第36話 混濁する因果―“fate”―
#36
【【―――_――――--------―――--_――ッ!!!!!】】
――戦線は混沌を極める。
大気を震撼させるは巨獣たちの咆哮。
響が騎乗する“黒鉄の神機龍”と、“殺戮者”の“黄金邪龍樹”が、正面から鋭利な牙をぶつけ合い、地鳴りの如き衝突音を轟かせる!
響は重輝醒剣による刺突で、“殺戮者”と三頭邪龍を繫ぐ“操演”の糸を断たんとするが、“殺戮者”は巧みに糸を操り、回避。
逆に、響の側頭部へと、強烈な蹴りを喰らわせていた。
そして――、
「ガブリエル……?」
その混沌の最中、響の“感覚の眼”に、生命の奔流のようなものが閃く。
虚空へと流れる翡翠の煌めき――。
その源がガブリエル――彼女の根幹を成す“生命”であると、響が気付いた刹那、“黄金邪龍樹”の三本の巨尾が、堰を切った土石流のように響を直撃!
“黒鉄の神機龍”の巨躯ともども、著しく後退させていた。
「クッ……!」
……一瞬の躊躇も、この戦場では致命傷となる。
だが、響には、翡翠の少女に生じている”異変“を、捨て置く事など出来なかった。
(ガブリエル……いったい何を)
「この局面で他所見!減点1だッ! “天敵種”!」
「……!」
戦闘の中、別の命へと目を逸らした響へと、“殺戮者”の操演を受けた、三ツ首竜の破壊光線が間断なく迫る!
惑星を砕き、焼き尽くすかのような高出力の光線は、大地を割り、夥しい量の土砂を巻き上げる――。だが、
【―――_――――--------―――――ッ!!!!!】
「ヌ……!?」
轟く咆哮!
“黒鉄の神機龍”は巨躯に似合わぬ足捌きで、それを躱すと、響の不覚を諌めるように、高出力の熱線を放射!
半ば体勢・体幹を無視して強引に放射された熱線は、激烈な反動を響にもたらすと同時に、“黄金邪龍樹”の羽根を撃ち抜き、確かな損傷を与えていた。
「……すまない、“獣王”。だが――」
【……いま、“視る”べき事象を違えるな。“護る者”よ】
響の迷いを断じ、“獣王”は“黒鉄の神機龍”の機甲から、排熱の為の蒸気を噴出する。
弾倉に銃弾を込めるように、“青き死の粒子”を充填された背部鎧装は煌煌と輝き、次なる“熱線”の放射タイミングに備えていた。
【あの者には、あの者の戦いがあるように、お前には、お前の戦いがある。……己の戦いを見誤る者に、他者は救えぬ】
“あ奴はそれを見誤りはしなかった”。
“獣王”はそう言葉を結び、即座に再生を開始し、穿たれた穴を塞ぐ“黄金邪龍樹”の羽根を見据えていた。
アレは、気を逸らして対峙出来る相手ではない。
響にそう告げるように。
そして、
「ふん……急拵えだとしても、“生物としての神”と”天敵種“の連合――まさに“神人一体”とでも呼ぶべき畏ろしさよ」
「……!」
讃えるように両掌を鳴らしながら、“殺戮者”は、臨戦態勢の響たちへと告げる。
輝電人・雷威我の銃撃によって仮面を破壊され、露わとなった、彼の素顔――。
端正な輪郭が歪む程の傷痕に覆われた、その凄惨な容貌が響かせるのは、渇き、罅割れた喉を、獲物の血肉で潤したかのような、”狩人“の声である。
「この“黄金邪龍樹”を持ってしても制圧出来ぬ神威。“疑似聖人”である俺も“畏れ”と“震え”を禁じ得ぬ。なんとも忌まわしき怪物よ――」
対峙する響の五感を軋ませる、圧倒的な“殺意”と“敵意”。
“獣王”がそうであるように、“殺戮者”もまた、此方を“他所見が出来ぬ相手”と認識。
血に飢えたジャッカルのような、鋭い犬歯を剥き出しにした“殺戮者”は、その笑みに獰猛な殺気を付与していた。
「……そんな貴様等相手に手札を残しておいても仕方がない。貴様等は本来の、“剥き出しの俺”で相手をしよう……」
「な、何……?」
“殺戮者”の内部に渦巻く気配が、より硬質なそれに変容。
四肢に絡み付くような、ドス黒い殺意に、響は重輝醒剣の柄を強く握り直す――。
脳裏に過ぎるは、ある”言霊“の予感。
「『鎧醒』……!」
「……!」
――その“言霊”とともに閃くは、悍ましき戦慄。
”殺戮者“の舌が“言霊”を弾いた瞬間、“殺戮者”の鎧装の一部が禍々しき竜の頭部に変化……!
其れは、そのまま、一直線に彼の上半身に喰らい付き、悍ましい音とともに“咀嚼”していた。
「な……」
「光栄に思え。この形態を実戦で使用させるのは、お前が初だ。恐らく人類の歴史上、最初で最後となる――」
喰らわれた肉身から響く、“狩人”の声が、響の肌を瞬く間に粟立てていた。
喰らわれた上半身は、悍ましい咀嚼音とともに、次第に竜の頭部と一体化。赤茶けた橙色の鎧装、禍々しき人型として、徐々に再構成されてゆく――。
“龍体鎧蝕”。
其れが、“悪しき竜”と“竜狩りの聖人”が喰らい合い、混ざり合った奇蹟の“成れ果て“――救済の騎士足る戦闘形態の名前だった。
「 “龍体抜刀“――」
「……!」
“殺戮者”は静かに呟き、脊髄のような物体が連なる背部鎧装から、身の丈を超える大剣を抜刀……!
“黄金邪龍樹”の背を蹴るやいなや、響の観測域を超えた速度で、一気に間合いを詰めていた。
息を飲んだ響へと”殺戮者“の大剣が――凶暴な“牙”が叩き付けられる……!
(クッ……!?)
――其れは、剣と呼ぶには、あまりに狂暴な凶器だった。
大剣の両刃に組み込まれた歯車のように回転する小型のブレードが、受け止めた重輝醒剣の外殻を、チェインソーのようにガリガリと削り落としていた。
そして、押し込まれる“神絆輝士”へと、容赦なく撃ち込まれるは、“黄金邪龍樹”の破壊光線!
其れは、黄金と黒鉄の鎧装を容易く砕き、自らの威力を衆目に誇示していた。
(この”力“……少なくとも“煌輝”以上、か――)
背筋を凍らせる戦慄。
響は、手綱代わりの鎖を握り直し、崩れかけた体勢を、“獣王”と共に素早く再構築する。
……響の推察では、『鎧醒』前の“殺戮者”と”煌輝“の戦闘力は五分と五分。
“雷威我”と“獣王”の助力がある事で、はじめて凌駕出来る存在であったと分析している。
――だが、その危うい天秤すら、彼の『鎧醒』によって、大きく突き崩された。
重輝醒剣を握る、右腕に残る痺れが、響にそう実感させていた。
【――呆けるな、“護る者”よ――】
「……!」
走る衝撃!
“獣王”の巨尾が叱咤となって、響を打ち、続け様、ほぼ零距離で撃ち込まれた熱線が、”殺戮者“の巨躯をふたたび三頭邪龍の背へと弾き飛ばしていた。
……だが、熱線の直撃を受けても尚、大きな損傷もなく、“黄金邪龍樹”を操演する“殺戮者”の様子に、“獣王”の喉奥から、太い弦を革手袋で擦ったような、”唸り“が溢れ落ちる――。
【……侮れぬ。言うなれば、いままでの彼奴こそが“外殻”。彼奴を喰らいし竜こそが彼奴本体。……護る者よ。芝居を止めた、この“牙”。動じたまま、御せる存在ではないぞ――】
「理解っている……」
“獣王”の忠告に頷き、響はガブリエルのために必死に奮闘する弟の姿を、その視界の隅に映す。
(頼むぞ、アル……)
詳細な状況は掴めない。
だが、いまはアルを信じ、託すしかない。
響は、自らの迷いを鞘に収め、闘志と変えて引き抜く――。
「いくぞ、“獣王”……!」
【―――_――――--------―――――ッ!!!!!】
“獣王”――“黒鉄の神機龍”の巨脚が大地を蹴り、迷いごと叩き斬るように、響の重輝醒剣が、“殺戮者”へと唸りを上げる!
「フン……!」
迎え撃つ”殺戮者“の大剣が、轟音と火花を散らし、2つの仮面が額と額をぶつけ合うように、互いの眼光を衝突させていた。
「……そうだ、俺を見ろ。“天敵種”! 貴様は俺が此処に釘付けとし、縊り殺す……!」
「……!」
刹那! 分厚い皮膚のようにも視認出来る、“殺戮者”の鎧装が展開。
その内部から放射される、怨嗟を凝縮したかのような、破壊エネルギーの束が、竜の首のような形状をとりながら、次々と響に着弾してゆく……!
そして、
《……“竜”を、俺は”竜“を狩るんだ――》
「……!?」
突如として、脳裏に閃く映像が、着弾の衝撃とともに響の脳を揺らしていた。
響は、本能的に重輝醒剣を突き入れる事で、“殺戮者”との距離を離し、異常を察した”獣王“の後退が、響に“映像”を受け止める猶予を与える。
これは、この情景は――、
「ムサラメ……? やれやれ――あっちでも事態が動いたか」
白輝槍を閃かせ、アルたちの守護を続けていた白輝も、“殺戮者”の『鎧醒』と響の異変を観測――。
刻一刻と緊迫度を増す戦線を、体内の“知覚強化端子”で見据えていた。
そして、
「――お前も余所見が過ぎるな。何か掴んでいるなら、報告しろ」
「……! ブルー!」
その背に飛び掛かる”御使“の群れを、銀蒼の剣閃が斬り裂く……!
ブルーは、輝双剣・三日月を荒々しく舞わせながら、シャピロと背中を合わせると、秒単位で湧き出す“御使”どもと対峙。
乱れ咲くような剣閃とともに、その青い唇を開く。
「……業腹だが、俺一騎では、“神黎児”に決定打は与えられん。呼吸を合わせられんのなら、理由を話せ」
「……そいつはすまないね。なにぶん、僕も戸惑う解析結果ばかりでさ――」
突然、最前線を離れ、アルたちの守護に動いた自分への叱責に、シャピロは“それはそうだ”と苦笑。
人類群の先頭に立ち、抗う麗句の御姿を、懺悔とともに見据える――。
「――けど、真実を伝えれば、”女王“はきっと迷う。“犠牲の上に立つ光明”をあの人は認めないだろうからね。僕が勝手に動くぐらいが丁度良いのさ」
「犠牲、か――」
シャピロの言葉と行動から、事のあらましを察したブルーの呟きが、沈痛な響きを帯びる。
「……それに、彼女の命は、君たち兄弟の“進化”、その継続にも大きく関わってる。戦略的にも、守護に戦力を割くのは間違いじゃないさ」
「…………」
“場合によっては、煌輝も月輝も使えなくなる”。
――回りくどい言い回しだが、理解は出来た。
自分たちが纏う”奇蹟の輝き“。
その奇蹟にはやはり代償があった。
(まったく――)
――事実とは、いつも自分たちに都合の悪い顔をしている。
ブルーの意識下に蠢く、静かな苛立ちが、彼が握る輝双剣の柄を軋ませていた。
「クッ……!」
――そして、不都合な事実はもう一つ。
脳裏に渦巻く“映像”を噛み砕かんとする響を、三頭邪龍の破壊光線は容赦なく襲い、その精神と鎧装を、強く揺らしていた。
響は、重輝醒剣で、襲い来る破壊光線とともに、脳裏に弾ける“映像”を振り払わんとするが、その映像は、一種の呪いのように響の意識に根を張り、囁き続ける――。
《俺は、”竜“を、アレを狩らなくちゃ、いけない――》
響の脳裏に描き出されるのは、銃器やナイフを手に、血塗られた大地、すなわち戦場を彷徨い歩く少年の群れ。
(これは……)
彼等の足元には、無数の死骸が転がり、少年たちの手によって、それは次々と増やされ続けていた。
そして、複数の戦場の情景を重ねていると思しき、その情景から、無数の少年の声が囁き始める――。
《アレは、……じゃない。俺たちと、同じじゃない》
“アレは、人間じゃない”
「……!」
不意に、“映像”の中の少年の顔が、自分の顔に変わり、響は息を飲む。
その衝撃が、“映像”を断ち切り、狼狽とともに後退った響の頬を、“獣王”の尾が激しく打つ!
続けて轟く、叱咤の咆哮が、響の精神を”現実“へと強引に呼び戻し、此処が最前線であると彼に再認識させていた。
【……我が背に跨る価値を失くしたか、“護る者”よ……! あるいは――】
”何かを見出したか“。
――“共繋”。
“獣王”が察したのは、高濃度の“畏敬の赤”の影響下で稀に発現する、其の共鳴現象。
“畏敬の赤”を捕食し、“黄金氣”へと変える響の精神に発生しても、なんら不思議ではない。
むしろ、当然の事象と言える。
「アイツは――」
響は荒くなる呼吸を諌め、飲み込むように、大きく息を吸い込む。
……もし、あの”映像“が対峙する“殺戮者”の内側から零れ出た情景だとしたら。
あの“映像”が、あの”疑似聖人“を形作る根幹だとしたら。
アレは、あの男は、
【―――――――_――――――_――――--―――――ッ!!!!!】
「……!」
惑いの迷宮に足を踏み入れた響へと、四つん這いで突撃する“黄金邪龍樹”の牙が襲い掛かる!
紙一重で三ツ首の牙を躱した響の視界に舞い散るは、鎧装から剥離した“黄金氣”の煌めき――。
その光の中、響の心に、一つの推察が”確信“として凝固していた。
「お前は……」
人間でありながら、“人間でない兵器”に作り変えられた存在。
同じ境遇のものたちを“怪物”として殺し続けた、救いようのない存在。
其れは、
「……俺たち、“強化兵士”の”疑似聖人“、なのか……?」
――”殺戮者“。
殺戮の為に産み落とされ、生き足掻く“強化兵士”である、響の双肩に、その名が重く伸し掛かる。
信じ難く、認め難いが、この男の内側に渦巻くのは紛れもなく、自分たちが戦場で零した”嘆き“と”祈り“――。
混濁する因果はいま、逃れられぬ運命となって、響たちの前に立ち塞がっていた。
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