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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
146/172

第25話 罅割れた、赤い空の下で―“Apocalypsis”―

#25


 ――“煌都こうと”。


 それは、この世界を統べる統治機関である、“星のきらめきを灯す豊穣ほうじょうの都”。


 その名が示す通りの絢爛なる都市であるが、“裏返せば、敗者から吸い上げた財と生命いのちに飾り立てられた、虚飾の都”と評する者も多い、一種の魔都バビロンである。


 その、森林のようにひしめき、天まで届くようにそびえ立つ高層ビル群にいま、耳を塞ぎたくなるような、不穏な警報(サイレン)が鳴り響いていた。


 一時間程前から生じている、“遺跡技術レリクス・テクノロジー”を用いた機器の不調。


 それは、“煌都”という巨大な歯車システムを軋ませ、様々な不具合を数多の施設、都市機能にもたらしていた。


 その不具合を発端とする、車両の事故や軽暇な火災など、問題トラブルは時間経過とともに増加しつつあった。そして――、

 

「リオン隊長! いくら何でも無茶です! この“遺跡技術レリクス・テクノロジー”の不調の中、一時間以内に稼働出来る“星翔艇メガ・フリート”なんてありませんよ!」

「……無理な要請だとは理解しているが、手をこまねいて、“煌都ここ”が失われるような事になれば、それこそ取り返しがつかないだろう――?」


 “煌都”の中枢である“絆の塔タワー・オブ・ネクサス”――その地下5階に位置する“都市防衛対策室オペレーションルーム”に、喧々諤々けんけんがくがくの議論が響く。


 “遺跡技術レリクス・テクノロジー”の不調だけではない。


 2時間程前に赤く変色した空と、世界中に響いた“少女の声”。


 ただならぬ事態に、世界の統治機関である“煌都”も、真偽不明の情報が右往左往する、大騒ぎとなっていた。


 そして、その赤く染まった空を自らの肉眼で確認した、“対醒獣/遺跡技術 特務機甲隊”『PEACE(ピース) MAKERメーカー』隊長、リオン・マクスウェルは、すぐ様その脚をこの、都市防衛対策室オペレーションルームへと向け、“対策”を開始していた。


 煌都十六戦団のリーダークラスが、続々と“絆の塔タワー・オブ・ネクサス”に集結する中、1人先んじた彼は、“煌都”のR.T.W【遺跡技術装備レリクス・テクノロジー・ウェポン】の統括責任者、ボブ・マルゲリータへと矢継ぎ早に要請を発し、同僚の眼鏡の下の目を見事に回させていた。


 本来なら、複雑な手続きを重ねる重大事を、一息で進めんとするリオンの強硬なまでの態度は、一歩間違えれば、重大な越権行為、“煌都”への背信行為とも捉えられかねない危うさを有していた。


「そ、そもそも“星翔艇メガ・フリート”の正式な実装・運用はまだ未承認ですし、この状況の対処としては大仰過ぎます! まさか、あの空から宇宙怪獣でも来るって言うんですか!?」

「……そのような分かり易いものならまだ“良い”というのが、私の所感だ。杞憂であればそれでいい。――一機だけでも“炉”に火を入れたいんだ」


 ボブがいかに説得を試みようと、リオンの意志は頑なだった。


 近頃は、“煌都”初となる“強化兵士カスタム・ヒューマン”部隊の設立の為、働き詰めだったはずだが、その両目には、疲労を上書きする強い意志と、防人さきもりとしての使命感がたぎっていた。


 常に柔和な物腰で、冷静・適確に作戦を組み立てるリオンが頑として譲らぬ無理難題に、ボブは額の汗を拭い、ふくよかな体を大きな椅子チェアに預ける。


「……リオン隊長がそこまで仰るなら、無視は出来ませんが……。根拠は……何です?」


 “勘”だよ。


 リオンの口舌が奏でた、単純シンプル極まる解答こたえに、ボブの巨体が椅子からずり落ちかけたが、リオンが懐から取り出した、翡翠エメラルドの光を放つ一枚のカードが、その瞳を大きく見開かせる――。


「――ただし、“適正者”としてのね」

「な……あ……」


 リオンが取り出した、そのカード――“醒石せいせき”を組み込んだ“煌黎札フォース・カード”は、中心部に設置された“醒石”のエネルギー、その脈動に連動し、黒を基調としたカードを眩く発光させていた。


 ――通常の反応ではない。まるで何かを訴えかけるように、“醒石”は発光による信号を送り続けていた。


「隊長……!」


 そして、“勘”に突き動かされた“適性者”がもう一人、オペレーションルームに駆け付ける。


 勤務時間を終え、待機していた隊員寮から無我夢中で駆けてきたのだろう。


 額に滲んだ汗も爽やかな、まだあどけなさの残る顔をした青年は、彼のパーソナルカラーである赤に彩られた制服の襟を止め、袖を整えながら、リオンの前に自身の“煌黎札フォース・カード”を示す。


「た、隊長、これ……!」


 息を切らす青年――『PEACE(ピース) MAKERメーカー』の若き隊員ブライト・ホープ、レイ・アルフォンスの“煌黎札(フォース・カード)”も、リオンのものと同様に発光。黒を基調としたカードに真紅レッドの光を灯していた。


 “醒石”の反応は、時間経過とともに加速し、いまや素手では掴んでいられぬ程の熱量を帯び始めていた。


「――ああ、私の相棒(グリフォン)も同じ反応を示している。恐らく、ガイやカイルの“煌黎札フォース・カード”も同じ状態だろう」


 一時間程前から続く“遺跡技術レリクス・テクノロジー”の不調と、遺跡より発掘された“醒石”のこの反応――無関係なはずはなかった。


 その、いままでにない現象に、ボブは度の強い眼鏡をかけ直し、ゴクリと息を呑む。


「……“醒石せいせき”、すなわち“星石せいせき”はこの惑星ほし固有の、根幹に関わる存在です。それが、これ程の反応を示すという事は――」


 ……“何か”が始まろうとしている。それも、この惑星ほしの根幹に関わる“何か”が。


 言いしれぬ予感に、ブルっと体を震わせたボブに頷き、リオンは静かに口を開く。


「ああ……そう読み取れる。だからこそ――」

 

 ――とれる手段は全て講じておきたい。


 リオンの言葉に、ボブはもはや頷くしかなかった。


 ボブが“星翔艇メガ・フリート”の起動準備に移行したのを確認し、感謝を告げると、リオンは懐から取り出した一枚の写真を見つめる――。


(――それに“あの声”。遠い記憶を呼び起こす、懐かしい響きがあった)


 “声”が呼び起こしたのは、辺境での任務で出会った、ある少女の記憶。“天使エクスシア”を託した、あの青い瞳の少女の記憶。


 そして、リオンが手にした写真の中、“強化兵士カスタム・ヒューマン”部隊の候補者の隣で微笑む少女は、その少女とよく似ていた。


 更に言えば、“声”が紡いでいた名は、その候補者の――“キョウ=ムラサメ”の名ではなかったか。


 偶然と片付けるには、あまりに出来過ぎた一致――。


 リオンは煌都防衛に専念すべき思考を、僅かに懐かしい、少女の記憶へと通わせる。


(君は、関わっているのか……? この、未曾有の事態に――)


 煌都上層部による“緊急事態”の発令が決定したのも、丁度、その瞬間だった。


 慌ただしく事態は動き、市街地では、煌都十六戦団の誘導によって、煌都市民の避難が開始されていた。


 不穏なサイレンの音色に、機械的な避難指示アナウンスが絡み付き、市民の不安を増幅させるような、淀んだ空気を徐々に形成してゆく――。


ガイ副隊長殿、お疲れ様です!」

「オゥ、お疲れサン――」


 そして、街路を川のように流れる群衆とは逆方向に歩を進める、一人の男へと煌都十六戦団の団員達は、各々に敬礼の姿勢をとり、男への敬意を示す。


 自身のパーソナルカラーである“銀”に染められた制服の襟をはだけさせ、条例違反である咥え煙草をした、その男。


 一見して“公務員”の類でない事は明白であったが、度し難い事に、この男はれっきとした“公務員”であり、“対醒獣/遺跡技術 特務機甲隊”の副隊長ですらあった。


 その右目は、眼帯に覆われた、喪った左目をカバーするように、狼のような鋭さに満ち、射抜くような視線で、赤い虚空そらを注視していた。


 その視線が放つ空気の剣呑さは、男とすれ違った子連れの母親が、無意識に子供を抱き寄せるほどだった。しかし、


「あー!」


 その、近寄り難い空気を纏う男の腕章を目にした少年の瞳がパァっときらめく。


 少年はすぐ様、母親の手を振り解き、男の元に駆け寄ると、その爛々とした瞳を、飢えた狼のような男の表情カヲへと向ける――。


「ん……」

「おじさん! 『PEACE(ピース) MAKERメーカー』の、『PEACEピース MAKERメーカー』の人だよね!」


 少年の溌剌とした声に、虚空を睨んでいた男の視線が下降する。


 銀の大盾を四枚の翼が包み込む、“対醒獣/遺跡技術 特務機甲隊”『PEACE(ピース) MAKERメーカー』の紋章エンブレム


 男の腕章に刻まれたそれは、煌都に生きる子供達の憧れの的であり、数ヶ月前の大規模テロから煌都を救った英雄の証でもある。


 足を止め、その憧れと向き合った隻眼の“英雄”に、母親は悲鳴を上げそうになった口元を押さえる。


「今度もこーと護ってくれるよね? こーとなくならないよね?」

「…………」


 尋ねる少年の声音に、どこか“不安”の残響があった。


 ――無理もない。煌都十六戦団の屈強な面々も、この、何もかもが不明な状況には、言い知れぬ不安を覚えている。


 それを察してか、一歩前に踏み出した男は、革のグローブに包まれた五指を、少年へと伸ばす――。


「あ……」

「心配すんな、坊主」


 少年の頭に乗せられた掌は、慣れない手付きで少年の髪をわしゃわしゃと撫で、張り詰めた表情カヲをしていた隻眼の英雄は、その口元に僅かな緩みを作る。


「……難儀な事だが、厄介事が厄介なほど、俺達は強い。お前はしっかり、母ちゃんを護ってやれ。いいな?」

「うん……!」


 “ほら、いけ”


 少年が自主的に母親のところに戻れるよう促した男は、少年の背を軽く叩き、その褐色の肌に不器用な笑みを浮かべていた。


 英雄から母親を託された少年は、母親のもとに駆け戻り、笑顔で手を振る。男の気遣いに一礼した母親とともに少年が避難するのを見届けると、男は緩んだ口元から条例違反の紫煙を吐いていた。


「……あと、“おにーさん”な、一応」


 後半であるとはいえ、二十代真っ盛りである男――“対醒獣/遺跡技術 特務機甲隊”『PEACE(ピース) MAKERメーカー』副隊長、ガイ=シンジョウは呟き、右耳に装着した通信機に指を当てる。


「カイル、どうだ? 高高度そっちからの眺めは」

【ええ、ガイさんの歩き煙草もちゃんと見えてますよ――いい加減にしてください】

「うぅるせぇ! 学級委員かオメーは!」

【うわぁ……副隊長が不良生徒みたいな事言ってる……】


 凱の通信相手――心底、呆れた声を通信機に響かせた青年の体は、いま、遥か高高度の空にあった。


 煌都の上空を飛ぶ、戦闘機のような機影。


 それこそが『PEACE(ピース) MAKERメーカー』のもう一人の若き隊員ブライト・ホープ。カイル・アルタイスが纏う“特機鎧装ヴァリアント・アーマー”が、V.F.U(可変式飛行鎧装ヴァリアブル・フライト・ユニット)によって変形した形態であった。


 『鎧醒アームド』に使用する“鎧醒機アームド・デバイス”の不調により、戦闘力を度外視・ほぼ排除した、哨戒任務に特化した状態ではあるが、その任務の遂行自体は、滞りなく順調に進んでいると言えた。


【市街地で起きていた問題(トラブル)は、この数十分でほぼ対処完了。避難も迅速に進んでいるようです。――“煌都十六戦団”、流石ですね】

「……ちゅー事は、いまのところ、地上で俺等の出番はなさそうか。肝心の“空”はどうだ?」

【……不穏ですね。観測(モニター)する映像がすべて出鱈目に歪んでる。これは“現実”の多層化? それとも――】


 自らの“特機鎧装ヴァリアント・アーマー”である“嵐駆ける翼ストーム・ウィング”の機眼カメラアイを通じて、赤く染まった空を解析するカイルの声音こえには、抑え切れぬ緊張感が漂っていた。


 いま、カイルの身体を震わせるのは、理屈でなく、感覚――魂から直接湧き上がるような“畏れ”。


 煌都の空を染め尽くす、神々しくも、毒々しい“赤”に、カイルは息を飲み、“特機鎧装ヴァリアント・アーマー”の源であり、相棒バディである“醒石”、その反応こえに、耳を澄ます――。


「怖いかい? ストーム・ウイング。僕も、脚の震えが止まらないよ――」


 “特機鎧装ヴァリアント・アーマー”を『鎧醒アームド』し、文字通り“一体”となった事により、“醒石”達の反応が、“恐怖”である事をより明確に理解したカイルは、この超常が、未曾有の危機(もの)であると、改めて認識する。


 戦闘機形態ファイター・モードの蒼き“特機鎧装ヴァリアント・アーマー”は、赤い空の中を鮮やかな軌跡とともに飛翔し、データを収集。そして、


「……!」

【どうした、カイル? 異常か!?】


 軌道の乱れを感知した凱の声が、通信機から響く。


 “特機鎧装ヴァリアント・アーマー”が収集・解析した、この空の“実態”が、平静を保たんとするカイルの精神を容赦なく揺さぶり、その蒼翼つばさ制御コントロールを乱していた。


「凱さん、この……この“赤”は、“空じゃない”――」


 恐慌に陥りそうな精神を繋ぎ止め、カイルは解析した情報を、副隊長へと矢継ぎ早に告げる。


「僕たちの現実セカイは、高高度(ここ)で途切れてる。ここから先はデータ上は虚無ブランクだ。この“赤”が、僕たちの現実に、別の現実を上書きしているんです……! “煌都”だけじゃない。この惑星ほし全体を別世界に接続してる……! まるで……」


 “何かが出現する為の門”。


 カイルがそう認識した瞬間、現実ではない空が、“赤”が罅割れる――。


「カイル……! ヤバそうなら離脱しろ……! 自分の生命いのちを最優先に――」

【これは――凱さん! 逃げて……!】


 その瞬間――世界の終焉おわりが始まった。


※※※


「な……あ……」


 罅割れた虚空そらが砕け、無数の現実の破片が、硝子のように降り注ぐ――。


 人類はその情景を、こうべを上げ、ただ仰ぎ見る事しか出来なかった。


 割れた虚空そらの狭間から降臨した円盤群は、瞬く間に空を埋め尽くし、壊れた喇叭ラッパのような忌まわしい駆動音とともに飛行。眩い光と“赤”を、回転する巨体から撒き散らしていた。


 “円盤死告御使(リボルヴ・アンゲーラス)”。


 “擬似聖人アルタネイティブ・クライスト”達が完遂した儀式によって降臨した、禍々しくも神々しい、“赤”の円盤群は、キョウ達の頭上で、巨体に満ちる絶大なる神威ちからを誇示。


 荘厳ですらある重圧プレッシャーで、その精神を押し潰していた。


「……いやぁ、事前に観測していても、実物はやはり肝が冷えるね――」

 

 鮮やかな光輪を描きながら回転する円盤群に、シャピロは呟き、響を始めとする面々も、その圧倒的な質量と重圧に飲み込まれる己自身を認識していた。そして、


「……! あれは……!?」


 更に突き付けられる超常。


 罅割ひびわれ、裂けた虚空そら――異常量の“畏敬の赤アームド・ブラッド”に砕かれ、虚無ブランクとなった空間に、離れた場所の情景が、現実セカイが次々と映し出されていた。


 難民が寄り添い、集うキャンプに、絢爛なる都市に、広大な緑の中の渓谷に、凍り付くような雪原地帯に、等しく“円盤死告御使(リボルヴ・アンゲーラス)”は存在し、壊れた喇叭ラッパのような駆動音を響かせていた。


 それが意味する事実は――、


「まさか……コイツら、ここだけじゃなく、世界中に“同時に存在する”のか!?」


 その響の推測は、この脅威の“芯”を捉えていた。


 単純な大群ではない。この円盤群は、全世界に“実在する蜃気楼”の様に存在し、惑星中の空を埋め尽くしている。


 つまり――この脅威は、全人類の真上に存在する事になる。


【……“受ケれよ”……】

「な、なに……?」


 圧倒される響達の脳内に、未知の言語が、その“意味”だけが、執拗に鳴り響く。


 “受け容れよ――。ただ我等に祈り、救いを受け容れよ”。


 静かに、厳かに、畏敬の念を喚起させる、その詠唱に、全人類の意識が怯んだ瞬間――円盤群の外装が展開し、“眼”の如き部位を露わとする。


「……!? みんなけ――」


 その“視線”に、響が反射的に叫んだ刹那、“赤”の衝撃波が、響達の身体を、鎧装ごと弾き飛ばし、その『鎧醒アームド』・『獣醒ベムド』を根こそぎ解除させていた。


 これまでの戦闘では味わった事のない、“圧倒的な”衝撃だった。もし、人類が神の御使いを仰ぎ見たとするならば、その御手に裁かれたとするならば、“このような”衝撃であるのかもしれない――。


 かつて信仰をその胸に抱いた麗句は、肉体より精神に波濤する衝撃に、そう理解せざるを得なかった。そして、


「ア、アンタたち、どうしたんだい……?」

「……!」


 その衝撃の真の恐怖は、戦士達の後方、街の住民達が状況を見守る領域で、花開いていた。


「なっ……」


 麗句の命に従い、住民達を保護すべく帯同していた、戦闘員シャグラットフラウ


 衝撃波から住民達を護ろうと、盾となった彼女達の肉体と、一部の住民の肉体がいま、跡形もなく“消失”していた。


 彼女達の纏っていた衣服に残されたのは、煌々と光る結晶――。その結晶から探知出来る“反応”に、麗句の、シオンの、“適正者”達の表情が蒼白となる。


 有り得ない、こんな事は。有って、いいはずがない。


 気丈に響達を見守っていた、食堂の女主人、カミラも極限の超常に、我を忘れて叫ぶ。

 

「アンタたち……アンタたち、どこへ……どこへ行ったんだい!?」

【“受ケ容れよ”】

「……!」


 脳内に再び声が響いた瞬間、また幾人かの住民が、結晶となり、消失ロストしていた。


 響く、無数の悲痛な悲鳴――。


 その事態と現象に言葉を失いながらも、体内の“壊音”が示す反応に、響とブルーも理解せざるを得なかった。


 この結晶は、彼等が成り果てた結晶(もの)は――、


「……“醒石せいせき”。人間が、“醒石せいせき”に変質している、だと――?」


 その事実を、受入れ難き事実を、響が言葉とした瞬間、“煌都”においても、決定的な“破局カタストロフ”が開始されていた。


「――――――ッ!?」


 『PEACE(ピース) MAKERメーカー』隊員、カイル・アルタイスの通信が途切れた刹那、“赤”の衝撃が、高層ビル群を破砕し、硝子と瓦礫が雨のように降り注いでいた。


 その瞬くような刹那に、多くの生命が、何が起こったかも理解わからぬまま、そのを閉じていた。


「くっ……生存者、生存者はいるかッ!?」


 無数の爆発と焔が市街地を駆け巡る中、防人の声が響く。


 額から流れる血を拭い、立ち上がった凱は、この局面で繋ぎ止められる生命いのちがないか、懸命に声を張り上げていた。そして、


(……と)

「……! そこか!? 待ってろ――!」


 迫るほのおを飛び越え、銀の制服が弾丸のように駆け出す。


 微かな声が、僅かに耳朶を撫でたと感じた瞬間、凱の腕は瓦礫をこじ開け、繋ぐべき生命いのちへと手を伸ばしていた。


 だが、


(こーと……)

「……!」


 聞こえたのは、聞き覚えのある――“数分前に聞いたばかりの”声だった。


 しかし、霞む視界には、瓦礫と、小さな衣服に絡み付く結晶しか映し出されていない。


(こーと、こーと、まもってね……)

「な……あ……」


 全く掴めぬ状況の中、己の“醒石”を通じて感知した声に、凱はそれが何か、“何であったものか”、完全に理解する。


 この認め難い現実を確かめるように、凱が震える手を結晶へと伸ばした瞬間、この事態をもたらした元凶の影が、彼の頭上に覆い被さる――。


【……受ケ容れヨ……】

「……!」


 凱の隻眼が捉えた、空を埋め尽くす円盤群。


 その厳かなる声が、凱の、煌都中の人類の脳内に轟き、語りかけると同時に、そこかしこから、硝子が砕けるような音色が響く。


 それは、人間が――、


【“受ケ、容れヨ”】

「何なんだ、てめえ等……」


 円盤群の出現と同調シンクロするように、“遺跡技術レリクス・テクノロジー”の不調は深刻を極め、凱自身の鎧醒機アームド・デバイスも先程からエラーを吐き出し続けている。


 だが……そんな事は、コイツ等から“逃げる”理由にはならない。


 そうだ――。


 後輩カイルとの通信を途絶させ、あんな幼い子を“あんな目に合わせる”コイツ等を許す理由には、ならない……!


 文字通りに、天から自分達を見下す御使いどもの不遜に。


 生命を踏み躙る行いに。


 怒れる銀狼は、その歯牙を剥き、吠える――。


「てめえ等は、何様のつもりだぁああああッ!」


 “『鎧醒アームド』ッ!”


 機能不全を、その“意思”で押し返し、『鎧醒アームド』した、銀の“特機鎧装ヴァリアント・アーマー”は、瓦礫を蹴り、狼を想起させる、その意匠シルエットを疾駆させる。そして――、


「……“七罪機関セブン”、これが貴様等の予見した“危機”か」


 崩落したビルの残骸に立ち、割れた虚空そらを睨む男の唇が、忌々しげに呟く。


 肘や膝にプロテクターを組み込んだ、紫の戦装束を纏った男は、円盤群が地上へと射出した“影”を確認し、高所から身を踊らせる――。

 

「“原初の罪(アダムズ・アップル)”の拘束・一番から三番を解放。……(なんじ)に告げる。我、罪を(ゆる)さず、我、罪を()る者」


 円盤群から射出された“種”は、地上で人型の禍々しい“華”を咲かせる。


 それは、人の形を模した祝福。ヒトの形を用いてヒトを救う御使い。


「……なんじ、罪を鎧装まとう蛇。我、(なんじ)とともに罪を鎧装(まと)いて、罪を喰らわん――」


 男――カシウス・L・サイファーは、鎧装のように殻と荊棘いばらを纏い、武装化する御使い達と、凱の交戦の開始を視認。己の“力”を解き放つ……!


「――『鎧醒アームド』ッ!――」


 白蛇のように異形化したカシウスの長駆が、紫の鎧装ヨロイを纏い、重く、堅固な拳が御使いの一体を砕く……!


 続け様、鎧装の背部から飛び出した、四対の蛇腹状の武装――“狂歌紡ぐ毒蛇サーペント・クレイズ”が、凱に纏わりつく御使い達を斬り裂き、その“毒”で溶解……! 消滅させていた。


「……! サイファーの旦那……!」

「加勢するぞ、“独り立つ銀狼シルバー・ファング”。これは、私の“仕事”だ」


 カシウス……“人柱実験体第0号”・“蛇鬼ジャキ”は思う。


 ――“意味”があったのだ。


 此処ここに、今日という日に。


 自分という“怪物”が造られ、生き延びてきた事の、“意味”はあったのだ。


 ――恐らく、遠い辺境の地にいる同胞も、いま自分と同じ様に感じ、戦っているのだろう。


 “彼等”とも背を合わせるように、凱の背を護りながら、カシウスは、円盤群と御使いの群れと対峙する。


 辺境ナザレスと煌都。


 罅割ひびわれた、赤い空の下――“黙示録アポカリプス”は始まった。

  

NEXT⇒第26話 世界が終わる日―“THE FATAL HOUR HAS COME”―

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