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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
138/172

第17話 破滅の凶事―”zeru:me:kius”―

#17


「“誘愛者(ヴァンプ)”……」


 ……一つの救済たたかい終焉おわり


 コアを打ち砕かれ、朽ちゆく“誘愛者(ヴァンプ)”の巨躯。


「“誘愛者(ヴァンプ)”……!」


 その最期さいごを、虚空そらから降り注ぐ、彼女の残滓を仰ぎ見る“破壊者ジーザス”の――フェイスレスの声音こえは誤魔化しようもなく震えていた。


 その渇いた、虚無をたたえた両眼は悲嘆に歪み、黒革に覆われた表情かおに慟哭の色が滲む。


かないでください、“破壊者ジーザス”。これもまた、私の選択なのです――)


 消えゆく残滓が、わずかに残る“誘愛者ヴァンプ”の意思を、その遺志を静かにささやく。


 その声は優しく、柔らかく、故に――哀切に満ちていた。


ゆるさん……ゆるさんぞ、“誘愛者ヴァンプ”。このような終焉おわりは、君には似つかわしくない――」


 叱責の如き言葉を紡ぐ、“破壊者ジーザス”の声も、いたみに、悔いに満ちていた。


 舞い散る羽根の如き“誘愛者ヴァンプ”の残滓を、掻き集めるように抱きながら、彼は口元を覆う黒革から、その静謐なる声を絞り出す。


「君が示すべき神威ちからは、その救いは此処で終わるようなものではない――。君は、新たに産まれ来る生命いのち聖母ははであるべきだ」


 消えく奇蹟の体温と呼ぶべき温もりが、次第に冷たくなり、雪のように溶けて消える。


 そして、その最期の輝きが描くのは、まさしく聖母ははのような、慈愛に満ちた“誘愛者ヴァンプ”の微笑みだった。


「……いや、“破壊者ジーザス”。彼女はやり遂げたのかもしれん」

「“処刑者エリミネーター”――」


 その微笑みに、凄烈にして清廉なる遺志に、“疑似聖人”の同胞たる“処刑者エリミネーター”は頷き、空を泳ぐ彼女の残滓を握り締める。


 掌に残り、刻まれる熱が、残り火のように、救済たたかいに散った聖女の遺志を、“処刑者エリミネーター”の体内に灯す。


「……見給え。“聖極ウルティマ”によって受肉した彼女の半身はまだ残存している。コアを砕かれ、疑似聖人としての生命を失おうとも、彼女の遺志はそこに“生きている”」


 道化師ピエロの如き“処刑者エリミネーター”の仮面が、朴訥と言葉を紡ぎ、その指が同胞が成し遂げた偉業を指し示す。


「君の残骸は、終焉ほろび人類ヒトの“苗床”となる。そうだな? “誘愛者ヴァンプ”――」

「……!」


 “処刑者エリミネーター”が指差した先には、頭部から右胸を喪失した、“誘愛者ヴァンプ”の残骸がいまだ屹立していた。


 麗句の秘儀を受けながらも、“聖極ウルティマ”の巨人はその残骸をいまだ現世に残し、そのカタチを留めていた。


「因果の調律を乱す度重なる想定外と、そこに撃ち込まれた“血盟機”という危険因子イレギュラー。……これでは麗鳳石を始めとする“畏敬の赤アームド・ブラッドクラスの回収は困難と言えるだろう」


 “その高いリスクを容認出来る程、いまの我々に猶予はない――”。


 そう続けた“処刑者エリミネーター”は、一足先に旅立った同胞ともへとそのまなこを向ける。


「……君にはもう少し、安らかな最期が望ましかったが、救済に全てを捧げたその有り様もまた、生命いのちを抱き護る聖母ははのもの。我等“模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”の誇りである」


 厳かに同胞へと言葉を贈り、“処刑者エリミネーター”は胸で逆十字さかさじゅうじを切る。


「――amenそうあれかし

amenそうあれかし


 厳粛なる“処刑者エリミネーター”の祈りに、“疑似聖人”達の唱和が続く。


 悲嘆に満ちたその声は、鎮魂歌レクイエムのように、“疑似聖人”達の連帯を示すように、周囲へと響き渡る――。そして、


「……おい、アイツ等の様子、妙じゃねぇか?」


 降り注ぐ、触手による刺突の雨。


 立ち塞がる“骸羅无ガイラム”の攻撃をさばきながら、“疑似聖人”達の様子をうかがっていたジェイクの口から、焦燥の入り混じった、怪訝な声が漏れる――。


 多くの戦場、修羅場を駆け抜けて来た戦士の“勘”が、“疑似聖人”達の動きに、“よからぬもの”を感知していた。


 戦場において、自らの勘を軽視すれば、死の雨が降り注ぐ――。


 それが彼等“強化兵士カスタム・ヒューマン”達の経験であり、真実だった。


「ああ、あの女性ひとに一体を倒された事で――」

計画プランを変更した……あるいは何らかの“覚悟”を固めたか――!」


 槍のように刺突の雨を降らせる“骸羅无ガイラム”の触手を、矢の連射で射落とすミリィと、“骸羅无ガイラム”の懐へと轟然と飛び込み、戦斧による一撃を繰り出すガルド。


 二人もジェイクの予感に同調し、先頭で“骸羅无ガイラム”と鍔迫り合う黄金の騎士――響=ムラサメへの援護を、より攻撃性の高いものに移行させる。


 そして、


「ぐっ……おおおおおおおおッ!」


 内部より溢れ出した肉で、刀剣ブレード状に変貌した“骸羅无(ガイラム)”の左腕と鍔迫り合っていた響の輝醒剣が、咆哮とともに跳ね上げられ、炸裂……!


 “骸羅无(ガイラム)”の頭部を、一撃で斬り飛ばしていた。


 “骸羅无(ガイラム)”が放つ“歌”は、変わらず響の体内で蠢く“壊音”を蝕んでいたが、練り上げられた“黄金氣マナ”によって底上げされた筋力と瞬発力は、難敵をほふるに足る火力を輝醒剣に与えていた。


 麗句と“誘愛者ヴァンプ”の激突によって生じた、“畏敬の赤”の奔流が、煌醒剣によって“黄金氣マナ”へと変換された事も大きい。


 この意図せぬ、しかして強固な連携は、確実に“疑似聖人”達の策謀に、強烈な一矢を報いていた。


「クッ……」

「……! 隊長……!」


 そして、その身体からだをグラつかせ、片膝を付いた黄金の騎士に、ジェイク達は駆け寄る。


(厄介な相手ヤツだったが……何とか、なったか)


 響は、大剣状の輝醒剣を大地に突き刺し、“黄金氣マナ”をほとばしらせる黄金の鎧装ヨロイを、疲労に喘ぐ己が体を預けていた。


 ねられた“骸羅无(ガイラム)”の首。


 蛇のようにも、能面のようにも見えるそのカヲが、響の足元へとコロコロと転がり、恨めしげに響を睨むが、その首を、ジェイクが素早く踏み潰し、粉々に破壊する……!


「……これでもう、歌えねーだろ。クソ野郎」


 中指を立て、“骸羅无(ガイラム)”の破片を蹴散らしたジェイクは、視界の奥に控える“処刑者エリミネーター”へとその身体を向け直す。


 ミリィもガルドも、既に“処刑者エリミネーター”へと意識を向けており、“疑似聖人”の参謀格と思しき彼へと、響もその輝醒剣を構え直していた。


 しかし、


「愚かな連中だ。自らくさびを引き抜くとは」


 “処刑者エリミネーター”は動じる事もなく、冷笑じみた溜息いきを吐いてみせる。


「言ったはずだぞ? よくないものを積んでいるが故に――ソレとは“気を付けて、れろ”と」

「……!」


 ――まだ、“終わって”いない。


 首を刎ねられたはずの“骸羅无(ガイラム)”の胴体は、いまだに不気味な鼓動を響かせていた。


 そして、鼓動と同調シンクロするように痙攣する“骸羅无(ガイラム)”の胴体から、黒々としたうみが、醜怪な肉塊が溢れ出していた。


 肉塊は蜥蜴や鴉、鼠などに似た、様々な生物の形を模しながら、より仰々しい、禍々しい異形カタチへと変貌してゆく――。


(な、何だ……? コイツは――)


 この数時間、人ならざる奇蹟と対峙し、怪物と呼べる存在と斬り結んできた響にとっても、ソレの異形カタチは、気配は異常だった。


 “生きる世界が違う”。


 そう五感が、“本能”が吼えている。


 コレは――、


「ほう……察しが良いな。ソレは確かに“この世界のモノ”ではない」


 響の直感を肯定し、“処刑者エリミネーター”は懐から取り出した鍵状の機具を虚空へと突き刺す――。


「私達“疑似聖人”は観念世界アンダー・ワールドを通じ、“畏敬の赤アームド・ブラッド”を起源とする多くの異世界に関わっている。ソレはその一つ“幻想世界ラブーツァ”に存在した破滅の獣」


 処刑者の指が虚空に突き刺した鍵を回し、解錠したのは“おぞましき幻想”。


「開くがいい、悪魔の瞳……! “破滅の凶事ゼルメキウス”……!」

「な……」


 ――希望ひかりを飲み込み、根絶やす破滅の門が開く。


 黒々とした膿の塊は、やがて人型を形成し、外骨格のように表層に鎧装ヨロイを纏わせる。


 当然のように、それは尋常の鎧装(ヨロイ)ではなく、数多の生物の生皮や骨、脊髄を繋ぎ合わせたかのような死臭を漂わせていた。


 刃状の甲殻を蛇腹状に繋ぎ合わせた巨尾。


 朽ち果てた龍のようでもあり、古代魚のようでもある禍々しき頭部。


 スカートのように脚部を覆い、木の根のように大地へと絡み付く膿状の下半身。


 それらを申し訳程度の人体が繋ぎ、かろうじて人型を保っている。


 わずかに女性を想起させる、そのシルエットは、さながら退廃と死を司る女神である。


「……コレのオリジナルは幼体時に討滅されているが、いま顕現させた“彼女”は、私独自の解釈で再生・進化させた完成体。天敵種イレギュラーどころか人類さえも滅ぼしかねない、異世界より召喚されし“最悪の災厄”だ」


 “処刑者エリミネーター”が紡ぐ言葉と連動するように、首をもたげたゼルメキウスの眼が、くらい朱を灯す。


 その朱に、凍り付くような、冷え冷えとした神々しさと、多くの毒物をかけ合わせ、混ぜ合わせたかのような毒々しさを併せ持つ“蒼”が混じり、この世ならぬ妖艶な輝きを産み落としていた。


 ゼルメキウスの左眼は潰れたように塞がれていたが、煌々と輝く右眼が放つ重圧プレッシャーは、響達を飲み込み、その動きを封じていた。


 そして、ゼルメキウスの膿状の下半身が波打ち、抜け殻のように打ち捨てられた“骸羅无ガイラム”の残骸を“胎内”へと取り込む――。


 腐臭に満ちた、その膿の中で、残骸は破砕され、組み換えられ、新たな“災厄”として膿の中から吐き出されていた。


 紫紺と漆黒に染め上げられた、その鎧装ヨロイは、


「コ……コイツ、は――」


 神話生物(ミノタウロス)のように、両肩と胸部に鎮座する牛頭。凶相の騎士兜を飾る禍々しき大角。その巨腕が携える龍の牙を削り、精製したかのような巨大剣。


 “破滅の凶事ゼルメキウス”の尖兵として立ち塞がる、その異形の容姿は禍々しき、人ならざる存在でありながら、何処か、響の“煌輝”を想起させる構成を有していた。


「……模倣コピーしたのか、“煌輝オレ”の鎧装ヨロイを――!」


 響の咆哮さけびを肯定するように、両眼を蒼く輝かせ、異形の騎士は巨大剣を振りかぶる。


 騎士の名は“滅尽騎士ゼルマギア”。


 “黄金ひかり”を喰らい、斬り裂く破滅の狂兵――。


NEXT⇒第18話 滅尽の使徒―”vulgar”

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