第32話 落日、彼方より来たる―”king of gluttony“―
#31
「畜生……! 何が、何がどうなってやがる……!」
「若頭……若頭ぃ……」
――其れは慈悲なき破局。
男の腕の中で、同胞の身体が結晶化し、砕け散る……。
幾つもの、数え切れぬ程の命が、男の眼前で結晶となり、無造作に散らばっていた。
「クソッタレぇええッ!」
組織の移動要塞“ディアヴォロ”。
そのエントランスに、“醒石”化した、組織の同胞を胸に抱いた、”羅獄衆”のNO2、白髏の絶叫が、鳴り響く警報と共に、木霊する。
罅割れた赤い虚空を進む、全長1Kmにも及ぶ移動要塞の中でも、“救済”による破局は、容赦なくその猛威を振るっていた。
高高度にある事で、“円盤死告御使”の影響が僅かに弱まっているのか、機能停止・墜落という最悪の事態は免れていたが、千人規模だった乗組員の大半は“醒石”化。
もはや、通常航行を続けられるだけでも“奇跡”という状況に陥っていた。
(喚く暇があるなら、走れ……! 愚か者……!)
「……!」
――そして、そのような状況下でも諦めぬ、剛健な者たちは一定数存在する。
轟音とともに天井をぶち抜き、乱入した何者かが、“醒石”化した仲間を拾い集める白髏の首根っこを掴み、全速力で隣接するエリアへと駆け込んでいた。
このエリアは確か――、
「クッ……!」
力任せに、隣接エリアへと投げ込まれた衝撃が、半ば錯乱していた白髏の目の焦点を元に戻す。
その目に映された場所は――、
「……無礼は詫びよう。だが、羅獄衆の副将が、無駄死になど、見過ごせなかったのでな――」
「閻王……」
業煉衆の寝蔵、”獣爾宮”。
そして、そこに白髏の長躯を放り込んだのは、業煉衆のNO2、閻王であった。
金色の鎧装束を纏い、鉄仮面で素顔を秘匿した彼の背後には、銀色の鎧装束を纏ったNO3、甲王の姿も確認出来、どうやら彼等が移動要塞内の生存者を此処、”獣爾宮”に運び込んでいるらしい事が、理解出来た。
「……すまねぇ、らしくもなく取り乱しちまった。――だが、兄貴から預かった奴等をむざむざ死なせちまったんだ。無駄死には無しでも、指の一、二本は詰めねぇどな……」
「よせ。喪失に喪失で応えても、お前の主は喜ぶまい。通すべき筋を間違えるな」
「へっ……化け物に言われちゃおしまいだな」
“命の恩人”に吐きかける白髏の悪態には、感謝の念と敬意が僅かではあるが、入り混じっていた。
閻王もそれを察し、鉄仮面に覆われた口から笑みにも似た息を零す。
「この”獣爾宮”は、“獣王”の肉身と鎧装によって守護られている――体制を立て直す基地としては申し分あるまい」
そう語る閻王の肩越しには、憔悴した様子の百騎《鬼》衆の面々の姿が確認でき、着々とこの場所への避難が進んでいる事を、明示していた。
「……“生物としての神”の御加護か。有り難ぇような、怖ろしいような……何とも居心地の悪い“安心”だな」
「“獣王”は、あらゆる生命をお見捨てにならん。――同時に“赦し”もしないがな」
白髏の悪態に応えながら、閻王は、“獣爾宮”の重々しい扉を開き、“獣王”の玉座へと避難してきた面々を案内する。
其処には、先行して避難誘導されていた戦闘員や組織の構成員の姿もあったが、白髏の見知った顔はなかった。
「ケニーは、“現象”が始まった瞬間、“コレの出元を捜す”と言ってすっ飛んでいきやがった。この要塞内にそんなモンが都合良くあれば、御の字だがよぉ……」
「元凶、か……」
白髏が語る通り、羅獄衆NO3、ケニー・オルテガは、その肉体を部分的に“醒石”化されながらも、驚異的な生命力と身体能力で、逆境を跳ね除け、要塞内を疾駆していた。
だが、彼の常軌を逸する嗅覚も、この要塞内で、現象の“核”を捉える事はかなわないだろう――。
「……予てより“獣王”は仰っていた。“破壊者”――あの男から目を離すなと」
「“顔なし野郎”か……我羅の兄貴も“気に喰わない、喰えない野郎だ”と言っていたが――」
やはり、“元凶”と思しきは、この様な破局とも容易に結び付く、畏るべき男――フェイスレス。
彼等の識る“破壊者”としてのフェイスレスが斃されている事も、“疑似聖人”の暗躍も彼等の知るところではない。
だが、組織の構成員であれば、コレがフェイスレス絡みの事象である事は、誰にとっても疑いようのない、“証明の必要ない”事実であると言えた。そして――、
「……!?」
――突如、響いた、土砂崩れのような重々しい金属音が、それぞれの鼓膜に木霊する。
「な……」
その場にある全ての視線が、音の発生源へと向かい、其処にあった“異様”に、誰もが息を飲んでいた。
――其処にあったのは、“獣王”の玉座。
正確には、“獣王の玉座であった物”の残骸であった。
「馬鹿な……。何故、玉座がこのような……?」
轟音とともに、木っ端と砕けた玉座の無惨な様に、閻王の声音も、湧き上がる動揺を押し殺せずにいた。
――自然に倒壊するなどという事は、在り得ぬ話である。
”獣爾宮”を構成するのは、“獣王”の肉身と神幻金属。
そのどちらも、“獣王”の精神・御心と密接に連動しているものである。
――であるならば、この事象も“獣王”の御心の反映であると考えて、間違いはなかった。
「あるいは……」
己の足元に転がる、砕けた玉座の一片。
黄金の竜を模ったレリーフを凝視し、閻王は金の鎧装に覆われた拳を、静かに握り締める――。
「お、おい、閻王、こいつは……」
“獣爾宮”の部外者なれど、ただならぬ気配を察知した白髏に、閻王は頷き、認め難い、己が推測を言葉とする。
「……現れたのかもしれん。“獣王”が玉座を捨て、雌雄を決するべき相手が。……生命の“王”足る“もう一体の何者か”が」
※※※
「なっ……」
――戦慄。
常軌を逸した神秘が、響たちの眼前で花開いていた。
“殺戮者”が大地に突き刺した“根”は、周囲に漂う“黄金氣”を吸い上げ、瞬時に十数メートルの大樹へと成長――。
巨大な3つの幹が、互いに絡まるようにして構成された、その大樹の表皮は、植物でありながらも肉身のように脈動。“全てを見透かし、支配しているかのような”異様な重圧とともに、人類たちの前に立ち塞がっていた。
其れは、新たな破局、“王”の目醒めか――。
「ラ……雷威我ッ!」
【――――――――――――ッ!!】
大樹が放つ、異様な重圧を振り払うように、響は輝電人・雷威我へと号令。
主の命を受けた雷威我は、全霊を持って、大樹へと突撃する。だが、
【――――――!?】
雷威我の輝神金属の輝きを塗り潰すような、黄金の“羽搏き”が、雷威我の突進を弾き返し、その機体を10メートル近く後退させていた。
――刹那、総ての人類が息を飲み、言葉を失っていた。
「三つ首の……ドラゴン?」
華の蕾が開くように、展開した大樹の異様に、麗句の唇が驚愕を呟く。
絡まっていた幹を解いた大樹は、“葉”と呼ぶにはあまりに大仰な翼を広げ、“三つ首竜”と表現出来る形態へと変態を遂げていた。
大量の“黄金氣”を吸収・捕食した巨躯は、眩い黄金を纏い、“畏敬の赤”に支配された戦場の中で、異質な存在感を放っていた。
「……“黄金邪龍樹”。かつて、宇宙より地球に飛来した最悪の“外来種”。別の世界線で、組織が密かに保管していた遺物を“破壊者”が回収し、俺に託した――」
“殺戮者”は禍々しく顕現した、三頭邪龍の背に飛び乗ると、己が鎧装に刻まれた傷痕を指先でなぞりながら、渇いた笑い声を響かせる。
よく見れば、“殺戮者”の全身から伸びる、無数の赤い糸が、三頭邪龍の全身に余すところなく繋がれている。――恐るべき事に、その神々しくも禍々しい巨躯は、“殺戮者”によって、意のままに“操演”されていた。
「……だが、この外来種ですら滅ぼせなかった地球を滅ぼしたんだ。邪悪さで言えば、お前たち人類の方が優るのかもしれんな――」
「邪悪だろうが、何だろうが、そんな植物もどきに、僕等は負けはしないさ」
三頭邪龍の威を借る“殺戮者”の嬲るような言様に、不快感を滲ませたシャピロの声音が応える。
「しかし、竜殺しの聖人の切り札が三つ首竜とはね。君の演技も、だいぶメッキが剥がれてきたかな?」
「聖ゲオルギオスは、捕らえた竜をけしかけて、異教徒に改宗を迫った、ヤンチャな聖人だ。これぐらいの無茶はするさ」
聖ゲオルギオスの“疑似聖人”、“殺戮者”は嘲笑うように言い放ち、その親指を、下方へと鷹揚に突き立てる――。
「お前ら“三輝士”は、この“殺戮者”と“黄金邪龍樹”が釘付けにする。――おとなしく救済の進行を眺めていろ、“人類”」
「……させるかッ!」
“殺戮者”の目論見を打破すべく、麗句とシオンは“三輝士”と前衛を交替するように、突撃を開始していた。
“神黎児”や“円盤死告御使”と異なり、“畏敬の赤”に由来を持たぬ邪龍であれば、麗句たちにも相性上の不利はない。
そして、“畏敬の赤”への特攻特性を有する“神輝《器》”を所持する三輝士を、“神黎児”へとぶつけられれば、朧げではあっても、勝利への道筋は見えてくるはずだ。だが、
「ところが、ギッチョンッ!!」
「……!?」
――そのような算段は、一瞬で灰燼に帰す。
電子音を折り重ねたような、独特の咆哮とともに、“黄金邪龍樹”が三つ首から光線を放射。麗句とシオンの突貫を押し返し、嵐のような、凄絶な破壊の渦をその場に形成していた。
その破壊光線は、惑星の重力・引力に干渉しているかのように、自らの軌道にあるものを吸い上げ、薙ぎ払いながら、自身の威力を誇示。
半ば結界のように、“三輝士”以外の人類を、その場から隔絶していた。
「くっ……雄ォッ!!」
「足掻け、足掻け……! てめえは“餌”だ! “天敵種”……ッ!」
その分断を打破するべく、響が輝醒剣を閃かせるも、三頭邪龍の牙は難なくそれを咥え止め、その畏るべき異能を顕とする――。
其れは、忌まわしき暴食の発露。
3つの頭部が各々に持つ、角の如き突起が、黄金の鎧装に漲る“黄金氣”を、瞬く間に吸収。“煌輝”の力の源泉を、貪り食うように“強奪”していた。
「なっ……!?」
「“倍返し”だ――とくと味わえ」
驚愕に、目を見開いた響を、“黄金氣”をたっぷりと喰らった邪龍の破壊光線が直撃……!
その黄金の鎧装を、ゴム毬のように跳ね飛ばす。
「クソ……ッ! コイツは僕等の“天敵”か……ッ!」
「障害は、最優先で排除する――」
“黄金氣”を捕食されるという最悪の現実と、それを裏付ける、自らの解析結果にシャピロは歯噛み。ブルーは響への追撃を阻むべく、一直線に三頭邪龍へと向かう。
しかし、破壊光線の乱舞は凄絶を極め、それはブルーの接近を阻むと同時に、銀蒼の鎧装を弾き飛ばし、宙に舞い上げる――。
「こいつは“黄金氣”、すなわち惑星に蓄えられた生体エネルギーを捕食して成長する“植物”。宇宙規模の食物連鎖、生態系の頂点に位置する“覇王”だ。地球でコイツが芽吹いた際は、一都市の全生命が“喰われた”そうだぜ――」
「な、なに……!?」
“殺戮者”が告げた、忌むべき“事実”に、響が息を飲んだ瞬間、“黄金邪龍樹”の“根”が蠢き、手脚と呼べる部位を形成。
大仰な双翼を広げた、その様は本格的に“ドラゴン”としての形態を整えつつあった。
「響兄ちゃん! みんな……!」
「アル、だめ……! 危ないよ!」
いまにも響たちを喰らいそうな、三頭邪龍の禍々しき異形に、たまらず駆け出さんとするアルの身体を、ガブリエルの右腕が掴み止める。
「ガ、ガブ……!?」
片腕での無茶で、バランスを崩しかけた彼女の体を、細い腕で咄嗟に支え、アルは彼女の呼吸の乱れ――激しい消耗を察知する。
……まるで、彼女の体力、生命力そのものが何処かに流れ出しているかのような異常な消耗。
まさか、あの“黄金氣”を、生命を喰らう三頭邪龍の影響が、彼女にも――?
思い至った、その推測に、アルの表情は蒼白となるが、ガブリエルは首を横に振り、毅然と彼に後退を促す。
「私は、大丈夫。それより危ないのはアルのほう。アレは奇跡を介さない、純粋な“生命喰い”。これ以上近付けば、“畏敬の赤”の加護も突き抜けて、アルの生命を吸える可能性があるの。だから、ダメ――」
「ガブ……」
必死に息を継ぎながら、言葉を紡ぐガブリエルにアルは唇を噛み、駆け出そうとする脚を、その場に留める。
いま、自分が無茶をすれば、消耗しているガブリエルに、より無理をさせてしまう。――それはガブリエルを護る事を自分に託してくれた、兄の意志にも反する事だ。
だけど、だけど、
溢れる想いが、少年にその腕を突き出させる。
「放ってなんか、放ってなんかおけないじゃないか……ッ!」
「な、なに……っ!?」
“殺戮者”の、“処刑者”の喉が驚愕を鳴らし、衝撃が、屹立する“黄金邪龍樹”の巨体を、強かに揺らす……!
其れは、紅き“輝神金属”の拳。
アルの“願い”と共に、“畏敬の赤”の加護を受けた、輝電人・雷威我が、破壊光線の渦を突破! 三つ首竜の顎を確かに殴り付けていた。
「お願い……ッ! 兄ちゃんを、みんなを助けて……ッ!」
【――――――――――――ッ!!】
アルの願いに頷くと、雷威我は機械音の咆哮を上げ、躍動。“輝神金属”の眩い輝きとともに、強烈な蹴撃を三頭邪龍の胸部へと叩きつけていた。そして、
「ア、ル……」
“希望”は、挫けず立ち上がる。
弟の真っ直ぐな心根は、いつも自分に“希望”を、立ち上がる“勇気”を与えてくれる――。
応えぬ響ではない。響が纏う“輝き”は飾りではない。
響は己が成すべき事を即断し、大地を蹴る。
「うおおおおおおおお……ッ!」
「ヌ……?」
輝醒剣に再び大剣状の鞘を纏わせ、重輝醒剣とした響は、爆発的に“畏敬の赤”を捕食。
壮絶な量の“黄金氣”を精製しながら、“黄金邪龍樹”へと、その鎧装を疾駆させていた。
雷威我とともに、重輝醒剣が叩き付けた一撃は、三頭邪龍を確かに蹌踉めかせたが、精製された“黄金氣”は瞬く間に、邪龍へと吸収され、掻き消える――。
だが、響は“黄金氣”の精製を止めず、“黄金邪龍樹”を増強させるだけの結果になったとしても、邪龍の前に立ち続けた。
皆の、“総ての生命を護る為に”。
「ハァ、ハァ……」
「ハッ……気付いたか。そうだ! お前が“黄金氣”を精製するのを止めれば、この“黄金邪龍樹”は、此処に居る全ての生命を喰らい尽くす……!」
「な、なに……ッ!?」
“殺戮者”が剃刀のような、鋭利な声音で告げた事実に、麗句たちの喉から戦慄が零れ落ちる。
それが事実なら、響はこの場に釘付けとされる事になる。
――この忌むべき黄金樹を“伐採”するまで。
「クッ……オオオオッ!!」
響の不屈が、吸われ続ける“黄金氣”を精製し、唸りを上げる重輝醒剣が“黄金邪龍樹”を一撃。
だが、分の悪い“消耗戦”を象徴するように、“黄金氣”の多くを強奪された鎧装は、ところどころに黒色の地金を露出――。黒と金の斑模様となってしまっていた。
相棒たる雷威我の機体にも、三つ首の一つが絡み付き、万力のように絞め上げている――。更に、残る二つの首は、破壊光線で月輝と白輝を阻み、三頭邪龍はいまや、三輝士を完全に圧倒・制圧していた。しかし、
(……“器”は違えど、在り方は同じか。“護る者”よ……)
「……!」
――刹那。響の足元の大地が砕け、その下から黒い大地が、漆黒の装甲板が迫り上がり、屹立!
突如、戦線に出現した、その黒鉄の“獣”は、響を背に乗せたまま、自らの顎を開き、蒼き死の熱線を、対峙する“黄金邪龍樹”へと放射する……!
其の黒鉄の獣の名は――、
「“獣王”……“神爾羅”」
【―――――――――――――ッ!!!!!!】
“破壊者”――フェイスレスの歯噛みするような呟きに応えるように、新たな形態に鎧醒した“生物としての神”は、凄絶な咆哮を、暗夜に轟かせる。
予期せぬ救援に、響の思考が一時停止する中、飛翔せんとした“黄金邪龍樹”の巨躯を、黒鉄の巨尾が、轟然と叩き落していた。
「……何を呆けている、“護る者”よ」
「……!」
太い弦を革手袋で擦ったかのような唸り声とともに、告げられた言葉が、響の鼓膜を、思考を揺らす――。
「貴様はまだ、我の背に“乗っている”だけに過ぎん。邪龍を斃したくば――」
「なっ……?」
黒鉄から射出された鎖が、響の腕に“手綱”のように絡み付き、分厚い装甲板の狭間から覗く“神”の眼が、射抜くように響を見据える――。
……恐るべき事に、響の身体は、半ば強制的に、“生物としての神”に騎乗した状態となっていた。
「“神”を乗りこなしてみせよ……“人類”」
「…………承知した」
対峙する“疑似聖人”や“黄金邪龍樹”を遥かに凌ぐような重圧を噛み締めながら、響は“手綱”を強く握り返す。
伸るか反るか。
賭けにも似た覚悟とともに、響は咆哮する黒鉄の獣に身を預け、屹立する“黄金樹”へと突撃を開始する。
……暗黒に輝く太陽を襲った、彼方よりの落日。
“生物としての神”は、それを打破する鍵か、枷か。
NEXT⇒第32話 神を駆る者―“GOD·RIDER”―