第12話 英霊―“stranger”―
#12
「くぅっ……何です!? この不愉快な雑音は……!」
突如、響いた“声”により、誘発された頭痛に顔を顰めながら、“誘愛者”は巨大鎧装“淫愛の篝火”の巨翼を繰り直し、逆十字を模ったかのような異形の怪鳥を、再び眼下の標的へと向き直させる。
同時に、粉塵の中から叩き付けられた“黄金氣”と、“畏敬の赤”による一撃を、両脚の鉤爪から生じさせた障壁で弾き、盤石の巨大鎧装は獲物達の状態を、冷静に、冷酷に観察していた。
「クッ……! 皆、無事か……!」
「「「「応……!」」」」
大剣状の輝醒剣を盾のように構えた響の声に、複数の声と、声なき肯定の頷きが応える。
衝撃が着弾する瞬間、響は輝醒剣が“捕食”した“畏敬の赤”を、瞬時に“黄金氣”へと転換し、大規模の障壁を形成。それを生命を護る盾とした。そして、
「コイツはスゲぇ……! 鎧装が自動的に障壁を発生させやがる……! “逆十字”の技術ってのはちと気に入らねぇが――」
ジェイクの高揚した声音が示すように、ジェイク、ガルド、ミリィの纏う鎧装の胸部が自動展開し、広範囲に強力な障壁を発生させていた。
その障壁は、響が発現させた“黄金氣”の壁と重なり合うようにして溶け合い、融合。戦場にいる者を護るだけでなく、離れた位置から戦場を見守る街の人々を、戦禍から隔絶するドームを作り出していた。
そのドームの外側から、自分達の無事を伝える女将さんの声が届き、響達はホッと胸を撫で下ろす――。
「……騒々しいですねぇ、慈悲深き疑似聖人が救うべき人類を殺める事などないというのに――」
己の初撃を踏み堪えた人類を見下ろし、“誘愛者”は柔らかな微笑を、凶暴な嘲笑へと変える。
「貴方がたは例外ですが」
刹那、巨大鎧装“淫愛の篝火”の巨翼、その装甲板が展開し、内部に秘められていた無数の弾頭を射出……! 戦士達の生命を根こそぎ刈り取るべく、その暴威と殺意を剥き出しにする――!
「オォオ……ッ!」
迫る暴威に、響の、“護る者”の本能が咆哮する。
煌輝の鎧装が大地を蹴り、飛翔。捕食した“畏敬の赤”を外套のように棚引かせ、煌輝はその大剣状の輝醒剣を、迫る弾頭へと叩き付けていた。
「“疑似聖人”――その人類の業と赤の禍根、俺が、俺達が断ち切る……!」
輝醒剣が放出する黄金の粒子が、大河の如く虚空を流れ、全ての弾頭を爆炎と共に粉砕。
焔と粉塵を突き抜け、拳を叩き付けんとした煌輝を、巨大鎧装が射出した触手状の槍が牽制。瞬間、“誘愛者”と響の視線が交差する。
「……いけない黄金ですねぇ、こんなものがあるから、人類は人類に希望を抱く。“自分もあのように在れるのではないか”と虚しい理想を描く」
「理想なんかじゃない……! 俺の知る光は、この黄金よりも」
“眩いッ!”
輝醒剣が触手状の槍を切り裂き、そのまま豪腕で叩き付けられた刀身が、巨大鎧装の装甲を拉げる。
――煌輝の一撃で切断も、破壊もされないあたり、“疑似聖人”の鎧装はやはり尋常ではない。
「貴方は只の異常者です。人類のようなお顔で語られては困りますね――」
(ならば……私が、その男の言葉を保証しよう)
「……!」
麗鳳の羽撃きが、“誘愛者”の視界に踊り、“畏敬の赤”の粒子を帯びた鉄爪が、巨大鎧装を直撃。その巨体をグラつかせる……!
そこには、ボロボロの両翼で虚空を舞う麗句の姿があった。
その痛ましい程の勇姿に、“誘愛者”は大仰な溜息を吐いてみせる――。
「ああ……そういえば、貴女も自分の光でお仲間を惑わし、死なせたクチでしたね。だから自分を“黒”で塗り潰した。――なのに、いま再び光に理想を見ますか、悲劇の聖処女」
「理想に生きて、理想に死ぬ。それも人間の生き方だ。散っていった者の理想を背負い、繋ぐ事もな――」
声音は掠れ、黒鎧の下から感じ取れる生命も微弱だ。だが、“誘愛者”と相対し、応答する麗句の意思は、剣のように鋭く、鋼のように強固だった。
「己の“悲劇”に溺れ、託された想いを蔑ろにする愚行より、その男が見せた人間の黄金を信じる酔狂を、私は選ぶ――!」
「ムッ……!?」
麗句が啖呵を切った瞬間、地上から撃ち込まれた射撃が、“淫愛の篝火”を掠め、紺青と翠の鎧装が“誘愛者”の視界に飛び込んでくる。
絶え間なく続く射撃は、正確に二つの鎧装――ジェイクとガルドを掩護し、巨大鎧装による迎撃を牽制していた。
「隊長っ!」
「――了解だ」
地上からの掩護射撃が、“誘愛者”の意識を僅かに逸した瞬間、魂の兄弟達の渾身の一撃が、巨大鎧装を直撃……! 麗句も加わり、上下左右から撃ち込まれたその挟撃は、頑強な巨大鎧装を確かに震撼させ、その動きを止めていた。
「くっ……! 奇縁が交わり、蜷局を巻く……! これだから人類の業というのは厄介ですね……!」
地上からの射撃に、いつの間にか、“超醒獣兵”の射撃も加わっている。
本来、関わりのない者達の縁が連なり、重なり、束となる。それが異能ある者達同士であれば、鬱陶しい事この上ない――。
(そして、頭に響くこの雑音、私の慈悲を、最高に逆撫でます――)
※※※
「人間は、絶対に……負けない」
肩を上下させ、少女は溢れる感情に溺れそうな言葉を紡ぐ。細い指は額から伝う汗を拭い、その瞳は眼前に在る真っ白な風景――その向こう側にある“戦場”を睨んでいた。
(……相変わらず、すごい女性だ。その有り様が“美しい”のか、“痛々しい”のか――もはや僕には理解らないが)
その凛とした姿に、派手派手しい、ピンク髪の“神”が呟く。
創世石の管理者――自称“神”である“JUDA”は諦観と感嘆が混じり合った、深い溜息を吐き出しながら、その少女の姿をまじまじと眺めていた。
“JUDA”は、いま“現実世界”で起きている事象を、“模造されし背信の九聖者”という“赤の禍根”――忌むべき捻れた奇蹟を、少女に伝えてはいない。
しかし、少女はいま、彼女の腰のバックルに収められた“創世石”がもたらす“共繋”を通して、自ら状況を把握しつつあった。
自分達の無意識の願望が産み出した、紛い物の、正真正銘の“救世主”。
書物で得た知識や麗句との“共繋”を通じて、信仰の象徴足る“救世主”を識る少女にとって、その正体と真実は少なからず衝撃的なものだっただろう。
(だが)
彼女は諦めていない。
“創世石”を通して、人類の前に立ち塞がる“破壊者”が秘める異能、その強大さを観測しながらも、彼女は自らを叱咤し、“声”を現実世界に届けている。
奇蹟ではない。想いの力が、強さが土台となった、彼女自身の御業だ。
仮初の“適正者”でありながら、彼女は無意識に“創世石”の機能を引き出し、現実世界への干渉を、極僅かにではあるが成していた。
――その声は、現実世界で暴威を振るう“模造されし背信の九聖者”の思考に干渉し、些細な雑音としてではあるが、諦めぬ人類の意思を、稀人達の意識に刻み付けていた。そして、
「……誇るといい、サファイア・モルゲン」
「えっ……?」
振り返った少女の青い瞳に、自称“神”は穏やかな、少し寂しげな笑みを映す。
「君の意思は、一つの奇蹟を成した」
※※※
「な……なんです!? これは――」
巨大鎧装を駆る“誘愛者”の思考に、新たな“雑音”が突き刺さる――。
巨翼を羽撃かせ、自らにまとわりつく有象無象を一掃せんとした巨大鎧装は、この“現実世界”の向こう側――“観念世界”から吹き荒ぶ気配に、その動きを鈍らせていた。
「凄まじい、畏るべき力を有した何かが……」
「何かが――“来る”!」
巨大鎧装と交戦状態にあった響達も、その気配を察知。巨大鎧装が新たに射出した弾頭を各々で迎撃しながら、“現実”を叩き割り、出現しようとする何者かに、目を見張っていた。
「貴様らは――」
“現実”が罅割れ、砕け散る、虚ろな音と衝撃とともに、突如、出現した異邦の者達に、フェイスレスを始めとする“模造されし背信の九聖者”達の視線が集中する。
想定外に満ちた、此度の“救済”において、これらが好ましい想定外であるはずがなかった。
「……問われたならば応えよう、“畏敬の赤”より生まれし者どもよ」
異邦の者達の中央に立つ男が、その足を一歩踏み出し、口を開く。
“模造されし背信の九聖者”達と同じく聖骸布を纏ったその男は、深く被っていたフードを外し、自らの素顔を晒す。
「私は、私達はかつて“創世石”と縁を繋いだ者」
「……!」
“聖骸布”を脱ぎ捨て、明確となった男の、異邦の者達の独特の気配、その御姿に、“模造されし背信の九聖者”達が纏う気配が硬質化する。
この男は、この者達は――、
「そして――“観念世界”において、サファイア・モルゲンに敗れ、救われた者だ」
“ヨゼフ・ヴァレンタイン”。
観念世界において、己が謀略のためにサファイアに挑んだその男、その残滓は、強い意思を宿した双眸を対峙する“疑似聖人”達へと向けていた。
――“深淵”より諦めぬ意思を響かせる、少女の願いに応える為に。
また一つ、希望が繋がれようとしていた。
NEXT⇒第13話 血盟―”alliance”―