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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第09話 儚く散る花びらのように―”Rosia”―

#9


「た…立ってください! “女王(クイーン)“!」

「……ッ!」


 シオンの(げき)に、顔を上げた麗句の眼前に、鋭利な斬撃が閃き、頬の柔肌を切り裂く――。


 憔悴(しょうすい)に囚われていた麗句へと、瞬時に距離を詰め、指先に顕現(けんげん)させた骨爪(クロー)を鮮やかに舞わせた”誘愛者(ヴァンプ)“は、飛び散る鮮血の中、紫紺(しこん)に塗られた唇を妖艶に歪めていた。


 シオンの檄で、身を起こし、かわしていなければ、麗句の首と胴は、即座に切り離されていたに違いない――。


「あら……綺麗な顔に傷をつけてしまったわ。剥製(インテリア)にして飾ろうと思いましたのに」

「クッ……」


 麗句は(なか)ば反射で“誘愛者(ヴァンプ)“の腕を蹴り上げ、後退。


 “誘愛者(ヴァンプ)“は、蹴り飛ばされた骨爪(クロー)から滴る血を、艶やかな唇で舐めとり、麗句の顔をまじまじと見据える。


「“聖女“にも成りきれず、“魔女“に堕ちる事も出来ない――。貴女(あなた)の顔、どうしようもなく“人間(ひと)“そのものね……」

「…………」


 憐れむように覗き込む、”誘愛者(ヴァンプ)”の瞳の奥に潜む“冷徹“を感知し、麗句は抱えていたアルの身体を大地に下ろす。


「う……ん……」

「……」


 地面に寝かせた少年が僅かに身を(よじ)り、微かな声を漏らす。


 ――この子を巻き込むわけにはいかない。


 その意識が、麗句の憔悴(しょうすい)と混乱に蝕まれた精神に、(わず)かな闘志の(ほむら)(とも)していた。


「……ふぅん、やっぱり聖女の(キレイな)自分も()てられないんだ。これは八つ裂きにしなきゃ、救えそうにないですねぇ」

「……それが人間だと、さっきお前が言ったろう」


 鳴り響く金属音。


 麗句の応答(こたえ)を切り裂くように(ひらめ)いた“誘愛者(ヴァンプ)“の骨爪(クロー)を、手にした短刀型の『鎧醒器(アームド・デバイス)』で受け止め、麗句はその唇で戦端を開く――。


「『鎧醒(アームド)』ッ‼」


 奇蹟の顕現。


 言霊の発声と同時に、現実空間を硝子のように叩き割り、出現した黒の鎧装(ヨロイ)が、麗句の全身に、瞬く間に装着される……!


「ボロボロの身体で……よく足掻(あが)きますこと」


 損傷に(ひび)割れた翼は、羽搏(はば)たく度に破片をばら撒き、鷹を模した仮面は(いびつ)に裂け、内部の感覚強化器官(センサー)(あらわ)としていた。


 ……満足に戦える状態ではない。むしろ瀕死の状態といえる。


 その惨憺(さんたん)たる様を見据え、フェイスレスは深い嘆きに、言葉を乗せる。


「……憐れなものだ。人間(ヒト)とはその善意(こころ)故に、奈落に己が足を繋ぐ雛鳥(ひなどり)羽搏(はばた)く事も出来ず、種としての幼年期も越えられぬ――憐れな”神”の失敗作だよ」


 (うず)く己が”顔”を(いさ)めるように、右頬を押さえ、フェイスレスは、鳴動する三本の”逆十字”によって響を捕獲し、油断なくそれを注視する”処刑者(エリミネーター)”へと、その目線を移す。


「……どうだ、”処刑者(エリミネーター)”。”救済”の下準備は順調か?」

「……順調とは言い難いな。”麗鳳石”の回収は見ての通り、すぐに済みそうだが、他はそれなりに厄介だ」


 ”処刑者(エリミネーター)”の左目が、仮面のスリットの中をグルりと背面まで移動し、背後に立つ”破壊者(ジーザス)”を見据える。


 道化師(ピエロ)を模したかのような仮面の意匠のためか、その挙動はひどく滑稽(こっけい)でありながら、不気味だった。


「最難関は”賢我石”だ。”現実(ここ)”にはまるで気配がない。観念世界へ逃げ込み、別の世界に転移した可能性がある。場合によっては、我等の管轄外の”幻想世界(ラブーツァ)”や、”機晶世界(エルドネ)”という事も考えられるな」


「……ドクトル・サウザンドか。成る程、あの男ならば有り得る話だ」


 ”生き汚いと言うべきか、策謀に長けていると言うべきか”。


 フェイスレスは呆れたように、感嘆したように呟き、”畏敬の赤”が円輪を描く両眼を細める。


 倒された”もう一人の自分”とある程度、記憶(データ)を共有しているのか、その言葉の端々に姿を消した”軍医(ドクトル)”への評価と懸念が滲んでいた。


(こいつらは……)


 鳴動する”逆十字(さかさじゅうじ)”が放つ、特殊な音波に、全身の神経と精神を掻き(むし)られながら、響は淡々と”救済”とやらの進行に務める”疑似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”達を見据える。


 ……彼等は、”気にする素振り”こそ見せているが、その実、自分達を相手にしていない。


 此処にいる自分達は、彼等にとっては路傍(ろぼう)の石。


 少なくとも、”難敵(てき)”と見なされていないのは確かだった。


 生け贄を物色するような、出荷する家畜を選別するような、冷徹な眼差しだけが、響達の四肢に絡み付いていた。


 そして、


「……たくよぉ。気持ちよく寝てたってのに、随分と騒がしいじゃねぇか、間抜け面(フェイスレス)

「……!」


 ユラリと身を起こした、新たな”生け贄”に、フェイスレスの両眼が動く。


 唾のように血塊を吐き捨て、オールバックの金髪を掻き上げる凶漢は血走った両眼を、”救世主(メシア)”へと向け、(わら)っていた。


「ちょっと見ねぇ間に、ちと()けたんじゃねぇか? お前――」

「”毒蠍(スコルピオ)”……我羅(ガラ)SS(ダブルエス)か」


 不遜と不敬の塊のような、縛られぬ男が、犬歯を剥き出しにして吠えていた。


 その様に、フェイスレスは己が右頬を撫で、己の中の情報(データ)と、眼前の無頼を照合する。


「……成る程、規格外の獰猛と奔放。お前のような男がいたのでは、”私”も計算違いの一つもするわけだ」

「ハッ……! 算盤(そろばん)弾きながら()る奴に、俺が計れるかよ……」


 フェイスレスの戯れ言を一蹴した我羅は、”処刑者(エリミネーター)”に捕獲されている響を一瞥。その口元を歪める――。

 

「……そこの男との決闘(タイマン)は、我ながらいい負けっぷりだったぜ。何の打算も、妥協もなくぶつかり合う。勝つにしろ、負けるにしろ、後腐れのない、議論の余地のねぇ決着ってのはいいもんだ。久々に気持ちよく眠れたぜ――」


 ”だってのによぉ”。


 気怠そうに首の骨を鳴らし、我羅は『鎧醒器(アームド・デバイス)』であるバックル――”蛇蝎錠(ポイズン・シュロス)”を構える。


「余計な茶々入れてんじゃねぇぞ、シャバ憎どもが……ッ‼」


 ”鎧醒(アームド)……!”


 我羅の腹腔から吐き出された言霊が、現実空前を叩き割り、鎧装を召喚……! 我羅の狂暴な意志が、咆哮とともに、喰らうようにそれらを纏わんとする。


 だが、


「――騒がしいな、(わっぱ)

「……!」


 聖骸布(ローブ)を脱ぎ捨て、立ち塞がった一体の”疑似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”が、一発の正拳で、我羅の鎧装を”観念世界”へと叩き返していた。


 周囲の障害物を破砕せしめる『鎧醒(アームド)』の力場の中で、鎧装に直接攻撃を加えるなど、尋常の業ではない――。


「てめぇ……」

『フッ……惚れ惚れとするような、反骨の凶相。貴公、それなりの地獄を見た手合か……」


 灰を基調とした鎧装を纏う、その”疑似聖人”は、何処となく気品を感じさせる声音で告げ、我羅と対峙する。


 深紅の仮面があらゆる表情を隠し、同じく深紅の胴当て、肩当て、肘当てが、灰の鎧装の中で攻撃的に煌めいていた。


 そして、余分な意匠や機能を削ぎ落とし、格闘戦に特化させたかのような、その鎧装(ヨロイ)のシンプルな造りが、鎧装(ヨロイ)の下にある、鍛え抜かれた男の筋骨を浮かび上がらせる――。


 匂い立つ”猛者”の気配に、我羅の脳はとめどなくアドレナリンを噴出させていた。


「ハァ……地獄なんざ、大概見飽きたぜッ‼ 糞野(くそや)……」


 ”畏敬の赤”の粒子を、鎧装(ヨロイ)代わりに纏わせた右脚が、凶暴に躍動するが、蹴りが貫いたのは、”疑似聖人”の残像だった。


 背後に突き立てられた、尖った気配に我羅が振り向くと、そこに”疑似聖人”の深紅の仮面があった。


「野郎……」

「……焦るなよ、悪童(わっぱ)


 ”疑似聖人”は二本の指で、軟質素材で編まれた仮面のスリットを抉じ開け、(ひら)けた視界で我羅の凶相(カオ)をまじまじと見ていた。


 標的の顔を、網膜に焼き付けるように。


「――眠れ、パライソに」

「………ッ!?」


 衝撃が、我羅の脳髄を貫く。


 視線が絡み合った瞬間、”疑似聖人”の巨体が、我羅の体を支点に逆上がりのように回転! その勢いのまま、我羅の頭蓋を大地へと叩き付け、その意識を奪っていた。


 虚脱した我羅の身体を乱雑に放り投げ、”疑似聖人”はフェイスレスへとその深紅の仮面を向ける。


「……これで”羅剛石”は確保だ、”破壊者(ジーザス)”。騒がせたな」 

「ふっ……自ら動くとは珍しいな、”叛逆者(リベレイター)”。その男の”毒”にあてられたか……?」


 フェイスレスが”叛逆者(リベレイター)”と呼んだ”疑似聖人”は、束ねられた銀の髪を風に揺らしながら、応える。


「フッ……どうだかな。俺が飲み干すに値する”毒”か。計る間もなかったものでな」


 ――戦力差は明らかである。麗句も、シオンも、我羅も、”獣王(キング)”ですらも、極限の死線を潜り抜け、かろうじて命を拾った状態である。


 万全以上の力を持つ”模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)“を、まともに相手出来る状況ではない。


「はぁ……揺れて、揺れて、貴女達は、本当に哀れな命ですねぇ」

「くっ……!」


 嘲るように、憐れむように、“誘愛者(ヴァンプ)”の甘い声音が(うた)う。


 “誘愛者(ヴァンプ)“の両肩に浮かぶ、翼の如き大型の機甲が、拳のように握られ、麗句の黒鎧(ヨロイ)を容赦なく弾き飛ばしていた。


 破片(かけら)は散る。花びらのように。


 そして、地に散った花びらのように、命運は(はかな)く、踏みにじられる。


 幕を開ける”救済”の中、”疑似聖人”達の侵攻は、いよいよ本格化しつつあった。


NEXT→第10話 人は足掻き、詠うものー”The Artery Song”ー

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