第10話 人は足掻き、詠うもの―”The Artery Song”―
#10
虚無の中に、僅かな意識が芽生える。
――自分ではない自分が、自分として再構成されてゆく。
(あ、ああ……)
虚ろな意識の中に、とめどなく、過剰に注ぎ込まれるのは、”救い”を求める渇き切った声。
声が意識を覆い尽くし、声が自分となってゆく。
苦難に、災禍に喘ぎ、怨嗟に塗れた人の声が、黒々とした汚泥となって、己が意識を覆い、穢してゆく。
(私、は……)
神々しくも毒々しい”赤”の光が、意識を飲み込み、ヒトガタを、意識を収める器を形成してゆく。
"赤”の光の中に刻まれた、平行世界を含めた人類史が、そこに生きた者達の魂の軌跡が、意識へと注ぎ込まれ、"救い”をもたらすに相応しい思考を"設定"してゆく。
膨大なる情報の彷徨の果てに、意識は、人類の原罪を背負い、磔刑に処されたという"救世主"の最期の瞬間に辿り着く。
(……そうか、あれが。あれこそが)
あれが、私。あれこそが、私が成るべきもの――。
そう認識した瞬間、奇蹟という血溜まりの中、"救世主"は目覚めた。
※※※
「ーー”破壊者”、どうした? この局面で虚ろに想いを馳せるか……?」
「…………」
押し黙った主の、瞳の虚無が濃くなったのを察し、"処刑者"はあえて軽口のように尋ねる。
"同胞"の問いに、フェイスレスはしばし沈黙していたが、脈打ち、疼く右頬に添えられていた掌を握り、その"畏敬の赤”が円輪を描く両眼に、再び覇気を満たす事で解答とする。
「フッ……いや、人類とは自ら蕀を編み、己を縛る、つくづく憐れな存在だと思ってな」
「…………」
偽りではないのだろうが、心底からのものとは思えない、上滑りする、取り繕われた言葉に、"処刑者"は仮面の下で悲歎の表情を奏でる。
"救済"の為だけに、"物質としての神"より遣わされたものに、感情という雑音は不要。だが、意思を持ち生き続ける限り、逃れられぬものもまた、それである。
(……真に感傷的なのは、倒された"分身"の貴方ではないのかもしれんな、"破壊者")
結局のところ、分身ではあっても、アレも貴方自身である事は間違いないのだ。
むしろ、貴方の嘆きを忠実に受け継いだからこそ、アレは――、
"処刑者"と同様に、主の深淵なる感傷を感知したのか、我羅を撃破した"叛逆者"も、フェイスレスを補佐するように傍らに立ち、この場に残る人類を見据える。
「……長く苦しめる理由もない。"誘愛者"だけに任せず、我等で即座に掃討するのはどうかな、"処刑者"。"神の子"も目覚めたようだ――」
「……!」
"叛逆者"が告げた言葉と、その指先が指し示したもの。一同の視線がその一点に集中する。
「ア、ル……」
汚泥の中から半身を起こし、怯え惑う、子羊のように震える"神の子"へと――。
「クッ……」
"処刑者"が設置した"逆十字"の機能により、体内の"壊音"を狂わされ、身動きを封じられた響の腕が、弟へと伸ばされる。
いまのアルを蝕む苦悩を、"強化兵士"であり、"人柱実験体"である響は、理解りすぎる程に、理解していた。
「響兄ちゃん、ガブ、お、俺……」
すがり付くように、既知の者の名を呟く声。
自分の手を、泥に塗れた両手を見つめ、声を震わせる少年の脳髄に、意識を失っている間の、"創世石"と接続され、"赤い柱"とされている間の記憶が、"適正者"としての自分の詳細が、注ぎ込まれる――。
父と母から受け継いだ髪色も、瞳の色も別のものに上書きされ、自分の内側に強大な力との繋がりを感じる。
明らかに、普通じゃない。尋常じゃない。人間じゃ、ない――。
「フッ……嘆き、泥に塗れるがいい、"神の子"よ。"物質としての神"の子として、その苦難と運命を呪い、祝おう。アル・ホワイト――」
「あ……あ……」
初めて対峙する"信仰なき男"の異様と重圧に、アルは表情を強張らせる。
そんなアルへと、祝福のように、呪術のように、囁く息で"畏敬の赤"の粒子を掌から吹き飛ばしながら、フェイスレスはその"畏敬の赤"が円輪を描く両眼で語る。
"畏敬の赤"に纏わる奇跡と、軌跡。愛と死に塗れた詩を。
まるで、"同属"であるかのように、己を視るフェイスレスと九体の使徒に、アルは自らの異常を痛切に噛み締める。
自分もまた、"畏敬の赤"に連なる者。この街を災禍に堕としたものと等しいもの――いや、"それそのもの"なのだと。
「アル――」
「……!」
自分自身への困惑と恐怖に震える手を包む、ふわりとした温もりと声に、アルの硬直していた身体が、アルの青く染まった瞳が、隣にある少女の姿をようやく捉える。
だが、
「あ……」
自らの手を握り微笑む少女の姿に、大きな喪失をその身に刻んだ姿に、アルはまた衝撃を受け、言葉を喪失する。
彼女の左腕が、ない――。
「ガ、ガブ。う、腕が――」
「だ、大丈夫です、アル! 私は無事、生きています! 君だって、君のまま。優しい君のままです! 怖がらないで!」
自分の姿が、アルの心を軋ませる事に歯噛みしながら、ガブリエルは気丈に言葉を贈る。
けれど、適正者としてのアルの異能が、彼女が自分を救う為に、何を差し出し、何を捧げたか、正確過ぎる程に伝えていた。
「でも、俺の……俺の事を助けるために、君は……!」
ザン……!、と、
千々に乱れ、涙に咽ぶ心が叫ぶと同時に、鋭利に過ぎる剣閃がアルの眼前を舞っていた。
「え……?」
見知らぬ黒衣の青年の剣舞が、アルの瞳に鮮やかに焼き付く。
アルへの接近を試みた"擬似聖人"の一体を、"剣鬼"――シオン・李・イスルギの剣技が迎え撃ったのだ。
"擬似聖人"は"聖骸布"を微かに裂かれた程度で、特に損傷を受けた様子もなく、使徒の列に戻る。
「……成る程、"創世石"とフェイスレスの接続を断ったのは確かに私ですが、"創世石"――その因果をこう利用しますか」
「な……」
目にしたものに、直感した事実に、アルはまたしても言葉を失う。
――無理もない。"自分の中から溢れ出る力"が、目の前の見知らぬ青年へと繋がり、支配しているのだから。
「……怯える事も、戸惑う事もありません。こうならなくとも、私のやるべき事は、彼等から君を守る事ですからね」
気丈に過ぎる、涼やかなまでの表情を見せる青年の額には、脂汗が滲んでいた。
注ぎ込まれる“力”の反動を堪えるように、刀の柄を掴む手は小刻みに震えている――。
いまの青年を支えるものが、”無茶“や“無理”の類いである事は疑いようがなかった。
「ただ、いまの私に、"創世石"の力を御し得るか――その一点だけが無念です」
「あ……」
実直に告げる青年を嘲るように、“疑似聖人”が飛ばした闘気と呼ぶべき気の塊が、青年の頬を裂き、その脚をグラつかせる――。
万全の状態ならいざ知らず、ほぼ瀕死の状態に等しかったシオンの身体にとって、"創世石"の力は体内で荒れ狂う暴れ馬に等しい。
従来であれば、精緻に刃を導く指先も、"創世石"の操り糸によって縛られ、乱され、本来の性能を殺されてしまっている。表面上は強化を受けてはいても――まさに万事休すという状態であろう。
そして、そのような残酷を強いる自分という存在に、アルの口内はカラカラに乾いてゆく。
「もう、もういい……! こんなのやめ――」
【――――――――――――――――――――――――――ッ!‼‼‼‼‼‼‼‼】
"な……!?"
アルの慟哭は、凄絶な咆哮と熱線に遮られる。
"疑似聖人”達の暗躍の中、沈黙という雌伏に徹していた"獣王"の顎が開かれ、我が物顔で場を支配する"疑似聖人"達へと渾身の熱線を浴びせたのだ。
しかし、それは一体の"疑似聖人"が顕現させた"盾"によって容易く防がれ、霧散する。
"疑似聖人"が構える盾の形状は、"逆十字"を模していたが、狩人が獲物に深く刻み込んだ傷痕のような、鋭さと陰惨さをその形状に秘めていた。
「一度"死"していながら、満身創痍で、乾坤一擲を狙うその矜持――。"生物としての神"、害獣達の王というだけの事はある」
"聖骸布"を脱ぎ捨てた、"盾"の保持者たる"疑似聖人"は、竜の頭骨を直に削り、誂えたかのような仮面から何処となく野性を感じさせる声音を響かせる。
「だが、救済に害なす"竜"は、聖ゲオルギオスの"疑似聖人"である、この"殺戮者"が細胞一つ残さず狩り絶やす」
【…………】
歴戦の狩人である事を示すように、獲物の骨で編まれたかのような鎧装には、無数の傷痕が刻まれており、"殺戮者"の指先は、手癖のようにその傷痕をなぞっていた。
まるで、これまで狩り絶やしてきたものを、指折り数えるかのような、その仕草は、この“疑似聖人”の凶暴性と在り方を如実に示していると言える。
「最も、“竜”と括られるのはアンタにとっては恥辱か? ”怪獣王“」
【……”小僧“……】
"獣王"の白濁とした瞳に、赤々とした憤怒が煮え滾り、その巨尾が岩盤を粉々に破砕する。
そして、その様を、鎧装の傷痕をなぞりながら眺めていた”殺戮者“は、やがてその指先を虚空へと向け、その異能の一つを顕現させる。
「”我雷となり神を呪い竜を殺す“」
赤々と染まった虚空から、轟いた稲光と雷鳴が一つの槍となり、”殺戮者“の手に握られる。
その槍の鋒が展開し、大地へと突き立てられた瞬間、”獣王“の足元から無数の鎖が飛び出し、その巨躯を捕縛していた。
鎖の先端に設えられた杭は、”獣王“の分厚い皮膚を軽々と貫き、並の生物であれば、即時に死に到る酸と毒を体内に流し込む――。
【――――――――――――――――――ッ!!!!!】
「……元来であれば、この程度で縛れる相手じゃないだろうが、消耗仕切ったアンタであれば、俺一人でも”捕獲可能“という訳だ。とはいえ、この鎖も"人類以外を絡め取り、捕え滅ぼす”俺のとっておきだ。機嫌を損ねないでくれ」
“強い――”。
飄々とした、だが牙を噛み鳴らす野獣のような獰猛さを秘めた口調で告げる”殺戮者“に、”創世石“の力に繰られるシオンは、焦燥を噛み殺す。
“殺戮者”の目線が、“獣王”から自分に移った事を認識したからだ。
「……俺は"人類”を狩る事を好まん。人類は狩り絶やすものではなく、救うものだからな。しかし、"創世石“の操り人形となれば、話は別だ」
「あ……あ……」
アルの喉から、絶望に喘ぐ声ならぬ声が零れる。
“死んでしまう”。”殺されてしまう“。自分のせいで、自分の中に蠢く力と繋がれたせいで、この人は――、
(俺の、せいだ……)
そうだ。父さんの事も、母さんの事も。
自分がいたから。自分がこんな自分だったから。
コイツらがやって来た。コイツらが街を滅茶苦茶にした。
「俺の、せいでぇえええええ――ッ!!!!」
「ア、アル……!」
アルの慟哭、激情とともにアルの内側から、高濃度の”畏敬の赤“が溢れ出し、再び柱のようにアルの周囲を覆い始める――。
己に寄添おうとするガブリエルすら弾き飛ばし、”畏敬の赤“の粒子は壁となって、アルと世界を隔てようとしていた。
「フッ……フハハハ! その純粋さ故に”暴走”し、自ずから救済の礎となるか。我等としては願ってもない事だ」
その様に嗤い声を上げる”処刑者“は、仮面の下の目を細め、”神の子“の受難を注視・観察していた。
「“創世石”の力が柱となり、再び世界に注ぎ込まれるのなら――“畏敬の赤”級の醒石が回収出来ずとも、救済は発動可能だ。"終焉の人類"は過不足なく完成する」
「…………」
“神の子”を嘲笑う“処刑者”の歓喜に、フェイスレスは両眼をとじ、嘆息混じりの息を漏らす。
自らを産んだ“神”が選抜した者の体たらくに、微かに疼く苛立ちを示すように、高濃度の“畏敬の赤”の粒子が、フェイスレスの周囲を漂っていた。
しかし――、
「うおおおおおおおッ!!!!」
「……!」
空気を、粒子を震わせた、予期せぬ、その咆哮に、フェイスレスの閉じられた両眼は開き、“疑似聖人”達は驚愕を露わとする。
「ば、馬鹿な……!?」
「アルッ!!!!」
“処刑者”の思考を戦慄が貫く。
"処刑者"が設置した“逆十字“の作用により、身動きを封じられていたはずの響の五指が、村雨の柄を握り、激しい鍔鳴りを起こす事で、“逆十字”の音波を相殺。
続け様に放たれた蹴りが、己を包囲する“逆十字”を蹴散らしていた。
ありえない“抵抗”――ありえない“反撃”であった。
“逆十字”から放たれる音波は、響の体内の“壊音”を完全に封殺せしめるものであったはず――。
(ま、不味い……! この男を、あの“危険因子“態に『鎧醒』させては……!)
『鎧醒』。
響の口舌が、喉が、その言霊を吐き出せば、戦況は覆る。
だが――、
「アルッ……! 絶望に……絶望に飲まれるな……ッ!」
「……!」
響が選んだ言葉は、闘うためのソレではなかった。
「いまは、自分が恐ろしいものに思えるかもしれない。ここにいてはいけないものに思えるかもしれない。だが、そんなものは間違いだ! そんなのは……甘ったれた自分への憐憫だ」
「響、兄ちゃん……」
響が選択したのは、惑い嘆く弟アルへと贈る、兄としての叫びだった。
その叫びは、“誘愛者”と鍔迫り合う麗句、血溜まりの中に倒れ伏す我羅の耳にも轟く――。
「それを俺に教えてくれたのは、お前だ。俺を人間にしてくれたのはお前なんだ。そして、俺にお前やサファイアがいてくれたように、お前の傍にはいつでも俺達がいる」
握った拳の親指を立て、響はその口元に、兄としての優しい笑みを浮かべる。
「自分を諦めるな……! どんな暗闇の中でも、そこに自分がいる限り、希望は死なない――」
「兄ちゃ、ん……」
響から届けられた言葉に、これまでの慟哭とは異なる、大粒の涙が、アルの頬を零れ落ちていた。
アルと世界を隔てようとしていた粒子の壁は、次第にその濃度を薄め、霧散しようとしていた。
「……なるほど、尽く想定を覆すという意味でも、お前は確かに看過出来ぬ危険因子だ」
「……! 響兄ちゃんッ!」
“がっ……!?”
刹那。ユラリと、陽向に影が浮かび上がるように、音もなく響の眼前に出現した”叛逆者“の拳が、響の心臓へと苛烈に過ぎる一撃を打ち込んでいた。
血塊を吐き出しながら、吹き飛ばされた響の身体は、“処刑者”の鋭利な棘を持つ円状の暗器によって拘束され、再び“逆十字”が放つ音波によってその神経と精神を掻き毟られる――。
「ぐっ……!? くぅァアァ……ッ!?」
「“『鎧醒』を選択しなかったのは愚か”と言いたいが、お前の場合、”そうであるからこそ“恐ろしいのかもしれんな――」
“危険因子“態――“骸鬼・煌輝”として自分達の前に立ち塞がる事はなかったが、結果的に、“神の子”の暴走を、この男は止めている。
いや、それだけではない――。
「……“絶望に飲まれるな”、か。そうだな、己の性を乗り越え、希望に変えた男が語るに相応しい叱咤だ」
「……!? 貴女……!」
麗句の肩口を深々と貫いていた骨爪が、“誘愛者”の手首を掴んだ麗句の五指によって、引き抜かれ、続け様、誇り高き鷹が羽撃くように放った麗句の蹴りが、“誘愛者”の身体を数メートル後退させる。
「……主よ、主であったものよ。私は懺悔する」
罅割れた鎧装、罅割れた仮面をフェイスレスへと向け、麗句はその玲瓏な声音を響かせる。
「私は信仰を棄てながら、心の奥底で御身に救いを求めていた。縋っていた。失った仲間達との縁を繋いだ教えを、諦め切れずにいた。その弱い心が、迷いが、御身という存在を歪ませたというなら、それは私の、人間の罪だ――」
言うなれば、フェイスレスという存在自体が、麗句の弱さと迷いの象徴であり、具現化だった。
人間の心の底にある、偽れぬ願い、叫び。その集積が、フェイスレスという歪みを、“悲劇”を産んだ。
それは、確かに人間の罪と言える。
「――だからこそ、私は闘う事で贖罪する。人間として御身を倒し、救いを破却する事で、“創世石”という“物質としての神“からの、人間の巣立ちとする……!」
満身創痍の鎧装に、“畏敬の赤”の粒子を漲らせ、麗句はフェイスレスへと、“人類を救おうとする”者達へと宣戦布告する。
それは、“辺境の聖処女”としてでも、“墜ちた魔女”としてでもない、一人の人間としての決意だった。
そして、
「ハッ……いい啖呵だ。地獄への子守歌にするには勿体ねぇ、いい響きだ」
「ヌッ……!?」
刹那。
血溜まりに倒れ伏していたはずの男の手が、“叛逆者”の足首を掴み、その骨を粉々に破砕していた。
“畏敬の赤”の粒子を纏い、頭頂からドクドクと血を流すその男――我羅・SSは、ユラリと立ち上がると、”叛逆者“の足首を砕いた手を、気怠そうに振ってみせる。
「悪童……」
「悪童なんて年齢じゃねぇよ、先輩。どうせすぐ修復るんダロウ? 闘ろうぜ――死ぬ程な」
“徹底的に足掻いてやるよ”。
鋭く発達した犬歯を見せて、凶暴に笑みながら、我羅もまた宣戦布告する。お前達の救いなど不要だと――。
その様が、“処刑者”の腕を、憤りに震わせる。
「……コレだ。コレこそがお前が"危険因子”である理由。お前は”発火点”だ。お前という黄金は、人間を惑わせ、奮起させる――」
捕獲した響を視る、その“処刑者”の言葉には、確かな畏れが、怒りがあった。
“神の子”の暴走を止め、麗句を、我羅を立ち上がらせる、この男の黄金――。
それは、“煌輝”の鎧装以上に危険なものだ。
「“破壊者”……! この男の存在は危険過ぎる。すまないが、独断で動かせてもらおう……!」
「きょ……響兄ちゃんッ!」
“兄”の絶対的危機に、アルは喉が裂けんばかりに叫ぶ。
“響=ムラサメはここで処刑する……!”
“処刑者”の意志が振り翳されると同時に、現実空間を叩き割り、”畏敬の赤“を固形化させた無数の”聖槍“が響に向け、射出される……!
「消えろ、“危険因子”……!」
そして――、
「な、何……!?」
奇跡は、いや、これまでの軌跡が招いた事象は起こる。
暗黒の中に閃いた“矢”が、唸りを上げる“聖槍”を正確に、確実に撃ち落とし、疾風の如く駆ける紺青の鎧装が、響を拘束する円状の暗器を破砕。
響を、“処刑者”達の間合いから救出していた。
「オォオッ!」
「ムッ……!?」
事象はそれだけではない。
虚空から轟音と共に落下してきた巨体が、粉塵を巻き上げ、野太い咆哮を上げた、その翠の鎧装が、手にした手斧を“処刑者”へと叩きつけ、響への追撃を阻止していた。
”疑似聖人“足る”処刑者“を後退させる剛力。
只者ではない。
続けて戦場に舞い降りたのは、“矢“を放った桜花色の鎧装。彼等は、響を救出した紺青の鎧装を中心に、響を護るように陣形を組み、威風堂々と“疑似聖人”達と対峙する。
彼等は、鮮やかに煌めく鎧装の輝きとともに、“疑似聖人”の前に立ち塞がっていた。
彼等は――、
「お、お前達は……」
標的を正確に捉え、逃さぬ絶対の知覚。
疾風の如く翔ける、天馬の如き脚力。
有無を言わせず標的を押し潰す、巨山の如き剛腕。
現れた救援は、確かに戦場の空気を一変させ、新たな息吹を呼び込んでいた。
そうだ、希望は死なない。
人間が、人間を諦めぬ限り。
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