第38話 “希望”を束ねて―”Fleet“―
#38
「……こ、これが”星翔艇“、初めて見ました――」
――此処は“煌都”中枢、”塔“の最深部。
”遺跡技術“の統括責任者――ボブ・マルゲリータが乗る車椅子を押す、十六戦団員の青年の口から呆けた声が零れる。
彼の眼前には、大型、中型、小型の三機の戦闘機と、大型の戦車を思わせる一機が鎮座。
それら四機の機体には、“塔”のスタッフ、十六戦団員の手によって大仰なケーブル類が次々と接続されていた。
そして、そのケーブル群にはいま、この”塔“の電力の80%以上が集中するよう、急ピッチで調整が続けられている――。
「すごいだろ……! ”煌都“の技術の粋を集めて建造された、都市防衛の要となる四機のスーパーマシン。……本来なら、この破局も覆す事が出来たであろう、究極のR·T·Wさ」
「え、ええ……」
誇らしげなボブの言葉に対する、青年の回答は、実に歯切れの悪い、怪訝な笑みだった。
著しく損壊した”都市防衛対策室“の復旧作業に従事していたところを、ボブに呼び止められ、半ば強引に彼の補助役を要請された青年は、まだ漠然としか把握していないミッション内容を理解すべく、素朴な疑問をぶつける――。
「……そいつはわかりますが、コレも結局“遺跡技術”絡みのものでしょう? ”遺跡技術“が軒並み不調な現在、アテにできるんですか――?」
”なるほど“
青年の素朴にして当然な疑問に、ボブは頷き、手にしていた端末に、“星翔艇”の設計図を表示してみせる。
「半分は、ね。この“星翔艇”は、外装こそ遺跡技術の塊だが、“中身”は違う。これは遺跡に眠っていた生体を、遺跡技術でコーティングしたものなんだ」
「生体……?」
面妖な事実に、青年は訝しげに目を細める。
設計図内の骨格と思しき部位は、確かに機械などではなく、腕や脚など限りなく人体に近い形状の“何か”が、各機に分割して収納されているようだった。
そして、度し難い事に、それらは図面を繋ぎ合わせる事で一つの”人型“を形作る――。
「“生体”……正確には、遺跡に覆い被さるようにして朽ちていた”巨人のような躯“、だね。生物としての活動は停止しているが、その内部器官や筋肉は腐敗する事なく健在だった。動力すら確保すれば、再起動出来そうな程にね」
その巨人の躯は、明らかに生物の残骸でありながら、遥か上位の技術で建造された精密機械のような、複雑な構造·機構を保有。
其れは、その分析によって、人類の技術が数段階にも向上する程の代物だった。
内外に散逸する”遺跡技術“という不安を抱える“煌都”が、その“力”を欲さないわけがなかった。
「だから、“煌都”はバラバラになっていた躯を、四つの戦闘機に偽装しながら利用方法を模索し続けた。そして――四つの“疑似心臓”の連結による動力の確保、”合体“による巨人の再現を成功させた。させたんだけどね……」
ボブの端末に、その実験時と思しき動画が再生されていたが、映し出される常軌を逸した映像に、青年は息を飲む。
クレーンで吊られた四機のマシンが変形し、パズルのように次々と連結していく様は、青年が持つ”現実の一線“を超えているように思えた。
「残念ながら、”合体“した状態で“彼”を格納・秘匿する場所はないし、埋め込んだ”疑似心臓“も分離状態では不安定でね。暴走を懸念して、一時的に凍結措置をとっていたんだ。そして、”疑似心臓“は遺跡技術の塊だが、半分は巨人の躯を解析・複製した生体だ。“鼓動”さえ始めれば、生体部分と連動し、機体を起動出来る状態まで持って行ける可能性がある――」
「………」
格納庫内に巨人がそそり立つ、映画のような映像に圧倒されながらも、青年は理解する。
この映像、”彼“という存在は、“現実の一線”を超えているかもしれないが、それ故に、この“破局”を覆す一手に成り得ると。
「……じゃあ、この処置は、その“心臓”を電気ショックで動かそうって腹ですか。“塔”の電力、その殆どを使って」
「……馬鹿げた賭けかもしれないが、市街で戦っている皆の為にも、我々には、この馬鹿げた賭けをする義務がある。――リオン隊長が言っていたように、一機でも起動出来ていれば、状況は違ったはずだからね」
自身を呪うように爪を噛むボブの肩を、励ますように青年の手が叩き、青年は人類の命運を背負うであろう四機を見据える。
「でも、生体なら、こいつは何で“醒石”化しなかったんでしょうね。ボブさんの推測では”先住民“は皆、“醒石”になっちまったんでしょう?」
「……たぶん、“彼”は、この惑星の外部から来た存在なんじゃないかな。外から来訪した際、この破局に巻き込まれたのか、あるいは――」
”助けようとしてくれたのか“。
眠れる“彼”に問いかけるような、ボブの言い回しに青年は大きく息を吸い込み、不思議と高揚する胸に、震える手を置く。
下を向いている暇はない。大昔に破局に抗った“彼”への敬意とともに青年は、ボブへと言葉を投げる。
「……賭けてみる価値はありそうですね。所属は違いますが、思う存分! こき使ってください!」
「ありがとう……! 恩に着るよ……!」
市街で苦境に喘ぎながら、人命救助に命を賭ける同僚たちの為に。そして、何より絶望の中、踏み止まる市民たちの為に。
人は愚直に、それぞれの戦場で、それぞれが出来る事に従事していた。
※※※
(“殺戮者”――)
――”救済“の震源であり、元凶である“疑似聖人”たちが集結する、辺境の最前線。
重輝醒剣を振るい、戦場を駆ける響の脳裏に、状況に不似合いな感傷が満ちていた。
響が跨る”獣王“が放射する熱線が、投擲槍のように射出される結晶体を撃ち落とし、“綺晶覇竜”の間合いへと進撃する。
だが、響の心に巣食う、”迷い“と”惑い“は、その剣の鋒を鈍らせ、斬撃の尽くを躱され続けていた。
「己の心が抱いた“願望”が、それ程に恐ろしいか! 痛ましいか、”天敵種“――!」
「……!」
――その心の間隙を見透かしたように、“殺戮者”の尖った罵声が、響の鼓膜を殴り付ける。
自身が跨る”綺晶覇竜“とともに、響の鼻先まで間合いを詰めた“殺戮者”は、大剣の腹を鉄鎚のようにして、響を滅多打ち。
”竜“の頭骨と一体化した仮面の口顎を開き、嗤う――。
「ならば、”救済“に身を委ねろ。お前たちの罪も、嘆きも、俺が“竜”にして狩り尽くしてやる――」
「………」
憐れむように告げられた“殺戮者”の言葉に、響が握る重輝醒剣の柄が軋む。
即座に切って返す言葉などなかった。
自分の罪を受け容れず、他者を怪物として殺戮した、自分たちの”弱さ“。
それが、この“殺戮者”という”疑似聖人“を産み落とした。
其れは認めざるを得ない、逃れようのない罪過だ。
「その”竜“は……怪物は俺たち自身だ。他者を怪物とみなし、自身を人間と偽り続けた、俺たち自身が――」
響は、”殺戮者“の大剣を重輝醒剣で受け止め、黄金の仮面から苦渋に軋む声を絞り出す。
「“救済”を、受け入れる訳にはいかない……!」
【…………】
自虐、自罰にも似た決意を胸に抱き、響が重輝醒剣で大剣を跳ね上げると同時に、彼が跨る黒鉄の機龍――”獣王“の喉が、低い唸りを零した。
“綺晶覇竜”を猛然と迎え撃つ”獣王“の思考の中に、闘争以外の、淀みにも似た、僅かな雑念が流れていた。
そして、投擲槍のように射出されていた結晶体は標的を変え、柱のように、大地へと次々と突き立てられ始めており、それらは周囲の“黄金氣”や“畏敬の赤”の粒子を吸収。
”結界“と呼べる領域を、戦場に作り出しつつあった。
【……“寄生結晶体”は宿主の生命で飽き足らず、周囲の力を喰らい続ける為、自らの領域をああして増やしていく――。このまま勝手を許せば、我等の活路も容易に閉ざされるぞ、“護る者”よ】
「……承知」
”獣王“が薙ぎ払うように放射した熱線が、進撃する“綺晶覇竜”を牽制するとともに、数本の晶柱を破壊!
響も重輝醒剣で周辺の晶柱を破砕してゆく。
だが、降り注ぐ晶柱の勢いは尋常ではなく、響たちの破壊を上回る勢いで増殖を続けていた。そして、
「“綺晶爆陽”――放て」
「……ッ!?」
容赦なく牙剥く暴虐。
晶柱が吸い上げた膨大なエネルギーが、”殺戮者“の号令とともに爆裂……!
太陽のような凶悪な光量が、響たちの視界を奪い、破裂した、破壊エネルギーの嵐が鎧装を灼き、砕いてゆく――。だが、
「ぐっ……おおおお!」
「むぅ……?」
”神”と“人”を絆いだ輝きが、そう簡単に潰える事はない。
暴虐の嵐の中、強引に振り抜かれた重輝醒剣が、柱を破砕!
そして、僅かに弱まった嵐の中、“獣王”が体内から放射した熱波が、包囲する晶柱を尽く爆砕していた。しかし、
「面白い――どちらの”根“が尽きるか、我慢比べといくか」
「………」
即座に、倍の数の晶柱がそそり立ち、エネルギーの吸収を開始……!
其れらは、響たちの迎撃を上回るスピードと物量で大地に根を張り、彼等を包囲。その行動可能範囲を徐々に、確実に狭めてゆく――。
(俺は……)
無意識下での剣筋の鈍りを実感する響は、仮面の下で唇を噛む。
相手の一手に対処するだけの消極的な攻防では、体力を削られ、損耗していくだけなのは明らかだった。
だが、一歩踏み込めぬ己の迷いを、惑いを、拭いきれない。
その焦燥と感傷が、響の心を確かに揺らし、乱していた。
そして――、
(隊長……! “前”、向いてください!)
「……!」
その揺れる心を、迷いを抱き締めるように、心に強く響く“精神感応”――。
惑いの最中にあった響の背を叩いた、その凛とした声の主は、桜花色の鎧装を駆けさせながら、手にした弓に矢を颯爽と番えていた。
同時に、紺青の疾風が、響たちを包囲する晶柱を破壊……!
空から降り注ぐ晶柱群も、弓から放たれた、閃光の矢が尽く撃墜していた。
そして、響を狙った”殺戮者“の大剣を跳ね返したのは、山の如き翠の巨体――。
その予期せぬ、だが、“当然の”救援者は、
「……ミリィ、ジェイク、ガルド……!」
語るまでもなく、“保安組織”の兄妹たちである。
“神黎児”への抗戦を中断し、駆け付けた彼等は、即座に響を援護する陣形を整えていた。
これまで潜り抜けてきた修羅場と同じように。
「……話は、”盗み聞き“したミリィから大体聞いてます。――ったく、あんたはどうして、一人でなんでも背負っちまうかなぁ……」
ミリィが晶柱を、ガルドが“殺戮者”の追撃を捌く中、紺青の鎧装を纏ったジェイクの拳が、”獣王“に跨る響の脚を小突く。
「俺たちだって当事者、“強化兵士”なんですよ。アレが俺たちが生み出した”疑似聖人“なら、“俺たち全員で”相手するのが筋だ。――悪いけど、そんな救済はいらないってね」
地獄に共に立ち、共に”自分たちを人間にしてくれた“街を護り続けてきた男の言葉が、拳のように、胸の扉を叩く。
「隊長一人じゃ言いづらいってんなら、俺たちが一緒に言ってやりますよ」
「ジェイク……」
ジェイクの言葉と連帯に、響は思考を霧のように覆っていた迷いが晴れてゆくのを感じていた。
”殺戮者“を生み出した業は、罪過はいまも肩に重く伸し掛かっている。――だが、脚を引き摺らせるような悲壮は既にない。
共に背負う肩が、肩を並べられる同胞が此処にいるのだから。
【我も一つ、言葉を贈ろう。“護る者”よ――】
「……! ”獣王“――」
同胞からの言葉に肩を震わせる響に、彼を背に乗せた“獣王”もまた、厳かに口を開く――。
【真の怪物は、己の事を怪物などとは呼ばぬものだ、“小さき者”よ――】
「………」
“人間は所詮、人間にしかなれぬ”。
”カイジュウ“の王から贈られた言葉に、響の脚に絡み付いていた鎖がまた一つ解かれ、霧散したようだった。
――確かに、”獣王“の語る通り、殺した者も、殺された者も、殺させた者も、全ては人間。この物語には最初から人間しか登場していないのだ。
その何れも、“竜”などにしてはならない。
「……承知した。――俺たちより人間をよく識ってるんだな、“獣王”は」
【……お前たちほど愚かな生物はいない。我が”永遠の仇敵“よ】
短く応え、”獣王“は張り詰めた弦を革袋で擦ったかのような、鋭利な咆哮を轟かせる。
響も重輝醒剣を構え直し、深く呼吸。ミリィの撃墜が追いつかぬスピードで降り注ぎ、壁のように視界を塞ぐ晶柱群を見据える。
「”獣王“……その愚かな生物に、アンタの力を貸してくれ」
【……承知……】
求めるは、力。
目の前の壁を、人間の弱さを超える為の力。
「うおおおおおおおお……!」
「むぅ……!?」
響の、自らの引き金を弾くような咆哮とともに、煌輝の鎧装から蒼い焔が吹き上がり、黄金と漆黒に、闇を灼き尽くすような蒼を纏わせる。
“獣王”の体内から放射される焔が、黒鉄を伝い、響の鎧装に焔を、神威の蒼き焔を纏わせているのだ。
「はぁ……!」
鎧装と同様に焔を纏った重輝醒剣を振るい、響はその踵で”獣王“の腹を蹴る。
生命と生命を重ねた“神”と”人“は、触れるもの全てを砕き、灼き尽くす焔とともに、進撃。
立ち塞がる晶柱群を粉砕し、“綺晶覇竜”と“殺戮者”へとその牙と剣を、”救済“を破却せんとする人間の意思を叩き付けんとしていた。
そして――、
※※※
「ぐ……ゥ゙……」
煌都の街路に、鮮血と混じった黒黒とした体液が、川となって流れ続けていた。
――その川の上流には、無数の槍に串刺しとされ、磔刑のような状態になった、蛇鬼の姿。
彼の相棒たる、融合螺旋獣・レヴィアタンも、蟻のように群がる御使に纏わり付かれ、主人の救出に移行できる状態になかった。
数の暴虐に、”畏れを知らぬ獣“は斃されずとも、確実に足止めされていた。
【……人柱に相応しい格好となったな、“第0号”】
「……!」
嬲るような声音が、蛇鬼の耳朶を撫でる。
蛇鬼を磔刑に処した張本人である影が、霞む視界の中、道化師のような輪郭を露わとしてゆく――。
「お前は……」
【――――――】
告げられた名に、膨れ上がる死闘の予感に、鎧装の表層が粟立つ。
束ねられつつある“希望”に抗うように、闇もまたその色を濃くしようとしていた。
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