第39話 命砕く詩―”withering“―
#39
「お前は……」
【――気易く喚くな、“第0号”】
跪いた状態で無数の槍に貫かれ、半ば磔刑に処された“蛇鬼”がその首を擡げた瞬間、赤い靴先が、容赦なく彼の顔面を蹴り上げていた。
「ぐ……ぅ……」
己の口から飛び散った血反吐で赤く染まる視界の中、”蛇鬼“は、道化師のような輪郭を持つ、その凶敵を確かに視認――。
その睨めつける”蛇鬼“の視線を、不遜に受け止めた凶敵は、細身の長駆から、歯車が噛み合うような機械音を響かせていた。
その歯車が奏でる名は、
【……私は“疑似聖人”が1人、”処刑者“。もっとも、この機戎は、以前より“煌都”に忍ばせていた傀儡だがな――】
「疑似、聖人だと……」
その面妖な称号に、“蛇鬼”の鎧装の表層が粟立つ。
そして、その“蛇鬼”を嬲るように、彼の顎を指先に乗せ、凶敵――”処刑者“は流暢に言葉を続ける。
【”救済“の拠点である現地では、”円盤死告御使“の挙動に影響を及ぼす、我等の“力”を振るうわけにはいかないが――遠く離れた”煌都“であれば、多少の無茶も可能だ】
“処刑者”が言葉を紡ぐ、その最中にも、多量の槍が虚空から降り注ぎ、”蛇鬼“を容赦なく串刺しにしてゆく――。
本体から遠隔操作される傀儡でありながら、この”処刑者“の異能は相も変わらず強大。
一片の曇りも、観測する事は叶わなかった。
【“殺戮者”が現地の危険因子を屠る間に、私も煌都の掃除をさせてもらう――】
罅割れた虚空を見上げ、処刑人は嘯く。
“機戎”の目に、高濃度の”赤“が蠢いていた。
※※※
「ブルーさん、お願い……!」
「了解した――」
“現地”に、少年の必死の声が響く。
アルが”神の子“としての異能で、“神黎児”の動きを抑制した隙に、輝電人・雷威我と連携した月輝の斬撃が、そそり立つ巨人を一撃!
人類の前に立ち塞がる”山“を、僅かではあるが揺るがしていた。
雷威我の胸部から迫り出した、大型のバルカン砲が、輝神金属の弾丸で、“神黎児”の荊の柱を砕き、拓かれた射線に、ブルーの剣閃が疾走る――。
ブルーが握る輝双剣――”神輝《器》“による一撃は、“畏敬の赤”で編まれた、”神黎児“の巨躯に着実に損傷を与え、“歌”とは異なる、疳高い悲鳴のような”音“を吐き出させていた。
そして、
「……雷威我、俺を“掴め”」
【――――-――――---―――ッ!!!!】
一挙に畳み掛ける連撃。
ブルーの指令に応じ、雷威我の五指が、跳躍したブルーの脚部を掴み、前腕を弾丸のように射出!
輝神金属の光を添えるように、ブルーを撃ち出した雷威我の脚が土煙とともに後退。輝双剣を構え、回転する銀蒼の鎧装が旋回錐のように、神黎児の胸部を刳っていた。
”神黎児“の鎧装のような皮膚が剥がれ落ち、鮮血のように噴き出す“畏敬の赤”が、視界を更なる“赤”で染め上げる――。
「いよしっ!」
如実な成果を視認したアルの唇から、興奮の息が溢れる。
――いける。自分と雷威我とブルーさんなら、きっと、あの“神黎児”を止められる。
確信が少年の鼓動を早め、握り締めた手のひらから汗が滴り落ちていた。
ひび割れた”神黎児“の皮膚からは、モゾモゾと蠢く筋肉のような器官が覗いており、第三者からも、確実な損傷を視認できる状態となっている。
あと一押し。
猛り、焦る少年の瞳が、立ち聳える逆境を見据えていた。だが、
「……“神の子”と“天敵種の片割れ”。重なれば、それなりの威力を発揮するか。”輝界“の絡繰人形もそれなりに奮闘しているようだ」
この“救済”の元凶である“破壊者”は動じる事なく、腕組みしたままの無感動な音声を、張り詰めた”赤“に刻印し続けていた。
“他所見”をしている”処刑者“を、咎めるように一瞥すると、“破壊者”は忌むべき”事実“を言葉とする。
「しかし――それも”神黎児“の“拘束具”を破壊したに過ぎん」
「……!」
響き轟く”絶望“。
鎧装のように見えた拘束具を破壊され、露わとなった“声帯”が、封じられていた”歌“を紡ぐ。
其れは、言うなれば、開かれたパンドラの箱。
以前よりも出力を増した“歌”は、空気を、“現実”を振動させると同時に、多くの人類を物言わぬ結晶に、”醒石“に変えてゆく――。
「クッ――」
「ブルーさん!?」
破局の予感に、ブルーは盾を形成するように輝双剣を交差させ、銀蒼の鎧装から“黄金氣”を放出!
”歌“の暴威から、アルとガブリエルを咄嗟に守護していた。
「馬鹿な……これ程の」
“歌”の脅威はこの戦場のみならず、全世界に等しく降り注ぐ。
罅割れた虚空に映し出された、世界の”惨状“を目にした麗句の喉からも、渇いた声音が漏れ溢れていた。
ほんの刹那。僅かな一瞬で、罅割れた虚空に映し出されていた人類の多くが、硝子細工のように結晶化。無惨に砕け散っていた。
如実に見えた成果も、”藪をつついて蛇を出した“に過ぎなかったのだ。そして――、
「あ……あ……」
世界の中枢“煌都”においても、”歌“による絶望の旋律が、容赦なく奏でられていた。
レイが護衛していた車両に乗り込んでいた十六戦団員の面々が、保護した市民たちが、一人残らず結晶化し、物言わぬ”醒石“となって崩れ落ちる――。
その無情に、レイは”歌“を轟かせた元凶、全世界に同時に存在する“神黎児”を睨む。
「お前……お前があぁぁぁ……ッ゙!!」
”強化外装“の背部から不安定なエネルギーを放射しながら、レイは“神黎児”の巨体へと突貫!
無慈悲な巨人へと、せめての一矢を報いるべく、唯一の外付兵装であるアーミーナイフを握り締める。だが、
「レイ……! 落ち着け……!」
「隊長……!?」
その突貫は、割り込んだ、エメラルドグリーンの”強化外装“によって阻まれていた。
タックルのような体勢でレイを抱えた、その”強化外装“は、崩落したビルの壁面にレイを押し付けるようにして、彼を制止。
若者を諌める隊長の声を響かせる。
「感情に溺れるな……! 感情に溺れて、まだ助けを待っている人たちから目を逸らしては駄目だ……!」
「でも、でも……!」
この惨状では、“塔”に送り届けた人たちも無事かどうかわからない。逸る若者の意識を、絶望が、悲観が塗り潰してゆく。
あの巨人を斃さなければ、災厄の元を絶たなければ――何も報われない。誰も救えない。
真っ直ぐな瞳が、受け止めきれぬ悲嘆に潤み、隊長の腕を振り払わんとする。だが、
「だとしても、俺たちはまだ“生きてる”だろ、この馬鹿たれ……!」
「……ッ!」
続け様、乱暴な蹴りがレイの顔面を撃ち抜き、無為な”特攻“を未然に防いでいた。
衝撃に回転する視界に映し出されたのは、見覚えのある、銀の“強化外装”。
その“強化外装”の主――凱=シンジョウは自身の感情を押し殺すように深く呼吸。瓦礫の上に転がった若者を、胸ぐらを掴むようにして抱き起こす――。
「まだ袋小路じゃねぇ。お前が、俺たちが生きてるから、救える命もある。勝手に死に急ぐな、クソガキ」
「凱さん……」
悔恨を、怒りを噛み潰した副隊長の震える声音に、レイは己の未熟を、御すべき感情を悟る。
そして、その凱の想いを受け止め、リオンの唇もまた、隊長としての、都市防衛を担う防人としての言葉を、”使命“を紡いでいた。
「……我々の仕事は怨みを晴らす事じゃない。命を救う事だ。助けを求める声を聞き逃さぬ事だ。此処で自棄に瞳を曇らせる事はできない――」
「そうです……! まだ終わりじゃない……!」
「……! カイル……!」
絶望の中、繋がり、連帯する希望。
隊長が紡いだ想いに共鳴するように、青の”強化外装“が瓦礫の中から飛翔……!
瓦礫の下から救出した生存者を抱えて、レイの傍らへと降り立っていた。
レイと同じく、『PEACE MAKER』の新星である彼、カイル・アルタイスは、機械的な仮面の下で唇を噛み締める同期へと、その手を差し伸べる――。
「――助けよう、レイ。『鎧醒』出来なくたって、僕たち四人なら、僕たち『PEACE MAKER』なら、どんな絶望にだって負けない……!」
「ああ……! そうだな、そうだよな……!」
乱れ、折れかけた心を再度、奮い立たせ、レイはカイルの手を握り返す。その傍らでは、凱が横転した車両を起こし、再度、市民を“塔”へと運搬する体制を整えんとしていた。そして――、
【―――――――――】
「……!」
四人の眼前で、”神黎児“の声帯がふたたび蠢き、“救済”を奏で、詠う。
抗う術は――、
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