第20話 月輝―“MOON SHINE DANCE”―
#20
「な、何モンだ、ありゃあ……」
「隊長を、助けてくれたのなら……」
「“敵”ではなさそうだが――」
鮮やかに戦場に舞い降り、響を救った蒼い鎧装に、保安組織の面々の口から、“またしても”呆けた声が零れる。
自分達が前進すらままならなかった、膿の弾幕を閃光のように潜り抜け、標的を一蹴した、その手並み――明らかに尋常ではない。
「“蒼鬼”……。忌まわしき人柱実験体の一体か」
乱入者である蒼い鎧装。
儀式を中断してまで放った“奥の手”を、一瞬で屠ったブルーを見据え、“処刑者”はその仮面から、大仰な溜息を漏らす。
“人柱実験体”という未知数を狩る為に用意した切り札を、“人柱実験体”に狩られたのだ。
“処刑者”にしてみれば、不快の極みといったところだろう。
「……私の“奥の手”を屠った事は賞賛しよう。しかし、この場に立つ役者としては、いささか力不足ではないか――?」
「……………」
侮蔑ともとれる“処刑者”の言葉に応える言葉はない。ブルーはただ、その仮面の奥の蒼眼で、戦況を、状況を冷静に観察していた。
“処刑者”は“処刑者”で、言葉通りの楽観はしていない。ブルーを力不足と嘲りながらも、儀式を再開せず、ブルーの一挙手一投足に目を光らせているのが、その証明と言える――。
他の“擬似聖人”達も、一時的に攻撃の手を緩め、新たなキャストの観察へとその思考を移行する。
到着とともに、ブルーは、この戦場の注視を浴びていた。
「ブルー……」
そして、自らの誇りである部下の到着に、麗句もまた、その声を震わせていた。
まず、無事でいてくれた事。
次に、この抜き差しならぬ難局に、駆け付けてくれた事。
麗句は、安堵と歓喜に、疲労に喘ぐ血肉が沸き立つのを感じていた。
その気配を感じたのか、ブルーもコクリと頷き、蒼い唇から、清水のような声を響かせる。
「……“女王”、ご心配をおかけしました。まずは天敵種、骸鬼に敗北し、御身の前に辿り着かせたこと、お詫びいたします――」
「フッ……」
生真面目に過ぎる、ブルーの報告に、麗句の口元から朗らかな息が零れる。
詫びることなどあるものか、失態などであるものか。
ブルーが全力で挑み、認めた男は、間違いなく、この混沌極まる戦場の希望だった。
「なぁに、お前の兄の到着は、私にとって僥倖だった。流石はお前を倒した男だ、大したものだよ――」
「御意」
短く応え、ブルーは眼前の敵である、滅尽騎士と破滅の凶事へと意識を向け直す。
ブルーが突き入れた“蒼裂布”によって、顔面を損傷し、片膝を付いていた滅尽騎士はゆっくりと立ち上がり、ブルーを凝視。
破損した顔面に秘匿されていた天使像――“歌”の発生装置を、膿状の体組織で再生させていた。
「……やはり、厄介なその装置も再生の対象か。だが、“対処法”は既に解析済みだ」
「ブルー……」
“歌”のダメージに跪いていた響の瞳が、“歌”の最中に飛び込んできたブルーの背を見上げる。
“壊音”をベースとする“似て非なる蒼”を体内に持つブルーも、“歌”に対して響同様のダメージを受けるはずだった。
――だが、ブルーは、あの高出力の“歌”の中に飛び込んできた。その上で、素早く“欠陥品達”を一蹴し、滅尽騎士に一撃まで加えている。
彼が、“歌”に対し、何らかの対抗手段を見出しているのは確かなようだ。そして――、
(……すまないね、僕の“感覚制御”は、倫理的な意味でも一人用でね――)
「……!?」
突然、脳裏を撫でた声に、響は目を見開き、周囲へと五感を研ぎ澄ます。
ごく自然に囁やきかけるような“精神感応”――。
どれほどの遠隔地から発信されているのか。煌輝の研ぎ澄まされた超感覚でも発信者の影すらも捉えられぬ事実に、響は息を呑む。
【―_――_――-―ッ!】
「フッ……」
再生が不十分な為か、歪な雑音となった“歌”とともに挑みかかる、滅尽騎士の特大剣を、流水の如き滑らかな動きで回避すると、ブルーはその鎧装を羽毛の如く、ふわりと浮き上がらせ、弧を描くように、滅尽騎士の側頭部に蹴りを叩き込む……!
グラついた滅尽騎士の巨躯、その首筋を、着地したブルーが放った追撃――刺突に等しい蹴りが貫き、滅尽騎士は膿状の体組織を飛び散らせる。
性能として遅れをとっていないどころか、技量を含めれば、完全にブルーが凌駕していると言えるような攻防である。
――少なくとも、響が戦った時よりも、格段に力を増しているのは確かだった。
「……アンタと同じ理由だ。恐らく、な」
「……!」
響の疑問を察してか、滅尽騎士へと目線を向けたまま、ブルーが告げる。
「“似て非なる蒼”に施されていた封印を解き、俺もまた“天敵種”となった。醒石を、“畏敬の赤”を喰らう“醒石喰い”にな――」
「なっ……」
思考を貫く驚愕とともに、合点もまた響の胸に満ちる。――しかし、それにより疑問が増殖した事も確かだった。ブルーの言葉に、“処刑者”は仮面の下の眉を顰め、冷笑を含んだ声音を響かせる。
「馬鹿な……“畏敬の赤”を体内に接種して、無事でいられるわけがない。現に、其処の骸鬼も、七転八倒の騒ぎだったではないか」
「…………」
――そうなのだ。現在の煌輝はガブリエルの生命を喰らう事で安定を手にした例外。
響が我が身を持って味わったように、“畏敬の赤”の接種は、両刃の剣どころか、服毒自殺に近しい所業である。
いかにブルーとて、無事で済むわけがない――。
「……確かにな。だが、俺の、蒼鬼の体内には液状化した精神感応金属――紅板が満ちている。体内の“畏敬の赤”を制御するに足る量のな。そしてーー」
ブルーの蒼眼が響を、そして、神の子の隣で状況を見守るガブリエルを捉える。
「同種を体内に宿すが故の“共鳴”と言うべきか――兄の体で起こった変化が、同種である俺の身体にも作用した。兄が接種した生命の一部が、俺に流れ込んだ」
「え……?」
予期せぬ驚きが、ガブリエルの胸を揺らす。
そして、敬意を示すように、ブルーの仮面が、片腕を失った翠髪の少女へと、微かに頷いていた。
抑揚に乏しいブルーの口調ではあるが、その端々に、確かな感謝の響きが感じ取れた。
その響きに共鳴するように、空間を漂う“黄金氣”が、ブルーの鎧装に集まり始める――。
「故に、俺もまた、兄と同様の輝きを得た。太陽から零れ落ちた月光のような、微かな光だがーー」
「ヌ……!?」
「この“夜”を照らすには足る……!」
黄金が満ち、“蒼”がいま、新生の刻を迎える。
黄金氣を浴びた蒼の鎧装は、その輪郭、形状のアップデートを開始。
一角獣を想起させる一本角と、“蒼裂布”が鎧装内に格納され、両眼を隠していたバイザーとフェイスガードが展開、秘匿されていた“鬼の貌”を露わとする。
両肩と胸部を彩っていた合成獣を想起させる意匠は、主である“女王”への敬愛を描くように、麗しき不死鳳の意匠へと変化。
鎧装全体の印象をより荘厳な、壮麗なものとしていた。さらに、
「ハァァ……ッ!」
体内の精神感応金属が、黄金氣により武装化した2つの刀剣が、背部に顕現・装着され、間髪入れず、ブルーの五指がそれを抜刀……!
新生した己の力を確かめるように、ブルーはその刀剣――輝双剣・三日月を夜暗へと舞わせる。
「“蒼鬼・月輝”……“銀装完醒”」
「……!」
鮮やかな剣舞とともに、蒼の鎧装に宿った“黄金氣”が弾け、蒼き闇に銀の月光を纏わせる。
勇壮にして流麗な鉄兜は、一本角に代わるブレード状の角を形成。鎧装が放つ蒼き銀光が羽毛のように夜闇に舞い散る。
誕生した銀蒼の鎧装の名は、月輝。
この混沌を照らす、新たな希望である。
「クッ……“破滅の凶事”! “破滅の凶事”……ッ!」
新たに立ち塞がった看過できぬ“輝き”に、“処刑者”は声を荒げ、自らが再生し、解き放った“異世界の悪魔”へと叫ぶ。
「貴様に施した“制限”を全て解除する! その悪辣な“世界を滅ぼす”生体で――この危険因子どもを取り除け……ッ!」
【ーー_ーー―_ーー】
“処刑者”の叫びに呼応するように、ゼルメキウスの声帯が悍ましい声で囀る。
同時に、ゼルメキウスの背部から、無数の蒼い閃光が放射され、それら全てがブルーへと向け集束……! 強力な破壊光線となって唸りを上げる。だが、
「オォオ……ッ!」
「……!」
射線に割り込んだ“黄金”が、重輝醒剣で、破壊光線を真っ向から受け止め、豪然と振り抜く……! 弾かれた凶光は散り散りに霧散し、祭祀場と化していた周囲の意匠を、粉々に爆散させていた。
「感謝する、ブルー。……おかげで呼吸が整った」
「フッ……」
“黄金”が、銀蒼の隣に並び立つ。
響とブルー。
煌輝と月輝。
2つの輝きが、異世界より来たる絶望――“破滅の凶事”の前に立ち塞がっていた。
「……不思議と、いや――“当然”か。お前となら何が相手でも」
例え、相手が神や悪魔でも。
「「負ける気がしない」」
兄弟の声が重なり、眩いほどの黄金氣が、絶望を塗り潰す……!
陶然とするような、綺羅びやかさを帯びた反撃の狼煙がいま、鮮やかに上げられていた。
【――――--―――ッ!!】
響く、邪悪な咆哮。
完全に再生を果たした滅尽騎士が、その顔面を展開。
“歌”を放つべく、腐敗した天使像を露わとする……!
“目障りな希望はここで消し飛ばす”――そんな破滅の意思に従い、滅尽騎士はその禍々しき巨躯を駆動させる……! だが、
「……言ったはずだ。“対応策”は既に解析済みだと」
【……!?】
ブルーは動じる事なく、手にした輝双剣を構え、その銀蒼の刀身を激しく打ち鳴らす……! 響き渡った金属音は、“歌”の波長を乱し、驚くべき事に一気に“無害化”していた。
「ハァア……ッ!!」
【――――――ッ!!?】
その隙に、響の重輝醒剣が唸りをあげ、滅尽騎士の胸部鎧装を、強烈な刺突とともに破砕……!
続け様、その重輝醒剣を足場としたブルーの飛び膝蹴りが、滅尽騎士の天使像を撃ち抜き、粉砕。
その破片を、天使の羽根のように舞い散らせていた。
そのまま、宙に舞い上がった銀蒼の鎧装は、舞踏の如き、流麗な回転とともに降下。着地までの数秒で、響とともに数十……数百の斬撃を刻み込む……!
ブルーが放つ、音速すら超える高速の斬撃は、膿状の体組織が刀身に絡みつく隙すら与えない――。
「……最早、再生の暇は与えん。その機能が停止するまで、貴様の尽くを切り刻む……!」
【―――――――_--_――――――ッ!!!】
ブルーが更なる斬撃を加えるべく、輝双剣を構えた刹那、滅尽騎士の全身から断末魔の如き“歌”が轟く……!
顔面の発生装置を破壊されながらも轟くそれは、瞬時に体内回路を組み換えて放つ、“絶唱”とでも言うべき機能だった。
だが、不意討ちとも言えるその“歌”にも、ブルーは動じず、その銀蒼の鎧装を、間髪入れずに躍動させる……!
「……よく鳴る機体だ。しかし、“俺達”には通じない」
遠く離れた場所にいる“相棒”に預けた五感は、自らを閉じる事で“歌”を遮断。
“飛び込んできた時”と同様に、強制的に作り出した無明・無音の状態で、“歌”を無効化していた。
そして、その無明の闇にいるに等しい状況下でも、ブルーの動きに迷いはない。
“相棒”が観測・解析した周囲の景色、滅尽騎士の内部構造が、ブルーの脳裏に鮮やかに浮かび上がり、斬るべき箇所、突くべき箇所を提示。
ブルーの輝双剣は、迷う事なくその軌跡をなぞり、滅尽騎士の“歌”の発生回路を斬り、突き、絶つ……!
【……ァ……シィ……】
「……!」
その刹那、ゼルメキウスの発声器感が何事かを囀り、悍ましき膿の弾丸をブルーへと殺到させる……!
相棒から“返却”された五感とともに大地を蹴り、舞い上がる銀蒼の鎧装が、弾丸を軽やかに躱し、入れ替わりに飛び込んできた黄金が、重輝醒剣による一撃で、滅尽騎士の脚部を破壊する……!
「ブルー!」
「……承知した」
決着の好機を見極めた兄の声に、ブルーは頷き、手にしていた輝双剣の柄を“連結”させる。
「……“銀装連結”・『弐之型』」
「……“封印解除”ッ!……」
柄が連結するとともに、輝双剣の刀身に設えられていた蒼の拘束具が展開。封を解かれた刀身はスライドし、長尺のブレードへと変形する。
更に、そのブレードは弧を描くように折り畳まれ、連結した輝双剣はいまや、大型の“弓”となってブルーの手に握られていた。
響の重輝醒剣も、大剣を構成していた重殻――“鞘”を排除し、本来の白銀の刀身を解放。
煌輝と月輝、2つの希望が、最大の一撃を放つべく、自身の内に漲る“黄金氣”を高め、燃やす――。
「輝蒼弓・真月弐型――発射形態移行」
ブルーが構えた弓、“真月弐型”が周囲に溢れる“畏敬の赤”を吸収し、黄金氣へと変換。高濃度の黄金氣を圧縮した“矢”を番える……!
「“蒼月銀牙穿”――――撃ち貫く!」
蒼い銀光が、月輝の周囲に渦を巻き、その奔流が、放たれた矢とともに、闇夜を駆け抜ける……!
大地を削り、大気を震わす蒼の奔流は、滅尽騎士を撃ち抜き、その背後に聳え立つゼルメキウスをも一撃……! 高められた“黄金氣”を源とする、蒼い焔で、両者の身を覆う、膿状の体組織を焼き尽くす――。そして、
「オォォ……ッ!」
黄金の鎧装が咆哮とともに、輝醒剣を左腕部の突起――“輝獣刃”へと差し入れ、凛然と引き抜くと同時に、“輝獣刃”が翡翠の焔を纏う。
膿状の体組織を失い、再生機能を喪失した滅尽騎士がその身を起こすも、疾駆した響の拳が、“輝獣刃”を叩き付け、滅尽騎士の巨躯を、軽々と宙に舞わせる――。
「……“銀蒼連結”・『壱型』……」
更に、呼吸を合わせるように、ブルーも輝蒼弓のブレードを正位置に戻し、輝蒼弓を輝蒼剣・真月壱型に変形。
渾身の一撃を放つべく、その腰を落とす――。
「異世界との禍根は――」
「「ここで断つ!」」
【ーー_ー-ーー-_ーーーーッ!?】
黄金と銀蒼の鎧装が跳躍し、封を解かれた輝醒剣が、蒼き銀光を湛えた輝蒼剣が、異世界の悪魔――その使徒の“存在”を断つ……!
「「“散”……ッ!」」
横一文字の輝醒剣。
縦一文字の輝蒼剣。
骨格と核を十字に断たれた滅尽騎士の残骸は、落下と同時に爆散……!
着地と同時に並び立つ、煌輝と月輝の鎧装を、その焔で眩く照らし、輝かせていた。そして――、
【―――――――_--_――――――-_-_――――ッ!!!!!!】
自らの使徒を斃され、怒れる破滅の凶事の声帯が、禍々しい歪つな旋律を奏でる。
膿状の体組織を再充填した巨躯は、背部から3本目、4本目の腕を展開。戦闘形態と呼ぶべき形状への変態を開始していた。
その醜悪なる巨体が秘め、放つ邪悪な重圧は、滅尽騎士などの比ではない――。
「中々の前菜だったが……主菜はやはり、まだまたこれからというわけか」
ブルーの呟きに頷き、響は斃すべき邪悪と、“自分に呼びかける声”へと、その意識を向き合わせる。
“我を喚べ”と呼びかける、雄々しき声へと。
「確かに――必要なようだ。“その力”が」
呼び声に共鳴する“制御翠核”が激しく発光。煌輝の額に、呼び声との繋がりを示す、眩い光輪が浮かび上がる。
その繋がりを手繰り寄せるように、響は掌を虚空へと突き上げ、脳内に告げられた“名”を叫ぶ……!
「来い……! “輝電人・雷威我”……ッ!」
(――“応”ッ!!――)
“約束の刻”が、来た。
虚空を、現実を硝子のように砕き、鳴り轟く雷鳴。
喪われた地“ラ=ヒルカ”が遺した、希望へと託される力がいま、響の手に握られる……!
轟音とともに大地を砕き、落着した赤い鋼。
“彼”は全身の回路が駆動する機械音と共に身を起こし、“起動”を示す光を両眼に宿す――。
「なっ、あ――」
衝撃と戦慄が、“擬似聖人”達の精神・思考を刺し貫き、その言葉を根刮ぎ奪っていた。
紅い鋼が秘める、強大にして強靭なる“力”が、雷鳴とともに、彼等の人ならざる五感を圧迫、ビリビリと痺れさせる――。
「……一気に決着をつける。いけるか? 輝電人」
響の問に応えるように、砂金のような煌めきを秘めた紅い鋼が、その巨腕を持ち上げ、全身から電光を迸らせる……!
賽は、投げられた。
煌輝と月輝の鎧装と並び立つ、その輝く鋼の名は輝電人。輝電人・雷威我。
彼こそが、“畏敬の赤”の神威を歪め、陥れる者を斃す裁定者。泥濘の中、足掻きながらも未来へと向かう、人類と並び立つ守護者。
熱き鉄の意志がいま目覚め、迅雷が、戦場を疾駆しようとしていた。
NEXT⇒第21話 迅雷、戦場を駆ける―“ignition”―