第24話 白輝繚乱―“Shining Collection”―
#24
「シャピロ……」
絶望の夜を覆い尽くすような、白の輝きとともに、麗句の胸に陶然とした想いが溢れる。
戦場に馳せ参じた、自らの誇りが『鎧醒』した、その眩い輝きは、連戦に疲弊した麗句の心身に、冬霞を照らす朝陽のように差し込み、優しく包み込んでいた。
其れは“煌輝”、“月輝”に続く第三の輝き――“灰鬼・白輝”。
“骸鬼”+“蒼鬼”を基礎とした、“灰鬼”の異形を、五獣将の情報因子を昇華した、美麗な輝甲で覆った、白夜の騎士。
――その白夜の騎士の脳裏に閃くのは、遠い日の、忘れ得ぬ記憶である。
(すごいな……君は宇宙から来たんだ。ぼくはこの施設、この壁しか知らない――)
懐かしい声。繊細な、柔らかな声。彼の声帯が奏でる音階は、いつも自分の細胞、意識体を活性化させ、生きる事、話す事は“楽しい”のだと、自分に認識させてくれた。
白輝は、その記憶を紐付けさせるように、白の輝甲を輝かせ、手にした三叉槍――“白輝槍・白龍”を構える。
「応えてみせるよ、君の生命に――」
“僕の友達”。
二度とは会えぬ友への誓いとともに、白輝は、眼部に翡翠の光を灯し、轟然と、密やかに迫る暴威を迎え撃つ。それは――、
「……“白夜を鎧装う灰”、か。面妖な“物体”が謡うものだな、“外宇宙生物”――」
「……! “破壊者”!」
“擬似聖人”の首魁、“破壊者”こと、フェイスレス。シャピロから見れば、組織の首領でもある男である。
彼は、諫める同胞の声にも、聞く耳を持たない。
時間を消し飛ばしたかのようなスピードで間合いに入り込み、シャピロの鼻先まで、己の顔を近付けたフェイスレスは、値踏みするように、白輝の仮面、その顎先に指を乗せる。
「……3つの知覚強化端子で強化された感覚器官で、あらゆる物質・事象・生物を解析。“情報因子”として収集し、己を進化・増強する生物、か。成る程、“七罪機関”が好みそうな“度し難さ”だ」
「悪いけど、僕たちの在り方はオリジナル。“七罪機関”の設計には従っちゃいないよ。“人柱実験体 第03号”の名は背負ってあげてるけどね――」
フェイスレスの腕と白輝槍を鍔迫らせながら、シャピロは“破壊者”の鼻先で笑ってみせる。
刹那。白い光が閃き、超高純度の“畏敬の赤”が薔薇の花弁のように、夜闇に舞い散る――。
「ほう……やはりあの“輝醒剣”と同じく、私の障壁を超えるか」
「……わさと斬られておいて嫌味だなァ。“御大将”」
白輝槍の一閃で、“破壊者”の黒衣は裂け、その裂け目から黒々とした泥を多量に溢していた。
まるで、感嘆を機械的に再現してみせたような、わざとらしい物言いをする“破壊者”に、白輝は肩を竦めると、繰り出した前蹴りでフェイスレスの障壁そのものを一撃。
その反動で彼の間合いから離脱する。
「僕の敵を蹴散らせ、“月輪華”――」
「……!」
続け様、白の輝甲が放った円輪状の光が物質化し、鋼の華を咲かせる。花弁のように、白輝の背後を舞う四つの鉄華は、フェイスレスの召喚した“聖槍”を尽く撃墜。
油断なく白輝を護り、援護する、その鉄華は、透過色の花弁に、“畏敬の赤”の粒子、“黄金氣”を吸着。純粋なエネルギーへと変換し、白輝の背部に埋め込まれた水晶へと送信する。
「さあて、お代は見てのお帰りだ。力の“検証”を始めようか――」
受信されたエネルギーによって、胸部鎧装の3箇所に組み込まれた紅紫色の球体が起動。
その球体に、白の輝甲が融け、撓む程の高出力生体レーザーが充填される……!
「“混沌は暗夜を穿つ”――撃つよ」
白輝の額の“灰翠核”が発光し、軌道・照準を定めた、生体レーザーの渦が、“擬似聖人”達へと向け、轟然と撃ち放たれる……!
「なっ……!?」
戦闘を注視していた、響達が衝撃に身構える暇もなく、白い光が総ての視覚を閉ざし、耳を劈くような轟音が響く。
撃ち放たれた光は重力を逃れ、光柱となって宇宙を流れる――。
「こ、れは……」
回復した視界に飛び込んできた“結果”に、地面に突き立てた“輝醒剣”に体重を預け、呼吸を整えていた響の鼓動は早鳴り、鎧装の下の皮膚は、冷たい汗をとめどなく滴らせていた。
「何て光量と熱量なの……。まるで太陽そのもの――」
左目の知覚強化端子が解析した情報に、ミリィの声は震え、白輝が白夜を名乗る理由を理解する。
溢れる奇蹟による侵食で、異形の神殿と化しつつあった戦場を更地とした、白輝の“混沌は暗夜を穿つ”。その一撃は、擬似聖人達を白い光の中に飲み込み、必要最低限の範囲だけを削り取って宇宙へと流れた。
いかに、擬似聖人達と言えど、この威力を至近で受けて無傷で済むわけがない――。
誰もがそう認識し、白輝の力に息を呑んでいた。しかし、
「怖ろしいな――これ程の力を持つ者が、組織に野心もなく潜んでいたとは」
粉塵の中から、“畏敬の赤”の粒子とともに響く声が、人類の見識の甘さを一笑に伏す。
「……やっぱり、“黄金氣”で変質した精神感応金属――神輝《器》(いま僕がそう名付けた)か、“畏敬の赤”を介在した攻撃でないと、その障壁は中和出来ないか。厄介な事だね」
「その実験のために、これほどの一撃を発動させる貴様も厄介極まりないがな――」
粉塵が晴れ、更地となった大地に立つ、擬似聖人達の御姿が露わとなる。
超高純度の“畏敬の赤”で編まれた障壁が、擬似聖人達を覆い、掠り傷一つなく彼等を防護。
悠然と腕組みした“破壊者”の双眼が、周囲の惨状を捉え、黒革に覆われた口元が淡い溜息を零す。
「……やはり貴様はどうあっても処理せねばならぬ厄介者のようだ。だが、これより人類救済を執行する我等は、もはや僅かな損失も、損傷も許容できん――」
“破壊者”――フェイスレスは告げると、白輝槍に裂かれた腕を持ち上げ、内部に満ちる“泥”を、超高純度の“畏敬の赤”とともに滴らせる。
「……“屍電邪甲”……」
「――!」
フェイスレスの呟きとともに、泥が落ちた大地が歪み、その虚ろな穴から、錆付き、腐ちたような銅色に覆われた“円盤”が出現。
鎧装というよりは、強化装甲服といった出で立ちのそれは、腕部・脚部を折り畳んだ、円盤状の“待機形態”で、フェイスレスの頭上に滞空していた。
その御姿は、虚空の割れ目に犇めく、巨大な円盤群のそれとも似ている――。
「……案ずるな、姿形は似せていても、虚空に待機する円盤とは別物だ。だが、贋作の相手には贋作がお似合いであろう――?」
「……そいつはどうも」
“破壊者”が紡いだ、厳かな皮肉に、シャピロは肩を竦め、禍々しき邪甲は、主の御心に従い、戦闘形態である人型への“変形”を開始する。
罅割れた眼部は、くすんだ翡翠の光を灯し、その内なる意志の起動を示す――。
「……起動せよ、“屍電邪甲”。看過出来ぬ其の生物に、お前の“死”を馳走してやれ」
主の御声に従い、完成した人型は、内部の歯車が擦れ合うような、歪で不穏な咆哮を轟かせる。
“屍電邪甲”が各部を稼働させる都度に、装甲の隙間から漏れ溢れる腐肉のような、粘着質の液体は、強烈な“死”の想念を呼び起こし、鼻を突く腐臭すら感知させる。
――それは、もう一人のフェイスレスが使用していた“死邪骸装”を想起させる醜悪だった。
「“死”を玩具にするのは、感心しないな――。やれやれ、救世主様の趣味の悪さは折り紙付きか」
飄々とした笑みを伴わない、“不快さ”を込めた嘆息とともに、シャピロは両手持ちした白輝槍を構える。
刹那、“屍電邪甲”の両腕の連結が解除され、二つの鉄腕が独自の意志を持つかのように空間を浮遊……!
その装甲板を仰々しく展開する。
「おっと……!」
浮遊する鉄腕“――“砕けぬ不死腕”から放射された、緑色の閃光が白の輝甲を掠め、シャピロは蜘蛛の巣のように迫る、閃光の束を白輝槍で捌き、弾きながら、“屍電邪甲”の懐に飛び込むべく疾駆する。
シャピロを追走する鉄華も、“砕けぬ不死腕”が放射する閃光の射線を塞ぎ、白輝の反抗を援護。
閃光を潜り抜けられる道筋を、白輝の前に提示する。
「……さぁ出番だよ。唸れ、白輝槍!」
白輝が手にした白輝槍を閃かせた瞬間、槍の柄が急激に伸び、白龍の飛翔の如き軌跡とともに、“砕けぬ不死腕”を一撃。
閃光とともに、その鉄腕を両断する。しかし、
「ポケットを叩けば、ビスケットが二つ……てわけか。面倒だねぇ」
両断された鉄腕は、両断たれた部分に屍蝋のような膜を形成。
おぞましい死臭とともに、その膜から、亡者の群れを無理矢理、手指に加工したような、新たなパーツを生成していた。
計四つに増えた“砕けぬ不死腕”は、数を倍増させた閃光の結界で、白輝を絡め取らんと、虚空を滑空する―――。
「シャピロ……! 気を付けろ! そいつがフェイスレスが操っていた鎧装と同種なら、ソレは対峙する者の“死”の概念を暴き出す……! 長期戦はお前に不利だぞ……!」
「……成る程、どおりで輝甲の再生が鈍るわけだね――」
“掠り傷も致命傷になりかねないという事か”
麗句の声に、シャピロは閃光が掠った肩部の輝甲を一瞥。一気に詰めかけた距離を、後方へのジャンプで帳消しとする。
シャピロが後退した道筋を、無数の閃光が刳り、白輝が試みる、白輝槍と鉄華による防御を突き崩すように、さらなる閃光の束がシャピロへと放射。
白い輝甲に覆われた四肢を、閃光が掠める――。
「……“不可視の死兆”。その閃光に触れたものには、“死”に到る兆しが蓄積される。そして、防御でダメージを軽減したところで、その蓄積が無効化されるわけではない。――詰みだ、“怪物”」
死の閃光――その渦の中で抗う白輝を凝視する“殺戮者”の口舌が、雑言を紡ぎ、吐き捨てる。
輝甲を貫通し、五感に突き刺さるような敵意を感知しながら、シャピロもまた“殺戮者”へと視線を送る。
「……ふぅん、人類以外の脅威を殲滅する“擬似聖人”、か。……成る程、大した敵意だ。竜を駆逐する聖ゲオルギオスの擬似聖人とはよくいったものだね」
シャピロの動きに、動揺・焦燥は感じられない。窮地と言える状況下でも、その解析の視線は、対峙する“屍電邪甲”だけでなく、他の擬似聖人達にも向けられていた。
「その“役割”が、覆い隠す君の“本質”……実に興味深いね」
「貴様……」
飄々と告げ、シャピロは鉄華が閃光を防ぐ、コンマ数秒の合間に、その思考を回転させる。
この“屍電邪甲”は厄介な相手を、確実に潰す為の兵装。
そして、ここまでの局面で使用してこなかった点からも、この兵装が、それなりに重要な手札であった事は窺える。
恐らくは、シャピロが、響やブルーの疲弊を回復させるために時間を稼いでいるのと同様に、フェイスレスも他の擬似聖人達が、呼吸を整えられるよう、この兵装を召喚した。
白輝という脅威を足止めする為に。
「新参者には悪くない評価だ。あとはその想定を超えられるかどうか――だね」
シャピロが器用に回転させた白輝槍が、降り注ぐ閃光の雨を捌き、周囲の“黄金氣”を吸着させた白の輝甲が、眩い光を放つ――。
「――“白輝転写”」
「……!」
“死”への反抗は、鮮やかに白夜を駆ける。
シャピロが呟き、白輝槍を閃かせた瞬間、白輝の鎧装が四つに分身。四体の輝きとなって、再び“屍電邪甲”の懐へと疾駆していた、
分裂した標的に、“砕けぬ不死腕”の閃光も、その射線を分散させざるを得ず、結果的に反撃に到る道筋を、白輝へと提示していた。
蓄積された“死”の兆しにより軋む輝甲を疾走させる、シャピロの精神に輝くのは、潰えぬ、眩き“生”である。
(……さよなら、自分を責めないで、ね)
優しい声と、少し申し訳なさそうな笑顔が脳裏に蘇る。
彼には輝かしい未来が、誰かと過ごす、美しい人生があったはずだった。
それを、自分という“切欠”が奪ってしまった。
……何故、彼がそうしたか、いまなら理解できる。
それは遅すぎる理解だけれど、あの閉鎖された研究室で、僕たちは互いの心に、“外の世界”を見ていた。
くすんだ、薄暗い灰の壁の向こうには、美しい景色が、心を通わせられる誰かがあるのだと、僕たちは互いの心に触れる事で確信できたんだ。
――願う。狂おしい程に願う。そんな彼に、外の世界を見て欲しかったと。美しい人生を過ごして欲しかったと。
そして、それは、そのまま彼の、自分への願いだったのだろうと理解出来る。
――度し難い、外宇宙の“物体”には、過ぎた願いだ。だから、
「僕は、“死ぬ”わけにはいかない――!」
自らに蓄積された“死”を吹き払うように、白の輝甲が眩い光を放ち、分身していた四つの鎧装が、再び一つに結集する――。
「“白輝槍・華装弐式”――!」
白輝が、“屍電邪甲”の至近に飛び込み、その頭頂部まで跳躍すると、白輝の振り翳した白輝槍が、虚空を舞う鉄華と連結し変形。
穂先と柄に連結した鉄華が蒼い結晶状のブレードを構築。周囲の“黄金氣”と“畏敬の赤”を吸着させたそれが、稲光とともに、最大の一撃、その“発動”を告げる――。
「“白輝天照”――!」
「……!?」
ほとばしる、白い“生”の輝きが、全てを塗り潰し、白輝が振り下ろした、結晶状のブレードが、“屍電邪甲”の頭部を一閃……!
防御する暇も与えず、その巨躯を股下まで一気に両断していた。
――其れは、白い輝きの繚乱。
高濃度の“黄金氣”と超高純度の“畏敬の赤”を変換した、超エネルギーが百合の華のように、白く咲き乱れ、“屍電邪甲”の残骸を、虚空を漂っていた“砕けぬ不死腕”を、一瞬の内に消し去っていた。
白輝槍と鉄華の接続を解除し、鉄華を再度、自身の周囲に浮遊させると、白輝は擬似聖人達へと向き直り、その三又の穂先を、首魁たる“破壊者”に向ける。
「さぁ、遊戯はここで終わりにしようか。この休憩時間で、お互いに呼吸は整えられただろう――?」
蓄積された“死”の兆しにより、傷んでいたはずだった白の輝甲も、“黄金氣”や“畏敬の赤”の変換・吸収によって回復。
目立つ疲労・疲弊もなく、そこに立っていた。
「フン……」
目の前に立ち塞がる、不遜な白い輝きに、フェイスレスは“畏敬の赤”を湛えた目を細め、その指で“円盤”が鎮座する虚空を指し示す――。
「……そうだな、時は満ちた。いよいよ、“審判の刻”だ――」
「……!」
――“赤”に侵食された虚空が、現実が砕け落ちる。
夥しい荊棘に覆われた遺骸――終焉を宿した苗床はいま、萌芽の時を迎える。
その時、世界は目撃した。
黙示録の始まりを。
“赤”を撒き散らしながら、回転する円盤群――“円盤死告御使”の行進を。
世界の終わり、全人類への審判が、いま始まろうとしていた。
NEXT⇒第25話 罅割れた、赤い空の下で―“Apocalypsis”―