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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
144/172

第23話 白夜を鎧装(まと)う灰―”white knights”―

#22


「はぁ、はぁ……」


 まだ、あどけなさの残る呼吸音が、少年の青い唇から零れ落ちる。


 青い髪、青い瞳、青い唇――青尽くめのその少年は、真っ赤な返り血に濡れた身体からだを引きずりながら、小さな肩を、大きく上下させていた。


 ブルー=ネイル。


 この一人の少年の手によって、たったいま、“七罪機関セブン”と呼ばれた秘密結社は、完膚なきまでに壊滅。


 血溜まりと物言わぬ肉塊だけを、その本拠地に残していた。


 疲れ果てた少年の身体からだは、固く立ち入りを禁じられていた鉄扉の前に座り込み、深く、息を吐く。


 もう、何も残ってはいない。


 もう自分達を管理、“教育”する大人達は誰一人いない。


 彼等が掲げた禁則事項など、もはや、なんの意味もなさない便所の落書きに過ぎない――。


「……………」


 苛烈な戦闘からようやく一呼吸吐いたいま、自分の中に渦巻いている感情ものが何なのか、手術により感情・情動を抑制されたブルーには理解出来ない。


 鉄扉の隙間から漏れる血臭に気付いたブルーは、鉄扉を押し退け、これまで、秘匿されていた景色を目の当たりにする――。


「な…………」


 “それ”を見た、ブルーの抑制された感情の中に、わずかな雑念ノイズが渦巻く。


 ――ひどいものだった。


 壊滅の前に、自分達の実験の記録、証拠を抹消しようとしたのだろうか。その部屋には、無惨に銃殺された子供達の遺体が無造作に転がっていた。


 何かを飼育していたカプセルは割られ、その得も知れぬ“中身”が、異臭を放つ死骸となって散乱している――。


 ブルーはしばし立ち尽くし、正視に耐えぬ、その陰惨な情景を、青い瞳に刻み付ける。


(俺の……せい、か)


 確かに――この惨状を誘発したのは、引き起こしたのは、自分の叛逆であったかもしれない。


 ブルーの頭脳は、冷静にそう分析し、その掌は無自覚に強く握られていた。


 そして、


「……?」


 彼の青い瞳は、一つだけ割れずに原型をとどめているカプセルと、そのカプセルにもたれかかるようにして倒れる、一つの遺体を捉える。


 壁となり、カプセルを護ったのだろうかーー。カプセルには無数の銃弾を受け、その場に崩れ落ちた少年の血糊が、べっとりと残されていた。


 少年の奮闘故か、カプセルにはほとんど損傷はなく、周囲の機器も正常な動作を示すように、内部の濁った液体をコポコポと泡立たせている。


(何を守った……? こんな地獄ところで)


 倒れた少年の目線まで、屈んだブルーは、胸の内で呟き、開いたままの少年の瞳を、そっと閉じさせる――。


 戦士には似合わぬ、綺麗に切り揃えられた黒髪(ボブカット)と、胸と額に埋め込まれた3つの知覚強化端子から、戦闘補助型の“強化兵士カスタム・ヒューマン”であった事がうかがえる。


「…………」


 感傷だろうか。“七罪機関セブン”が産み出したものは一つ残らず消滅させるつもりでいたブルーは、残されたカプセルに背を向け、歩き出す。


 従来の目的とは矛盾するが、“これでいい”とブルーは判断した。


 そう――他者の想いを、他者が生命いのちを賭して守ったものを、無碍むげに踏みにじれぬ“青さ”が、この少年ブルーには確かにあった。


 しかし、

 

(……待ってくれないか? 青い少年)

「……?」


 呼びかける声が、ブルーの足を止める。


 間違いなく生存者はいない。自分以外は。


 不可解な事象に、眉を顰めた少年の瞳に、カプセルの中でうごめく、度し難い“ナニカ”が映し出される――。


(……ここからだしてくれないか、僕を)

「なっ……」


 戦慄と驚愕が、ブルーの抑制された感情を突破し、その声を震わせる。


 カプセル内の濁った水の中、うごめくのは、脳髄をそのまま生物にしたかのような、灰色の物体――。


 信じ難い、信じ難い事だが、脳に、精神に直接響くような、この呼び声は、紛れもなく、眼前の“物体シング”から発せられていた。


※※※


「……“シャピロ・ギニアス”。確か、“女王クイーン”の部下、“人柱実験体”の一体か」


 自身の頭脳にある情報データを探るように、耐え難い頭痛をこらえるように、額に指を当て、フェイスレスは現れた“異物イレギュラー”へと、淡々と言葉を紡ぐ。


 超高純度の“畏敬の赤アームド・ブラッド”を敷き詰めた戦場に、唐突に現れた青年。


 彼が内包する飄々ひょうひょうとした、そして、油断ならぬ“気配”が、擬似聖人達の神経を逆撫で、戦場に張り詰める空気を、砕けた硝子ガラスのような鋭利なものに変えてゆく――。


「へぇ……知ってくれていたとは光栄だね、“御大将(フェイスレス)”。同じ“人柱実験体”と言っても花形エースのブルーとは違って、僕は控えベンチ要員だからねぇ――」


 綺麗に切り揃えられた黒髪ボブカットを風に揺らしながら、青年シャピロは薄い微笑とともに応える。


 “畏敬の赤アームド・ブラッド”の申し子と呼ぶべき擬似聖人達と、正面から対峙しながらも、彼に動じるような様子はまるでなかった。


 それどころか、表情の読めぬ、その眼差しは、全てを見透しているかのようにも見える――。


「……この“破壊者ジーザス”の障壁シールドを斬り裂いておいて、よく言えるものだ。先程の貴様の戦闘形態バトルスタイル……あの“輝醒剣つるぎ”と同じ特性を備えているな……?」


 威嚇するように“赤”を湛えた、“破壊者ジーザス”の双眼が、シャピロの華奢な体躯を捉え、その内部に秘匿された“本質モノ”を覗き見る。


 ――これは単純シンプルな“人柱実験体”ではない。

 

 いや、あるいは、“コレ”こそが真に“人柱”実験体と呼ぶべき存在なのか。


 朧げに浮かび上がる、その正体ナカミに、人類の救済者たる“破壊者ジーザス”は眉をひそめ、その苛立ちを、黒革に秘匿された表情カヲに滲ませる。


 コレは、この“生物”は――、


「贋作作りは僕の十八番おはこでね。調整に時間がかかった分、此処で起きていた状況と奇蹟は、じっくりと解析させてもらったよ――」


 飄々と答える彼に戦意はない。


 しかし、外見上は、戦闘補助型の“強化兵士カスタム・ヒューマン”に過ぎないはずの彼が、“青年の外殻”から漂わせるのは、度し難い程に奇妙な、“未知アンノウン”な気配である――。


 そして、


「……! シャピロか……!」

「お……?」


 その気配に、五感が刺激されたのか、“無我”状態にあったブルーは覚醒し、“処刑者エリミネーター”が虚空より射出した“聖槍”の雨から、素早く飛び退く。


 状況から、自分の“強襲”が失敗した事を悟ったブルーは、擬似聖人アルタネイティヴ・クライスト達と対峙する、相棒の状況を察知し、立ち位置を修正。銀蒼の鎧装ヨロイを身構えさせる――。


「お目覚めだね、ブルー。……まったく、自分の意識を切って、鎧装カラダだけに暗殺を託すなんて、相変わらずクレイジーだねぇ」

「……超醒獣兵ギガ・インベイド五体分の情報因子マトリクスを“喰らう”奴に言われたくはないな――」


 返ってきた軽口に、相棒ブルーの無事を確信したシャピロは頷き、手にしていた物を投げ渡す。


「幾重の奇蹟の果てに手にした、“大事な得物”。失くさないようにしなよ――」

「……! いつの間に――」


 驚愕の声が、“処刑者エリミネーター”の仮面からこぼれる。


 シャピロが相棒ブルー)へと投げ渡したのは、“処刑者エリミネーター”が確保していたはずの“輝蒼鎌”。


 知覚撹乱ジャミングの類か――。


 屈辱に歪んだ声音をこぼした“処刑者エリミネーター”に、シャピロは薄く微笑む。


「君達は“人類の想念”に感応しやすい体質みたいだからね。僕の精神感応もある程度は通じるみたいだ」


 もはや、戦場の注視スポットライトは、シャピロが独占していると言っても過言ではなかった。


 彼を注視するのは、対峙する擬似聖人達だけでない。麗句、我羅、シオン。響達、保安組織ヴェノムの隊員達。そして、シャピロに情報因子マトリクスを奪われた“超醒獣兵ギガ・インベイド五獣将ごじゅうしょう”の面々――。


 全ての視線がいま、彼に注がれ、彼の一挙手一投足を見逃すまいと凝視していた。


「ボス……アイツは」

「……ああ。間違いなく“コレ”も複製コピーしている」


 五獣将ザンカールの言葉に、五獣将の首魁ボス――ラズフリートは、内部に”何かを秘匿している”自らの両肩を一瞥いちべつし、こたえる。


 “禁断の匣パンドラズ・ボックス”――重戦車の如きラズフリートの巨躯の中でも、一際目立つ巨大な装甲によって秘匿された“それ”は、組織アルゲムにおいても、最上位の機密事項となっている。


 それは言うなれば、対“畏敬の赤アームド・ブラッド”を想定し開発された“遺跡技術レリクス・テクノロジー”の結晶――。


 それが複製コピーされたのなら、超高純度の“畏敬の赤アームド・ブラッド”をも斬り裂く、あの傍若無人な有り様も合点がいく。しかし、


(……あり得るのか? そんな“人間”が――) 


 ――そもそもの話、自分達“超醒獣兵ギガ・インベイド”という存在自体が、複数の醒石を人間に移植し、一個体として発現させるという、常軌バランスに欠いた存在である。


 それを五体分複製コピーし、更に一個体として纏めあげる――いくら“人柱実験体”だと言っても、人間を素体ベースとした存在に、成し遂げられる事だとは思えない。


(――だが、もし)


 “人間ではない”のだとしたら。


 人柱実験体という名称通り、素体ベースとなった人体を、移植された“中身”が奪い尽くしているのだとしたら。


 可能性はある――。そして、


「……退いてもらおうか、“擬似聖人アルタネイティブ・クライスト”」

「ヌ……っ!?」


 “極闘者ウォー・ロード”と“叛逆者リベレイター”に拘束されていた煌輝キラメキ鎧装ヨロイにも、変化が現れる。


 己を拘束する者達が放つ、多量の“畏敬の赤アームド・ブラッド”を直接捕食チャージした鎧装ヨロイは、爆発的に向上した筋力で、二体の拘束を押し返し、強引に投げ飛ばす……!


 一瞬、宙を舞った二体の“擬似聖人”の体はすぐに体勢を立て直し、“破壊者ジーザス”の傍らに、優美に着地していた。 


ォオ……ッ!」


 そして、その間隙を見逃す手はない。


 響は素早く輝醒剣をひらめかせ、輝電人きでんじん雷威我ライガを捕らえていた縛鎖を切断……! 雄々しき鋼鉄の四肢を、自由とする。


 煌輝キラメキが放つ“黄金氣マナ”を浴びた雷威我ライガは、胸部のバルカン砲を瞬時に復元させ、煌輝あるじと共に、標的である“遺骸”へと突貫。


 “輝神金属アーシウム”の弾丸と、輝醒剣の剣閃を浴びせるべく、二つの輝きは轟然と疾駆する……!


 しかし、


(まったく……想定外(サプライズ)か好きな連中だな――“人柱実験体”)

「……!」


 疾風の如く、視界へと新たに斬り込んできた“影”が、響と雷威我の前に立ち塞がり、大型のスピアの乱舞が、輝神金属アーシウムの弾丸を撃ち落とす……!


 続け様に、繰り出された刺突が、防御ガードに動いた、響の輝醒剣を火花とともに押し込み、その前身を阻止していた。


 “影”……擬似聖人アルタネイティブ・クライスト殺戮者スレイヤー”は、輝神金属アーシウムと煌輝の鎧装ヨロイを押し退けたスピアを肩にかつぐと、鎧装ヨロイに刻まれた傷痕スリットむしるようになぞり、わらう――。


「……“竜”の。“竜”の匂いがするぞ、お前達。“生物としての神”――神璽羅ガンジラは確かに俺の相手に相応しいが、俺という擬似聖人“本来の”在り方としては……」


 “お前等の方が『俺の獲物』に相応ふさわしいかもなァ――”


 “殺戮者スレイヤー”の鎧装ヨロイから滲み出る、鋭利に尖った殺気が、極限まで張り詰めた戦場の空気を、更に黒々とよどませる――。


 ――まるで、シャピロの登場を切っ掛けに、戦局の地殻変動が起きているようだった。


 各々に人類ニンゲン鍔迫つばぜり合っていた“擬似聖人”達は、結果的にいま、遺骸の前に集結し、対する人類側も、響、シャピロ、ブルーを先頭に、一塊ひとかたまりとなって、“擬似聖人”達と相対。


 虚空そらに“赤”を放ち続ける“遺骸”を巡り、両陣営が真っ向から向かい合う、新たな状況を形成していた。


 その新たな局面で、擬似聖人“叛逆者リベレイター”は、シャピロを凝視し、仮面に秘匿されたその唇を開く――。


「……“破壊者ジーザス”。あの“人柱実験体”、我等の宿願に仇なす“物の怪”と見るが、どうか?」

しかしかり……! “骸鬼スカルオウガ”、“蒼鬼ブルーオウガ”も厄介ではあるが、此奴こやつの“けったい”な気配――どうにも虫唾むしずが走るものがある」


 “叛逆者リベレイター”の言葉に、悠然と腕組みした“極闘者ウォーロード”も呼応。傍らに立つ“殺戮者スレイヤー”の鎧装ヨロイを、肘で軽く小突く。


「貴様もゆるせぬ性質タチであろう? ああいった手合は――」

「ああ……“かも”しれんな」


 特に、人類ヒト擬態バケたぐい怪物バケモノはな――。


 “殺戮者スレイヤー”は、酷く渇いた声で吐き捨てると、担いでいたスピアを軽々と旋回させ、その鉾先で、不敵に微笑む青年シャピロ

を指し示す――。


「短慮であろうが、浅慮であろうが、“救済”発動前に、確実に“始末”しておきたい奴ではあるナぁ――」

「……!」


 唐突に、轟然と噴き出る“殺意”。


 三体の“疑似聖人”は、互いの共謀の意志を確認すると、膨大にして、狂暴な“畏敬の赤アームド・ブラッド”の噴出とともに跳躍ジャンプ


 シャピロが漂わせる“気配”への三体の解答こたえが、単純明快シンプルな暴虐となって唸りを上げる――。


「クッ……! 雷威我ライガッ! 奴等を止めるぞ!」

「――_―-―――-―_――!」


 無防備に見えるシャピロを護るべく、響と雷威我が前に出るが、“殺戮者スレイヤー”のスピアと、“極闘者ウォーロード”の斧槍ハルバードが、二つの鎧装ヨロイを猛然と弾き飛ばす……!


 その間隙に、ぬるりとシャピロの間合いへと入り込んだ“叛逆者リベレイター”の正拳が、その心臓を狙い、躍動……!


 しかし、


「ほう……私の正拳を真っ向から受け止めるか、“蒼尽くめ”」

「……とても、素手の重さとは思えんがな……」


 素手で、輝双剣と鍔迫つばぜり合う、“叛逆者リベレイター”の膂力りりょくが、銀蒼ブルー鎧装ヨロイを、身体カラダを軋ませる……!


 刃を重ねるようにして構えられた輝双剣きそうけん三日月ミカヅキは、シャピロへと撃ち込まれた正拳を見事に捉えてはいたが、その突進力を無効化する事は出来ず、徐々にその脚を後退させていた。


「フン……ッ!」

「……!」


 “叛逆者リベレイター”の腹腔から発せられた、咆哮にも似た息とともに、拳は振り上げられ、輝双剣ごと弾かれた銀蒼ブルー鎧装ヨロイは、シャピロの傍から強制的に引き剥がされる。


 しかし、一度は弾き出された響と雷威我が迫る、“殺戮者スレイヤー”、“極闘者ウォーロード”の猛追を押し返し、“叛逆者リベレイター”と相対。ブルーと共に、シュピロを護る陣形を整えつつあった。


 その状況に、色白の手で拍手の音を響かせると、シャピロは自室のベッドに腰掛けたような、心底リラックスした息を漏らす――。


「……有り難いね。現状、恐らく“人類最強”の二人(&一機)に護っていただけるなんて。僕には過ぎた歓待じゃないかな?」

「お、おい……!」


 煌輝じぶんの黄金の肩を叩き、屈託ない笑顔を浮かべるシャピロに、煌輝キラメキ口顎クラッシャーから惑いの声がこぼれる。


 緊張感は微塵も感じられないが、言語化しにくい妙な気配だけが強く、この男の挙動から垂れ流されている。


 兄から送られる、解答こたえを求めるような視線に、ブルーも僅かに肩を竦め、無言の返答とする。


 この“捉えどころの無さ” こそが、この男従来の在り方という事か。そして、

 

「――でも君達は少し休んだほうがいい」

「……!」


 鎧装(ヨロイ)の“黄金氣(マナ)”を浴び、ボウッと白い光りを帯びた手が、凄まじい膂力りりょくを見せる……!


 信じ難い事に、その手から加えられた力が、瞬く間に響の膝を折らせ、守護者たる黄金の鎧装ヨロイを、呆気なく組み伏せていた。


 相棒の行為に、僅かに目を見開いたブルーの身体も、シャピロの目を介在した精神感応で、その四肢のコントロールを奪われ、金縛り状態となっていた。


「“進化”したばかりで、君たちは自分の力の上限も、下限も認識出来ていない。自覚はないだろうが、あの“破滅の凶事ゼルメキウス”との戦闘で君たちとその輝電人は激しく消耗してるんだよ。いま、君たちの体力は通常運転の48%といったところかな――」


 自分達を制圧した、シャピロのその行動と言葉によって、響とブルーは初めて自分達の状態を認識する。


 考えてみれば、ゼルメキウスを圧倒した雷威我のバルカン砲が、“殺戮者スレイヤー”に容易く防がれたのも、連続使用によって、著しく威力が低下していた事が要因だったのだろう。


 理解とともに拳を固く握った二人に、シャピロは“わかればよろしい”と頷き、言葉を続ける。


「落ち着いて、休息したまえ。僕の解析じゃ、いまあの“遺骸”を破壊しても手遅れ……状況は変わらない。いまは力を蓄え、十全の力で“救済ソレ”を迎え撃つしかないのさ」


 それに、と続けたシャピロは、“神の子アル・ホワイト”の傍らに寄り添うガブリエルを一瞥し、僅かに苦い表情カオを浮かべる。


「君たちは進化した事で、新たな弱点も抱え込んでるからね――」

「弱、点……?」


 響の喉から零れた声に、曖昧に笑むと、シャピロはその脚を擬似聖人達へと前進させ、額と胸部に埋め込まれた、3つの知覚強化端子を輝かせる――。


 飄々と自らを覆い隠していた笑顔を、厳かな表情ものに変え、シャピロは仮面を外すような仕草で、掌で顔を覆い隠す。


「君たちが、力を取り戻すまでの間、僭越ながら僕が擬似聖人アイツらの相手をしよう――」


 シャピロは想う。


 人類救済を謳う擬似聖人達にとって、自分は実に不可解で、不愉快な存在であろうと。


 そうだ。自分は人類ニンゲンではない。骨の髄、細胞レベルまで人類ニンゲンとは異なるもので構築されている。

 

 掌の下で罅割れ、変貌を始めるカヲで、シャピロは相棒ブルーと出会った、あの“始まりの日”と向き合う――。


※※※


(やぁ、助かったよ――ここが“無人”となれば、栄養素の供給もいずれ停止しただろうからね)

「…………」


 ブルーがカプセルを開いた事で、解放された“物体”は、床の上にモゾモゾとうごめきながら、精神感応テレパシーによる礼を告げる。


 物体はうごめきながら、徐々に形態を変貌させており、脳髄のように見える、現在の形状カタチも、物体コレの一形態に過ぎないのだと、ブルーは認識する。


 ――もしかしたら、この物体が、人類と対話するに相応しいと判断した形状が、あの脳髄状の形態であったのかもしれない。


 物体は、植物の蔦のような形状に変態。自分を護り、倒れた少年の遺体をいたわるように絡み付き、粘着質な灰色グレイうごめかせる。


(……なんでだろうね?)

「……?」


 “七罪機関セブン”が飼うに相応しい、度し難い生態を眺めていたブルーの脳に、僅かに湿った、かげりを秘した声が響く。


 ――それは解けぬ疑問を抱えた、惑いの声だった。


(確かに僕と彼は、互いに“貴重な話し相手”ではあったが――僕は、彼が生命活動を停止させてまで護るべきものだったのだろうか……?)

「…………」


 少年しか知り得ぬ、その解答こたえをブルーが答える事は出来ない。


 だが、この地獄ばしょで“話し相手”に類する存在(もの)ったのなら、それは同年代、同境遇の少年にとって、“救い”であったのではないか。


 惨劇の中、際立つ少年の安らかな死顔しにがお――その、推察に利用出来る情報データから想像し、ブルーはその青い唇から淡い溜め息をこぼす。


(――教えてくれ、青い少年。僕の生存は、これから彼が歩むはずだった時間に比して、価値あるものなのかい……?)

「……そんな事、俺が知るか」


 縋り付くような物体の声に、吐き捨てるようなブルーの肉声が重なる。


 推測は真実ではない。


 ブルーが提示出来る真実など何もない。だから、


「自分で考え、自分で見つけろ。生きているなら、それが出来るだろう」


 そう告げる事が、死した同境遇の少年への、惑う物体への誠意であると、ブルーは考えた。


 死んだ者の想いが取り戻せないなら、それを想い、背負って歩くのが生者の役目だろう。


 自分の叛逆の所為(せい)で、命を落とした遺体たちを見据え、ブルーはその小さな拳を握り締める。


(……驚いた、君は厳しいのだね、青い少年)

「個体識別名はブルーだ。“灰色”」


 お返しのように告げたブルーに、少し笑んだような気配を漂わせ、物体はその蔦で少年の遺体を覆い尽くし、徐々に“一体化”。


 やがて、“少年そのもの”となり、立ち上がる。


「なら、これから僕は彼となって、それを探そう。……“シャピロ”。うん、確かそれが彼の名前だった」


 少年の顔でそう告げた、律義者の怪物は、数年後、“同じ顔”でブルーと再会する。


 多くの人類ヒト、出来事と遭遇し、彼なりの解答こたえを観測した、一個の生命いのちとして。


 それが、“シャピロ・ギニアス”という男の成り立ちであった。


※※※


 そうだ。自分は人類ヒトではない。人類ヒトではないが、この論理的でなく、高等なようで愚かな生物を“愛して”いる。


 “愛”なんて、言語化出来ない詩的な情動を至上とする奇妙な生物は、自分がる限り、人類ニンゲンのみだ。


 外宇宙から隕石とともに飛来した“物体”は、人類ニンゲンを演じながら、いつしか人類ニンゲン以上に人類ニンゲンを想う、“人類ヒトを護る怪物モノ”となっていた。


 自身の軌跡をなぞるように、白い指先を虚空そらへ泳がせ、シャピロは“人”の唇で言霊を紡ぐ。


「――“鎧醒アームド”――」

「……!」


 シャピロの人間としての姿が崩れ、パズルのピースが入れ替わるように、シャピロが旅路の果てに辿り着いた、“真の戦闘形態バトル・スタイル”があらわとなる。


 それは、五獣将の情報因子マトリクスを喰らい、繋ぎ合わせた“中継地点”を経て、煌輝キラメキ月輝ツキアカリ情報因子マトリクス+“黄金氣マナ”を昇華した、完成形――。


 人類ヒトを護り、絶望を斬る“白夜の騎士”。


「白夜を鎧装まとグレイ……“灰鬼グレイ・オウガ白輝ビャッキ”、まかり通るよ――」


 白い輝甲をまといし、灰色グレイの鬼がうそぶく。


 灰の異形を覆う、白の輝甲は、煌輝キラメキ月輝ツキアカリ以上に整った、美麗とすら表現出来る、騎士然としたものである。


 それは人類ヒトならざる、外宇宙生物(シャピロ)という“夜”を覆い隠す、眩い輝き。――まさに白夜である。

 

人類ヒトを見限り救う者と、人類ヒトを愛し擬態バける者。人類ヒトの傍らにるべきなのは、果たしてどちらだろうね――」


 右肩の輝甲にしつらえられた、大仰な龍のカヲが咆哮し、“灰鬼グレイ・オウガ白輝ビャッキ”の左腕が、そのあぎとから三又の槍を引き抜く。


 ――“外宇宙生物(シャピロ)”と“擬似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”。


 白夜の輝きの中、人類ヒトを想う、非人類ヒトデナイモノ同士の激突が、始まる。

 

NEXT⇒第24話 白輝繚乱―“Shining Collection”―

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