表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
162/172

第41話 名もなき歌を背に―”resonance“―

#41


「この……歌声は」


 骨の芯まで響く爆撃ダメージにより、疲弊した四肢と鎧装ヨロイ活力ちからが満ちていた。


 円盤群の多重砲撃により、一時地に伏した麗句の聴覚が捉えたのは、罅割ひびわれた虚空そらから流れ込む、包み込むような歌声スキャット――。


 何処から届き、誰が紡いでいるかもわからぬ、可憐でありながら芯の通った歌声スキャットである。


 誰もが罅割ひびわれた虚空そらを見上げ、その歌声スキャットに聞き惚れていた。


 アルとガブリエルを護る為、“神黎児アダム”の”歌“を真っ向から受け止めた、銀蒼の騎士もまた、耳朶を撫で、疲弊した体躯を包み込む、その歌声に突き動かされるように、泥に沈んでいた身体を起き上がらせていた。


「ぐっ……う……」

「無茶をする……。だいぶこっぴどくやられたね、ブルー」


 銀蒼の騎士――ブルーと同様に、アルたちを護るべく“盾”となったシャピロの腕が、蹌踉よろめいたブルーの肩を支え、二人は満身創痍と呼べる身体からだを”神黎児アダム“へと向け直していた。


「お前こそ、平気なのか? “それ”は――」

「まぁ、僕は”普通の生物“じゃないからね」


 軽い物言いとは裏腹に、盾のような形状に変形していたシャピロの腕は、無惨に“醒石”化し、透き通った水晶クリスタルの如き様相を呈していた。


 だが、シャピロは爬虫類が脱皮するように、即座にその外皮を排除パージ! あらわとなった骨格フレームに、新たな鎧装を生成してゆく――。


「君こそ、平気には見えないけどね。その指で剣が握れるのかい?」

「問題ない――」


 言うが早いか、ブルーは“醒石”化した五指を、自らの握力で破壊! 失った五指を、周囲を漂う”畏敬の赤アームド・ブラッド“の捕食チャージと同時に再生させ、輝双剣きそうけん三日月ミカヅキを構え直していた。


 “赤”を塗り重ねた絶望くらやみの中、尋常ではない生命いのちが二つ、煌々とただならぬ妖光ひかりを放ち始めていた。そして、


「負けて……たまるか」

「ア、アル、血が――」


 立ち上がる少年アルのあどけない顔は、額から流れ落ちる多量の血液で、赤く染まっている――。


 だが、彼はそれでも挫ける事なく、歌声に背中を押されるように身を起こし、罅割ひびわれた虚空そらを、神黎児アダムにらんでいた。


「“雷威我ライガ”ッ!!」

【ー-ーー____ーーーッ!!!!!】


 アルの諦めぬ不屈に応えるように、ブルーへと託した”輝電人・雷威我“が機械音の咆哮を轟かせる。


「……頼むぞ。俺も、がんばるからさ」


 全身で荒れ狂う、激痛いたみを噛み殺した少年の笑みに、雷威我は眼部を黄金に輝かせ、“輝獣形態ビースト・フォーム”へと移行。”神黎児アダム“と対峙するブルーの傍らへと疾駆する。


 遠く隔たれた煌都の地で紡がれた祈りは、災禍の中心である辺境の地においても、確かな“希望ひかり”となっていた。


(……なんだろう、この光。あたたかくて、心が落ち着く――)


 “そのおかげで、こんな状況でも、取り乱さず、自分の仕事と向き合える――”。


 そして、歌声の主である、煌都の姫君ヒロイン、リディア・D・ラ=ソリムもまた、周囲に溢れ、罅割ひびわれた虚空そらへと舞い上がってゆく光に、励まされ、鼓舞される自分自身を感じていた。


 このような災禍の中、戦場ステージに独り立つ事が、10代の少女にとって、重過ぎる重圧であり、恐怖である事は自明。


 災禍に喘ぐ人民に、市街地で命を賭ける勇者たちに想いを馳せる事で、彼女はようやく、その震える、華奢きゃしゃな両脚を支えているのだ。


 そんな彼女の繊細にして、強靭な声帯が紡ぐ歌声スキャットに、何処からか響く鼓動のようなリズムが重なってゆく――。


(しっかり、私が歌わなきゃ――みんなが、みんながちょっとでも前を向けるように)


 “絶望じぶんに負けないように”。


 酸素を欲しがる肺と脳へと、少女は深く呼吸ブレス。自身の限界を無理矢理押し通るように、透き通る、力強い歌声をさらに響かせる。


 ――そして、必死に、終末への反抗の歌を紡ぐ少女リディアはまだ気付いていない。


 歌と重なり、次第に重厚な伴奏となっていく、その音色メロディに。


 その、”音楽“に。


(え……?)


 ――理解した少女リディアの肌が粟立ち、鼓動が高鳴る。


 少女の”歌声“に魂を奮い立たせたのは、何も戦いに生きるものたちだけではない。


 諦めぬ者たち、この絶望の暗夜にあって、何らかの希望を掴もうと足掻く者たち。


 彼等、名もなき人々がそれぞれ所持していた、あるいは、瓦礫の下に埋もれていた楽器を手に取り、重ねた旋律。


 それは、罅割ひびわれた虚空そらを通じて、全世界に響き渡り、リディアの歌声スキャットに、眩い光彩を与えていた。


「……粋な事をするじゃないか、名無しの君。これも君の仕業なんだろう?」


 姫君リディアが歌声を紡ぐ”タワー“の最深部で、ボブは煌煌と光を放つ“星翔機メガ・フリート”たちへと、震える声を投げかける。


 ――もしかしたら、自分たちはとんでもないものを呼び覚ましてしまったのではないか。


 そんなおそれすら湧き上がってくる超常に息を飲みながら、ボブは車椅子の向きを変え、周囲のスタッフへと口を開く。


「姫様の舞台ステージ、その管轄部署に繋いでくれ。僕らには僕らのやるべき“援護射撃”がある」


 結果的にボブの指示に意味はなかった。


 姫君リディアの歌に突き動かされた、”タワー“の有志によって、それは自発的に履行されていたからである。


「……!」


 耳朶を撫でる”音“に、少女の鼓動がまた、高鳴る。


 歌唱を続ける姫君リディアの聴覚に、耳に馴染み、身体に染み付いた音源トラックが響いていた。


 れは、彼女がれまで、煌都の偶像アイドルとして歌い踊ってきた楽曲。


 裏を返せば、“世界中の人々がよく識る”楽曲であった。


【……Believe、そらに置き忘れた理想ゆめを、大地に根付く“いのち”を、諦めず、逃さないでいて――”I'll always be by your side“】


 桜色の唇が紡ぐ、繊細な旋律メロディ


 その曲を、自分の”鎧“を奏でてくれた仲間たちに感謝しながら、リディアは胸に刻まれ、喉に染み付いた歌詞へと、自身の想いを注いでゆく。


 ――そして、罅割ひびわれた虚空そらを通じ、全世界に届いた、その全霊の歌唱が、人々の心を揺り動かし、また数多くの楽器の音色を、共に歌う声を呼び起こし、一つに束ねてゆく。


「姫様の、歌……」


 ”歌“に寄り添い、重なりゆく想い。


 遠く離れた地で、祖父母を“醒石”化によって失った少女もまた、衛星放送サテライトを通じ繰り返し聴いた歌を、その幼い唇を震わせて口ずさむ――。


 世界中の人々の祈りの、足掻きの結晶たる、その“歌”は、壮大な合唱となって、惑星全体に鳴り響いていた。そして――、


「すごい……」


 罅割ひびわれた虚空そらに映る、神話のような、聖戦の如き情景に、翡翠の少女ガブリエルは息を呑む。


 全世界の人々によって紡がれる、その”歌“の尊さを噛み締めるように、ガブリエルは虚空そらを仰ぎ、降り注ぐ歌声を、全身で浴びていた。


 地上ではアルが、響が、彼等と奇縁えにしある人々が、響く“歌”に背中を押されるように、絶望へと壮烈な一太刀を浴びせている――。


 それは人類の尊厳と誇り、”美しさ“の証明のように、ガブリエルには思えた。


(……終わらせちゃいけない、この世界を)


 途切れさせちゃいけない、彼等の生命いのちを。


 硬質な決意が、翡翠エメラルドの瞳に満ちる――。


 虚空そらへと舞う、彼女の翡翠いのちがいま、その輝きを増していた。


NEXT⇒第42話 君と生きる、未来あしたの為に―“Baby, you'll be loved”―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ