第23話 白夜を鎧装(まと)う灰―”white knights”―
#22
「はぁ、はぁ……」
まだ、あどけなさの残る呼吸音が、少年の青い唇から零れ落ちる。
青い髪、青い瞳、青い唇――青尽くめのその少年は、真っ赤な返り血に濡れた身体を引きずりながら、小さな肩を、大きく上下させていた。
ブルー=ネイル。
この一人の少年の手によって、たったいま、“七罪機関”と呼ばれた秘密結社は、完膚なきまでに壊滅。
血溜まりと物言わぬ肉塊だけを、その本拠地に残していた。
疲れ果てた少年の身体は、固く立ち入りを禁じられていた鉄扉の前に座り込み、深く、息を吐く。
もう、何も残ってはいない。
もう自分達を管理、“教育”する大人達は誰一人いない。
彼等が掲げた禁則事項など、もはや、なんの意味もなさない便所の落書きに過ぎない――。
「……………」
苛烈な戦闘からようやく一呼吸吐いたいま、自分の中に渦巻いている感情が何なのか、手術により感情・情動を抑制されたブルーには理解出来ない。
鉄扉の隙間から漏れる血臭に気付いたブルーは、鉄扉を押し退け、これまで、秘匿されていた景色を目の当たりにする――。
「な…………」
“それ”を見た、ブルーの抑制された感情の中に、わずかな雑念が渦巻く。
――酷いものだった。
壊滅の前に、自分達の実験の記録、証拠を抹消しようとしたのだろうか。その部屋には、無惨に銃殺された子供達の遺体が無造作に転がっていた。
何かを飼育していたカプセルは割られ、その得も知れぬ“中身”が、異臭を放つ死骸となって散乱している――。
ブルーはしばし立ち尽くし、正視に耐えぬ、その陰惨な情景を、青い瞳に刻み付ける。
(俺の……せい、か)
確かに――この惨状を誘発したのは、引き起こしたのは、自分の叛逆であったかもしれない。
ブルーの頭脳は、冷静にそう分析し、その掌は無自覚に強く握られていた。
そして、
「……?」
彼の青い瞳は、一つだけ割れずに原型をとどめているカプセルと、そのカプセルにもたれかかるようにして倒れる、一つの遺体を捉える。
壁となり、カプセルを護ったのだろうかーー。カプセルには無数の銃弾を受け、その場に崩れ落ちた少年の血糊が、べっとりと残されていた。
少年の奮闘故か、カプセルにはほとんど損傷はなく、周囲の機器も正常な動作を示すように、内部の濁った液体をコポコポと泡立たせている。
(何を守った……? こんな地獄で)
倒れた少年の目線まで、屈んだブルーは、胸の内で呟き、開いたままの少年の瞳を、そっと閉じさせる――。
戦士には似合わぬ、綺麗に切り揃えられた黒髪と、胸と額に埋め込まれた3つの知覚強化端子から、戦闘補助型の“強化兵士”であった事がうかがえる。
「…………」
感傷だろうか。“七罪機関”が産み出したものは一つ残らず消滅させるつもりでいたブルーは、残されたカプセルに背を向け、歩き出す。
従来の目的とは矛盾するが、“これでいい”とブルーは判断した。
そう――他者の想いを、他者が生命を賭して守ったものを、無碍に踏みにじれぬ“青さ”が、この少年には確かにあった。
しかし、
(……待ってくれないか? 青い少年)
「……?」
呼びかける声が、ブルーの足を止める。
間違いなく生存者はいない。自分以外は。
不可解な事象に、眉を顰めた少年の瞳に、カプセルの中で蠢く、度し難い“ナニカ”が映し出される――。
(……ここからだしてくれないか、僕を)
「なっ……」
戦慄と驚愕が、ブルーの抑制された感情を突破し、その声を震わせる。
カプセル内の濁った水の中、蠢くのは、脳髄をそのまま生物にしたかのような、灰色の物体――。
信じ難い、信じ難い事だが、脳に、精神に直接響くような、この呼び声は、紛れもなく、眼前の“物体”から発せられていた。
※※※
「……“シャピロ・ギニアス”。確か、“女王”の部下、“人柱実験体”の一体か」
自身の頭脳にある情報を探るように、耐え難い頭痛を堪えるように、額に指を当て、フェイスレスは現れた“異物”へと、淡々と言葉を紡ぐ。
超高純度の“畏敬の赤”を敷き詰めた戦場に、唐突に現れた青年。
彼が内包する飄々とした、そして、油断ならぬ“気配”が、擬似聖人達の神経を逆撫で、戦場に張り詰める空気を、砕けた硝子のような鋭利なものに変えてゆく――。
「へぇ……知ってくれていたとは光栄だね、“御大将”。同じ“人柱実験体”と言っても花形のブルーとは違って、僕は控え要員だからねぇ――」
綺麗に切り揃えられた黒髪を風に揺らしながら、青年は薄い微笑とともに応える。
“畏敬の赤”の申し子と呼ぶべき擬似聖人達と、正面から対峙しながらも、彼に動じるような様子はまるでなかった。
それどころか、表情の読めぬ、その眼差しは、全てを見透しているかのようにも見える――。
「……この“破壊者”の障壁を斬り裂いておいて、よく言えるものだ。先程の貴様の戦闘形態……あの“輝醒剣”と同じ特性を備えているな……?」
威嚇するように“赤”を湛えた、“破壊者”の双眼が、シャピロの華奢な体躯を捉え、その内部に秘匿された“本質”を覗き見る。
――これは単純な“人柱実験体”ではない。
いや、あるいは、“コレ”こそが真に“人柱”実験体と呼ぶべき存在なのか。
朧げに浮かび上がる、その正体に、人類の救済者たる“破壊者”は眉を顰め、その苛立ちを、黒革に秘匿された表情に滲ませる。
コレは、この“生物”は――、
「贋作作りは僕の十八番でね。調整に時間がかかった分、此処で起きていた状況と奇蹟は、じっくりと解析させてもらったよ――」
飄々と答える彼に戦意はない。
しかし、外見上は、戦闘補助型の“強化兵士”に過ぎないはずの彼が、“青年の外殻”から漂わせるのは、度し難い程に奇妙な、“未知”な気配である――。
そして、
「……! シャピロか……!」
「お……?」
その気配に、五感が刺激されたのか、“無我”状態にあったブルーは覚醒し、“処刑者”が虚空より射出した“聖槍”の雨から、素早く飛び退く。
状況から、自分の“強襲”が失敗した事を悟ったブルーは、擬似聖人達と対峙する、相棒の状況を察知し、立ち位置を修正。銀蒼の鎧装を身構えさせる――。
「お目覚めだね、ブルー。……まったく、自分の意識を切って、鎧装だけに暗殺を託すなんて、相変わらずクレイジーだねぇ」
「……超醒獣兵五体分の情報因子を“喰らう”奴に言われたくはないな――」
返ってきた軽口に、相棒の無事を確信したシャピロは頷き、手にしていた物を投げ渡す。
「幾重の奇蹟の果てに手にした、“大事な得物”。失くさないようにしなよ――」
「……! いつの間に――」
驚愕の声が、“処刑者”の仮面から零れる。
シャピロが相棒へと投げ渡したのは、“処刑者”が確保していたはずの“輝蒼鎌”。
知覚撹乱の類か――。
屈辱に歪んだ声音を零した“処刑者”に、シャピロは薄く微笑む。
「君達は“人類の想念”に感応しやすい体質みたいだからね。僕の精神感応もある程度は通じるみたいだ」
もはや、戦場の注視は、シャピロが独占していると言っても過言ではなかった。
彼を注視するのは、対峙する擬似聖人達だけでない。麗句、我羅、シオン。響達、保安組織の隊員達。そして、シャピロに情報因子を奪われた“超醒獣兵五獣将”の面々――。
全ての視線がいま、彼に注がれ、彼の一挙手一投足を見逃すまいと凝視していた。
「ボス……アイツは」
「……ああ。間違いなく“コレ”も複製している」
五獣将ザンカールの言葉に、五獣将の首魁――ラズフリートは、内部に”何かを秘匿している”自らの両肩を一瞥し、応える。
“禁断の匣”――重戦車の如きラズフリートの巨躯の中でも、一際目立つ巨大な装甲によって秘匿された“それ”は、組織においても、最上位の機密事項となっている。
それは言うなれば、対“畏敬の赤”を想定し開発された“遺跡技術”の結晶――。
それが複製されたのなら、超高純度の“畏敬の赤”をも斬り裂く、あの傍若無人な有り様も合点がいく。しかし、
(……あり得るのか? そんな“人間”が――)
――そもそもの話、自分達“超醒獣兵”という存在自体が、複数の醒石を人間に移植し、一個体として発現させるという、常軌に欠いた存在である。
それを五体分複製し、更に一個体として纏めあげる――いくら“人柱実験体”だと言っても、人間を素体とした存在に、成し遂げられる事だとは思えない。
(――だが、もし)
“人間ではない”のだとしたら。
人柱実験体という名称通り、素体となった人体を、移植された“中身”が奪い尽くしているのだとしたら。
可能性はある――。そして、
「……退いてもらおうか、“擬似聖人”」
「ヌ……っ!?」
“極闘者”と“叛逆者”に拘束されていた煌輝の鎧装にも、変化が現れる。
己を拘束する者達が放つ、多量の“畏敬の赤”を直接捕食した鎧装は、爆発的に向上した筋力で、二体の拘束を押し返し、強引に投げ飛ばす……!
一瞬、宙を舞った二体の“擬似聖人”の体はすぐに体勢を立て直し、“破壊者”の傍らに、優美に着地していた。
「雄ォオ……ッ!」
そして、その間隙を見逃す手はない。
響は素早く輝醒剣を閃かせ、輝電人・雷威我を捕らえていた縛鎖を切断……! 雄々しき鋼鉄の四肢を、自由とする。
煌輝が放つ“黄金氣”を浴びた雷威我は、胸部のバルカン砲を瞬時に復元させ、煌輝と共に、標的である“遺骸”へと突貫。
“輝神金属”の弾丸と、輝醒剣の剣閃を浴びせるべく、二つの輝きは轟然と疾駆する……!
しかし、
(まったく……想定外か好きな連中だな――“人柱実験体”)
「……!」
疾風の如く、視界へと新たに斬り込んできた“影”が、響と雷威我の前に立ち塞がり、大型の槍の乱舞が、輝神金属の弾丸を撃ち落とす……!
続け様に、繰り出された刺突が、防御に動いた、響の輝醒剣を火花とともに押し込み、その前身を阻止していた。
“影”……擬似聖人“殺戮者”は、輝神金属と煌輝の鎧装を押し退けた槍を肩に担ぐと、鎧装に刻まれた傷痕を掻き毟るようになぞり、嗤う――。
「……“竜”の。“竜”の匂いがするぞ、お前達。“生物としての神”――神璽羅は確かに俺の相手に相応しいが、俺という擬似聖人“本来の”在り方としては……」
“お前等の方が『俺の獲物』に相応しいかもなァ――”
“殺戮者”の鎧装から滲み出る、鋭利に尖った殺気が、極限まで張り詰めた戦場の空気を、更に黒々と澱ませる――。
――まるで、シャピロの登場を切っ掛けに、戦局の地殻変動が起きているようだった。
各々に人類と鍔迫り合っていた“擬似聖人”達は、結果的にいま、遺骸の前に集結し、対する人類側も、響、シャピロ、ブルーを先頭に、一塊となって、“擬似聖人”達と相対。
虚空に“赤”を放ち続ける“遺骸”を巡り、両陣営が真っ向から向かい合う、新たな状況を形成していた。
その新たな局面で、擬似聖人“叛逆者”は、シャピロを凝視し、仮面に秘匿されたその唇を開く――。
「……“破壊者”。あの“人柱実験体”、我等の宿願に仇なす“物の怪”と見るが、どうか?」
「然り然り……! “骸鬼”、“蒼鬼”も厄介ではあるが、此奴の“けったい”な気配――どうにも虫唾が走るものがある」
“叛逆者”の言葉に、悠然と腕組みした“極闘者”も呼応。傍らに立つ“殺戮者”の鎧装を、肘で軽く小突く。
「貴様も赦せぬ性質であろう? ああいった手合は――」
「ああ……“かも”しれんな」
特に、人類に擬態る類の怪物はな――。
“殺戮者”は、酷く渇いた声で吐き捨てると、担いでいた槍を軽々と旋回させ、その鉾先で、不敵に微笑む青年
を指し示す――。
「短慮であろうが、浅慮であろうが、“救済”発動前に、確実に“始末”しておきたい奴ではあるナぁ――」
「……!」
唐突に、轟然と噴き出る“殺意”。
三体の“疑似聖人”は、互いの共謀の意志を確認すると、膨大にして、狂暴な“畏敬の赤”の噴出とともに跳躍。
シャピロが漂わせる“気配”への三体の解答が、単純明快な暴虐となって唸りを上げる――。
「クッ……! 雷威我ッ! 奴等を止めるぞ!」
「――_―-―――-―_――!」
無防備に見えるシャピロを護るべく、響と雷威我が前に出るが、“殺戮者”の槍と、“極闘者”の斧槍が、二つの鎧装を猛然と弾き飛ばす……!
その間隙に、ぬるりとシャピロの間合いへと入り込んだ“叛逆者”の正拳が、その心臓を狙い、躍動……!
しかし、
「ほう……私の正拳を真っ向から受け止めるか、“蒼尽くめ”」
「……とても、素手の重さとは思えんがな……」
素手で、輝双剣と鍔迫り合う、“叛逆者”の膂力が、銀蒼の鎧装を、身体を軋ませる……!
刃を重ねるようにして構えられた輝双剣・三日月は、シャピロへと撃ち込まれた正拳を見事に捉えてはいたが、その突進力を無効化する事は出来ず、徐々にその脚を後退させていた。
「フン……ッ!」
「……!」
“叛逆者”の腹腔から発せられた、咆哮にも似た息とともに、拳は振り上げられ、輝双剣ごと弾かれた銀蒼の鎧装は、シャピロの傍から強制的に引き剥がされる。
しかし、一度は弾き出された響と雷威我が迫る、“殺戮者”、“極闘者”の猛追を押し返し、“叛逆者”と相対。ブルーと共に、シュピロを護る陣形を整えつつあった。
その状況に、色白の手で拍手の音を響かせると、シャピロは自室のベッドに腰掛けたような、心底リラックスした息を漏らす――。
「……有り難いね。現状、恐らく“人類最強”の二人(&一機)に護っていただけるなんて。僕には過ぎた歓待じゃないかな?」
「お、おい……!」
煌輝の黄金の肩を叩き、屈託ない笑顔を浮かべるシャピロに、煌輝の口顎から惑いの声が零れる。
緊張感は微塵も感じられないが、言語化しにくい妙な気配だけが強く、この男の挙動から垂れ流されている。
兄から送られる、解答を求めるような視線に、ブルーも僅かに肩を竦め、無言の返答とする。
この“捉えどころの無さ” こそが、この男従来の在り方という事か。そして、
「――でも君達は少し休んだほうがいい」
「……!」
鎧装の“黄金氣”を浴び、ボウッと白い光りを帯びた手が、凄まじい膂力を見せる……!
信じ難い事に、その手から加えられた力が、瞬く間に響の膝を折らせ、守護者たる黄金の鎧装を、呆気なく組み伏せていた。
相棒の行為に、僅かに目を見開いたブルーの身体も、シャピロの目を介在した精神感応で、その四肢のコントロールを奪われ、金縛り状態となっていた。
「“進化”したばかりで、君たちは自分の力の上限も、下限も認識出来ていない。自覚はないだろうが、あの“破滅の凶事”との戦闘で君たちとその輝電人は激しく消耗してるんだよ。いま、君たちの体力は通常運転の48%といったところかな――」
自分達を制圧した、シャピロのその行動と言葉によって、響とブルーは初めて自分達の状態を認識する。
考えてみれば、ゼルメキウスを圧倒した雷威我のバルカン砲が、“殺戮者”に容易く防がれたのも、連続使用によって、著しく威力が低下していた事が要因だったのだろう。
理解とともに拳を固く握った二人に、シャピロは“わかればよろしい”と頷き、言葉を続ける。
「落ち着いて、休息したまえ。僕の解析じゃ、いまあの“遺骸”を破壊しても手遅れ……状況は変わらない。いまは力を蓄え、十全の力で“救済”を迎え撃つしかないのさ」
それに、と続けたシャピロは、“神の子”の傍らに寄り添うガブリエルを一瞥し、僅かに苦い表情を浮かべる。
「君たちは進化した事で、新たな弱点も抱え込んでるからね――」
「弱、点……?」
響の喉から零れた声に、曖昧に笑むと、シャピロはその脚を擬似聖人達へと前進させ、額と胸部に埋め込まれた、3つの知覚強化端子を輝かせる――。
飄々と自らを覆い隠していた笑顔を、厳かな表情に変え、シャピロは仮面を外すような仕草で、掌で顔を覆い隠す。
「君たちが、力を取り戻すまでの間、僭越ながら僕が擬似聖人の相手をしよう――」
シャピロは想う。
人類救済を謳う擬似聖人達にとって、自分は実に不可解で、不愉快な存在であろうと。
そうだ。自分は人類ではない。骨の髄、細胞レベルまで人類とは異なるもので構築されている。
掌の下で罅割れ、変貌を始める貌で、シャピロは相棒と出会った、あの“始まりの日”と向き合う――。
※※※
(やぁ、助かったよ――ここが“無人”となれば、栄養素の供給もいずれ停止しただろうからね)
「…………」
ブルーがカプセルを開いた事で、解放された“物体”は、床の上にモゾモゾと蠕きながら、精神感応による礼を告げる。
物体は蠕きながら、徐々に形態を変貌させており、脳髄のように見える、現在の形状も、物体の一形態に過ぎないのだと、ブルーは認識する。
――もしかしたら、この物体が、人類と対話するに相応しいと判断した形状が、あの脳髄状の形態であったのかもしれない。
物体は、植物の蔦のような形状に変態。自分を護り、倒れた少年の遺体を労るように絡み付き、粘着質な灰色を蠕かせる。
(……なんでだろうね?)
「……?」
“七罪機関”が飼うに相応しい、度し難い生態を眺めていたブルーの脳に、僅かに湿った、翳りを秘した声が響く。
――それは解けぬ疑問を抱えた、惑いの声だった。
(確かに僕と彼は、互いに“貴重な話し相手”ではあったが――僕は、彼が生命活動を停止させてまで護るべきものだったのだろうか……?)
「…………」
少年しか知り得ぬ、その解答をブルーが答える事は出来ない。
だが、この地獄で“話し相手”に類する存在が在ったのなら、それは同年代、同境遇の少年にとって、“救い”であったのではないか。
惨劇の中、際立つ少年の安らかな死顔――その、推察に利用出来る情報から想像し、ブルーはその青い唇から淡い溜め息を零す。
(――教えてくれ、青い少年。僕の生存は、これから彼が歩むはずだった時間に比して、価値あるものなのかい……?)
「……そんな事、俺が知るか」
縋り付くような物体の声に、吐き捨てるようなブルーの肉声が重なる。
推測は真実ではない。
ブルーが提示出来る真実など何もない。だから、
「自分で考え、自分で見つけろ。生きているなら、それが出来るだろう」
そう告げる事が、死した同境遇の少年への、惑う物体への誠意であると、ブルーは考えた。
死んだ者の想いが取り戻せないなら、それを想い、背負って歩くのが生者の役目だろう。
自分の叛逆の所為で、命を落とした遺体たちを見据え、ブルーはその小さな拳を握り締める。
(……驚いた、君は厳しいのだね、青い少年)
「個体識別名はブルーだ。“灰色”」
お返しのように告げたブルーに、少し笑んだような気配を漂わせ、物体はその蔦で少年の遺体を覆い尽くし、徐々に“一体化”。
やがて、“少年そのもの”となり、立ち上がる。
「なら、これから僕は彼となって、それを探そう。……“シャピロ”。うん、確かそれが彼の名前だった」
少年の顔でそう告げた、律義者の怪物は、数年後、“同じ顔”でブルーと再会する。
多くの人類、出来事と遭遇し、彼なりの解答を観測した、一個の生命として。
それが、“シャピロ・ギニアス”という男の成り立ちであった。
※※※
そうだ。自分は人類ではない。人類ではないが、この論理的でなく、高等なようで愚かな生物を“愛して”いる。
“愛”なんて、言語化出来ない詩的な情動を至上とする奇妙な生物は、自分が識る限り、人類のみだ。
外宇宙から隕石とともに飛来した“物体”は、人類を演じながら、いつしか人類以上に人類を想う、“人類を護る怪物”となっていた。
自身の軌跡をなぞるように、白い指先を虚空へ泳がせ、シャピロは“人”の唇で言霊を紡ぐ。
「――“鎧醒”――」
「……!」
シャピロの人間としての姿が崩れ、パズルのピースが入れ替わるように、シャピロが旅路の果てに辿り着いた、“真の戦闘形態”が露わとなる。
それは、五獣将の情報因子を喰らい、繋ぎ合わせた“中継地点”を経て、煌輝・月輝の情報因子+“黄金氣”を昇華した、完成形――。
人類を護り、絶望を斬る“白夜の騎士”。
「白夜を鎧装う灰……“灰鬼・白輝”、まかり通るよ――」
白い輝甲を纏いし、灰色の鬼が嘯く。
灰の異形を覆う、白の輝甲は、煌輝、月輝以上に整った、美麗とすら表現出来る、騎士然としたものである。
それは人類ならざる、外宇宙生物という“夜”を覆い隠す、眩い輝き。――まさに白夜である。
「人類を見限り救う者と、人類を愛し擬態る者。人類の傍らに在るべきなのは、果たしてどちらだろうね――」
右肩の輝甲に設えられた、大仰な龍の貌が咆哮し、“灰鬼・白輝”の左腕が、その顎から三又の槍を引き抜く。
――“外宇宙生物”と“擬似聖人”。
白夜の輝きの中、人類を想う、非人類同士の激突が、始まる。
NEXT⇒第24話 白輝繚乱―“Shining Collection”―