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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第12話 英霊―“stranger”―

#12


「くぅっ……何です!? この不愉快な雑音(こえ)は……!」


 突如、響いた“声”により、誘発された頭痛に顔を(しか)めながら、“誘愛者(ヴァンプ)”は巨大鎧装“淫愛の篝火(ルスト・イグニス)”の巨翼を繰り直し、逆十字(さかさじゅうじ)を模ったかのような異形の怪鳥を、再び眼下の標的へと向き直させる。


 同時に、粉塵の中から叩き付けられた“黄金氣(マナ)”と、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”による一撃を、両脚の鉤爪から生じさせた障壁(シールド)で弾き、盤石の巨大鎧装は獲物達の状態を、冷静に、冷酷に観察していた。


「クッ……! みんな、無事か……!」

「「「「応……!」」」」


 大剣状の輝醒剣を盾のように構えた響の声に、複数の声と、声なき肯定の頷きが応える。


 衝撃が着弾する瞬間、響は輝醒剣が“捕食(チャージ)”した“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”を、瞬時に“黄金氣(マナ)”へと転換し、大規模の障壁を形成。それを生命いのちを護る盾とした。そして、


「コイツはスゲぇ……! 鎧装(ヨロイ)自動的(かって)障壁(シールド)を発生させやがる……! “逆十字(やつら)”の技術ってのはちと気に入らねぇが――」


 ジェイクの高揚した声音が示すように、ジェイク、ガルド、ミリィの纏う鎧装の胸部が自動展開し、広範囲に強力な障壁(シールド)を発生させていた。


 その障壁(シールド)は、響が発現させた“黄金氣マナ”の壁と重なり合うようにして溶け合い、融合。戦場にいる者を護るだけでなく、離れた位置から戦場を見守る街の人々を、戦禍から隔絶するドームを作り出していた。


 そのドームの外側から、自分達の無事を伝える女将さん(カミラ)の声が届き、響達はホッと胸を撫で下ろす――。


「……騒々しいですねぇ、慈悲深き疑似聖人(わたしたち)が救うべき人類(ヒト)を殺める事などないというのに――」


 己の初撃を踏み(こら)えた人類(ターゲット)を見下ろし、“誘愛者(ヴァンプ)”は柔らかな微笑を、凶暴な嘲笑へと変える。


「貴方がたは例外(イレギュラー)ですが」


 刹那、巨大鎧装“淫愛の篝火(ルスト・イグニス)”の巨翼、その装甲板が展開し、内部に秘められていた無数の弾頭を射出……! 戦士達の生命(いのち)を根こそぎ刈り取るべく、その暴威と殺意を剥き出しにする――!


「オォオ……ッ!」


 迫る暴威に、響の、“護る者”の本能が咆哮する。


 煌輝(キラメキ)鎧装(ヨロイ)が大地を蹴り、飛翔。捕食(チャージ)した“畏敬の赤”を外套(マント)のように棚引かせ、煌輝はその大剣状の輝醒剣を、迫る弾頭へと叩き付けていた。


「“疑似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”――その人類ヒトの業と赤の禍根、俺が、俺達が断ち切る……!」


 輝醒剣が放出する黄金の粒子が、大河の如く虚空を流れ、全ての弾頭を爆炎と共に粉砕。


 焔と粉塵を突き抜け、拳を叩き付けんとした煌輝を、巨大鎧装が射出した触手状の槍が牽制。瞬間、“誘愛者(ヴァンプ)”と響の視線が交差する。


「……いけない黄金(ひかり)ですねぇ、こんなものがあるから、人類(ヒト)人類(ヒト)に希望を抱く。“自分もあのように在れるのではないか”と虚しい理想(ゆめ)を描く」

理想(ゆめ)なんかじゃない……! 俺の知る光は、この黄金(ひかり)よりも」


 “(まばゆ)いッ!”


 輝醒剣が触手状の槍を切り裂き、そのまま豪腕で叩き付けられた刀身が、巨大鎧装(ルスト・イグニス)の装甲をひしゃげる。


 ――煌輝キラメキの一撃で切断も、破壊もされないあたり、“疑似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”の鎧装はやはり尋常ではない。


「貴方は只の異常者(イレギュラー)です。人類ヒトのようなお顔で語られては困りますね――」

(ならば……私が、その男の言葉を保証しよう)

「……!」


 麗鳳の羽撃(はばた)きが、“誘愛者(ヴァンプ)”の視界に踊り、“畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の粒子を帯びた鉄爪が、巨大鎧装を直撃。その巨体をグラつかせる……!


 そこには、ボロボロの両翼で虚空を舞う麗句の姿があった。


 その痛ましい程の勇姿(すがた)に、“誘愛者(ヴァンプ)”は大仰な溜息を吐いてみせる――。


「ああ……そういえば、貴女も自分の光でお仲間を惑わし、死なせたクチでしたね。だから自分を“黒”で塗り潰した。――なのに、いま再び光に理想(ゆめ)を見ますか、悲劇の聖処女(ミザリー)


理想(ゆめ)に生きて、理想(ゆめ)に死ぬ。それも人間(ヒト)の生き方だ。散っていった者の理想(ゆめ)を背負い、繋ぐ事もな――」


 声音は掠れ、黒鎧の下から感じ取れる生命も微弱だ。だが、“誘愛者(ヴァンプ)”と相対し、応答する麗句の意思は、剣のように鋭く、鋼のように強固だった。

 

「己の“悲劇”に溺れ、託された想いを蔑ろにする愚行より、その男が見せた人間(ヒト)黄金(ひかり)を信じる酔狂を、私は選ぶ――!」

「ムッ……!?」


 麗句が啖呵を切った瞬間、地上から撃ち込まれた射撃が、“淫愛の篝火(ルスト・イグニス)”を掠め、紺青と翠の鎧装(ヨロイ)が“誘愛者(ヴァンプ)”の視界に飛び込んでくる。


 絶え間なく続く射撃は、正確に二つの鎧装――ジェイクとガルドを掩護し、巨大鎧装による迎撃を牽制していた。


「隊長っ!」

「――了解だ」


 地上からの掩護射撃が、“誘愛者(ヴァンプ)”の意識を僅かに逸した瞬間、魂の兄弟達ヴェノム・メンバーの渾身の一撃が、巨大鎧装(ルスト・イグニス)を直撃……! 麗句も加わり、上下左右から撃ち込まれたその挟撃は、頑強な巨大鎧装を確かに震撼させ、その動きを止めていた。


「くっ……! 奇縁(えにし)が交わり、蜷局(とぐろ)を巻く……! これだから人類(ヒト)の業というのは厄介ですね……!」


 地上からの射撃に、いつの間にか、“超醒獣兵(ギガ・インベイド)”の射撃(それ)も加わっている。


 本来、関わりのない者達の(えにし)が連なり、重なり、束となる。それが異能(チカラ)ある者達同士であれば、鬱陶しい事この上ない――。


(そして、頭に響くこの雑音(こえ)、私の慈悲(こころ)を、最高に逆撫でます――)



※※※


「人間は、絶対に……負けない」


 肩を上下させ、少女は溢れる感情に溺れそうな言葉こえを紡ぐ。細い指は額から伝う汗を拭い、その瞳は眼前に在る真っ白な風景――その向こう側にある“戦場げんじつ”を睨んでいた。


(……相変わらず、すごい女性(ひと)だ。その有り様が“美しい”のか、“痛々しい”のか――もはや僕には理解(わか)らないが)


 その凛とした姿に、派手派手しい、ピンク髪の“神”が呟く。


 創世石の管理者――自称“神”である“JUDA(ジュダ)”は諦観と感嘆が混じり合った、深い溜息を吐き出しながら、その少女(サファイア)の姿をまじまじと眺めていた。


 “JUDA(ジュダ)”は、いま“現実世界”で起きている事象を、“模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”という“赤の禍根”――忌むべき捻れた奇蹟を、少女に伝えてはいない。


 しかし、少女はいま、彼女の腰のバックルに収められた“創世石”がもたらす“共繋(リンク)”を通して、自ら状況を把握しつつあった。


 自分達の無意識の願望(ねがい)が産み出した、紛い物の、正真正銘の“救世主(メシア)”。


 書物で得た知識や麗句(ミザリー)との“共繋(リンク)”を通じて、信仰の象徴足る“救世主(ジーザス)”を識る少女にとって、その正体と真実は少なからず衝撃的なものだっただろう。


(だが)


 彼女は諦めていない。


 “創世石”を通して、人類の前に立ち塞がる“破壊者(ジーザス)”が秘める異能チカラ、その強大さを観測しながらも、彼女は自らを叱咤し、“声”を現実世界に届けている。


 奇蹟ではない。想いの力が、強さが土台となった、彼女自身の御業(チカラ)だ。


 仮初の“適正者”でありながら、彼女は無意識に“創世石”の機能(チカラ)を引き出し、現実世界への干渉を、極僅(ごくわず)かにではあるが成していた。


 ――その声は、現実世界で暴威を振るう“模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”の思考に干渉し、些細な雑音(ノイズ)としてではあるが、諦めぬ人類(ヒト)の意思を、稀人達の意識に刻み付けていた。そして、


「……誇るといい、サファイア・モルゲン」

「えっ……?」


 振り返った少女の青い瞳に、自称“神”は穏やかな、少し寂しげな笑みを映す。


「君の意思(こえ)は、一つの奇蹟を成した」



※※※


「な……なんです!? これは――」


 巨大鎧装(ルスト・イグニス)を駆る“誘愛者(ヴァンプ)”の思考に、新たな“雑音(ノイズ)”が突き刺さる――。


 巨翼を羽撃はばたかせ、自らにまとわりつく有象無象を一掃せんとした巨大鎧装(ルスト・イグニス)は、この“現実世界”の向こう側――“観念世界”から吹き荒ぶ気配に、その動きを鈍らせていた。


「凄まじい、(おそ)るべき力を有した何かが……」

「何かが――“来る”!」


 巨大鎧装(ルスト・イグニス)と交戦状態にあった響達も、その気配を察知。巨大鎧装(ルスト・イグニス)が新たに射出した弾頭を各々で迎撃しながら、“現実”を叩き割り、出現しようとする何者かに、目を見張っていた。


「貴様らは――」


 “現実”が罅割れ、砕け散る、虚ろな音と衝撃とともに、突如、出現した異邦の者達(ストレンジャー)に、フェイスレスを始めとする“模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”達の視線が集中する。


 想定外(イレギュラー)に満ちた、此度の“救済”において、これらが好ましい想定外(イレギュラー)であるはずがなかった。


「……問われたならば応えよう、“畏敬の赤アームド・ブラッド”より生まれし者どもよ」


 異邦の者(ストレンジャー)達の中央に立つ男が、その足を一歩踏み出し、口を開く。


 “模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”達と同じく聖骸布(ローブ)を纏ったその男は、深く被っていたフードを外し、自らの素顔を(さら)す。


「私は、私達はかつて“創世石”と縁を繋いだ者」

「……!」


 “聖骸布(ローブ)”を脱ぎ捨て、明確となった男の、異邦の者(ストレンジャー)達の独特の気配、その御姿(すがた)に、“模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”達が纏う気配が硬質化する。


 この男は、この者達は――、


「そして――“観念世界”において、サファイア・モルゲンに敗れ、救われた者だ」

 

 “ヨゼフ・ヴァレンタイン”。


 観念世界において、己が謀略のためにサファイアに挑んだその男、その残滓ざんしは、強い意思を宿した双眸を対峙する“疑似聖人”達へと向けていた。


 ――“深淵(アビス)”より諦めぬ意思こえを響かせる、少女の願いに応える為に。


 また一つ、希望(ひかり)が繋がれようとしていた。


NEXT⇒第13話 血盟―”alliance”―

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