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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第16話 神を憐れむ歌―”amen”―

#16


「カハハッ……! “女王クイーン”もあのクソデカ聖女オンナも随分とイカすじゃねぇかッ!」 


 “たぎり過ぎて理性アタマがブッ飛んじまうぜ……ッ!”


 麗句と“誘愛者ヴァンプ”が見せつける奇蹟の頂きに、我羅ガラは理性もクソもない表情でえる。


 その昂ぶる狂戦士ベルセルク長駆からだは、対峙する“叛逆者リベレイター”の蹴撃を、己が腕に繋がれた鎖で叩き落としていた。


 彼等が死闘という舞踏を演じる舞台ステージは、“聖極ウルティマ”の巨人と化した“誘愛者ヴァンプ”の進撃と共に、殺風景な岩肌から豪奢な石畳へと姿を変え、神を崇め、奉るかのような荘厳な建造物を、次々と無から生まれでさせていた。


 ――これらは、見せかけの奇蹟ではない。この変異した舞台ステージは“畏敬の赤”を強化ブーストする加護を有している。


「景色が……いやこの現実自体が改変され、再構築されている。これはまるで――」


 “祭祀場さいしじょう”。


 “畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の源泉たる“物質としての神”へと祈りを捧げ、頭を垂れる厳かなる舞台。


 其処にある景色を噛み砕き、グチャグチャに咀嚼そしゃくするような“奇蹟”の暴威が、祭壇を、神殿を次々と殺風景な岩肌の上に“生やして”いく。


(彼等がいままで表舞台に現れなかった理由がこれか――)


 シオンの脳裏に残されていた疑問が氷解していく。

 

 彼等“疑似聖人”という存在を構成する奇蹟はあまりに大きく、現実を書き換えずにはいられない。奇蹟という超常で塗り潰さずにはいられない。

 

 故に彼等は、“もう一人のフェイスレス”に総てを一任し、観念世界アンダーワールドの奥底に身を潜めていた。


 一人が力を解放しただけで、この有様なのだ。もし、あの全員が同時に力を解放したなら―――、


(この大陸――いや惑星ほし全体が変質させられる可能性すらある……!)


 すなわち、それは世界の終焉おわり


 そして、それでも尚十体の“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”が此処に集結したという事は、彼等はその弊害(リスク)を承知の上で、“救済”の断行を決断したという事だ。


 恐らく、もう一人のフェイスレスが"血に染まり(カーマイン・)転臨する世界(リィンカーネーション)"と呼んでいた、世界を巻き戻しやり直す異能は、あのフェイスレスにしか使えないものだったのだろう。


 彼等にしてみれば、これはやり直しコンティニューのきかない最後の一回。


 言うなれば、世界の終焉おわりと天秤にかけられた“救済”だ。


 表層上の態度からは測り知れない、焦燥と不退転の決意が、彼等の内面に満ち満ちている事は疑いようがない。


(相手は人ならざる“物質としての神”の眷属……! その強大なる壁に、貴女の“血盟”であな穿うがてますか、”“女王クイーン”……!)


 身を震わす畏敬とともに、虚空そらを仰いだシオンの視界に羽撃くは黒の鎧装ヨロイ。人類の未来と可能性を信じた“血盟機”の紅を背負った麗句の鎧装ヨロイ


 “聖極”の巨人と化した“誘愛者ヴァンプ”の腕の一振りが、極地的な嵐を呼び、その鎧装ヨロイの美麗なる飛翔を阻害する。


 次の刹那、隕石の直撃を受けたに等しい衝撃とともに、巨大な拳が麗句の身体を弾き飛ばしていた。


 因果のすり替えによって、直撃から逆算して構築される攻撃の軌道。“畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子を多く含んだ嵐による五感の撹乱。


 ――巨大過ぎる程に巨大でありながら、“誘愛者ヴァンプ”の攻撃には隙がない。致命的なダメージを避け続けるだけの、防戦一方の戦況を、麗句の黒鎧ヨロイは飛翔していた。


 麗句の飛翔を補佐する“紅翼の聖釘フェザー・ネイル”も嵐の中でその駆動を封じられている――。


「どうしました!? その“聖槍の成れの果てハルバード”は飾りですか!? 我が奇蹟を突き穿ちなさい! 斬り裂いてみなさい! 麗句=メイリン……ッ!」

「……承知している」


 過剰な“畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子放出、多重に仕掛けられた概念干渉によって歪む景色を、斧槍ハルバードで斬り裂き、麗句は“誘愛者ヴァンプ”の巨躯へと疾駆する。


 ――かわせないならかわさない。麗句の思考は元より単純シンプルだ。そもそも“奇蹟を殺す”槍と右手で、“奇蹟の塊”相手にやる事は決まっている。それは、


「ま、真っ向から殴り合うつもりですか……!? “女王クイーン”……ッ!」


 麗句の思考を察知したシオンの叫びが響く中、“誘愛者ヴァンプ”の巨大な拳に、麗句の右拳が撃ち込まれる……!


 血反吐を吐くような衝撃が、麗句の全身を駆け巡るが、“誘愛者ヴァンプ”の拳を覆う黒の鎧装にも大きくヒビが生じていた。


「ここから先は潰し合いだ。決して美しくはないぞ、“誘愛者ヴァンプ”――!」


 “聖極”の巨人と化しても優美な“誘愛者ヴァンプ”の美貌へとえ、麗句は眼前にそびえる巨腕を駆け上がる。


 目指すは彼女の胸に輝く結晶クリスタル――“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”の“コア”だ。


「思い切りはよいですが……賢いとは言い難いですね、“女王クイーン”ッ!」 

「……!」


 麗句が足場とする褐色の巨腕、その毛孔けあなから無数の閃光がほとばしり、黒鎧ヨロイかすめ、貫く。


 血盟機との契約テスタメントで、防御力が大きく向上している為か、甚大な損傷はない。だが、


(……! これは――)


 ――“共繋リンク”。


 強大な“畏敬の赤アームド・ブラッド”同士が激突した、その衝撃インパクトは、麗句の黒鎧ヨロイ・脳髄を駆け巡り、強烈・鮮明な映像ビジョンをその脳裏に再生させる。


(好きな人が……出来ただけなのに。人を、愛しただけなのに……)

「記憶……? “誘愛者ヴァンプ”の記憶なのか!? これが……!?」


 視覚を引き裂くように、脳裏へと切りつけられる鋭利な映像ビジョンの数々に、麗句の脚が歩みを止める。


 その隙に己を貫かんとした閃光を、プロペラシャフトのように回転させた斧槍ハルバードで蹴散らし、麗句は再度、“コア”へと疾駆する。


「“誘愛者ヴァンプ”……! 御身は、貴女は――」


 男を愛したという理由だけで、実父に殺害された少女。身寄りをなくし、大人という他人に全てを奪われ、街頭に立ち続けた少女。望まぬ姦淫によって自ら生命を断った少女。


 様々な記憶が、悲劇が、麗句の精神に注ぎ込まれ、その手足を震わせる――。


「……理解しましたか。私は“聖アグネス”の疑似聖人アルタネイティブ・クライスト。ですが、その根幹ベースは“元来その聖者によって救われるべき魂”の集合体」 


 映像ビジョンの奔流の中、麗句の内に芽生えた確信が“誘愛者ヴァンプ”の口舌によって言葉とされる。


「“聖人そのものではない”と知って失望しましたか? しかし、たかが“聖人”に、只の人間に人類が救えるわけがないでしょう……?」


 ……成程。


 理解と同時に噛み締められた麗句の唇から、一筋の血の雫が流れる。


 “物質としての神”が産み落としたのは、聖人そのものでなく、人類が理想とする救済者としての聖人。


 ――“現実に存在した聖職者”ではない。


「……確かに救済を最も渇望する魂とは、救われなかった生命、魂に他ならない。だが、だが!」


 “誘愛者ヴァンプ”の巨腕を覆う鎧装がほつれ、吼える麗句へと、鉄鎖くさりのように絡み付く……!


 麗句は閃かせた斧槍ハルバードで、その縛鎖を断ち、自らの双翼を“誘愛者ヴァンプ”の顔面へと羽撃かせる――。


「真に救われるべき魂が、人類ヒトを救うまで救われないとしたら……それはどうしようもない地獄だ。それはどうあっても断ち切るべき地獄(もの)だッ!」


 殺意ではなく慟哭を秘めた斧槍ハルバードきっさき


 訴えるように、祈るように“コア”へと躍動したその刺突は、シャッターのように新たに構築された鎧装ヨロイによって、冷徹に拒絶されていた。


「……ええ、そう恐らくは貴女の言う通り。人類という生物の有様は私達にとって“地獄”と呼ぶべき奈落です」


 僅かに細められた“誘愛者ヴァンプ”の瞳が、堅固な意志とともに、麗句を見据える――。


「その奈落より産まれ落ち、その奈落から人類ヒトという汚泥を引きずり上げる――。それが私達という救世主メシアの有り方なのですよ」


 “誘愛者ヴァンプ”のかいなの黒鎧からほのおが噴き出し、極大の奇蹟の発現を予感させる。


 その様は地上からも観測出来、離れた場所から状況を見守る、街の人々の胸を掻き乱していた。


「なんで、なんだろうね。なんで、あれを……あの人を見てると、こんなに―――」


 胸が苦しいのか。涙が溢れるのか。


 アレはお嬢ちゃんや響を苦しめる敵だってのに。


 カミラ・ポートレイは瞳から溢れ出す涙を拭い、何故か熱くなる頬の火傷痕を撫でる。


 ――そうだ。あの姿を見ていると、過去むかしの傷痕が無性にうずく。そして、その傷痕があの巨人に繋がっているのを感じる。


 身体を、自分自身を売り、自分自身を焼いた、その過去が――。


「貴女は泣いて……いるのかい? 私達の為に――」


「発動せよ――我が救済ッ! “苦痛は繋がりてマイ・ペインキラー・彼の者に安息を示すステーク・ユースネイシア”ッ!」


 カミラの呟きは、“誘愛者ヴァンプ”が発動させた“奇蹟”の轟音で掻き消されていた。


 “誘愛者ヴァンプ”の両腕の鎧装から螺旋状に噴き出した焔が、翼持つ女神となって、麗句を抱擁。焼き尽くす――。


 業火による火刑と、女神の抱擁による安息を混ぜ合わせたかのような、“誘愛者ヴァンプ”の救済秘儀。


 それは、確かに麗句の黒鎧をき、溶かし、この戦闘に一つの終止符ピリオドを刻んだかのように思えた。


 しかし――、


「――“罪罰の血剤カイン・ブラッド”装填」

「……!」


 凛とした声音が虚空を撫でると同時に、焔を吹き払うようにして麗句の、“断罪の麗鳳クイーン・ホーク”の鎧装がその顕在を示す。


 双翼の中に秘匿されていたアンプル状のパーツが、弾丸のように鎧装に撃ち込まれ、その内部の血剤を鎧装へと直接注入していた。


「馬鹿な……貴女はあえて受けたのですか……! 私の秘儀を……!」

「……それ以外に思いつかなかったのでな。貴女の望みを断つ以上、私には貴女の全てを受け止める義務がある」


 鎧装は罅割ひびわれ、焼けただれ、“畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子を血液のように、涙のように流していた。


 “誘愛者ヴァンプ”を形作る、一つ一つの記憶いたみを刻み込んだかのように、壮絶な姿を晒す麗句の鎧装ヨロイに、地上の“疑似聖人”達も息をむ――。


 撃ち込まれた血剤によって、その出力を限界まで高められているのか、麗句の黒鎧ヨロイは細かく震動し、電光化した“畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子をほとばしらせていた。


 それが、“聖極ウルティマ”という最後の手札で、眼前に立つ“誘愛者ヴァンプ”への麗句の敬意であり、覚悟。


 “誘愛者ヴァンプ”もそれを認識し、麗句が仕掛ける“最後の突貫”を真っ向から見据える。


「……来なさいッ! 麗句=メイリンッ!」

「“誘愛者ヴァンプ”……! 貴女を……!」


 己を抱擁する焔の中で一つ一つ拾い上げ、黒鎧ヨロイに刻み付けた、数多の悲劇。背負ったその痛みを紅き翼として、麗句は暗夜くらやみを駆ける。


「その悲嘆ナミダを……断つッ!」

【“罪赦の血剤アベル・ブラッド”――装填】


 新たに黒鎧ヨロイに撃ち込まれた血剤は、極限の出力に軋む黒鎧ヨロイと麗句の肉体に、慈悲による安楽と、叱咤による増強を与える。


 紅い流星となった麗句の斧槍ハルバードが、再発動した“誘愛者ヴァンプ”の救済秘儀を斬り裂き、一直線に“誘愛者ヴァンプ”の眉間へと向かう……!


「ぬぅ……っ!?」

「“我異端にして(マイ・ブラッディ・)神を穿つ朱ヴェンジェンス)”――」


 斧槍ハルバードを左手に持ち換えた、麗句の右腕が放つ円輪状の光が、“誘愛者ヴァンプ”の巨躯を拘束し、その奇蹟を抑制する。


 しかし、“聖極ウルティマ”の巨人は足掻き、藻掻き、己を拘束する円輪を引き千切らんとその黒爪を突き立てる……!


(終わりはしません……! 救済の為、破壊者ジーザスの為、こんなとこ――)

(……んだよ)

「……!」


 けれど、


(……私達なんかの為に、泣かなくていいんだよ)

「あっ……」


 地上から届けられた、一つの祈りが、“誘愛者ヴァンプ”の腕から力を奪っていた。それは自分へと捧げられた、厳かな、切なる祈りだった。……救い、だった。


 動きを止めた“誘愛者ヴァンプ”の瞳に、紅い翼が閃く。


「――“死の果て続くサーティーン・十三階段ギャロウズ”ッ!」


 炸裂し、突き穿うがくれない


 “神を斃す右手”で放たれた麗句の秘儀が、“誘愛者ヴァンプ”の眉間を撃ち抜き、巨躯を突き抜けた衝撃が、鎧装に防護された、彼女の“コア”を内側から粉々に粉砕していた。


 崩壊してゆく自らの巨躯を認識しながら、“誘愛者ヴァンプ”は虚空そらを仰ぐ――。


(ああ……私は、弱いですね。救うべきものの祈りに、耳を傾けてしまうなんて――)


 “私達の為に泣かなくていい”。


 あまりに素直で、甘く、優しい想い。


 人はずるい。自分達を救う事を強制しながら、他人の為に泣く事が出来る。


(貴女は、貴女達はそのさがを抱えたまま、人を愛し、人を傷つけ、逃れようのない悲嘆に囚われる――)


 なんて、救い、難い――。


 崩れてゆく視界に、自らの秘儀の衝撃で、仮面を失い、露わとなった麗句の美貌が映る。


 人の弱さも、穢れも背負う、気高き表情かおだった。


 血に濡れた、美しい顔だった。


(……その有り方はまるで“疑似聖人わたしたち”。本当に、腹立たしい、ですね―――)


 人類ヒトの“悲劇”を背負い、乗り越える、かつて“悲劇ミザリー”と呼ばれた麗鳳れいほう。その眩しさと痛ましさに、“誘愛者ヴァンプ”の消え逝く唇が祈りを紡ぐ。


「……amenそうあれかし


 ――決着。一つの救済たたかいがいま、終わりを迎えた。


第17話 開く悪魔の―”zerumekius”―

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