第33話 神と人を絆ぐ騎士―“GOD·RIDER”―
#33
「はは……なんだいアレは。反則でしょ」
自らが行った解析の結果に、シャピロの口から、呆けた声が零れる。
“黄金邪龍樹”の脅威も馬鹿げているが、肉食恐竜を想起させる前傾姿勢となり、漆黒の重装甲を全身に纏わせた“獣王”――”黒鉄の神機龍“の重装甲が、内に秘めた脅威も、端的に言って馬鹿げていた。
大地を蹴る、強靭なバネを予感させる、大仰な脚部は、強力無比な複数の兵器を内部に秘め、頭部、その口蓋部に埋め込まれた結晶は、“獣王”の熱線の威力を倍加する機能を有している――。
“畏敬の赤”による戦闘に特化せざるをえなかった“以前の鎧醒形態”と異なり、この新形態は、“獣王”自身の戦闘力を底上げし、強化する機能を有しているようだった。
(……でも、必要なのか? あの“獣王”に、“強化”なんて概念が)
“生物としての神”の荒ぶる生命に、そのような小細工は無粋なもののように思える。――侮辱とすら言えるだろう。あるいは、
(……それを必要とする程、現在の“獣王”は正常な状態ではない……って事か?)
脳内で言語化した違和感が、シャピロの胸をざわつかせた瞬間、“神黎児”による荊棘の柱が、シャピロとブルーを強襲。二人を足止めする!
――結果的にだが、“獣王”の参戦は、“三輝士”中の二騎が“神黎児”と向き合う、好機をも生み出していた。
そして――、
【―――――――――――ッ!!!!】
「……!」
怪獣の闘争が始まる。
交差する、巨獣の咆哮と咆哮!
舞い上がる土砂と粉塵!
“獣王”の巨脚が、大地を蹴る轟音とともに、高く跳躍した重装甲が、“黄金邪龍樹”が放った破壊光線の嵐を躱す……!
そして、“獣王”は降下とともに、脚部装甲に格納されていた、砲塔を展開。息を継がせぬ苛烈な砲撃で、“黄金邪龍樹”を、爆炎の渦の中へ叩き込んでいた。
「クッ……!」
同時に、“手綱”代わりの鎖を握る、響の五指が痺れ、その腕全体に、“引き千切られそうな”程の衝撃が走る――。
半ば強制的に、“獣王”に騎乗する事となった響は、“獣王”の一挙手一投足ごとに襲い来る、壮絶な衝撃に耐えながら、必死の搭乗を続けていた。
信じ難い事に、“煌輝”の“黄金氣”で増強された筋力でも、跳ね飛ばされそうな程、“獣王”の躍動は、凄絶かつ凶暴。
――怪獣という、“荒神”の暴威を、響に、骨の髄まで味あわせていた。
「……どうした? この程度の“舞踏”で音を上げるか、“護る者”よ……」
「……悪いが、舞踏は俺の趣味じゃない……」
搭乗による消耗は、確実に響の四肢を疲弊させていたが、息を切らしながらも、響が返した悪態に、“獣王”は重装甲の下で、口元を緩めたような息を零す。
“その意気や良し”。
轟然と着地した、黒鉄の獣は、爆炎に包まれる三頭邪龍へと、その顎を開き、熱線を放射!
その熱線は、三つ首が破壊光線を重ね合わせて、生成した障壁をもぶち抜き、“黄金邪龍樹”の巨体を確かに後退させていた。
――此れこそが“怪獣王”の神威。
重装甲を輝かせる蒼い死の光こそ、“畏敬の赤”により無毒化されているが、熱線の威力そのものには、何も影響はない――。むしろ、その両者が混ざり合い、また異なる次元へと到達せんとしていた。
「“獣王”……。やはり、とてつもない戦闘力ですね。同胞と呼ぶには、“生命の格”があまりに飛び抜けている――』
湧き上がる畏敬に、噴き出した汗を拭いながら、シオンは“獣王”の新形態――”黒鉄の神機龍“の雄姿を凝視。
怪獣同士の闘争に介入し、活路を切り拓くタイミングを覗っていた。
「同時に、“疑似聖人”との戦闘では、彼が前線から一歩引き、あえて力を制限していた事も窺える――。もしかしたら、あの円盤群も、彼にしてみれば、一蹴出来る程度のものなのかもしれませんね……」
“疑似聖人”という存在、救済という災禍は、言わば、人類が自ら招いたに等しい“人災”。
確かに、“生物としての神”、“生態系の調停者”足る彼が、積極的に介入する理由はないのかもしれない。
……けれど、その非積極性も、彼が人類にあえて、“自らの手で乗り越えてみせよ”と、過酷な試練を課しているのだと、シオンには感じられた。
其れは、“同僚”としての“甘え”かもしれないが――シオンはそう信じたかった。
「……その“獣王”に重い腰を上げさせたのが、あの黄金有翼三頭邪龍か。逆を言えば、“獣王”の参戦を招いたとしても、奴等はアレを使わざるを得なかった――」
「“女王”、それは……」
察した様子のシオンに、麗句は頷き、言葉を続ける。
「奴等、“疑似聖人”の力は、この世界を書き換えてしまう程に大きい。故に、それは奴等が発動した“救済”の進行にすら影響する。――だから、奴等は限られた人員しか、この戦闘に参加出来んのだ。恐らく、いま前線に出れるのは、あの“殺戮者”のみ」
「……なるほど。あのカードは切ったのではなく、切らざるを得なかった。たとえ、それによって“獣王”の参戦を招いたとしても――」
「ああ……だから、この袋小路のような状況にも、突破口はある」
“希望は、まだ死んではいない”。
その麗句の結論に呼応するように、”黒鉄の神機龍“の巨尾が竜巻のように渦を巻き、“黄金邪龍樹”へと襲い掛かる!
だが、悪辣なる三頭邪龍は、損傷の自己修復のため、蹲っていた雷威我の機体を三つ首で咥え、盾として活用!
巨尾の猛打を凌ぎ、逆に破壊光線を、”黒鉄の神人龍“へと叩き込んでいた。
「グッ……!?」
襲い来る衝撃と損耗に、響の口内に血の味が満ち、全身の筋肉が呻き声を上げる。
“獣王”の動きを制御し、重輝醒剣を振るおうにも、自分を遥かに凌駕する“獣王”の力と生命は、その制御を跳ね飛ばし、縦横無尽に暴れ狂っている。
怒れる“荒神”の神威は、絶望を喰らい希望と成した騎士を持ってしても、御し切れぬ程に強大で、無慈悲であった。
「ふん……ソイツにただ、しがみついてるだけなら、文字通りの“お荷物”だなァ、“天敵種”……!」
「……!」
“殺戮者”は、嘲りとともに邪龍を操演。
双翼を羽撃かせ、巨体を大きくジャンプさせた三頭邪龍が、“獣王”の黒鉄を猛然と踏み付ける……!
“聖人”の類とは思えぬ程、野卑で獰猛な蛮行を、響は重輝醒剣を盾のように構え、防御。僅かでも、“獣王”のダメージを軽減する。そして、
「雷威我ッ! “速射迅雷破壊砲“!」
唸る迅雷!
盾代わりにされ、重い損傷を負った雷威我ではあるが、“輝神金属”の鉄人の神威は伊達ではない。
主の声に即座に反応した鉄人は、胸部に迫り出したバルカン砲を斉射。邪龍を操演する“殺戮者”の頭部へと、痛烈なる一矢を報いていた。
脚部から推進剤を噴射し、”黒鉄の神機龍”へと飛び付いた雷威我は、主が負う反動を肩代わりするように、一種のブレーキとなって“獣王”の暴威を受け止めていた。
健気とすら言える、その鉄人の行動に、“獣王”は愉しげな息を零す――。
「……“神威の遺児”か。面白い。貴様の持つ全ての縁を持って、“神”を御してみせよ……」
「…………」
内蔵が吐き出した血を、再び飲み込み、響は“獣王”からの重圧を、真っ向から受け止める。
“黄金邪龍樹”が、前線に出た影響か、“神黎児”の“歌”や攻撃は、一時沈静化している。
――ならば、この貴重な“隙”に、自分はこの“神”を乗りこなし、あの邪龍を斃す。斃さねばならない。
焦燥にも似た決意が、響が纏う黄金を揺らし、滾る血潮を逸らせる。だが、
(焦るな、若人よ――)
「……!」
鎧装から、鎧装に宿る“黄金氣”から、波紋のように、澄んだ声音が響き渡る。
響の精神に直接響く、その声は、響に宿る“黄金氣”の源泉――“守護者”の声である。
(“神”とは、操り、制御するものではない。“神”とは我等の心に、森羅万象に宿り、共に在るもの)
「……………」
穏やかに、緩やかに紡がれる言葉は、流水のように、響の精神に浸透し、道を拓くように、その内なる瞳を開かせる――。
(耳をすませ。彼の御心に、生命の鼓動に、自らの五感を、その第六感を預けるのだ――)
「第六感、を……」
肉体の瞳を閉じ、断つ事で、磨ぎ澄まされる、“感覚の眼”。
その眼が捉え、五感を撫でる、大きな生命の奔流。その生命の大河の中で、己の身体を魂ごと抱くような、雄大な鼓動が響く――。そして、
「ふん……瞑想とは余裕だな、“天敵種”!」
「……!」
刹那! 雷威我の“速射迅雷破壊砲“により、罅割れた仮面を投げ捨て、野卑な素顔を露わとした“殺戮者”の操演が、邪龍を咆哮させる!
放たれた破壊光線の渦を、重輝醒剣“玄武”で受け止め、響は自身が跨る、大いなる生命へと、身を投げるように、猛る生命を重ねる――!
「オオオッ!!」
「……!」
瞬間、確かに重なった、二つの生命が、堅固な壁となり、破壊光線の渦を、重輝醒剣の一振りとともに一蹴! “殺戮者”へと跳ね返していた。そして――、
(これは……)
強烈な衝撃とともに、“獣王”の生命の奔流を五感で、己の生命で受け止めた響は、一つの異常を感知。
自身が跨る、黒鉄の獣へと視線を落とす。
「アンタは……」
……もっと早くに気付くべきだった。
邪龍による“黄金氣”の捕食が緩やかになっている事に。
黒色の地金を晒していた自身の鎧装が、黄金を取り戻しつつある事に。
自分が、“救われていた”事に。
「奴に“喰わせて”いるのか、自分の生命を。俺の“黄金氣”の代わりに――」
「……つまらぬ事だ、“小さき者”よ」
応えた“獣王”は、重装甲の下で軽く鼻を鳴らし、態勢を整えつつある“黄金邪龍樹”を見据える。
「……あ奴に我が命を喰らい尽くす事など出来ぬ。そして、一度は我を斃した人類たちが、アレに敗れる事も、我は赦さぬ――」
「……!」
気合を入れるように、“獣王”の巨尾が響の背中を一撃し、響は面食らいながらも、彼の意志を把握する。
同時に、響の”眼“は、邪龍に絶えず喰らわれながらも、熱く荒ぶる“獣王”の生命を感知。
その生命に自分自身を、魂を、より深く重ね合わせるように“感覚の眼”を開き、響は自らの心を、生命を、更なる高次元へと駆け上らせる――。
「……かつての因縁故、“手は貸す”。だが、奴を斃すのは、我を御し、我を乗りこなした“人類”でなくてはならない――」
「……承知している。だが!」
そして――響が、“神”に示すのは己の意志と覚悟。
響の決意と連動するように、鎧装を巡る“黄金氣”が、頭部、胸部、前腕部、脛部に集中する……!
「俺はアンタを制御しない。操りもしない――」
「むぅ……?」
“獣王”に騎乗する為に、“黄金氣”の運用を、四肢の筋力強化と、正面からの防御性能に特化させた鎧装は、口顎や腹部など、鎧装の大部分を黒色に染めていた。
奇しくもその配色は、“獣王”の黒鉄と同調し、彼等のシルエットを、凄烈かつ、雄壮に融け合わせる――。
「命を護る者として……“共に立つ”!」
「面白い……」
自らの背に跨り、重輝醒剣“玄武”を雄々しく構える人類に、“獣王”は咆哮で応え、“黄金邪龍樹”へと突撃を開始する!
同時に、“黄金邪龍樹”も、翼と一体化した、前脚のような部位を使い、四つん這いになって突進を開始!
黒鉄と黄金が、凄絶な衝突音とともに激突し、邪な三つ首が黒鉄の巨躯に、蛇のように絡み付いていた。
(……だかな、“護る者”よ)
互いに生命を重ね、神人一体となった響……“神絆輝士”を内なる瞳で見据え、“獣王”は、刻一刻と破局へと近付く戦場へと、“神”の五感を磨ぎ澄ませる――。
(……この戦場で、真に“命を払っている”のは、我ではないぞ……)
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