第44話 反抗の焔―“Game Change”―
#44
「ガブ……くん」
――観念世界の最深部に秘匿された、“深淵”の地。
その一角に、力なくへたり込んだ少女の口から、喪われた命の名が零れ落ちていた。
「何で……ダメだよ、そんな事」
“創世石”の“仮初の適正者”であり、現時点での“所有者”である、サファイア・モルゲンの脳内には、半ば強制的に現実世界の情景が送信されている。
故に、ガブリエルの最期もまた、明瞭に、詳細に、彼女の精神へと伝えられていた。
残酷な、までに。
――手を伸ばしたくても、伸ばせない。
この状況は、彼女にとって“地獄”に等しかった。
だが、
「……すさまじいな、“円盤死告御使”と“神黎児”を一挙に機能不全に陥らせるとは――ラ=ヒルカも畏るべき命を産み出したものだね」
「……!」
零れる涙を冷やすような、“物質としての神”の管理者、“JUDA”の物言いが、少女の青い瞳を振り向かせる。
抗議するような、青の眼差しを特に意に介す事もなく、“JUDA”は、
“これも、繰り返した時間の賜物か”。
と短く呟き、踵を返してしまった。
その、あまりに無感情な行状に、少女はたまらず桜色の唇を開いていた。
「何も……何も感じないんですか? ガブくんがあれだけの事をしてくれても、ただ見ているだけなんですか!?」
「ふむ……?」
己を射抜く少女の眼差しに、“JUDA”は細い指先で顎をさすると、露骨に面倒そうな息を吐き出す。
「随分だな、サファイア嬢。私は“神”として至極真っ当な感想を述べただけだよ。それも、事実を陳列しただけに等しい、素朴な感想をね。そもそも――」
“JUDA”の飄々とした言葉の中に、不意に、磨がれたナイフのような冷たさが入り混じる。
「君は何を根拠に、“僕が何も感じてない”と判断したんだい?」
「あ……」
硝子のような瞳に、わずかに渦巻く翳りに、サファイアは己の傲慢を理解する。
――自分の感情を基準に、他者の思考を断じるのは、恥ずべき、愚者の行状だ。
「……ごめんなさい。ボク、自分の気持ちしか見えてなかった。自分のことしか、考えてなかった」
「いいさ、君がそうなるんだ。よほどの事だろう」
薄い微笑が、少女の憔悴した心をそっと、撫でる。
寄り添うようで、他人事のような、その“JUDA”の物言いは、少女に不思議な距離感を覚えさせる、独特なものだった。
――“創世石”の管理者。
彼自身の発言を信用するなら、“究極の願望機”の管理者を任じられるほどの業を重ねた、かつての“創世石”の適正者。
其れは、少女にとって、想像も及ばぬ、奈落のような“深淵”に立つ存在だ。
(あなたは……)
現状、彼の内面を知り得るだけの情報は、欠片もない。けれど、
(あなたは……ボクを、知ってる――?)
不思議と、そう推察させる“匂い”のようなものが、この管理者の行動には漂っていた。
※※※
「……! あれは――」
世界の中枢たる“煌都”の最前線。
翡翠の羽根が舞い散る中、進撃する、烈火の騎士――レイ・アルフォンスは、標的である“円盤”に生じた異変を、素早く感知していた。
墜落した巨体がわずかに揺れた瞬間、円盤の外殻が割れるように展開……!
レイたちを迎え撃つように、自身の戦闘形態へと変貌しようとしていた。
「……そりゃ黙ってやられてはくれないよな」
「レイ! 相手との交戦距離に入った! 臨戦形態に移行を!」
レイを乗せて飛翔する、戦闘機形態の蒼き機甲からカイルの通信が届き、頷いたレイは、踵から爪先を翼に固定していた拘束を解除。
腰部に折り畳まれていた、片手剣:Freiheitを起動させ、刀身に醒石のエネルギーを充填させる。
赤と白に彩られた、騎士然とした機甲は宙空に踊らせた身体を、倒壊したビルへと着地させ、脚部の推進装置を起動!
高速移動によって生じた残像と共に、瓦礫の中を疾駆し、立ち塞がる荊の蔦、御使の群れを寸断していた。
――標的である“円盤”は、もう目前にある。
「レイ! 標的中枢に高熱源反応! “盾”の起動を推奨します!」
同時にカイルも、ストーム・ウイングの変形を解除し、翼を聖職者の式服のように纏う、本来の人型を露わとしていた。
レイを追走して飛翔する、蒼の機甲は分離させた翼の一部を子機として射出!
解析機能で状況を注視しながら、群がる御使を、子機からの射撃で薙ぎ払い、レイの前進を援護していた。そして、
「了解! “守護形態”、起動!」
カイルの通信に従い、レイは左腕部に接続された、大型の盾――“イーフリート”を前方に構え、盾の外殻を展開!
“煌都”の護りの要である、その機能を解放する――。
【ウケ、イ……レ……】
「……るわけないだろうがっ!!」
刹那! 蟹のような形状に変形した円盤から放たれた熱線を、“イーフリート”の中心に設えられた水晶が受け止め、吸収・拡散!
熱線を防ぐと同時に、展開した外殻の隙間から放射した、その残滓で、群がる御使どもの尽くを焼き払っていた。
標的の乾坤一擲を阻んだ、烈火の騎士は、機械的な仮面に設えられた二対の感覚強化機関をV字に展開。
一転攻勢の“強襲形態”へと移行する。
熱線を防いだ盾は、左腕から接続を解除され、より大胆に外殻を展開! その内部フレームを大きく変形させる。
大空を滑空する、翼のような形態となった、“イーフリート”は、そのままフレイム・ブレイダーの背部に接続され、レイにより“攻性”の機動力を付与していた。
同時に、レイは腰部に携帯されていた、もう一対の片手剣:Justizを展開し、展開済みの一対と連結。高威力を誇る両刃剣――“Schwert・Vulkan”として起動させる。
「おおおおっ!!」
【――――!?????】
一息で、円盤の懐に飛び込んだレイの斬撃が、節足のように展開した円盤のフレームを切断。
もはや言葉にすらならぬ、困惑の呻きを、神の御使に吐き出させていた。
「相棒……! “撃滅形態”、起動……!」
【了解。“撃滅形態”発動承認】
レイの要請に、相棒である醒石が、補助脳であるAIと発声装置を通し応答。
最大の一撃の発動を承認する。
「Schwert・Vulkan:TYPE2起動!」
連結状態から、刀身を重ねるように折り畳まれ、大剣状に変形した“Schwert・Vulkan”は、肩部から射出されたブレード状のパーツと連結。
TYPE2――“Schwert・Dragoon”としての雄姿を完成させていた。
「はあああっ!!」
両腕を軋ませる超重量を振り切るように、レイは裂帛の闘志とともに、完成した“勇者の剣”を雄々しく前方へと構えていた。
その隙を、隊長による、後方からの砲撃が援護し、烈火の騎士は万全の状態で、最終起動攻撃へと移行する!
【“DRAGON FANG”――発動】
「いっけぇえええええ――ッ!!!!」
背部で加速装置と化した“イーフリート”が、膨大なエネルギーを噴射! 大地を蹴った紅き機甲が、龍の牙となって標的へと突撃する!
【理解、フノ――】
円盤から響く断末魔!
翼を羽撃かせる龍のような、猛々しいオーラを纒った機甲と大剣は、円盤の中心核を轟然と撃ち貫き、人類を見下ろしていた、傲慢な巨躯を爆発四散させていた。
フレイムブレイダーの鎧装各部が蒸気を噴き出し、背部の“イーフリート”は、翼を畳むように再度変形。その役割を“冷却装置”へと移行する――。
「残りは……あと四機か!」
疲弊と冷却が、鎧装の動きを鈍らせようと、レイの闘志は曇りなく、残りの標的を見据えていた。そして、
※※※
「……!」
大気を震わす轟音。
対峙する“神の子”と“破壊者”の背後で、墜落していた円盤が爆発し、“畏敬の赤”の粒子が吹き荒ぶ。
自分の周囲を漂う粒子を、指先でなぞると、“破壊者”――フェイスレスは、大仰に溜息を吐き出し、アルの左腕に装着された“鎧醒器”を見据えていた。
アルもその視線を受け止め、“鎧醒器”が装着された拳を固く、握り締める――。
「……ふん、そうだったな。お前たちは抗わずにはいられぬ生き物。あの少女のもたらした僥倖を、無駄にするはずもない、か――」
「…………」
この翡翠の空の下で、誰かが紡いでくれた“戦果”に、アルの胸に熱いものがこみ上げていた。
――彼女の心が、みんなに届いている、彼女の心に、みんなが応えている。
その事実が、疲弊しきった少年の四肢に、尽きぬ勇気を漲らせていた。しかし、
「だが――」
対峙する“破壊者”の物言いにも、焦燥はない。
「その性がさらなる苦痛を招く。愚かな事だ。お前たちは自ら、最も苦しく、困難な道へと歩を進めた」
虎の子の“神黎児”、“円盤死告御使”の機能を実質封じられた状況でありながら、フェイスレスの口調の端々には余裕が、憐れむような残響が満ちていた。
「――悔いるがいい。自らの性と、その“生き汚さ”を」
開くは、地獄の門。
――“物質としての神”の、黄昏が始まる。
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