第45話 戒メル、終焉の獣―“ragnarok”―
#45
「洒落臭えよ、タコが」
――世界の中枢“煌都”に再度、爆発音が鳴り響く。
極限まで駆動した“特機鎧装”の冷却中であるレイを狙撃せんとした円盤の制御核を、凶暴なまでの速度で接近した凱の拳――“最終起動攻撃”が叩き壊したのだ、
凱――“独り立つ銀狼”の銀の機甲は、降り注ぐ円盤の残骸を蹴り飛ばすと、“下がれ”とレイへとハンドジェスチャーする。
「が、凱さん……! 隊長の援護は!?」
「へっ……ノってきた隊長に援護なんていらねぇよ」
響く、凱の言葉を証明する轟音。
リオン・マクスウェル――“救世の聖獣”の翠の機甲は、脚部鎧装に接続されたミサイルポッドを展開。
装填された弾頭を全弾発射し、新たに動き出そうとしていた円盤を牽制していた。
更に、肩部に接続された砲塔から発射された熱線が、二機の円盤の外殻を撃ち貫き、その浮上を阻止。
凱とレイ、二人の前衛の冷却時間を十分過ぎる程に確保していた。
同時に囮役を務めるように、機甲を“戦闘機形態”に変形させたカイルの“嵐呼ぶ蒼翼”が、闇夜に蒼い光を閃かせ、円盤群の視線と熱線を集約。
次なる反抗の為の、布石を打っていた。
そして、
※※※
「――悔いるがいい。自らの性と、その“生き汚さ”を」
「なっ……!?」
“畏敬の赤”が吹き荒ぶ血戦の地にて、眼前に立つ“破壊者”がもたらす言葉と事象に、アルは思わず息を呑む。
悠然と立つ“破壊者”――フェイスレスの頭上に浮かぶ月が、2つに割れたように見えたからだ。
「“処刑者”――“奈落の針”を起動しろ」
「……了解した」
“……amen”。
主の声に、“処刑者”が胸で逆十字を切った瞬間、奈落の蓋が開く。
“月”――この惑星の衛星であり、“物質としての神”の外部端末の一つである其れが、果物の皮を剥くように展開。
内部にある“虚ろな穴”を剥き出しとしていた。
そして――、
「……“変転”せよ……」
「……!」
フェイスレスが厳かに囁いた瞬間、“穴”から放たれた巨大な針のようなものが、機能不全を起こしていた“神黎児”及び“円盤死告御使“の核へと直撃!
その核に取り込まれるように、深々と突き刺さってゆく――。
「……これを招いたのはお前たちだ。お前たち自身の反抗が、奈落の蓋を開けた」
【――――ぁ―――椏―――――@――――!!!!】
“破壊者”の言葉に呼応するように、“神黎児”の胎内から“歌”ではない咆哮が轟き、“神黎児”たちの輪郭がより歪に、凶暴に“変転”する――。
円盤群は残された複数機が結合するように、溶け合うように変態を開始し、延べ三体の異形を大地に、空に顕現させていた。
「……蹂躙せよ、“終焉の超獣”。滅尽の獣どもよ」
「な……ぁ……」
人類はその光景をただ畏れ、見上げる事しか出来なかった。
“終焉の人類”の御姿は、既に其処にない。
かろうじて“人型”と呼べた“神黎児”の輪郭は、猛々しい荊に覆われ、その頭蓋骨は蜥蜴と鼠を混合させたような禍々しい形状に変質していた。
繭を破り、滴る“赤”の粘液とともに“現実世界”へと這い出した二本の脚が大地を揺らす――。
罅割れた虚空を突き破るかのような巨躯は、二足で屹立しているが、その在り様は、どこまでも醜い“獣”。
荊は背鰭のように硬質化し、天使の双翼の如く背部を彩るも、灰に燻んだ体色は、荘厳さよりも禍々しさを人類の瞳に焼き付けていた。
荊が生い茂る大樹のような、巨大な尾で大地を叩き、“終焉の超獣”は大きく裂けた顎を開く――。そして、
「ま、不味い……!」
その瞬間、看過できぬ破局を察知した麗句たちは、瞬時に“音”への概念干渉を敢行。周辺に無音の世界を作り出していた。だが、
「吼えよ、“神黎児”転じて“神戒獣”――アダムよ」
「―――――=‾‾‾‾――――――‾‾‾‾―――――----‾‾‾―――ッ!!!!!!!」
其れは、終焉を告げる鐘の音か。
“終焉の超獣”――“神戒獣”が吼えた瞬間、この惑星全体に“醒石”化の嵐が吹き荒れていた。
その咆哮を人類が耳にした瞬間、“歌”とは比較にならぬ規模で、多くの人間が結晶化――。各々が、割れた月の光を浴びて、悲しい“死”の煌めきを闇夜に刻んでいた。
「なっ……」
“殺戮者”と剣閃を交えていた響も、罅割れた虚空に映し出された、その光景に絶句。
翡翠の少女による縛鎖を、“変転”と共に引き千切った、畏るべき異形を見上げていた。
この場所においては、麗句たちの概念干渉により、醒石化の被害は発生していない。
――だが、それが急場凌ぎの策でしかない事は、誰の目にも明らかだった。そして、
「……“奈落の針”。この“深淵”に繋がる衛星の機能をも掌握していたか。“疑似聖人”――彼奴らは僕の思う以上に、“畏敬の赤”の根幹に迫る存在なのかもしれないね」
観念世界の底の底、“深淵”から状況を観測する“神”――惑星の管理者である“JUDA”もまた、眉間に深い皺を刻み、この由々しき事態に歯噛みしていた。
さらに、円盤群が“変転”した三体の獣は、屹立する“神戒獣”に追従するように蠢き、より“能動的な”救済に移行すべく、その顎から“畏敬の赤”を滴らせていた。
その中の一体、黄金の宮殿のような、仰々しい装飾品を巨体に纏わせた四足獣……洛陽の獣・ネロがその声帯から畏るべき“音”を奏でる――。
【――____――――____―――――___――――__―――】
「……!」
獣が奏でる、歪な“歌”が空気を震わせ、続け様、開かれた顎から吐き出された光線が、円状に周囲を薙ぎ払う……!
聴く者の精神に作用し、“醒石”化させる“歌”の機能を凝縮したかのような、その光線は、触れたものを強制的に“醒石”化。
瞬く間に無数の“醒石”の像――夥しい人間の残骸を生み出していた。
そして、この洛陽の獣も“円盤死告御使”と同様に、全世界に同時に存在するが故に、その被害は甚大。
逃れられぬ脅威、破滅として、そこに存在していた。
「……“強制執行”とでも言うべきか。この惑星には元々、“相応しくない生命”が惑星の力を手にした時、強制的に醒石化させるシステムが存在する。――これはそのシステムを我々の手で強引に起動させたものだ」
「な、なに……?」
其れは言うなれば、別システム起動による、ガブリエルによって齎された“待機状態”の強制解除。
“終焉の超獣”たちを見上げ、淡々と告げる“破壊者”の頭上を、巨大な双翼を持つ、淫蕩の獣・カリグラが通過。
その羽搏きによって巻き起こる、粒子を孕んだ暴風によって、“醒石”化の嵐を地上に渦巻かせていた。
――もはや標的は人類だけではい。動物も、草木も、カリグラの羽搏きによって、次々と結晶化し、無惨に砕け散っていた。
「もう一人の私が用意した“救済”を受け入れていれば、お前たちは何の痛みも、恐怖もなく、温かな毛布に包まれた眠りのように、穏やかに“醒石”化出来た。お前たちが“神黎児”の“歌”を受け入れていれば、救済は静かに世界を包み、終焉は穏やかに落着しただろう」
“破壊者”の言葉に呼応するように、鋏のような両腕を持ち上げたのは、騎士然とした御姿を持つ最後の一体――鏖殺の獣・ティベリウス。
鉄仮面と昆虫が混合したような、その不気味な異貌から不協和音じみた嗤い声が響き渡る――。
「――だが、お前たちの反抗がこれを招いた。お前たちはこれに、“神”の呪縛から解き放たれた獣に蹂躙されるしかない。この惑星の生命が、一つ残らず醒石化されるまでな」
“破壊者”の言葉に、顕現した獣の暴威に、対峙する人類が戦慄した刹那、再度轟いた咆哮が、より多くの生命を、無惨に醒石化させてゆく――。
無慈悲に、凶暴に、“救済”という名の殺戮の嵐が、この惑星を蹂躙しようとしていた。
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