第35話 命の為に―”One For All“―
#35
「はぁ、はぁ……」
――世界の中心である、星の煌めきを灯す豊穣の都、”煌都“。
その名が、虚ろに思える程に散乱する瓦礫を蹴り飛ばしながら、“救済”による“醒石”化を免れた人々は、息を切らして走り続けていた。
罅割れた虚空を埋め尽くす円盤群は、いまだその巨体・編隊を維持。新たに出現した巨人――終焉の人類・“神黎児”も、感情の宿らぬ無慈悲な眼差しを、逃げ惑う人類へと送っていた。
“B23地区、合流地点に市民誘導完了! これより市民を収容し、“塔”へと送る!”
“絶望”と名付けるに相応しい、切迫する状況の中、雑音塗れの通信機へと、必死の叫びが木霊する。
世界の終わりに遂行される、無謀と紙一重の人命救助活動。
それは、時間の経過とともに、緊迫の度合いを増し、銃声や爆発音に類する轟音が、次第に市街に鳴り響きつつあった。
「振り返らず走れ! 後ろには俺たちが付いてる! 諦めるな!」
市民の背後を護衛する十六戦団員が構えた、旧式のアサルトライフルが、マズルフラッシュを閃かせ、他の団員が暗闇を駆け抜けてきた市民を、待機していた車両へと押し込む!
“煌都”の虎の子である、“遺跡技術”が使用出来ない状況下でも、彼等、“煌都十六戦団”は折れることなく、その生命を熱く燃やしていた。
だが、
「……!」
【受け容れヨ】
【受け容れヨ】
【受け容れヨ】
銃撃をものともしない、荊と甲殻に覆われた、忌むべき神の使徒――“御使”の群れは絶え間なく、市街に涌き出で、その”声“で、かろうじて生き延びた人々を、一人、また一人と“醒石”へと変貌させていた。
“遺跡技術”を用いない旧式装備では、御使の興味を買う事すら難しい――。
そして、
「なっ……」
「ふぅぅ……あぁ……」
――それは、この状況下である意味、当然な。あまりに慈悲なき情景。
装甲車まで後十数メートルというタイミングで、赤子を抱えて走り続けていた母親の身体が、無惨に“醒石”化――。街路に赤子だけが放り出されていた。
「何で諦めた! ちっくしょう!」
赤子を保護するべく駆け出す団員の脚を、街路に夥しく生い茂る荊が絡め取り、前進する“御使”の群れが、一歩一歩、赤子へと迫る――!
微塵の慈悲もなく、機械的に。
だが――、
「させるかあああぁっ!」
「……!」
其処に”彼“は、”英雄“は、駆け付ける!
“赤い”閃光が、団員の瞳の中を駆け抜けた瞬間、“御使”の群れは木端と砕け、赤子の小さな温もりは、赤の強化外装を纏った、青年の手に抱かれていた。
「“CODE_RED”!」
窮地に駆け付け、そう呼ばれたのは、対醒獣/遺跡技術 特務機甲隊『PEACE MAKER』の新鋭、レイ・アルフォンス。
彼は、自らの強化外装の特化機能である”高速移動“と、“近接特化”を駆使し、救助活動の妨げとなる“御使”を囮役として一手に引き受け、交戦。その大部分を撃破、壊滅させていた。
各部を展開し、放熱する外装の下、肩で息をするレイは、赤子を十六団員に手渡し、周囲に危険がないか探知。
ポタポタと冷却液を零す仮面の裏側で、その表情を歪める――。
「すいません……! 全部引き付けたつもりが数体……。そのせいで――」
「ぜ、全部って……300体近い奴等を一人でなんて無理でしょう! 無茶せんでください!」
300体は大袈裟だとしても、レイは実際に100体以上の”御使“を一人で引き受け、撃破している。
それは、一人で請け負うには、過剰な戦績と言えた。
――そして、現在の強化外装は、“着装”が維持出来ているだけでも奇蹟的な状態。
そんな状態で行う無茶が、どれほどの偉業であるか、それが人体にもたらす負荷が、いかに過酷であるかは、想像するまでもない。だから、
「“CODE_RED”……!」
「わ……!」
車両から顔を出した団員は、そんな彼へと飲料水のボトルを投げ渡し、讃えるように、その親指を立てて見せる。
戸惑うレイに、注がれるのは、共に死線を潜り抜けた団員たちの称賛の、労いの眼差し――。
その厚意と善意のぬくもりが、レイを包み、彼に一時の休息を促していた。
「……ありがとうございます」
時に囮となり、時に崩れかけた建造物から生存者を救出。それは“英雄”そのものの活躍であるが、彼がまだ十代の若者である事も事実。
それを、黙して捨て置ける”大人“たちではなかった。
レイは、その厚意を受け取り、仮面のフェイスガードを一時的に展開。
乾ききった喉に、冷水を注ぎ込んでいた。
「んっ……」
“『鎧醒』――『鎧醒』さえ出来れば”。
そんな焦燥を、喉を通り抜ける冷水とともに腹に収め、レイはまだ市民が残されている、次の区域を見据える。
(助けるんだ。みんな、必ず――)
レイが決意を新たにする中、市民を収容した車両が“塔”へ向けて動き出し、任務は車両の退路の確保へと移行しつつあった。そして――、
【受け容――】
「……!?」
刹那。
高所より撃ち込まれた閃光が、車両の進路を塞ぐように現出した“御使”の群れを狙撃!
無遠慮に咲き乱れる、その”芽“を根刮ぎ焼き払っていた。
危機を察知する“間”すら与えぬ、鮮やかに過ぎる、その手際に、団員たちの唇から感嘆の息が溢れる――。
「……リオン隊長か?」
「自分の担当区域だけでなく、こっちのフォローまで――本当に人間か? あの人」
「――人間ですよ。めちゃめちゃ頼れるね」
団員たちに答えると同時に、フェイスガードを閉じ、レイは“塔”に向かう車両との並走を開始する。
疲労に軋んでいた四肢に、ふたたび防人としての、闘志の焔が燃え滾っていた。そして――、
(……やれやれ。想定以上に難儀だな、コレは)
排熱の為、蒸気を放出するエメラルドグリーンの“強化外装”の下で、『PEACE MAKER』隊長、リオン・マクスウェルは呟き、ノイズ塗れの視界を睨む。
“ここまで機能が限定された状態では、照準の精度、射程にも限界があるか――“。
窮状の再認識とともに、リオンは、レイたちの位置から1km程離れた地点に設けた、狙撃位置から移動を開始。
外装にケーブルで直接接続されたスナイパーライフルを折り畳み、背部に搭載させると、腰部に携行していた、2丁のハンドガンで、群がる“御使”を一気に殲滅する。
スナイパーライフルにハンドガン。
“醒石”に動力を依存する、此等の外付兵装は、“遺跡技術”の不調の中でも唯一、起動・運用出来る、貴重な兵装となっていた。
リオンは、その兵装による狙撃で活路を開き、周辺地域の市民を乗せたヘリを、無事に”塔“へと到達させた。
続けて、“塔”から次の地域に向けて出動したヘリの進路を狙撃で確保した彼は、足場にしていたビルの残骸から飛び降り、次の狙撃位置へと疾駆していた。そして、
「……ったく、相変わらず、腹立つほど手際がいいな、隊長っ!」
「……!」
猪のような形状を持った、大型の御使が、リオンの視界に割り込んだ瞬間、銀の強化外装が、その拳で“御使”を撃破……!
不意を突かれ、わずかにふらついたリオンの長身を、その逞しい腕で支えていた。
――救援者の名は『PEACE MAKER』副隊長、凱=シンジョウ。
自身の肩を支える、その頼もしい腕に、リオンは機械的な仮面の下、張り詰めた表情を、わずかに緩める――。
「……で、相変わらずの“無理のし倒し”か。こんな不完全な着装で、長距離射撃なんて気狂いの所業だぜ」
「ふっ……無理も、無茶もいまがしどころでね」
“……ちがいねぇ”。
軽口を叩き合った二人は、救助を求める市民がいまだ残されたままの市街を、その市街を見下ろすように屹立する、終焉の人類・“神黎児”の巨体を見据える。
「……ふんぞり返りやがって。従来の“特機鎧装”に『鎧醒』出来りゃデカい顔させねぇのによ……」
一時的に『鎧醒』する事は出来ても、遺跡技術が軒並み封じられた現状では、その維持は困難。
“強化外装”の着装を維持、戦闘·人命救助に運用出来ているだけでも、天に感謝せざるを得ない、奇蹟的な状況である。
だが、『鎧醒』が可能となれば、もう一段階上の対処が可能となる。
罅割れた虚空を埋め尽くす円盤群を一掃する事も“不可能”ではなくなる――。
「”報い“は受けさせるさ。たとえ、あれが“神”の類だとしても、黙って生贄になるほど、人間は潔くない――」
「……ああ、味あわせてやろうぜ。俺たちの“生き汚さ”を」
リオンの悪態に頷いた凱の瞳に、数十m程離れた地点で、瓦礫の中から飛び立つ、青の“強化外装”の輪郭が閃く。
それは彼がよく知る、口うるさくも頼もしい、“後輩”の外装――。
「……この世界は、“煌都”は絶対、絶対、大丈夫です! だから、みんな諦めないで……!」
腰部推進機から鮮やかな光を放射しながら飛翔するのは、『PEACE MAKER』隊員、カイル・アルタイス。
彼は、その腕が抱える二人の市民へと、エールを送りながら、市民を“塔”へと運搬する車両と合流を果たさんとしていた。
「……なんとか無事だったか、カイル。心配かけやがって……」
そう呟く凱の声は、僅かに潤み、震えていた。……法令順守意識は微塵もないが、部下を、仲間を、生命を重んじる人情派の副官に笑み、リオンは“強化外装”にインプットされた、生存者の位置――“生命の地図”を改めて見据える。
「……守りきるぞ。世界を、生命を」
力強く街路を踏みしめた、エメラルドグリーンの“強化外装”の下で、リオンは告げ、凱は応えるように、迫りくる“御使”の群れへと疾駆する。
そして、物語の視点は、世界に殉じようとする、もう一つの生命のもとへと戻る――。
※※※
「ガ、ガブ、お前――」
自身を見つめ返す、澄んだ翡翠の瞳に、アルは言葉を失くしていた。
ガブリエルの華奢な身体から流れ続ける粒子に、罅割れた虚空に吸われ続ける生命に、少年は絶句し、青ざめた唇を震わせる。
何も見たくなかった。何も識りたくはなかった。
だが、彼の“適正者”としての感覚が捉えるのは、彼女の生命が、円盤群と神黎児の巨躯、機能に作用し、あの畏るべき“声”と“歌”を抑制しているという事実――。
其れは、多くの人類にとっての福音。そして、“祝福”である。だが、
「やめろ……やめろ、ガブっ!」
アルは友人の、ガブリエルの両肩を揺すり、ガブリエルの生命の流出を食い止めんと、必死に喉を震わせる!
――たとえ、“福音”であっても、“祝福”であっても、見過ごせる命、“悲劇”ではなかった。
「くっ……うぅ……」
アルは“畏敬の赤”を統べる、自身の“適正者”としての異能を用い、ガブリエルの生命を押し留めようとするが、翡翠の粒子は、アルの手の平を擦り抜けるようにして、虚空へと吸い上げられてゆく――。
まるで、揺るがぬ彼女の意思を、その“役割”を示すように。
悔しさと焦燥が、汗と涙となって頬を伝い、それを噛み殺すように、アルは腹腔から声を絞り出す!
「止まれよぉおおおおっ!!」
アルの身体を通して、“創世石”の”赤“が、カーテンのように、ガブリエルの華奢な体を包むが、彼女の生命の流出は、緩やかになっただけで、止まりはしない――。
「……泣かないで、アル。これが私の“役割”なんだよ。サクヤさんが言っていた、彼が殉じたのと同じ“役割”――」
「サクヤ、さん――?」
ガブリエルの言葉に、アルが惑いの息を零した瞬間、二人を襲った“御使”の群れを、シャピロの“白輝槍”が両断。
極限の状況で行われる、二人の対話を守っていた。
彼は、ふたたび地面を埋め尽くす程に増殖する“御使”たちから、二人を守るように、“白輝”の鎧装を間断なく閃かせる――。
そして、
「ハッ……! 戯れた真似してるじゃねぇか! 白黒野郎……っ!」
「……!」
もう一騎――“畏敬の赤”を撒き散らす、黒の鎧装が、アルたちを護るように、参戦。“御使”の群れを消し飛ばす。
――我羅・SS。
“死と戯れる毒蠍”の鎧装を纏った、その凶漢は、歯牙を剥き出す、肉食獣を想起させる凶暴な笑みとともに、戸惑うアルとガブリエルの姿を見据えていた。
「あ、あんたは……」
「……お前とは初対面か? “適正者”。……しかし、見れば見るほど、ちんちくりんな小僧だな、おい」
自身の物言いに、わずかにムッとした様子のアルに愉快そうに嗤い、我羅は髪を掻き上げるように、頭部、その毒蠍の意匠を撫でる――。
「まっ。其処の小娘の欠損にゃ、“好敵手”を焚き付けた、俺にも因果があるっちゃあるからナァ。それによぉ――」
ガブリエルに飛びかかった“御使”の頭部を握り潰しながら、我羅は嘆息。その鎧装に覆われた指先で、彼女の心臓のあたりを小突く――。
「“手前を生贄に生かされる”ってのも……なかなかに”酷“な話だぜ、小娘。“経験者”として、その適正者がどう足掻くか、ご拝見ってわけだ――」
“足掻けよ、小僧”。
渇きに罅割れたような声音を響かせ、我羅は戦線へと戻る。その暴力の軌跡は、乱雑・無軌道に見えて、アルとガブリエルを護る指向性を帯びていた。
「へぇ……行き過ぎた悪漢は、一周回った善行をするものだねぇ。呆れるやら感心するやら――」
“邪道(strayed)”の文字を刻んだ、凶漢の背に呟きながら、シャピロはアルたちに雪崩れ込む“御使”の群れを、花弁のように舞う四つの鉄華――“月輪華”で切り刻んでゆく。そして、
(足掻く、か……)
人類の命運以上に、二つの幼い命を優先した、予期せぬ大人たちの援護に、アルは青ざめでいた唇を噛み締め、屹立する“神黎児”へと向き直る。
――そうだ。
自分はもっと“足掻く”べきなんだ。
大切なものを、“命”を護る為に。
「アル……?」
無視出来ぬ既視感が、ガブリエルの脳裏を擽る。
自分に振り返ったアルの、ただならぬ“覚悟”を秘めた表情。
それは自分が識る“想い人”の――“別離”の表情である。
「おおぉ……っ!」
「アル……っ!?」
絡み付く悲鳴を、振り切るように駆け出す、幼き、猛き“想い”。
アルは、迷う事なく、“神黎児”へと疾走し、その両手を“神黎児”へと、虚空を埋め尽くす円盤群へと翳す!
「とまれええええええええええええええええええッ!」
噛み締めた歯が軋み、“神”の領域に踏み入った、凄絶な負荷が全身の血管を浮き上がらせる――。
自身の“適正者”としての異能で、アルはふたたび“神黎児”たちの”畏敬の赤“を制御・封印せんと、自らの全異能・知覚をフル稼働させていた。
示されるのは、“神黎児”や円盤群の体内に潜り込み、内部に繰糸を仕込むかのような、無法にして緻密な御業。
その無謀に、アルの鼻腔から夥しい血液が流れ落ちる――。
「くっ……うぅ……がっ!?」
だが、仕込んだ繰糸は強引に引きちぎられ、アルの身体はゴム毬のように、硬い岩肌へと跳ね飛ばされる!
無惨。
全身を強打した激痛と、異能を行使した負荷が、アルを襲い、声にならぬ苦悶に喘ぐアルへと、ガブリエルは必死の形相で駆け寄っていた。
「アル……アルっ!」
「いってぇ……くそっ、もう少しで……いけそうなのに」
痛む身体を無理やりに起こし、再度、突撃しようとするアルを、ガブリエルは身体を覆い被せるようにして、必死に制止。翡翠の瞳から涙を零す――。
……あべこべだ。自分が救おうとしている人が自分のために死んでしまったら、本当にあべこべだ。
アルの優しさと真っ直ぐさを噛み締めながら、ガブリエルは、自分の制止を振り解こうとするアルへと告げる。
「……いい。いいんだよ、こんな無茶しなくて! 私、私はそのために生まれたんだから! サクヤさん――“アルの遺伝子を受け継いだ”人も、その使命に殉じたの! だから、私も“私だけに出来る事”をする――。ただ、それだけの事なの……!」
「え……?」
“お、俺の遺伝子……?”
浴びせられた事実に惑うアルへと頷き、ガブリエルは静謐なる声で、言葉を繋いでゆく――。
「……うん。サクヤさんは、創世石に記憶された“未来の適正者”――アルの遺伝子で生み出された複製体なんだって、そう言ってた。……いまなら理解るよ。サクヤさんの優しさ、清廉さ、その源が君にあるって。私が“創世石”を託せる、“運命の人”だって」
「運、命……」
確かな熱とともに語るガブリエルの様子が、表情が、サクヤという人が、彼女にとって、大きな、大切な存在である事を、雄弁に物語っていた。
その想いを受け止めながら、アルは彼女の言葉に耳を傾ける――。
「サクヤさんは言ってた。俺の根源を、お前の運命を信じてくれって。……言葉通りだった。サクヤさんは正しかった。アルは私が、全部を捧げて悔いのない、“適正者”様だったもの――」
迷い一つない、澄んだ笑みとともに、ガブリエルは告げる。
その笑顔を映した瞳を、静かに閉じ、アルは問い掛けるように思考を巡らせる――。
“適正者”としてではなく、一人の人間として。
「……なわけねぇだろ」
「え……?」
口を開くとともに、乱雑に、ガブリエルの身体を押し退け、アルは、爆発する自身の感情を噛み締める――。
瞳を開いたアルは、溢れ出した涙を拭い、想いをぶつけるようにガブリエルの装束を掴んでいた。
「俺の……俺の複製体が、お前にそうしろって言ったのか? お前に死ねって言ったのか!? 言うわけないだろ! そいつが俺の複製体なら、そんな事言うわけがないんだ!」
「アル……」
理性が追い付かないような超常と真実の連続。
……正直、思考はいまも混乱の極地にある。
だけど、混沌とする思考の中で、アルは自分の遺伝子を持つという男に想いを馳せ、信じた。
――顔も知らぬ、もうひとりの自分が遺した、切なる祈りが、不思議とアルには理解出来る気がした。
「……その人は、その人はきっとさ! 俺に託したんだ! ガブが、馬鹿な真似をしないように! 無事に生き残れるように! 根源である俺を信じろって、“託してくれた”んだ! だから、俺はそいつのためにも――」
拳を固く握り、涙を殴り飛ばすように、アルは叫ぶ。
「お前を……護る!」
「アル……」
心の奥底にまで届くような、“契り”と呼べる程の力強い断言。
それは、現状を打破する為の、居直りにも似た、強がりであったかもしれない。
一種の現実逃避であったかもしれない。
けれど、言い切ったアルの表情は、その言葉は、ガブリエルの心に一筋の光を残酷な程に閃かせていた。
いま、彼女の脳裏に蘇るのは、運命と向き合うように空を睨み、自分へと微笑んでくれたサクヤの表情――。
(信じてやってくれ。俺の根源を。――いつか出逢う、お前の”運命“を)
……そうか。
ガブリエルにも理解出来る気がした。
いや、理解せざるを得なかった。
(あの時、サクヤさんは――)
信じたんだ。自分が出逢う“運命”を、“未来”を。
私の、生存を。
だけど、
(それは残酷過ぎる。残酷過ぎるよ、サクヤさん――)
これでは、“自分の役割”を果たせない。
まだ、“生きていたく”なってしまう――。
溢れ出す、滂沱の涙とともに、小さな手の平が、白の装束を握り締めていた。
「雷威我ッ!」
アルの呼び声に応え、“畏敬の赤”の加護を受けた、輝電人・雷威我がアルと並び立つ。
少年の足が踏み出すは、より激化する“赤”の戦線。
命の為の、譲れない戦いが始まろうとしていた。
NEXT⇒第36話 混濁する因果―“fate”―