第40話 諦めぬ者の詩―”sing a song“―
#40
「不味い……! 野郎、また“歌う”ぞ……!」
「やはり”歌“の発動に際限は無しか……」
虚空を突き破るように屹立する“終焉の人類”、”神黎児“の声帯が蠢く様に、凱とリオンは、レイ達へと素早くハンドサイン。瓦礫から救出した市民の守護を指示する。
円陣を組むように市民に覆い被さった二人は、“歌”から耳を塞がせる堰として、“強化外装”に充填されたエネルギーを防護膜として展開!
畏るべき”歌“の発動に備えていた。だが、
“la…lalala……who……”
「……!」
聴覚を越え、心に染み渡るような、優しい音色が。
鍛錬された乙女の声帯が奏でる、美旋律が。
”煌都“全域に設置されたスピーカーより流れ出す歌唱が、“神黎児”の”歌“を塗り潰すように鳴り響いていた。
「リディ、ア……?」
「姫の嬢ちゃんか!?」
聞き違えるはずのない、”煌都“の姫君――戦後復興の“偶像”の声に、レイと凱の口から驚愕が溢れる。リオンとカイルも自身の聴覚に確認を促すように、周囲のスピーカーへと、目と耳を凝らしていた。
「姫……?」
「姫様……?」
そして、“歌”の暴威を、かろうじて免れていた人々もまた、予期せぬ、だが、よく識る歌声に、天を仰いでいた。
”神黎児“の“歌”によって震動する”現実“を抱き締め、癒やすように、世界のヒロイン――リディア・D・ラ=ソリムの歌声は、罅割れた虚空へと響き渡り、畏るべき“救済”を停滞させていた。同時に――、
「これ、は――」
”煌都“の中枢である”塔“の最深部にて、ボブもまた驚愕すべき事象に直面していた。
“塔”の電力を80%以上、注ぎ込んだ”蘇生実験“に呼応するように、不安定ながらも鼓動を始めた、四つの“疑似心臓”。
それらがスピーカーを通じて流れ込む、姫君の歌声と同調。流れる旋律へとリズムを刻むように、徐々に力強い鼓動を響かせつつあった。
「成功……成功ですか!? ボブさん!?」
「あ、ああ……だけど、”それだけ“じゃない」
額を濡らす汗を拭いながら、ボブは周囲に、現実に溢れる音色に耳を澄ます。
「“スピーカー”からじゃない。姫様の歌声が、空間を飛び越えて、此処に直接響いてる。それも空気を震動させて響く従来の音とは違う、”現実“を直接震わせるような――」
ある意味では“神黎児”の”歌“と同種の奇蹟の類。
――だからこそ、“神黎児”の”歌“と拮抗し、その暴威を押し止めているのか。
そう推認した瞬間、高揚と畏敬が、同時に背筋を震わせていた。
市街の状況を映したモニターと、雄々しい鼓動を響かせる、四機の“星翔艇”を交互に見つめながら、ボブは”限りなく事実に近い“推測を口にする。
「これは、“君”が……やっているのか?」
それは“現実の一線”を凌駕する、静謐なる奇蹟。
ボブの問いに応えるように、四機の内側に眠る素体が、絶望に沈む、暗き深淵を照らすような、厳かな光を帯び始めていた。
その光は、歌声を辿るように空間を舞い、やがて罅割れた虚空へと伝播してゆく――。
(届いて……お願い、届いて――)
そして、光は歌声の主である、リディア・D・ラ=ソリムを労るように、鼓舞するように、彼女の傍らに淡い輝きを灯していた。
”塔“の屋上階に設置された、彼女が立つ舞台は、“煌都の姫君”としての広報活動の為に設置されたものだが、此処はまさに彼女の戦場だった。
堪えきれぬ涙が化粧を溶かし、足は誤魔化しきれぬ程に震えている。
それでも彼女は此処に立った。
あの”歌“が人間の精神に作用するものであれば、崩れ行く人間の精神の土台を支える“歌”もあるはずだと。
人間が文化として繋いできた、共に育ててきた”歌“には、その力があるはずだと。
彼女は信じて、この戦場を選択した。これが自身の成すべき事であると、十代の若き心を奮い立たせて。
自分の“歌”が、人間を救える確証はない。けど、やるのだ。自分の出来る事を、市街で奮闘する勇者たちの為にも。そして――、
「馬鹿な……何だ? この現象は――」
“煌都の姫君”の覚悟と奮闘は、彼女自身が予期せぬ奇蹟を、全世界に齎していた。
信じ難い事に、リディアの歌声は、罅割れた虚空を突き抜けるように、“煌都”だけでなく、惑星中に鳴り響いていた。
その面妖な現象に、”疑似聖人“たちは、辺境の虚空を睨め付け、鎧装に覆われた長駆から剣呑な空気を漂わせる――。
特に、“機戎”と名付けた、自身の分見を”煌都“に置く“処刑者”は、苦虫を噛み潰したような音声を吐き捨て、煌都と辺境、二つの虚空を凝視していた。
そして、その“処刑者”の意志と連動し、“機戎の機械仕掛けの身体が、歌声を響かせる”塔“へと、鋼鉄の首を擡げる――。
【此処での事象が、世界に、我等の救済に反映されているのなら、原因もまた此処に在る――排除が必要だ】
数多の処刑道具を体内に仕込んだ、血塗られた機体が、祈りにも似た歌声を紡ぐ歌姫へと、その照準を定めていた。
だが、
【ヌ……!?】
刹那。足場となっている瓦礫を蹴り、飛び立たんとした足首を、紫紺の鎧装に覆われた五指が、握り潰していた。
崩れた体勢を、機体の補助機能で立て直し、”機戎“は、四肢の節々から、歯車が軋む音を響かせる――。
「”処刑者“――だったか、その名の割に詰めが甘いな。“疑似聖人”」
「……!」
信じ難い怪物を見た”機戎“の機体が、動きを止め、暴虐の主である怪物――“蛇鬼”の異形を凝視していた。
彼を磔刑に処していた槍の尽くは腐食。脆くも崩れた残骸を、”蛇鬼“の足元に散乱させていた。
「俺の強殖甲冑の体液は、強酸性の猛毒。迂闊に触れれば、無惨に溶け落ちる――」
体に穿たれた風穴を再生させながら、ゆらりと立ち上がる“蛇鬼”の言葉を実証するように、返り血を浴びていた”機戎“の各部位が、徐々に溶解し始めていた。
”機戎“は、毒液に侵された部位を、即座に排除。街路を流れる体液から逃れるように、大きくその身を飛び退かせていた。
「俺一匹殺せぬ、その為体。“処刑者”などという仰々しい名は返上すべきではないかな――?」
【貴様……】
“処刑者”の激昂を示すように、”機戎“内の歯車が忙しなく異音を響かせる――。
“蛇鬼”の挑発と確かな脅威。
それが、“処刑者”の意識を、強酸の体液に塗れ、溶解する街路へと、釘付けとしていた。
「……諦めぬ人間の矜持。“人柱”の俺が示してやろう」
人間とはかけ離れた毒蛇の異貌が告げる。
禁断を喰らいし罪を鎧装う蛇が、祈りの歌の中、その首を擡げんとしていた。
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