第47話 偉大なる無銘の勇者―“Otis”―
#47
※※※
其れは、数百年の昔の寓話。
数十時間に渡る死闘は、巨人の全身を覆っていた“光”を枯渇させ、甲虫の外殻を想起させる体躯を露わとさせていた。
円盤群へと光線を撃ち放った巨大な腕が千切れ、轟音を響かせながら、大地へと転がり落ちる――。
星と星を翔ける巨人は、その日、未曾有の破局にみまわれる惑星に遭遇した。
罅割れた虚空から出現した円盤群により、無残に結晶化する命の数々――。
それを目撃した巨人は、縁のない惑星に降り立ち、円盤群との無謀な死闘へと身を投じた。
破局の渦に飲み込まれながらも、互いを慈しみ合い、儚い希望を現実にすべく奮闘する、小さな命の姿に、その心を打たれたからだ。
【………………】
廃墟の中に立ち尽くし、荒く呼吸音を響かせる、50メートルを超える巨躯は、ところどころ罅割れ、砕けていた。
巨人の周囲に転がるのは、彼が撃墜した、夥しいまでの円盤の残骸。
孤独な戦いを続けた巨人は、いま巨人が切り拓いた円盤群の“切れ間”へと飛び立ち、惑星外へ退避する宇宙船の光跡を眩しそうに見上げていた。
……どうか無事に生き延びてくれ。
小さくとも、自分よりも遥かに大きな光を放つ命。
互いを想い合い、繋がる事の出来る、美しき命。
それを、一部であっても護り抜けた事に安堵し、巨人は静かに眠りに落ちる。
倒れ伏した体躯が無残に砕け、朽ちようとも、巨人の眠りはどこまても静謐で、厳かであった。
そして――、
※※※
「あ、あれは……?」
罅割れた虚空に映し出された、三機の戦闘機と巨大な戦車の雄姿に、絶望に昏く沈んでいた人々の目が、わずかに上を見上げていた。
計四機のビークルは、それぞれに搭載されたミサイルで“鏖殺の獣”を攻撃。
“鏖殺の獣”の鋏のような腕から放射される、“醒石化を促す光閃”をものともせずに、煌都の空を飛翔・進撃していた。
その雄姿を、“煌都”の市街を飛翔するカイル、“鏖殺の獣”と交戦する凱とリオンも、興奮とともに見上げていた。
「“星翔艇”……! ボブの奴、この状況でアレの起動を成功させやがったのか……!」
「ああ、流石は“出鱈目から真実を産む男”と言ったところか。我々の期待と信頼に応え、お釣りが来る仕事ぶりだ」
凱の驚嘆に、リオンは感嘆と感謝に震える声で応え、聴覚に届いた、新たな通信に耳を傾ける。
……しかし、興奮で異様に早口となったそれは、10人の話を聞き分ける豊聡耳と呼ばれるリオンを持ってしても、容易に聞き取れるものではなかった。
「――状況が状況だ。気持ちは理解るが、まずは落ち着いて、正確な情報をいただきたいな、ボブ?」
【は、はい! すいません!‥】
リオンの指摘に、一瞬、赤面したかのようにボブの声量が下がる。――だが、彼はすぐに勢いを取り戻し、より早口の報告をリオンの聴覚へと叩き付けていた。
【……まったく信じられません。あの翡翠の光。そして、あのデカブツどもの変貌と、それに臆さない人間の姿! それらを感知したように“星翔艇”――いや、“彼”は、完全に目醒め、いまや各機の出力は想定の120%に達しています!】
「“彼”……素体となっている異星体か」
“来訪者87”。
“煌都”が発見した87番目の遺跡から発見された、巨人の躯。
四つに砕けていたそれを素体とし、秘密裏に開発されたのが四機の“星翔艇”である。
巨人そのものは既に死亡していると推定されていたが、生体部分に残された“遺志”のような反応が、いま、“彼”を動かしているというのだろうか――。
【現在はこちらで遠隔操作していますが、各“鎧醒機”のAIと連動する事で、あとは“特機鎧装”の装備と同様、皆さんの脳波で操縦する事が可能です! “鎧醒機”のアップデートが事前に終わっていて本当に良かった!】
「はぁ!? そんな仕様聞いてねぇぞ!? 毎度毎度、俺たちに黙って、わけのわからん機能ぶっ込みやがって! ぶっつけでやる俺等の苦――」
【隊長には報告してます】
ボヤキを一蹴された凱からの視線に、翠の機甲が肩を竦める。
「……実装済みなのは初耳だが、この状況だ。有り難く使わせてもらおう。音声コードは?」
【“接続”です】
「――了解した」
“接続”……!
爆撃の轟音の中、凱歌を呼ぶ声が、罅割れた虚空に響く。
『PEACE MAKER』四人の声が、“畏敬の赤”が充満する大気を震わせると同時に、各“鎧醒機”のAIが、“星翔艇”の操作端末に通信を開始。
同時に、四人の意識に“星翔艇の性能・機能・武装の情報がインストールされ、四機のスーパーマシンは彼等の手足・分身となって、大地を、罅割れた虚空を驀進していた。
そして、
「……何だ、あの面妖なる物体は」
“煌都”から遠く隔たれた血戦の地。
罅割れた虚空に映し出された、“星翔艇”を凝視したフェイスレスの喉から、苛立ちを孕んだ声が吐き出される。
アレは、“畏敬の赤”に連なるものではない。
外殻こそ、この惑星由来の遺跡技術で固められているが、その芯となる存在は、この惑星の外なる者――“来訪者”とでも呼ぶべき存在だ。
この期に及んで、そんな存在が状況に介入するなど、冗談が過ぎる。
これも、幾度も時間を繰り返し、世界線を歪めたが故の、“揺り戻し”とでも言うのだろうか――。そして、
「わからないのかよ、“救い主”」
「……!」
真正面から浴びせられたアルの声に、フェイスレスの赤を湛えた両眼が鋭く細められていた。
臆すことなく、“破壊者”の前に立ち塞がる少年は、“星翔艇”の雄姿を映し出す虚空を指差し、言葉を続ける。
「お前たちがあんな“悪足掻き”をしたのと同じように、俺たち人間も、“自分に出来る事”を精一杯やってるんだ! その積み重ねは! 繋がりは! お前たちの“悪足掻き”より絶対に強い……!」
“あの戦闘機もその一つさ……!”
確信に満ちたアルの言葉に、フェイスレスはその双眸を、再び“星翔艇”へと向ける。
――確かに、“静かに幕引きすらできない”醜態は、人間の人間らしい行状か。
思い至った“破壊者”の口元から、微かな嗤いが零れ落ちていた。
「……いいだろう。ならば、観劇させてもらおう。愚かにも“終焉の超獣”に抗う、貴様らの滑稽な舞踏をな」
フェイスレスが苛立ちと侮蔑を舌先に乗せると同時に、“煌都”では、“星翔艇”と“終焉の超獣”の戦闘が本格化しようとしていた。
ビル群の狭間を飛翔するカイルと、彼の意識が操縦する大型の戦闘機――“オーティス3”の銃撃が、“淫蕩の獣”を迎撃。
“塔”を狙い、急降下した“淫蕩の獣”の禍々しい双翼を、苛烈な銃撃が撃ち抜き、看過できぬ害獣を、“塔”周辺から一時離脱させていた。
凱が操縦する巨大な戦車――“オーティス4”も、接近しようとする“洛陽の獣”を砲撃て牽制。
当面の撃破目標である鏖殺の獣”を、半ば孤立化させる事に成功していた。
同時に、
「なっ……?」
「えぇ……っ?」
――腹腔から漏れ溢れる驚愕の声。
激しい戦闘の最中、予期せぬ奇蹟が、『PEACE MAKER』四人の鎧装を包んでいた。
僅かな一瞬の内に、四人の身体を包んだ眩い光が、彼等を“星翔艇”の操縦席へと転送。
各機の中枢に設置された座席へと、彼等を招き入れていた。
「……これも“彼”の、来訪者の異能か」
四人の“特機鎧装”への『鎧醒』は自動解除され、“強化外装”のみの状態となっていたが、不思議と不安はなかった。
あらかじめ用意された機能ではない事は、慌て散らかすボブからの通信で理解出来る。
――起動した“星翔艇”はもはや物言わぬ亡骸ではない。
こうなってみれば、光の粒子となって、煌都に溢れ、リディアの歌声を世界に届けた、不思議な奇蹟――あれも、この“来訪者87”の仕業だったと信じられる。
リオンは激戦の刹那に、思考の糸を紡ぎ、機甲に覆われた指先を、操縦席のパネルへと乗せていた。
四人が操縦席に座すると同時に、“星翔艇”は『PEACE MAKER』四人のパーソナルカラーを機体へと反映。直接搭乗により、より精度を増した同調とともに、四機は“鏖殺の獣”へと集中砲火を開始していた。
【§°υυΔ§φ――】
「おぉっ!?」
“鏖殺の獣”の鋏、胸部の皮膚が展開し、高出力の光閃を放射。
小型の戦闘機――オーティス1を駆るレイは、機体を回転させるようにして直撃を回避すると、機首に装備された機銃で“鏖殺の獣”を射撃。“鏖殺の獣”の股下を潜り抜けるように、背後へと回り込んでいた。
だが、操縦席のモニターに映し出される、ティベリウスの皮膚が再生する様子に、レイの口内から舌打ちが溢れる。
「……攻撃は通じてるけど、やっぱり火力が足りない。俺たちの最終起動攻撃を重ねても、倒しきれるかどうか――」
機銃も、ミサイルも、覚醒した“彼”の影響か、想定以上の威力を発揮している。
――だが、足りない。“鏖殺の獣の再生を許さず、その心臓部まで破砕せしめるような火力は、どの“星翔艇”も有してはいなかった。
忸怩たる想いを噛み締めながら、レイは自分を喚んだ“彼”を見つめるように、操縦席の天井へとその視線を送る。
「……たとえ閉ざされた壁の向こう側にでも、人間は諦めず手を伸ばす! そんな俺たちだから、君はここに喚んだんだろう? 届かない現実へ、壁の向こう側へ、その手を伸ばすために!」
“なら、俺たちの命を使ってくれ、君の命を貸してくれ!”
そんなレイの声に応えるように、オーティス1の機体が発光。リディアの歌声を世界へ届けた、光の粒子を放射しながら、他の三機を誘導するように、ビルの狭間を飛翔していた。
「……! “何をする”気だ? “来訪者”……!」
罅割れた虚空の映像を通じ、事態を凝視するフェイスレスの両眼に、各部を変形させながら、オーティス1と直列に並ぶ三機の雄姿が映る。
「これは……」
「合体か――!」
“星翔艇”たちが自動でとり始めた挙動が、操縦席の『PEACE MAKER』達に、緊張と高揚の息を呑ませる。
大地を進撃する、鋼鉄の巨躯を起き上がらせ、“脚部”となったオーティス4に、変形し、腰部・背部・前腕部を構築するオーティス3が合体。
そこへ肩部・上腕部・胴体を担うオーティス2が接続され、最後に胸部を担当するオーティス1が連結する。
割れるように展開したオーティス1の外装から頭部が迫り上がり、折り畳まれていた二対の角が隆起。
巨人の起動を示す光が、その眼部に灯る。
「頼むよ、無銘の君。“偉大なる無銘の勇者”……!」
ボブの祈りに呼応するように、罅割れた虚空に雄々しきシルエットが刻まれる。
合体し、一つになった骨格を確かめるように、巨人は巨腕を見得を切るように躍動。同時に、背部のウイングが展開し、無銘の勇者の雄姿を、舞い散る粒子とともに完成させていた。
「……ありがとう。一緒に戦おう、“オーティス”……!」
ギリシャ語で、『誰でもない』を意味する言葉。
操縦席のモニターに表示された巨人の名を呼び、レイは己の思考を伝達する操縦桿を握り締める。
完成した機神の名は、グレート・オーティス。
誰に名を知られずとも、命を護る為に立ち上がる、偉大なる無銘の勇者である。
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