第11話 兆
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#12
「アル! ガブくんどこー!?」
サファイアの感情は揺れに揺れていた。
湧き上がる不安と焦燥が身を切るようだった。
靴が路面に溜まった雨水を弾き、どこかで裂けたレインコートの隙間から流れ込んだ雨を吸った衣服は、鉛のように彼女に圧し掛かり、絡み付く。
(もうっ……こんなんじゃ、こんなんじゃ保護者失格だゾ! サファイア・モルゲンっ)
サファイアはきつく唇を噛み締めると、日が完全に沈み、街灯によって照らされ始めた夜の街を見渡す。彼女の視界に、弟の、アルの姿はない。理由は簡潔すぎるほど簡潔である。
――手分けして探そう!
なかなかガブリエルを発見できないことに焦りを感じたのだろう。弟はそう叫ぶと、我を忘れたがごとく、豪雨のなかへと駆け出してしまった。
迷路のような路地裏に入った彼は追いかけたサファイアの視界から消え去り、一人、夜の闇へと姿を隠してしまった。
アルをうまく引き止められなかったのは、あの時の嫌な予感に心を乱していたせいかもしれない――。
サファイアの心は響の異変を、彼に訪れた何らかの危機を、“勘”と呼ぶべきもので察知している。気のせいといえば気のせいなのかもしれないけれど、そうは思えない。
強化兵士、保安組織の隊員として培われてきた“勘”が響たちに備わっているように、長い旅路のなかで培われてきた危険を察知する“勘”のようなものがサファイアにも備わっている。
確たる証拠も何もないのだけれど、彼が無事である根拠もないだけに、不安は募る。けれど、
(ごめん、響、いまはボクに勇気を頂戴――)
“お前の手はアルの手を握っていてくれ”
その彼から託された想いを自分から反故にするわけにはいかない。
――事実、自分の身に何があろうとも響なら、アルの捜索を優先させるだろう。背負い過ぎる彼の事だから腹が立つくらいそれがわかる。
だから、そんな強さをいまは自分にもわけて欲しい。可愛い弟を襲い来るかもしれない危険から、この悲劇から救い出すために。
「ガブ、ガブリエル――っ! どこだよぉ――っ!」
どこをどう走ってきたのか、まるでわからなかった。気がついた時、アルは大通りから遠く離れた屑鉄置き場まで来ていた。
叫び続けた、走り続けたことで体に相当、負担がかかっていたのだろう。不意に足を止めたアルは激しく咳き込む。自分の無我夢中さを思い知るようだった。少し体を屈ませ、一息つかせると、アルの視界にようやく周りの風景が染込んでくる。
かつては人々の生活を彩り、きらきらと輝いていたであろう器具たちもいまは錆付いた屑鉄としてこの場所に眠っている。
“彼等は役目を終えて、いまはこの場所でゆっくり休んでる。けど、今日はお前のために彼と彼と彼には少し早起きしてもらおう。ちゃんと感謝してやるんだぞ?”
そう言って部品を選別しながら父がここから廃材を掻き集め、あのマウンテンバイクを作ってくれた――その記憶が蘇り、アルの瞳に涙が滲む。
もしかしたら、その父との思い出が自分をここに導いたのかもしれない。
「ガブ……」
そうだ。
父が導いてくれたのだとしたら。もし、父が導いてくれたのだとしたら――。
それは、すがりつけるかもわからないような微かな希望だった。だが、雨で冷え切ったアルの胸に熱い火を灯すには充分すぎる“理由”だった。
アルは涙を拭い、屑鉄たちを覆う闇へと視線を走らせる。
「なぁ、ガブ。もし……もし、いるんだったら……」
掠れる声で紡がれる言葉。ここに来たのが父の導きだとしたら、それに賭けてみたい。
アルは意を決し、眼前の闇と“対話”をはじめる。
友達が居るかもしれない、隠れているかもしれない、その闇と。
「お前が嫌なら出てこなくてもいい――聞いててくれ」
拳を握り締め、一欠片の期待を、胸に。
(そんな……どうして……?)
そして、廃材の陰に身を潜めていた存在――“彼女”は突然の来訪者に驚きを隠せずにいた。
泥に汚れた翼を彼女の小さな両の手がぎゅっと握り締める。
二度と、彼に甘えることがないように、その優しい声に魅かれることがないように――
“彼女”は必死に自分を抑え込んでいた。
だが、少年はまだ雨が降り注ぐ暗闇のなか、真っ直ぐな眼差しで“彼女”が潜む闇を見つめていた。
アルは近くにある屑鉄を、その側に隠れている“友人”を慈しむように撫でながら、ゆっくりとその心情を言葉にしていった。
「俺さ、怒って……ないよ。ていうか、正直……お前のこと、どう思っていいかわからない。なんだかさ、わけわかんないんだ。泣き叫びたい気もするし……わけわからなすぎて笑っちゃいそうな気もする。ただ、たださ……お前、ふざけんなよ」
言葉を紡ぐ度に、次第に増す感情の度合いがアルの声を詰まらせ、震わせてゆく。抑えきれず溢れた涙を拭い、アルはさらに言葉を続けた。
「拾われといて、勝手に迷惑だからっていなくなるなよ。全部、自分のせいだとか悲しいこと言うなよ。そんなわけないだろ、お前のせいなんて……お前のせいだとしても、お前のせいだとしても、全部、自分で背負い込んで、あんな、あんな悲しい顔するなよっ!」
それは呼びかけというより、叫びだった。あの時、感じたガブリエルの悲しみに対するアルなりの解答だともいえるかもしれない――。
「俺を見くびんな! ちょっとは愚痴ったり、怒ったりはするかもしれないけど、お前を……小さなお前を見捨てたり、放り投げたりしない! ちゃんと守る、世話するって決めたんだ!」
肩で息をして、アルは自分の気持ちを、意志を吐き出し続ける。昼過ぎから満足に食事をしていないこともあってか、自分の勢いを足が支えきれない。
けど、アルはそれでも言葉を止めたりはしなかった。
「それとも……いらなかったのかな、俺の力なんて。お前はいままで自分の力でなんとかしてきたのかもしれないし。けど、俺、後悔してないよ。あんなお前、放っておけなかったし、正しいことだったと思ってる。それだけは、伝えたくて」
本当は後悔もある。割り切れない気持ちもある。
けど、ガブリエルのためにそれだけは伝えてやりたかった。もう会えないとしても、“自分に恨まれている”という余計な傷や重荷をガブリエルに残したくはなかった。
あんな、あんな悲しい目をしたアイツに――。できれば、もう一度会って、ちゃんと話をしたい。そして、できれば――、
「……ははっ、何やってんだ、俺。アイツがいるとは限らないのに……」
誰へともなく呟き、アルは泥に汚れた屑鉄の上に座り込む。
心のなかにあった“悔い”を吐き出したせいか、疲れがどっと彼の両肩に圧し掛かる。
ふと、街路で別れた姉のことが脳裏を過ぎる。無我夢中だったせいで、姉の意見を聞くことなく勝手に“手分け”してしまったけれど、心配してるだろうな……。
必死に自分を呼び止めていた姉の顔を思い出し、申し訳なさが胸に募ったが、ここを離れる気はしなかった。
馬鹿みたいだけど、自分が感じた予感や気配を裏切ることができなかった。
“アイツ”がここに居る気がして仕方がなかった。父が導いてくれたかもしれない、この場所に。そして――、
「あ……」
次の瞬間、アルの瞳から涙が溢れていた。それは心の奥底から溢れる滂沱の、安堵の涙だ。
彼の瞳には確かに、屑鉄の陰から遠慮がちに姿を現す、あの小さな友人の姿が映されていた。
現れたその友人は、消失した時と同様の、眩い緑色の粒子に包まれながら、そのつぶらな、悲しげな瞳をアルへと向けていた。
(アル……君は……)
また、潤んだ瞳で自分を見つめる少年の姿に、現れたその友人――ガブリエルは伝えなければ、と覚悟を決めていた。
こんな状況下で、自分なんかのためにこんなところまで来てくれた、あたたかい言葉を送ってくれた彼には、すべてを伝えてあげなければ――。
それが自分の責任であり、誠意であるとガブリエルは強く感じていた。
「え……?」
そして、弟を捜し、息を切らせていたサファイアの瞳にも予期せぬ来訪者の姿が映し出されていた。それは真珠の白銀にも似た美麗な肌を持つ機体。
サファイアはその機体を良く知っていたが、それは現在、“ミニバイク”ではなく、流麗なデザインラインを持つ“オンロードバイク”へとその形状を大きく変えていた。
あの石の色を想起させる、赤い光を満たしたスリットが白銀を彩り、機体の眼であるかのようなヘッドライトは緑色の光を放ちながら、サファイアを見つめていた。
――長年、身を預けてきたその機体を、相棒を、あの石から放たれた赤い光が飲み込んだことを、サファイアは知らない。
「エクス……シア?」
まるで別物になっているにも関わらず、サファイアがそう認識できたのは、長い付き合いによるものだろうか。長い間、日々を共にし、一緒に旅もしてきた相棒と同じ匂いがこの機体からは感じられる。
その感覚を否定しようとも、そのスロットルに引っ掛けられたヘルメットはまごうことなく自分のものであり、それを被り、いますぐ自分に乗れ、と言っているかのように、白銀の機体はクイッと前輪を動かしてみせる。
「あ、ええと……」
思考が現実に追いつかない。昨夜の“夢”の続きを見ているかのような不可思議な感覚。
けれど、あの現実のような感覚を伴う夢の続きとして、この夢としか思えないような現実は妙に結合感がある。
「な、何か……起こってるんだね。キミがこうなっちゃうような何かが……」
驚愕に思考を停滞させぬよう、言い聞かせるように口にして、サファイアは瞳を閉じる。
ボクが行く道は良い道? 悪い道?
ヘルメットを被り終えると同時に胸の内で呟くと、サファイアは躊躇いながらも機体に跨り、そのスロットルを握る。
【搭乗者、答エはイつモ貴女ノ胸のナカに在る】
――救うべき者のため、私は走る。
機体から伝えられたその言葉に、サファイアの迷いは消えた。どのような仕組みでか、機械で合成された擬似音声とでも呼ぶべき声は、サファイアの意識に溶け込むように伝わってくる。
行き先は知っている気がした。機体が導くままに、自分の意志が向かう先に、サファイアと彼女を乗せた相棒は疾走を開始する。
そうだ、夢であろうが、現実であろうが、救うべき者は――同じだ。
「ガ、ガブ……?」
不思議な、不思議な光景だった。
霧の如く溢れ出す緑の粒子が、少年の視界を鮮やかに彩り、殺伐とした屑鉄置き場を一種、幻想的な空間へと変貌させていた。
その場所で、ようやく出会えた友人の身に起きている異変……超常にアルは息を飲み、涙に濡れた瞳を見開いていた。
(依代の構成物質を量子化。《人間態》へと再構成開始)
次第に濃度を増す粒子のなか、ガブリエルの小さな体は砂塵が風に吹かれるように消え去り、その中心にあったエメラルドの光を覆い隠すように、粒子から再構成された翼が大きく羽ばたく。
その翼に抱かれたまま、ガブリエルは愛らしい小動物の形態から自らのシルエットを大胆に変貌させていた。
その瞬間、完全に量子化された肉体の再構成が本格的に開始され、柔らかな体毛に覆われていた小さな身体は、絵画に描かれた天使のそれを想起させる白い肌、アルと同程度の身長を持つ、“本来の姿”へとその変貌を収束させる。
それは――、
「え、え? あ…ええええっ!?」
アルの声を裏返らせる、可憐なる顕現。
そこにあるのは、アルと同年代の、いや少し幼いくらいの少女の姿。
(女の…子!?)
人工的な、工芸品の如き煌きを秘めた、緑色の髪と同色の瞳は少年の瞳に鮮やかに焼き付き、少女の頬は真の姿を晒したことを恥らうように赤く染まっていた。
「あ、あの……あ、あまり、凝視しないでもらえると……」
彼女の背にあった翼は瞬時に消失し、白を基調とした着衣として再生される。
そして、その奇蹟に等しい超常の刹那に、自分の目に飛び込んできたガブリエルの女の子としての部分に、アルは――、
「あ、ああ、あの……」
自分がいままでおこなってきた無遠慮な行動の数々を否応なく認識させられ、思考が爆発寸前になり、言葉に詰まる。
“けど、女の子だとしたらアルくんはちょっとエッチかなぁ?”
そんな姉の言葉が示すように、無遠慮に抱き上げたり、無遠慮に胸の辺りをさわったり、拾った日に一緒に風呂に入ろうとしたり。
自分の行状を思い返すごとに、アルの顔はまるで熟れたトマトのように、真っ赤になってゆく。
「ご、ごめん! お、俺……!」
「き、気にしないでください! え、ええと、あ、あの形態のわたしには――せ、“性別”が設定されてなくて、“性差による思考の違い”が行動に反映されないように、あらかじめ構成概念から排除されているんです! だ、だから、そ、その気にしないで、大、丈夫です」
ガブリエルの顔もあわあわと説明しているうちに、みるみる赤くなり、その反応から、その時は大丈夫でも、アルと同じように“思い返すと恥ずかしい”のだと認識できて、アルも顔をますます赤くして、下げた頭をより下降させざるをえなかった。
「ごめんなさい、驚かせてしまって――。や、やり直します! 耳だけでも残せばきっと気になら――」
「え…? い、いや! それすごく可愛……じゃなくて! な、なんか余計気を遣いそうだからいいよ!」
可愛いもの好きの姉ちゃんあたりは大興奮だろうな、そう呟いて身近な姉の顔を思い出したところで、飛び跳ねていたアルの心拍数は正常値に戻り始める。
(あ……)
そして、自分を落ち着けるように息を吐いて顔を上げれば、そこには本当に愛らしい少女の顔があった。
そのガブリエルという名が示すとおり、天使の模造品としては至上と呼べる顔立ちを少女は持っていた。
――いや、アルの目には天使としてしか映らなかった。目が眩むほどの神秘を見せつけられ、その直後に姿を現した、この可憐な少女なのだ。
少年の主観からすれば、他に認識の仕様がないといえるかもしれない。
「ア、アル……?」
「あ、ああ! は、はは……ごめん、なんか見惚れちゃって。そ、その、あきらかに普通じゃないんだけど、なんか普通に可愛いっていうか、って――お、俺、何言ってんだ!?」
この自治区にはほとんどいない同年代の少女、それも天使にしか思えないような美少女を前にして、舞い上がっている自分を認識できないほど舞い上がっている少年は、目を合わせられない自分を隠すようにポリポリと頬を掻き、慣れない状況に苦笑する。
「か、顔が赤いです! や、やっぱり耳――! し、尻尾も生やせます!」
「み、耳はいいって! 尻尾はサービスしすぎ!」
少し涙目になるほどの、飽くまで真剣な眼差しで提言する少女に、少年は手を振るジェスチャーとともに慌てて応えて、二人の目線が不意に重なる。
ガブリエルが身を乗り出していたこともあって、アルの目の前で彼女の綺麗な緑色の髪が、さらさらと揺れる。
「ふふ…」
「は、ははは……」
そして、言葉なく顔を見合わせた数瞬。動転のなかで、あまりに馬鹿馬鹿しいやり取りをしていると気付いて、見つめあった少年少女の表情から、自然に笑みが零れるのにそう長い時間はかからなかった。
なんだかどうしようもなく可笑しくなって、二人はひとしきり笑った。
「でも、とにかく無事でよかった。よくわからないことも多いけど……また会えて話せる。それだけでも充分って気がするよ」
「アル……」
屈託のない笑みとともにアルは言葉を紡ぎ、ホッとした息を吐く。
それは曇天のなか、パッと青空が広がるような健やかな笑みだった。心からの安堵がこめられた、心から友人の安否を気遣っていたが故の笑みでもある。
その笑みがガブリエルの胸に優しく溶け込み、冷えた心身を芯から暖めてくれる。
(でも……)
――それが辛い。それが悲しい。胸に溶け込んだ笑みは次の刹那、鋭利な刃のように凝固し、ガブリエルの胸を引き裂かんばかりだった。
少女の瞳から悔恨の涙が溢れ、零れ落ちる。
「え……ええっ!?」
そして、少女の幼い胸を押し潰してしまいそうな感情の渦が嗚咽となり、漏れる。
孤独に震えていた自分を拾い、抱き上げてくれた少年の優しさが無数の針と化し、いま彼女の全身に突き刺っている。彼の無垢な瞳に反射して見える、自分の拭いようのない罪が――。
「えっ……な、泣かないで! お、俺、なんかひどいことした!?」
縦横無尽の悪ガキで知られてはいるが、自治区に同年代の少女が少ないこともあり、こういう時の対処法や免疫はまるで持っていないアルが狼狽するなか、ガブリエルは自らの嗚咽を振り切るように、喉を裂き、血を滲ませるような懺悔を響かせる。
「アル……アル、ごめんなさい」
「ガ、ガブ……?」
涙で愛らしい顔をぐちゃぐちゃにした少女の様子に、アルも知る。
その裏側にある彼女の抱える問題、その闇の深淵さを。
「わたしは許されないことをしてしまった! わたしは君のその優しさに甘えて、溺れきって! 君を、君のご両親を巻き込んでしまった!」
少女の小さな手が、血が滲むほど握り締められる。
視角を通じて、アルにも、肌に食い込むような彼女の後悔の念が伝わってくる。
「このわたしに託された“王者の石”……創世石を巡る争いに」
「そ、創世……石?」
――突拍子もない、とはこの事だった。少女が口にした“創世石”というのが、いまもガブリエルの首元に首輪とともに付けられている、血が凝固したかのようなあの石なのだという事は理解できる。
また、姉の家からガブリエルが姿を消した時に生じた、畏敬にも似た感情を喚起させる光。あれを浴びたアルだからこそ、ガブリエルの持つ石がただならぬ物品であることは充分、推測可能だった。
「ガブ、お前いったい……」
知れば危ういと呟く理性の声を、知りたいと叫ぶ感情、その轟音が打ち消した。
彼女の小さい、小さすぎる肩を震わせる要因となっている、その創世石という問題の根幹を知りたい。彼女が言うように、自分の両親が巻き込まれたというなら、尚更だ。
そして、何より暗闇のなかで震える彼女を見つけた時と同じように、放ってなんかおけなかった。
慌ててポケットから取り出したハンカチで頬を濡らす涙を拭ってあげると、アルはうんと頷いて意を決し、慎重に言葉を織り上げる。だが――、
【――大変ながらくお待たせ致しました。ようやく開演時間です】
「!!?」
その刹那、極めて上品な響きと、極めて下劣な残響を持つ声が、アルとガブリエルの鼓膜を震わせた。
朽ち果てた屑鉄の山に反響するその声は、発せられる音、その残響が空気を伝わるだけで肌を粟立たせるような、底意地の悪い悪意に満ちていた。
また、その声が上品さと下劣さを兼ね備えているように、紡がれる言葉もやはり、貴族的な荘厳さを持ちながら、どこか低俗な下世話な要素に満ち満ちていた。
【拍手喝采、恐悦至極。幻聴とはいえ、胸を昂ぶらせるに充分なものが聞こえてきます。しかし……なんとも、小さく愛らしい騎士様を選んだものですね、天使。フフフ……その羽を毟り、踏み躙る悪役たる我々としても気合の入るところです】
甘ささえ兼ね備えた低音の声音が自己陶酔に満ちた演説を続けるなか、アルとガブリエルの周囲に積み上げられている屑鉄たちが地響きとともに蠢き、二人をせせら笑うような嫌な音で闇夜を飾り立てる。
強烈な磁力に引っ張られるかのように地面を削りながら迫り来る屑鉄の山はまるで、よく訓練された騎兵の一団の如く二人を包囲していた。
「な、何だよ……何なんだよ、お前っ!?」
不安、恐怖、混乱。足を竦ませるそれらの感情を必死に振り払うように、姿を見せぬ声の主へと少年は叫ぶ。
【――失礼。自己紹介がまだでしたね。私はドクトル・サウザンド。異能結社アルゲム最高幹部“選定されし六人の断罪者 (ジャッジメント・シックス)”の一人にして、“軍医”の称号を持つ者。そして】
暗闇のなかに赤々とした、鮮血が噴出したかのような電光が走り、一人の男の立体映像がアル達の前に姿を顕わす。
【この惑星の核たる六つの醒石の一つ、賢我石に選ばれし男です】
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