第11話 集う願い、猛き祈りー“FACE TO FAITH”ー
#11
「お前達は……」
凛然と自分を救出した、三人の“騎士”に、響の声は震えていた。紺青、翠、桜色の鎧装は、どことなく“骸鬼”に似た意匠を持ち、鮮やかな煌めきを闇夜の中に刻み込んでいた。
「やれやれ……本気で間一髪でしたね、“隊長”」
「……!」
震える声に、飄々とした、聞き慣れた声が応じ、予感が確信に変わる。
心臓が高鳴っている。熱く滾る血が全身を駆け巡り、汗ばんだ掌を握り締めた響の頬に、一筋の雫が流れ落ちる。
彼等は、
「ジェイク……! ガルド……! ミリィ……!」
間違いない。
いま陣形を組み、自分を護るのは保安組織――血縁でなく、魂と魂を繋いだ、自分の兄妹達だ。
「隊長……! 遅くなって本当に申し訳ありません……! でも、ご無事で本当に良かった……!」
桜色の鎧装、その仮面から、ミリィのほとんど嗚咽している声が響く。
喜びに咽びながらも、彼女の“絶対監視”の知覚は、鎧装の知覚強化器官と連動する事で、より研ぎ澄まされ、“疑似聖人”達を、構えた弓とともに鋭く照準していた。
――乙女であると同時に、やはり、彼女は凛然とした“戦士“であった。
「サファイアさんの声は、我々にも届きました。お二人の約束は、何としても“守っていただく”。違える事は、我等の誇りに賭けて許しません――」
「ガルド……」
翠の鎧装を纒った巨漢は、状況にそぐわぬ穏やかな声で告げ、月光に煌めく大斧を構える。
「何だかよくわからねぇ状況ですが、俺達のやる事はシンプルです。“アンタを護り、共に街を護る“。そうでしょ? 隊長ッ!」
「……ジェイク」
紺青の仮面から響いた、頼もしい声に、響は体内の“壊音”を乱され、疲弊した身体を立ち上がらせる――。
フラつく響の掌が、桜色の鎧装、その肩に添えられ、熱い温もりが、彼女の肌に、心に伝わる――。
「隊長……」
「有難うな、ミリィ。俺なんかの為に泣いてくれて。その涙に、お前達の想いに、俺の生命は、“黄金”は応える……!」
響の五指が、“村雨”の柄を握り、“畏敬の赤”を灯した両眼が、自らの“力”の解放を覚悟する。
「『鎧醒』……ッ!」
“村雨“の抜刀と同時に、芳醇な“黄金氣“が溢れ出し、響の全身に構築・装着された“骸鬼“の鎧装を、黄金に染め上げる。
響が抜刀した村雨と、”畏敬の赤“に染まった鞘は、“輝醒剣・村雨“となって、響の右手に握られていた。
大剣状のそれを構えた響と、保安組織の隊員達は、暗黒の中で、自ら輝く希望の鎧装を威風堂々と誇示していた。
その様に、“処刑者“は仰々しく嘆息し、仮面に覆われた額に細い指先を乗せてみせる。
「フン……迂闊にも虚を突かれたが、蓋を開けてみれば、“強化兵士“の集団か。自死に等しいご登場、実にご苦労な事だ」
「アァん?」
“処刑者“の明確な挑発に、ジェイクは鼻息荒く、鎧装の右腕から伸びる刃を構える。
ジェイクの“強化兵士“としての武器である“骨刀“そのものが『鎧醒』したかのような刃は、鮮烈にして美麗な紺青の輝きとともに、“処刑者“へと戦意を尖らせていた。
その様に、響は至極当然の問いを口にする。
「お前達、その鎧装は……」
「ヘヘッ……“奇縁“って言うんですかね。すぐ――理解りますよ」
「ムッ……ッ!?」
不敵に答えたジェイクに呼応するように、炸裂した“衝撃“が、戦場に再び新たな風を呼び込む……!
何処からか撃ち込まれた“重力“の渦が、“疑似聖人”達を威嚇するように大地を抉り、“獣王“を捕縛していた鎖を切断……! 跡形もなく粉砕していた。
「ほう……」
己が“とっておき“を破壊された“殺戮者“が、即座に、解き放たれた“獣王”への対処に動くが、その殺意に満ちた突進を白い外皮と装甲を持つ“巨獣“が受け止め、阻む。
「……フン。まさか我等が、“選定されし六人の断罪者“を護る事になるとはな」
「“超醒獣兵“か……」
ラズフリート――恐竜の骨格を鎧装と化したかのような、白い超醒獣兵の竜を想起させる頭部、その牙の隙間から、奇縁を噛み締める声が響き、“竜“を狩る“疑似聖人“である“殺戮者“の声が戦意に尖る。
「……嘆かわしい。“超醒獣兵“とはいえ、人類は人類。俺の鎖は人類相手には、脆いからナァ……」
“殺戮者“の指先が、頬を掻くように、鎧兜の傷痕をなぞり、その口顎が憤りを吐き出す。
「しかし、人類が“竜“の真似事をするとは、全く持って度し難いな……!」
「ムゥ……ッ!」
“殺戮者“の脚が、己が苛立ちを回し蹴りとして発散する……!
ラズフリートの大樹の如き巨腕と尾が、それを叩き落とすように防御するも、“疑似聖人“の苛烈な一撃は重く、ラズフリートの巨体を大きく後退させる。
「“五獣将“……! “守勢陣形“!」
「「「「了解……ッ!」」」」
ラズフリートの号令に、四つの猛き声が応答し、地中を潜航していた“五獣将“のメンバー達が、土砂を巻き上げながら出現!
四体の鎧装が、“殺戮者“の、ラズフリートへの追撃を阻止する。
ザンカール。
ティターン。
アーロウ。
ヴェガン。
ラズフリート。
五色に彩られし、異形の“超醒獣兵“達は、一糸乱れぬ連携で、“殺戮者“の追撃を尽く阻み、確実にその場の戦況をコントロールしていた。
その様に、黄金の仮面の下で、響は大きく目を見開く。彼等は確か、ジャックを倒した自分の前に立ち塞がった組織の――、
「“超醒獣兵・五獣将“。“敵の敵は味方“――そんな理屈と縁で、アイツらとは“同盟関係“って訳です。この鎧装もその一つでね」
デルタ・アームズ。ジェイク達に、ラズフリートより貸し与えられた、その三角形の端末は、埋め込まれた三つの人造醒石の作用により、手にした者に適応した鎧装を生み出す、組織の試作兵装である。
そして、生成される鎧装の形状には、使用者の精神及び身体的特性が大きく作用する。
ジェイク達の鎧装が、響の“骸鬼“と共通した意匠を有しているのも、彼等の魂の繋がりを示すものと言えるかもしれない。
「……“強化兵士“の次は、“超醒獣兵“か。流石に、余興が多過ぎではないか、“破壊者“」
「………」
“処刑者“の仮面から、嘆息に塗れた、物憂げな声が零れ、状況を注視していたフェイスレスは、再びその両眼に深い虚無を宿らせる――。
「……“それだけ“ではないようだな」
「……!」
確かに感知した、“場違いな“気配に、“処刑者“の眼光がより鋭く歪む。
厳かに動いた主の指先は、さらなる“異変“を指し示していた。
「響――っ! 聞こえるかい!?」
「……!? 女将さん……!?」
フェイスレスが指差したその先――遠方から届いた、予期せぬ声に、響の目は再び見開かれ、喉は上ずった声を響かせる。
それは聞こえるはずのない、届くはずのない声だった。
本来、此処で聞こえてはいけない声だった。
「ジェイクの洟垂れ坊主が、ガミガミと“危ない“って言うから、そっちには行けないけどね! アンタ達は一人じゃないよ! 此処に私らはいるし、アンタ達の帰る“街“はある!」
だが、その声は熱く、響の胸に突き刺さり、染み渡る――。
この街で、母親のように自分達の世話を焼き、時に叱り付けてくれた女性、カミラ・ポートレイ。
遠くから響きながらも、確実に自分と共にある、その声は、血潮のように全身を駆け巡り、己の脚を支える、確かな支柱となる。
「だから……もう誰一人、命を、命を粗末にするんじゃないよ! アンタ達も、アル坊も、お嬢ちゃんも必ず生きて帰らなきゃダメなんだよ! 私らも此処で生きて、アンタ達の帰る場所を護る! “おかえり“って言うためにね!」
「……了解した」
込み上げるものに震える声で、響は応え、この場に駆けつけてくれた一つ一つの想いを噛み締めるように、刻み付けるように、その拳を握り締める。
「俺は感謝する――。これまでの軌跡に、すべての出逢いに。どれほど血に穢れ、泥に塗れても、俺は――この希望から目を逸らさない……ッ!」
輝醒剣を構えた、煌輝の鎧装が、響の意志に呼応するように、黄金の粒子を放出し、“畏敬の赤“に塗り固められた暗黒を照らす。
ガブリエルの生命の光である翠の焔を、両眼から迸らせ、響は立ち塞がる“救世主“へと告げる。
「俺が“神“に祈り、願うとすれば、その希望を護るためだ。絶望に屈し、救いを乞うためじゃない……!」
「……成る程、その在り方。貴様は“天敵種“であると同時に、“守護者“の後継でもあるというわけか――。全く救い難い“危険因子“だ」
響の“神“に挑むかのような、猛き祈り。人間としての誇り。
それを目にした、フェイスレスの両眼に生じた感情は、憐れみであろうか、憤りであろうか。
それは焔のように瞬く間に燃え上がり、次なる局面を呼ぶ……!
「“誘愛者“……!」
明らかに様相を変えた“重圧“が、フェイスレスの声音に宿っていた。
有無を言わせぬ“主“の、“破壊者“の声がそこにあった。
その声に、ボロボロの鎧装で足掻く麗句と交戦する“誘愛者“の目線が動く。
「――『鎧醒』を許可する。全てを凪ぎ払え。厳粛なる救済を前に、これ以上の“茶番“は不要だ」
「……御意のままに」
応えた“誘愛者“の両肩の翼が羽撃き、彼女の胸元に埋め込まれた“畏敬の赤“の結晶――“核“が、神々しくも毒々しい、“赤“の光を放つ。
「『鎧醒』……ッ!」
「……!」
それは、尋常の『鎧醒』ではなかった。
現実空間を硝子のように叩き割り、出現した複数の鎧装が、“誘愛者”を飲み込むように連結しながら、巨大な戦闘形態を完成させていた。
誰もが息を飲みながら、その巨体を見上げ、彼女の内部に満ち満ちる力の強大さを認識する――。
「“淫愛の篝火”――とても醜悪しいでしょう? 三体分の鎧装の愛を束ねた、私の愛の結晶。“神“に背き、“愛“に従い、人類を救う私の十字架……っ!」
“赤“の粒子が、嵐のように吹き荒れる。
中心に“誘愛者の身体を磔刑のように据え、連結した鎧装は、逆関節で構成された、歪な脚部から伸びる双翼で飛翔。その怪鳥を想起させる異形で、虚空に禍々しい”逆十字“を描いていた。
”組織”の象徴である“逆十字”を模ってみせたかのような、その巨大鎧装に、麗句は自らの眼光と思考を鋭く尖らせる――。
(……“組織“という存在。その根幹に、彼奴等が深く関わっているのかもしれんな)
“この世界は数度、少なくとも九度、繰り返されている“。そんな、ラ=ヒルカの長の言葉を脳裏に過らせながら、麗句は自らが所属する組織の成り立ちに関し、思考する。
異能によって、世界を幾度も繰り返しながら、自分達の“救済”に都合の良い組織を構築・増強する事も、彼奴等なら不可能ではないだろう。
「羽搏きなさい! “底へと堕ち翔ぶ巨翼”ッ!」
「……!?」
逆関節の脚部から伸びる双翼が、“畏敬の赤”の粒子を放出しながら羽搏き、天高く飛翔。次の刹那、流星の如く大地へと突撃し、凄絶な衝撃波で、戦場に密集していた、憐れな人類どもを吹き飛ばす――!
この巨鎧にとっては、もはや飛翔する事自体が、生命を奪い滅ぼす“凶器”であった。
「私にとっては他愛のない愛撫ですが、少々逝っちゃいましたかしら? しかし“破壊者”の御意志です。迷いなく容赦なく、慈悲なく愛して差し上げます……!」
嬲るように再び羽搏く“淫愛の篝火”が、“誘愛者”の愉悦に連動するように、その怪鳥の眼を赤く明滅させる。だが、
(人間を――舐めるな……ッ!)
「……!?」
――その刹那、凛とした“少女”の声が、“ここにはいない“少女の声が、“誘愛者”の精神に鋭利に突き刺さっていた。
そして、“誘愛者”が虚を突かれたその一瞬に、粉塵の中から叩き込まれた黄金の粒子と、高濃度の“畏敬の赤”による一撃が、“淫愛の篝火“の巨鎧を直撃。その巨体を後退させる――!
(な、なんだ、いまの声は……?)
“誘愛者”の精神を惑わした声。
突如として、“畏敬の赤”を通じて響いた、“少女“の声。
その声に連動するように、突き動かされるように、“観念世界”では、一つの“異変“が起こっていた。
(サ……ファイア、モルゲン……)
これまでの軌跡が招く事象が、また一つ結実する。
観念世界を漂う強大な“力“――多くの“意志”がいま、少女の軌跡を辿り、混沌極める“現実世界“へと向かわんとしていた。
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