第14話 燃ゆる、神断つ血盟機―”gallowses”―
#14
「血盟機XⅢ……? 何です……? あの醜く、邪で、諦めの悪い“想定外”は……!」
“誘愛者”は苦々しく吐き捨て、巨大鎧装を繰る五指を、昂りのまま蠢かせる……!
「目障りです……! 爆ぜなさい、“異端者”……!」
巨翼の羽撃きとともに、背部装甲が展開し、“畏敬の赤”の粒子を過剰なまでに充填した弾頭が吐き出される――。
深紅の追加鎧装、“血盟機XⅢ”を纏った麗句は、その己を焼き尽くすに足る弾頭の群れを、その双眸で捉え、迫る嵐へと、自らの掌を翳す。
「……戯れるな、“疑似聖人”」
「……ッ!?」
刹那、麗句の掌を起点に、円盤状に放たれた“畏敬の赤”が、弾頭の群れを尽く撃墜し爆散させていた。
――“畏敬の赤”同士の激突で勝利したという事は、この交錯においては、麗句の力が“誘愛者”を凌駕していたという事になる。
「……先程までの死にかけの私ではない。此処にいるのは、あの少女との死闘を越え、先達の――過去の英霊達の力を受け継いだ私。人類を、人間を信じる想いを託された私」
麗句の意思と呼応するように、追加鎧装の双翼が展開。羽毛のように虚空を舞う金属片――“紅翼の聖釘”を射出する。
「容易には救えんぞ、“誘愛者”」
「……小娘がぁ……ッ!」
激昂が、“誘愛者”の褐色の肌を紅潮させ、艶かしい唇が、苛立ちを吐き出していた。
虚空が、大気が震撼し、“淫愛の篝火”の巨鎧が“本来の出力”を露とする――。
「己の無力を噛み締めながら逝きなさい、人類ッ!」
「……生きる為に、神を生み、神を殺すのが私達人間だ。その罪は、悪魔の如く、お前の、お前達の喉笛に喰らいつくぞ……!」
鳳凰の尾のように麗句の腰から伸びる、蛇腹状の二対の槍が、迫る巨大鎧装の禍爪を弾き飛ばし、麗句の周囲を舞う“紅翼の聖釘”が、いよいよ初陣を迎える“血盟機XⅢ”の紅を彩る――。
「す、凄ぇな、あの姐さん! 一人であのデカブツと闘る気かよ……!」
「ああ、鎧装の内側から強い生命の昂ぶりを感じる。あの赤い追加鎧装によって強化されている部分もあるのだろうが、その大半は彼女が彼女自身の力を取り戻した結果――そう感じられる」
ジェイクとガルドは、凄絶なまでの強さを見せる麗句の姿に息を飲み、飛翔状態の自分達の鎧装を、臨戦態勢のまま待機させる。そして、
「“女王”……」
血盟機XⅢにより復活した麗句の力に、響はあらためて感嘆と驚愕を噛み締める。
響が出会い、対峙した彼女は、凛として気高く強い女性であったが、その実“死にかけ”だったのだと、響は実感する。
いまの彼女は完全に別物だ。
いま眼前にあるのは、本来“選定されし六人の断罪者”最強と目される“女王”の力。
愛する少女が対峙した畏怖すべき強敵の力。
神に抗う――頼もしき人間の力。
「――“女王”を掩護し、まずはあの巨大鎧装を堕とす。九体の“疑似聖人”、各個撃破で着実に数を減らすぞ」
「「了解……!」」
響の指示に雄々しく応え、煌輝の黄金に紺青と翠の輝きが追従する。
巨大鎧装の巨軀からアンカーのようなものが煌輝へと撃ち出されるが、両手持ちした輝醒剣がそれを難なく撃墜していた。
地上からはミリィとアーロウの援護射撃が注がれ、“誘愛者”と巨大鎧装への包囲網が、着実に完成しつつあった。
「フッ……!」
そして、英霊達が残した祝福は、もう一つ、戦場に変化をもたらす。
肉体の治癒と、枯渇していた“畏敬の赤”の補充を受けた“剣鬼”――シオン・李・イスルギの剣閃が、“創世石”から絡み付いていた管を斬り裂き、自らを解き放っていた。
「……心配をおかけしましたね。もう大丈夫です」
瞬時にアルとガブリエルを背後に隠し、シオンは凛々しく清々しく笑んでみせる。
この過酷で、理不尽な状況に放り込まれた幼子を安堵させるための、戦士の笑みだった。
(あ……)
その笑みを、眼前で繰り広げられる超常を呆然と眺めながら、アルはその小さな掌を握り締める。
(強いな……俺の周りの人は全部)
この人も、響兄ちゃんも、サファイア姉ちゃんも、いま隣で自分の手を握ってくれているガブリエルも、みんな強い――。
こんな滅茶苦茶な状況でも、前を向いて、周りの人を労って。
自分は、自分はと言えば、自分自身に溺れて、震える脚を立ち上がらせる事すら出来ていない。
尊敬する兄は、絶望に飲まれるな、自分自身を諦めるなと言った。
そうありたいと思う。そうしたいと願う。ボロボロの精神でグチャグチャの思考回路を掻き分けながら、少年はその頭を上げる。
(俺も、なれるかな――みんなのように強く)
“物質としての神”に選ばれし、神の子は一人の人間として、数多の奇蹟と死闘が繰り広げられる虚空を睨む。
潤む瞳に、確かな意志の灯火が宿りつつあった。そして、
「なっ……?」
その虚空では、“誘愛者”の驚愕の声が、金属が崩れる轟音とともに鳴り響いていた。
煌輝の輝醒剣の一撃を受けても、拉げるのみで裂けも砕けもしなかった巨大鎧装の装甲。
それが、まるで豆腐のように、紙細工のように、麗句の鉄爪によって切り裂かれていた。
腕部に構築された朱の追加鎧装が、その水晶状のパーツを発光させると同時に、蒼白い光に包まれた麗句の鉄爪は、巨大鎧装の尽くを切り崩す凶器と化していた。
「……成程、私も一種の“天敵種”となったという事か。血盟機XⅢ――人類の矜持と可能性を示すという意味で、これ以上の異能は望めまい」
自らの掌が宿す、常軌を逸した奇蹟――託された異能に呟き、麗句は鷹を模したその仮面を、標的たる“誘愛者”へと向ける。
悪足掻きのように巨大鎧装から放たれた無数の弾頭は、“紅翼の聖釘”によって撃墜され、その爆炎の中から飛び出した響達の斬撃が、巨大な鉄塊を揺らす。
(クッ……コレは……!?)
その斬撃が、その感触の“違い”が、麗句の攻撃の異様さを“誘愛者”に実感させる――。
麗句の攻撃による巨大鎧装の損壊は、物理的な力による破壊ではない。より概念的な“解れ”である。
(“麗鳳石”の特性である“奇蹟を殺す奇蹟”。それがあの想定外……血盟機XⅢとやらで増幅されているのか――)
本来、創世石を守護する役目を持つ“麗鳳石”が秘める対“畏敬の赤”、対“奇蹟”の特性。
それは怖るべき異能ではあるが、概念干渉を阻害し、一時的に封じる程度で、触れただけで鎧装を消滅させるような代物ではなかった。
それがどうだ、あの亡霊達――英霊達の残滓を組み込んだ途端、
「アレは、我々“疑似聖人”を、神を斃す右手……“処刑台”」
“誘愛者”が苦々しく呟くと同時に、麗句の、“断罪の麗鳳”の眼が紅々とした光を放つ。
その周囲には煌輝、紺青、翠の黄金があり、“恐怖”と呼べる次元の緊張を、“疑似聖人”たる“誘愛者”に与えていた。
「……“処刑者”」
「承知している。ここで“誘愛者”を失うわけにはいかない。切るべき手札を切ろう」
地上から事態を観測したフェイスレスの呼び声に応え、“処刑者”は静かに指を鳴らす。
「……来たれ、鬼狩りの機獣。“骸羅旡”」
「なっ……!?」
赤く染まった虚空が円形に裂け、その“穴”から液体のように蠢く球状の金属が舞い降りる。
その球体が地上に下降するとともに、次々と現実が硝子のように砕け散り、その穿たれた無数の穴から射出されたパーツが核たる球体に連結されてゆく。
巨大鎧装に比べれば小型な、人間と同程度のサイズではあるが、そこから漏れ出す、異様な気配、獰猛な臭気は凄絶で、虚空で“誘愛者”と対峙する響の五感を搔き乱す――。そして何より、
(この、“音”は――)
球体にパーツが接続されるとともに、次第に音量を大きくする、鉄が軋むような“音”が、響の全神経を掻き毟っていた。
響達の視線の先で、己を構成する全てのパーツを得た機獣は、面妖な呪言を刻まれたボロ布から、その蛇のようにも、能面のようにも見える醜怪な顔面を覗かせる。
頭部にある編笠のようにも、レドームのようにも見える意匠が、緩慢に、キリキリと回転し、呪言塗れの装束に覆われた約2mの体躯は、徐々に前進を開始する。
その虚ろな人形の目が、虚空そらに浮かぶ標的を、響を捉え、嗤う――。
「歌え、“骸羅旡”。天使の詩を」
【―――――――――――――――――――】
“処刑者”の号令とともに、歪なる絡繰人形――“骸羅旡”の口部が大きく開き、聖歌隊の合唱のような美しい歌声を響かせる。
「ぐっ……あっ……!?」
聴き惚れるような、美麗な歌声。
だが、その歌声が、響の五感を貫き、煌輝の鎧装、その黄金を僅かに霧散させる。
“骸羅旡”と呼ばれた絡繰人形が放つ“音”には、“処刑者”が以前使用した機具と同様に、“壊音”を乱し封じる特性があるようだった。
そして、“音”による干渉で、煌輝キラメキが動きを止めたその刹那、巨大鎧装が射出したアンカーが、容赦なくその黄金へと照準を定める。
「隊長っ……!」
だが、そのアンカーはジェイクとガルドによって撃墜され、響もまた鳴り響く歌声の中、意識を集中させ、煌輝の制御を取り戻していた。
“壊音”を抑えつけるように胸を押さえる響に、麗句は無言で頷き、地上を指差す。
“此処は任せて、成すべき事をなせ”。
彼女の瞳がそう告げていた。
(……すまない、“女王”)
歌が鳴り響く限り、自分は麗句の足手まといに過ぎない。ならばいまは、
(障害となる、あの人形を破壊する……!)
黄金が、ジェイク、ガルドと共に地上へと降り、面妖なる絡繰人形“骸羅旡”との戦闘を開始する。
それを見届け、麗句は虚空の上で一対一となった“誘愛者”の巨大鎧装へと照準を定める。
両者の視線が真っ向からぶつかり合い、赤い火花を虚空に散らす――。
「……不思議だな、“疑似聖人”。こうして顔を合わせたいま、御身から感じるのは、どうしようもない、深い悲しみだけだ」
“疑似聖人”――“救われたい”という人類の願いが産み落としてしまった歪なる九体の“救世主”。
“血盟機XⅢ”と契約した影響なのか、麗句にはその中に渦巻く混沌が、悲しみが感知出来た。
そして、“畏敬の赤”の適正者としての勘が、人類の可能性を託された者としての感性が、巨大鎧装の中で脈動する、大いなる異能も、同時に感知していた。
「その悲しみを背負う御身らが願い、果さんとする“救済”。私自身と、託されたこの異能で見極めさせてもらう――!」
「“異端者”……麗句ゥ、メイリィィィィイン……ッ!」
“誘愛者”の腹腔から吐き出される激情。
それを引き金として、内側から溢れ出た膨大なるエネルギーが、巨大鎧装を粉々に爆散させる。
「馬鹿な――“誘愛者”……!」
事態を観測したフェイスレスの声音には確かな驚愕と動揺があった。
破片が隕石のように地上へと降り注ぐ中、誰もが空を仰ぎ、息を呑む。
畏るべき、畏るべき“奇蹟”が、其処に屹立していた。
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