表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
136/172

第15話 聳え立つ聖極―”ultima”―

#15


 なんとも美しく、胸を打つ御伽噺おとぎばなしだ。


 “私”の元となった聖女が、売春宿に入れられると、神から遣わされた天使が彼女をお護りになったそうだ。


 男たちは彼女を見ることも近づくこともできず、眩い奇蹟に、唇を噛んだと言う。


 ……だけど、“私”にそれはなかった。


 聖女を再構成サルベージすべく、“創世石”により人類ヒトの歴史から吸い上げられ、並べ奉られた幾千の魂。


 その、“私”のもとになった幾千もの魂、その全ての記憶にそんな優しい奇蹟ウソは記されていない。


 数多の悲劇が、悲嘆だけがあった。


 憎悪と哀惜だけが沈殿していた。


 そう――人類の歴史の中からドロドロと流れ出し、固まった“赤”の私生児バスタード


 それが、私だ。


※※※


「なんて……事だ」


 アルとガブリエルを自らの背に隠し、“疑似聖人”達と対峙していたシオンの唇から、驚愕の声が漏れこぼれる。


 大地は、顕現した禍々しき奇蹟に揺れ、赤く染まった虚空そらは、天高くそびえ立つ、巨大な脅威を映し出す。


 視界を埋め尽くす褐色の肌。地獄から這い出した亡者達が絡み合い、解合とけあったかのような意匠を持つ四肢の鎧装。


 そこにるのは、紛れもなく“誘愛者ヴァンプ”の御姿すがた


 だが、その体躯は、少なく見積もっても、二十メートルはある。


「“聖極ウルティマ”をここでつかうとは……“誘愛者ヴァンプ”、愚かな」


 “処刑者エリミネーター”は苦々しく呟き、眼前にそびえ立つ奇蹟を凝視する。


 “聖極ウルティマ”は、“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”が持つ、一度限りの切り札だ。すべての人類を救済する為の、一度限りの――、


「……そうなった以上、もはや後戻りは出来ぬ。せめて、その愚挙が全う出来るよう、私も力を尽くそう……」


 仮面のスリットからのぞく“処刑者エリミネーター”の眼が鋭く光り、彼とリンクした絡繰人形からくりにんぎょう――骸羅旡ガイラムが、響達へと襲い掛かる。


「クッ……!」


 樋熊ヒグマの如き五指による獰猛な一撃を、大剣状の輝醒剣きせいけんで受け止め、響は猛然と迫る骸羅旡ガイラムの蛇の如き、能面の如き顔面と視線を交差させる。


 煌輝キラメキ鎧装ヨロイの構造は愚か、己の神経・筋肉・臓腑の裏側まで覗き見られたかのような不快感が、響の心身をさいなむ。


「グッ……オォッ……!」


 輝醒剣を跳ね上げる事で、骸羅旡ガイラムの凶爪を弾き、響は腕部鎧装の牙状の突起“輝獣刃ブライト・エッジ”ごと正拳を叩き付ける……! だが、


(駄目、か……!)


 ……鋼を砕く手応えはあったが、決定打とはならない。


 やはり、骸羅旡ガイラムの内部から鳴り響く音色――“歌”が、体内の“壊音カイオン”を抑制し、“煌輝キラメキ”の力を弱めている。


「隊長ッ!」

「……! ミリィ……!」


 罅割ひびわれた胸部から覗く“何か”をうごめかせ、反撃に転じようとする骸羅旡ガイラムに、連射された“矢”が突き刺さる……!


 纏う鎧装の源である、疑似醒石ダミー・ストーンのエネルギーを硬質化させた“矢”を射ながら、ミリィは急速接近。


 弓を右手に持ち替えた彼女は、上弦に設えられたブレードを、散る火花とともに骸羅旡ガイラムへ叩き付ける……! そして、


「はい! おかわり、どうぞおっ!」


 ジェイクの飛び蹴りとガルドの大斧が、骸羅旡ガイラムを続けて一撃し、その体躯を後退させる。


 三人は響を護るように陣形を組み、奇妙な方向に関節を蠢かせる、いびつ絡繰人形からくりにんぎょうの動きを注視する。


「へっ……隊長のと見た目は近いが、俺達の鎧装ヨロイにテメェの歌声イカサマは通じないぜ……! EXオウガ――“護鬼イクス・オウガ”ってところか」

「お前達……」


 頼もしい仲間達、兄妹きょうだい達の雄姿に、響の、煌輝キラメキ鎧装ヨロイに“黄金氣マナ”がみなぎり、たぎる。しかし、


【―――――――――――】

「……!」


 おぞましい程に透き通った歌声とともに、骸羅旡ガイラムは天を仰ぎ、その身に生じた亀裂から触手の如き肉塊を溢れさせる。


「……っ! きっしょッッッ!!! なんなんだよコイツは!」


 あまりのおぞましさに、ジェイクは吐き捨て、右腕のブレード――“蒼狼牙ウルフ・ファング”を構える。


 触手状の肉塊は、蜘蛛の節足のように硬質化。


 罅割ひびわれた、その胸部の奥深くで、胎児のようなカヲがケタケタとわらっていた。


 ……詳細はわからずとも、コレが存在してはならないモノである事は確かだ。


「……醜悪うつくしいだろう。コレは数多の世界線で製作されながらも、残念ながら完成しなかった“対天敵種用兵器イレギュラー・イレイザー”――。各世界線で部分的に完成した、その部品パーツを掻き集め、私手ずから完成させたのが、この“骸羅旡ガイラム”だ。元来、人類ヒトには無害な代物シロモノだが、天敵種以外との戦闘と自律行動の為、“よくないモノ”を仕込んでいる―――」


 “気を付けてれる事だ”。


 “処刑者エリミネーター”は明確な殺意とともに告げ、その両眼を標的である響へと向ける。


 冷たい、体温を感じさせぬ硝子玉ガラスだまのような眼が、此処ここで響をほうむると決意していた。そして――、

 

「“処刑者エリミネーター”……感謝します。これで、二つの最たる危険因子イレギュラーを、私達は排除出来る」

「な……あ……」


 図上に聳え立つ“誘愛者ヴァンプ”の妖艶な笑みに、麗句は絶句し、全神経を圧し潰し麻痺させるような重圧プレッシャーと対峙する。

 

 物理的な巨大おおきさだけではない。


 目眩のするような、広大にして深淵しんえんな“力”が、現在の“誘愛者ヴァンプ”には満ち満ちていた。


「フフッ……麗鳳と呼ばれる貴女が“鳩が豆鉄砲を食らったような顔”というのは傑作ですね、麗句=メイリン。そう、我々“疑似聖人アルタネイティブ・クライスト”という奇蹟は、その行使に『鎧醒アームド』を必須としない――」


 麗句の、仮面の下の表情カオを見透かしたかのように、“誘愛者ヴァンプ”は告げ、いまは麗句を飲み込むほどのサイズとなった眼球を細める。


「何故なら私達という存在自体が既に“奇蹟”であり、“究極”。先程の巨大鎧装ルスト・イグニスも飽くまで補助装備オプションに過ぎません――」


 それは虚勢(ハッタリ)ではない。出鱈目デタラメではない。


 麗句はいま、“奇蹟”に質量という概念がある事を知った。


 これが、これこそがまさに――、


「……そう、いま貴女の眼前に在るのが、私という奇蹟の終着点であり、究極系。我等が“聖極ウルティマ”と呼ぶ形態です」

「ウル、ティマ……」


 それは究極の神秘にして、絶対の奇蹟。


 渇いた唇で反覆した麗句を、“誘愛者ヴァンプ”が振り下ろした、巨神の如きてのひらが襲う……!


(……“質量”が増したなら、速度は落ちるはずだが――!?)


 物理法則を破壊し、容赦なく牙剥く神秘スピード


 麗句は、紅の双翼を羽撃はばたかせ、全速力フルスピードで掌の間合いから離脱する。だが、


「グッ……!?」


 神秘は彼女を追尾し、直撃する……!


 その刹那、かわしたはずの掌が、麗句の上空から轟然と襲い掛かり、彼女の身体を弾き飛ばしていた。


(……この攻撃の軌道は、結果から逆算して構築されている。言わば因果のすり替え、再構築か……!)


 あの少女サファイアの“SHINING(シャイニング)ARROW(アロウ)”のように“結果の固定”はされていない。だが、“誘愛者ヴァンプ”はおそるべき事に、それに類するものを“毎動作”行えるのだ。


 ――脅威としては同等か、それ以上だ。


「……ならばッ!」


 かわす事を放棄した麗句の覚悟ケツイが、威風堂々と神秘を迎え撃つ……!


 跡形もなく圧し潰すかのような掌撃を、麗句は、紅の追加鎧装“血盟機”を纏った右手で受け止める……!


「私は先達と繋いだ、この“血盟”で、その奇蹟デタラメに抗うまでだ……ッ!」


 大気が、世界が震撼する。


 凄絶な衝撃インパクトと同時に、大量の“畏敬の赤”が飛び散るが、“誘愛者ヴァンプ”の巨大な掌を切り崩すには至らない。


 “神をたおす右手”でも、“聖極ウルティマ”と名乗る、この“膨大な質量を持つ奇蹟”を一撃で消滅させるのは不可能らしい――。


 しかし、それも想定内だ。


「“血盟”のあかき羽根よ……! 私の軌跡を隠せ……!」

「ムッ……!」


 号令とともに、虚空を舞っていた“紅翼の聖釘(フェザー・ネイル)”達が、飛翔する麗句の姿を隠すように、その軌跡を断ち切るように乱れ飛ぶ……!


 “紅翼の聖釘(フェザー・ネイル)”にも奇跡を殺す特性はあるらしく、紅翼の聖釘(フェザー・ネイル)”が乱れ飛び、裂き散らした因果を、“誘愛者ヴァンプ”は追跡・再構築できない――。


 そして、自らを、“紅翼の聖釘(フェザー・ネイル)”を撃ち落とすように、“誘愛者ヴァンプ”の胸部から放たれた閃光を掻い潜りながら、麗句は自らの“切り札ジョーカー”を起動させる。


「対“聖人”用の武装なら……私自身にも用意がある」


 黒の鎧装から射出された金属片、その周囲に“畏敬の赤アームド・ブラッド“の光が集中し、次第に一つの形状(フォルム)へと収束・物質化を果たす。そして、その新たに(あら)われた赤々(あかあか)とした、禍々しい形状をした長槍(ランス)は、主の、”女王(クイーン)“、麗句=メイリンの手へと握られる。


「この“聖遺物”の使用は私にも大きな消耗を強いる。だが、万全を取り戻し、多くを得た私であれば」


 “扱える”……!


 そして、奇跡は、長槍ランスの構築で停止しない。


 長槍ランスの穂先で輝くのは、フェイスレスとの死闘の最中、麗句と同調シンクロし、『双醒ダブル・アームド』を行った醒石。


 輝く醒石は『鎧醒アームド』するのかのように自らのエネルギーを長槍ランスへと絡みつかせていた。


 顕現けんげんするは、救世主メシアを殺した聖遺物を宿す“神殺しの聖槍”。


「“朽ちるも反抗(ハルバード・契りし聖槍ロンギヌス”――起動」


 鈴を鳴らすような玲瓏れいろうな声音とともに、完成した武装は、聖槍を核とした斧槍ハルバードと呼ぶべき得物だった。


 その顕現を地上から観測した“処刑者エリミネーター”は、苛立いらだちに震える己が舌を鳴らす。


「……最悪の持ち物のご登場だ。何とも胸糞が悪い。ああいったものは、もう一人の貴方に処分しておいていただきたかったな、“破壊者ジーザス”」

「………………」


 その沈黙が示す感情は何か。


 そびえ立つ“聖極ウルティマ”の巨身を、悲嘆を宿した、けわしい面持ちで凝視するフェイスレスを横目に、“処刑者エリミネーター)”は指で首を掻き切るようなジェスチャーを“誘愛者ヴァンプ”へと贈る。


「ソレはもはや“天敵種”以上の害悪だ……! “聖極ウルティマ”の全力を持って潰せ! “誘愛者ヴァンプ”……ッ!」

「……御心のままに」


 赤く染まった虚空そらを支える巨柱はしらのような、“誘愛者ヴァンプ”の脚が前進を開始する。


 耳をつんざく轟音と地鳴りの中、因果が、現実が書き換えられていく。


 “誘愛者ヴァンプ”の、“聖極ウルティマ”の巨人の進撃は、周囲の景色を破壊し、全く異なる異形カタチに再構築しながら、標的である麗句=メイリンへと迫る――。


「……受けて立とう、奇蹟の極みに立つ聖人よ」


 人類の未来を信じる“血盟”の鎧装ヨロイを纏い、“救世主メシアを殺す”斧槍ハルバードを構えた魔女は、迫る脅威を威風堂々と迎え撃つ。


 ――託され、重ねられた想いがいま、極みへと挑む。

 

NEXT⇒第16話 神を憐れむ歌―”amen”―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ