフリートはフェイスレスの拘束を解き、素早く大穴クレーターの外へと飛び退いていた。


「……ふん。やはり、通じぬか」


 全霊の秘儀を破られてもなお、ラズフリートに動揺は見られなかった。


 通じない事は折り込み済みだったのか、ラズフリートは“無傷”のフェイスレスの御姿すかたを冷静に観察。発熱した鎧装から蒸気を放出する――。


「……貴様の重力操作、概念干渉を跳ね除けたな。雑兵ではあるが、只の“超醒獣兵ギガ・インベイド”でもないという訳か――」

「……俺は、“畏敬の赤おまえたち”との戦闘を想定し調整された個体。通じぬまでも、対抗する術は持ち合わせている」


 フェイスレスのめ付けるような言葉に、ラズフリートは、自身の両肩にしつらえられた大仰な装甲、“禁断の匣パンドラズ・ボックス)”を指差し、答える。


「だが、ただの人間だろう。この状況においてはな」


 自嘲も、諦観もなく、“事実”として言い切ったラズフリートは、大穴クレーターから自身を凝視する“破壊者ジーザス”と堂々と対峙する。


 その身を浮遊させ、大穴クレーターより抜け出たフェイスレスは、黒衣の土埃つちぼこりを払い、巨像に挑む、憐れな蟻を見下ろしていた。


 そして、


(ただの、人、間……)


 ラズフリートの言葉に、アルは、苦痛にあえぐ息を整えながら、泥に塗れた、自身の小さな手の平を見つめる。


 ラズフリートの介入により、“畏敬の赤アームド・ブラッド”の渦から解放されたアルは、まだ痛みの残る体を引きずり、前進。


 恩人であるラズフリートと並び立っていた。


「……ありがとう、おじさん。おかげで一呼吸できた」

「無理をするな、悪いが俺は何の役にも立たん」


 “ただ、見過ごせなかったのでな”。


 短く告げられた、ラズフリートの言葉に、アルの口元が少しゆるむ。


 普段なら、子供扱いは拒むところだが、この局面で、当たり前にそう言ってくれる、ラズフリートの心根が、アルには心底ありかたかった。だが、


「う……あぁぁぁ!っ?」

「ヌッ……!?」


 再び“畏敬の赤アームド・ブラッド”への干渉を開始したフェイスレスにより、アルの全身に言葉にならぬ激痛いたみが轟いていた。


 ラズフリートが、再度の救援を試みるも、真正面からの被弾を許す程、“破壊者ジーザス”は甘くはない。


 フェイスレスによって召喚された聖槍の雨が、ラズフリートを包囲し、その動きを封じていた。


 ラズフリートが操る重力の渦が、聖槍を薙ぎ払うも、豪雨のように降り続ける聖槍それを、殲滅せんめつするのは容易ではない――。


 しかし、


「……大丈夫だよ、おじさん」


 “畏敬の赤アームド・ブラッド”の渦に飲まれながらも、アルは気丈に声を搾り出し、自分を見下ろす“破壊者ジーザス”の双眸をにらんでいた。


 足元に散らばるのは、ラズフリートが薙ぎ払った聖槍の破片かけら


 それを手に取ったアルは、鋭利な穂先を“創世石”の力で伸ばされた自身の赤髪へと押し当てる――。


「俺も……抗うよ。ただの、人間として」

「なっ……」


 穂先が赤髪を切り落とし、アルの体を覆っていた“畏敬の赤アームド・ブラッド”がたわみ、消える。


 同時に、赤く染まっていた頭髪の一部が、元の栗色の色彩を取り戻し、青く染められていた目も、その右目を元の色彩に戻しつつあった。


 その様に、“破壊者ジーザス”の双眸が歪み、彼の喉がうめくような驚愕をこぼす――。


「まさか……自ら破棄したのか、“畏敬の赤アームド・ブラッド”の加護を……」

「……違うね。取り戻したんだ、“俺自身”を!」


 アルが啖呵たんかとともに、左腕の“鎧醒器アームド・デバイス”を掲げた瞬間、フェイスレスの“畏敬の赤アームド・ブラッド”による干渉は、跡形もなく跳ね除けられていた。


 アルは、“殺戮者スレイヤー”と激しく剣閃を交える響を、“終焉の超獣アポカリプス・ビースト”と交戦する麗句たちを、みんなを、栗色の瞳でとらえながら、フェイスレスへ“人間”として向き合う――。


「……これからだよ。これから、お前たちの“救済”を俺たちが覆す! 人間を――舐めんな!」

「…………」


 眩い光をともしつつあるアルの“鎧醒器アームド・デバイス”に、フェイスレスの目が鋭く細められる。


 ……だが、いかに活性化しようとも、ここに、この少年と繋がる“創世石”はない。


 であれば、この“鎧醒器アームド・デバイス”が“鎧醒アームド”させるものは何か――。


 一抹の不安のようなものが、フェイスレスの臓腑の奥で蠢いていた。


NEXT⇒第50話 そして、人柱は其処に立つ―“CIPHER”―

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