第29話 畏れを知らぬ獣―“UNBROKEN”―
#29
【…………】
大樹の如き巨脚が、ぶ厚い岩盤を踏み砕く。
“生物としての神”――“獣王”は、漆黒の巨尾を揺らしながら、人類と“御使”の戦闘、その行方を、静かに注視していた。
“獣王”にまとわりつかんとする“御使”は、“王”の背鰭より放射された青い光に灼かれ、消失。
“王”の観察を妨げる事すら叶わず、神の御使たちは無価値な塵となり、朽ち果てていた。
そして――、
「ふっ……“人類が招いた人類の災厄”には、不干渉か? “生物としての神”よ――」
【…………】
“王”の聴覚を撫でるは、不遜なる声。
この災禍、救済の首謀者である“破壊者”――信仰なき男は、不遜にも“獣王”の背後にその身を浮かばせ、見下ろすように言葉を投げていた。
――“物質としての神”の申し子と、“生物としての神”の対峙である。
響たちが抗う、最前線からは遠く離れた戦場の隅でありながらも、その空気は最前線以上に軋み、砕け散りそうなほどに張り詰めていた。
「“もう一人の私”は、“救いを求めぬ”貴方に強く思い入れていたようだが、私は違う――。貴方が人類の選択に介入するのなら、全力を持って“根絶”する」
悲願であった“救済”が、発動済みであるが故の余裕か、フェイスレスは“獣王”のみを視界に捉え、悠然と、厳かに言葉を紡ぐ。
それに対する“獣王”の返答は、太い弦を革手袋で擦ったかのような、低い“咆哮”である。
【……相変わらず、囀るものだな、“壊す者”よ……】
その“咆哮”の中、徐々に形作られた人語が大気を伝い、“破壊者”の聴覚に刻み込まれる。
振り返り、己を射抜く白濁とした視線に、“破壊者”の皮膚が粟立ち、高純度の“畏敬の赤”の粒子を止めどなく溢れさせる――。
【……遥か遠く、過ぎ去った時代の中、我と“小さき者”どもは戦った。我は彼奴らの“根絶”を、彼奴らは我からの“生存”を望んでな……。そして、あれほど愚かで、あれほど脆弱でありながら、あれらは我を一度は“斃して”みせた】
噛み締められた歯牙の隙間から、強い情動に満ちた息が零れ、僅かに細められた、“王”の白濁とした瞳に、かつて、海底で相見えた老人、その魂の輪郭がうっすらと蘇る――。
【貴様が我を斃せたのも、所詮、その猿真似に過ぎん――】
自らを斃した者への敬意とともに断じ、“獣王”は、不遜なる“救世主”へと、その咆哮を刻み付ける――。
【“人類を無礼るな”、小さき者――】
「……………」
“獣王”の咆哮に、黒革に秘匿された、顔のない男の表情に、修羅が宿る。
その胸を騒がせるのは、この“生物としての神”が、最凶にして最大の障害となり得る、予感と確信。
そして、その予感と“獣王”の言葉を裏付けるように、人類の反抗も、次なる段階へと移行していた。
「指令……! “ヨルムンガルズ”……ッ!」
世界の中心である“煌都”にて、“蛇鬼”の“音声指示”に従い、巻き上がる粉塵の中から一機のバイクが出現。
“御使”たちを撥ね飛ばしながら主を追うそれは、倒壊したビルの壁面をジャンプ台のようにして、次々と飛び移りながら、疾走。
罅割れた虚空へと羽撃く“蛇鬼”と並走するように、その身を踊らせていた。
ヘッド部分で眩くギラつくのは、ライトではなく“眼”。その紫色のボディは血の流れる生きた肉であり、確かな鼓動がその体内で脈打っている。
紫の毒蛇を想起させる、その形状が示す通りに、“彼”は凶暴かつ獰猛な軌道を描きながら、地を埋め尽くす“御使”たちを踏破していた。
“彼”と“蛇鬼”が目指すのは、人類を“結晶化”させる災禍の元凶――“円盤死告御使”の懐。
それを阻むべく、円盤群は“御使”たちの進化の促進と、さらなる“種子”の射出を開始。
背の甲殻を破り、這い出した荊棘を翼状に織り上げた“御使”たちは次々と飛翔し、空中で開花した“種子”は、荊棘の羽蟲となって“蛇鬼”へと殺到する……!
「やはり……大元を絶たねば、焼け石に水か」
紫の鎧装の各部に設えられた棘状の意匠――“紫獣棘”が放つ高熱で、まとわりつく羽蟲を焼き払いながら、“蛇鬼”は、地上へと下降。
より強力な“突破力”を求め、紫の鎧装を、爆走するヨルムンガルズの背へと跨がらせる。
【鎧醒】【鎧醒】【鎧醒】
ヨルムンガルズのグリップを握り、紫の閃光となり駆け抜ける“蛇鬼”。
その前に、“神幻金属”を召喚し、“鉄巨人”と化した“御使”たちが立ち塞がる。
更に、地面を覆う、夥しい荊棘が、ヨルムンガルズの車輪に絡み付き、その進撃を著しく減速させつつあった。
だが、
「活路を拓けッ! “弐号機”……!」
【……!?】
瓦礫を押し退け、出現した銀の腕が、荊棘を引き千切り、進路を確保。
銀の腕は更に、掴んだ石柱の如き、巨大な瓦礫を、“御使”へと投擲……! “本体”へと自らを折り畳み、犀を想起させる大型バイクへと変形していた。
――そうだ。“ヨルムンガルズ”とは、一機の騎獣の呼び名ではない。
現在、“蛇鬼”が跨がる“壱号機”を始めとする“三騎からなる群獣”、その総称なのだ。
“蛇鬼”たちの前方に飛び出した、“弐号機”は、“御使”と荊棘を蹴散らしながら爆走……!
立ち塞がる“鉄巨人”の腹部を、禍々しく旋回する大角で撃ち貫いていた。
「“弐号機”、臨戦形態……!」
【――___--___――ッ!!!!!】
“蛇鬼”の“音声指示”を受けた“弐号機”は、その巨体を立ち上がらせるように車体を持ち上げ、変態を開始。
犀と蛇を混ぜ合わせたかのような、凶暴な頭部を持つ、二足歩行の騎獣となって、己を飛び越え、疾走する“蛇鬼”の背後を護っていた。
そして――、
「後の事は考えなくていい……ッ! お前の全力を見せろ! “雷威我”!」
【――――__--__――――ッ!!!!!】
響の檄に応えるように、“輝乗形態”に変形を遂げた“雷威我”は、最大加速で、“赤”の戦場を疾駆する。
だが、“擬似聖人”達の“概念干渉”による妨害であろうか。
“雷威我”の最大加速を持ってしても、“円盤死告御使”との物理的距離は、容易には縮まらず、車輪は荊棘に覆われつつある大地を、削り続けていた。
――しかし、それを黙して享受する人類ではない。
「ふっ……!」
麗句が“奇蹟を殺す右掌”から放った光が、“概念干渉”を荊棘ごと消し飛ばし、響が疾走する大地を正常化。
その援護射撃により、“円盤死告御使”の巨躯は、響と雷威我の目前にまで近付いていた。
それは、絶好の反撃の好機――、
「ではあるがなぁっ!!」
「……!」
刹那。頭上から踊りかかった巨槍を、反射的に動いた“輝醒剣”が受け止める……!
巨槍の主である“擬似聖人”・“殺戮者”は、響の腕を“輝醒剣”ごと折る勢いで圧力を強め、仮面の口顎から獰猛な息遣いを響かせていた。
「くっ……おぉッ!!」
響は怯まず、“黄金氣”で増強した筋力で、巨槍を跳ね上げるも、“殺戮者”の圧力は凄まじく、膝頭の突起を“雷威我”の機体に突き入れた彼は、その鋭利な五指を叩き付けるように、“雷威我”の突進を受け止める……!
「はぁ……っ! 手緩いぞ、“天敵種”……っ!」
自らへと響が閃かせた“輝醒剣”をも、巨槍で悠然と受け止めた“殺戮者”は、雷威我の頭を押さえ付けていた五指を固め、煌輝の仮面を執拗に殴り付ける……!
仮面を構成し、防護する“黄金氣”が、剥がれ落ちるように飛び散り、その一部が罅割れる――。
「ふん……! どこまで仏頂面をキメられるかな? “人柱”!」
「…………」
――だが、進撃する、響の意志も頑強にして鋭利。
いかに仮面が砕け、その破片が皮膚を裂こうとも。
血に濡れた額と、赤い瞳が露出しようとも。
響の意志に、後退・停滞は、存在しない。
「おおオッ!」
「ㇴ……!?」
響の精神に応えるように、輝きを増した“輝醒剣”の刀身が、巨槍へと食い込み、“殺戮者”の腕を押し返えさんと唸りを上げる……!
己の腕を痺れさせる、確かな圧力に、“殺戮者”は巨槍の柄に設えられた引鉄を弾く。
「我雷となり神を呪い竜を殺す“……ッ!」
「退けぇえ――ッ!」
巨槍から弾けるように轟く、雷鳴と電撃……!
その衝撃を真っ向から受け止めながらも、響が振り抜いた“輝醒剣”が、巨槍を両断。
その特効で、残骸を塩の塊へと変え、木っ端と砕いていた。
「なっ……」
事前に解析した性能を、遥かに凌駕する響の一撃に、“殺戮者”が息を飲んだ刹那、速度を増した“雷威我”が、“殺戮者”の身体を撥ね飛ばし、“円盤死告御使”への爆走を再開していた。
そして――同時刻、“煌都”。
同じく、““円盤死告御使”へと爆走する“蛇鬼”の背後を、鉄巨人たちが放ったミサイルの群れが追走……!
しかし、その射線上に、威風堂々と屹立するは、“蛇鬼”の背後を護る“弐号機”の巨躯である。
蛇と犀が融合したような、雄々しき“騎獣”は、凶暴な咆哮とともに、容赦なき迎撃を開始する……!
【――___--___――ッ!!!!!】
黒々とした憎悪と暴虐が渦となって瓦礫を巻き上げ、破砕する。
“弐号機”の展開した肩部から放出された、漆黒のエネルギー体が螺旋を描くように渦を巻き、一種のブラックホールとなってミサイル群を飲み込んでいた。
そして、
「我が道を示せ、“参号機”」
“弐号機”が放ったエネルギー体を“餌”として、更なる加速を見せる“壱号機”の上空に、もう一機の“騎獣”が毒々しい翼を羽撃かせ、出現する――。
“翼ある蛇”と形容する他ない、毒々しい漆黒の双翼を持つ“騎獣”――“参号機”は、空を埋め尽くす“御使”たちを蹴散らしながら飛翔。
“円盤死告御使”へと至る道を、罅割れた虚空に刻み込んでいた。
「ゆくぞ、同胞……っ!」
遥か遠くの戦場を疾走する同胞と息を合わせるように告げ、“蛇鬼”は、“壱号機”から跳躍。
“騎獣”たちを縛る、最後の楔を解き放つ。
「顕現せよ、“融合螺旋獣”……ッ!」
“蛇鬼”の“音声指示”を受信した、“弐号機”の巨躯が前転するようにして変形。
巨大な鉄柱のような腕部が脚部へ、凶暴な爪で大地を踏み砕いていた脚部が腕部へと入れ替わる。
更にその背部へと、“壱号機”・“参号機”が連結し、“変態”を開始。
胸部と思しき箇所の皮膚が蠢き、喰い破るようにして出現した、巨大な顎が、禍々しい咆哮を木霊させる――。
「“融合螺旋獣”・レヴィアタン、その暴威で、“神”を飲み込め……っ!」
産まれし暴獣は、畏れを知らぬ獣。
地上にも天空にも、これと似た存在はない。
“壱号機”の車体を基礎とした、巨大な尾が大地へと突き立てられ、脚部から展開された鉤爪が、“融合螺旋獣”の巨体を固定する。
【――___--___――ッ!!!!!】
牙と顎そのものと言える頭部から放たれる咆哮と共に、放射された漆黒のエネルギー体が渦を巻き、ブラックホールの如き螺旋を形作る――。そして、
「雷威我、俺に翼を……! 奴に届く“力”を……!」
「――-―――-――ッ!!!」
“円盤死告御使”の真下に辿り着いた響は、額の“翡翠核”が受信したイメージを具現化すべく、号令。
その“音声指示”を受けた“雷威我”は、己が“輝神金属”の一部を変形させながら射出……!
其れは、紅と白銀に彩られた、眩き双翼となって、“煌輝”の背部へと装着される。同時に、
「khoooooo……っ!」
“蛇鬼”の異形が、“煌都”にて背部鎧装を展開……!
その動きと同調し、“融合螺旋獣”が産み落とし、練り上げた“ブラックホール”が、蹴撃の姿勢をとった“蛇鬼”へといま、解き放たれる――!
「“蛇咬毒吼螺旋撃”……!」
「“煌牙天翔”……!」
“蛇鬼”の背部へと注ぎ込まれた、漆黒のエネルギー体が、彼を猛毒を纏いし流星へと変え、眩き“黄金氣”と共に飛翔する、“煌輝”の“輝醒剣”が“円盤死告御使”の巨体を一直線に斬り裂く……!
【受ケ、容レ――】
罅割れた虚空に轟く、断末魔の如き爆音。
“蛇鬼”の蹴撃と、“煌輝”の斬撃で、巨体を十字に砕かれた、“円盤死告御使”は、“畏敬の赤”の焔とともに爆散……!
その禍々しい破片を、次々と大地に墜落させていた。
「や、やった……」
「ひとつ……ひとつ円盤が落ちたぞ……!」
響とカシウスによって成された、その番狂わせに、世界中の人々の喉から驚きの、喜びの声が漏れ零れていた。
それは、降り注ぐ超常と災禍に、憔悴した人類の瞳に、心に刻まれる、最初の“戦果”でもあった。
そして、
「クククッ……フハハハ……ッ!」
“雷威我”に撥ね飛ばされ、“戦犯”を演じる事となった“殺戮者”は、爆散する“円盤死告御使”を、伸ばした五指の隙間から見つめ、其れを固く握り締める――。
「こうなりゃ戦争だ……戦争だぜ、“人柱実験体”――」
人類の“戦果”に呼応するように、荊棘で覆われた、巨大な繭が胎動を始める――。
“救済”はまだ終わらない。
その全貌を見せてすらいない。
立ち向かうは、人類の“不屈”。
潰えぬ希望は、まだ眩く輝いていた。
NEXT⇒第30話 勇者が行く―“to me to you”―