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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第一章 覚醒の兆候―NEXT LEVEL―
13/172

第11話 兆

更新情報をツイッター上でも報告することにしました。よろしければ、ご参照ください。http://twitter.com/chiyo52827518

#12


「アル! ガブくんどこー!?」


 サファイアの感情は揺れに揺れていた。


 ()き上がる不安と焦燥(しょうそう)が身を切るようだった。


 (くつ)が路面に()まった雨水を(はじ)き、どこかで裂けたレインコートの隙間(すきま)から流れ込んだ雨を吸った衣服は、(なまり)のように彼女に()()かり、(から)()く。


(もうっ……こんなんじゃ、こんなんじゃ保護者失格だゾ! サファイア・モルゲンっ)


 サファイアはきつく唇を噛み締めると、日が完全に沈み、街灯によって照らされ始めた夜の街を見渡す。彼女の視界に、弟の、アルの姿はない。理由は簡潔(かんけつ)すぎるほど簡潔(かんけつ)である。


 ――手分けして探そう! 


 なかなかガブリエルを発見できないことに(あせ)りを感じたのだろう。弟はそう叫ぶと、我を忘れたがごとく、豪雨(ごうう)のなかへと駆け出してしまった。


 迷路のような路地(ろじ)(うら)に入った彼は追いかけたサファイアの視界から消え去り、一人、夜の闇へと姿を隠してしまった。


 アルをうまく引き止められなかったのは、あの時の嫌な予感に心を乱していたせいかもしれない――。


 サファイアの心はキョウの異変を、彼に訪れた何らかの危機を、“勘”と呼ぶべきもので察知している。気のせいといえば気のせいなのかもしれないけれど、そうは思えない。


 強化兵士、保安組織の隊員として(つちか)われてきた“勘”が響たちに(そな)わっているように、長い旅路のなかで(つちか)われてきた危険を察知(さっち)する“勘”のようなものがサファイアにも(そな)わっている。


 確たる証拠(しょうこ)も何もないのだけれど、彼が無事である根拠(こんきょ)もないだけに、不安は(つの)る。けれど、


(ごめん、響、いまはボクに勇気を頂戴(ちょうだい)――)


 “お前の手はアルの手を握っていてくれ”


 その彼から(たく)された想いを自分から反故(ほご)にするわけにはいかない。


 ――事実、自分の身に何があろうとも響なら、アルの捜索(そうさく)を優先させるだろう。背負い過ぎる彼の事だから腹が立つくらいそれがわかる。


 だから、そんな強さをいまは自分にもわけて欲しい。可愛い弟を襲い来るかもしれない危険から、この悲劇から救い出すために。


「ガブ、ガブリエル――っ! どこだよぉ――っ!」


 どこをどう走ってきたのか、まるでわからなかった。気がついた時、アルは大通りから遠く離れた屑鉄(ジャンク)置き場まで来ていた。


 叫び続けた、走り続けたことで体に相当、負担がかかっていたのだろう。不意に足を止めたアルは激しく咳き込む。自分の無我夢中さを思い知るようだった。少し体を(かが)ませ、一息つかせると、アルの視界にようやく周りの風景が染込んでくる。


 かつては人々の生活を(いろど)り、きらきらと輝いていたであろう器具たちもいまは(さび)付いた屑鉄(ジャンク)としてこの場所に眠っている。


 “彼等は役目を終えて、いまはこの場所でゆっくり休んでる。けど、今日はお前のために彼と彼と彼には少し早起きしてもらおう。ちゃんと感謝してやるんだぞ?”


 そう言って部品を選別しながら父がここから廃材を掻き集め、あのマウンテンバイクを作ってくれた――その記憶が(よみがえ)り、アルの瞳に涙が(にじ)む。


 もしかしたら、その父との思い出が自分をここに導いたのかもしれない。


「ガブ……」


 そうだ。


 父が導いてくれたのだとしたら。もし、父が導いてくれたのだとしたら――。


 それは、すがりつけるかもわからないような(かす)かな希望だった。だが、雨で()()ったアルの胸に熱い火を(とも)すには充分(じゅうぶん)すぎる“理由”だった。


 アルは涙を(ぬぐ)い、屑鉄(ジャンク)たちを(おお)う闇へと視線を走らせる。


「なぁ、ガブ。もし……もし、いるんだったら……」


 (かす)れる声で(つむ)がれる言葉。ここに来たのが父の導きだとしたら、それに賭けてみたい。


 アルは意を決し、眼前(がんぜん)の闇と“対話”をはじめる。


 友達が()るかもしれない、隠れているかもしれない、その闇と。


「お前が嫌なら出てこなくてもいい――聞いててくれ」


 拳を握り締め、(ひと)欠片(かけら)の期待を、胸に。


(そんな……どうして……?)


 そして、廃材の(かげ)に身を潜めていた存在(かれ)――“彼女”は突然の来訪者に驚きを隠せずにいた。


 泥に汚れた翼を彼女の小さな両の手がぎゅっと握り締める。


 二度と、彼に甘えることがないように、その優しい声に()かれることがないように――

 “彼女”は必死に自分を(おさ)え込んでいた。


 だが、少年はまだ雨が降り注ぐ暗闇のなか、真っ直ぐな眼差しで“彼女”が潜む闇を見つめていた。


 アルは近くにある屑鉄(ジャンク)を、その側に隠れている“友人”を(いつく)しむように()でながら、ゆっくりとその心情を言葉にしていった。


「俺さ、怒って……ないよ。ていうか、正直……お前のこと、どう思っていいかわからない。なんだかさ、わけわかんないんだ。泣き叫びたい気もするし……わけわからなすぎて笑っちゃいそうな気もする。ただ、たださ……お前、ふざけんなよ」


 言葉を(つむ)(たび)に、次第に増す感情の度合いがアルの声を()まらせ、(ふる)わせてゆく。(おさ)えきれず溢れた涙を(ぬぐ)い、アルはさらに言葉を続けた。


「拾われといて、勝手に迷惑だからっていなくなるなよ。全部、自分のせいだとか悲しいこと言うなよ。そんなわけないだろ、お前のせいなんて……お前のせいだとしても、お前のせいだとしても、全部、自分で背負い込んで、あんな、あんな悲しい顔するなよっ!」


 それは呼びかけというより、叫びだった。あの時、感じたガブリエルの悲しみに対するアルなりの解答だともいえるかもしれない――。


「俺を見くびんな! ちょっとは愚痴(ぐち)ったり、怒ったりはするかもしれないけど、お前を……小さなお前を見捨てたり、放り投げたりしない! ちゃんと守る、世話するって決めたんだ!」 


 肩で息をして、アルは自分の気持ちを、意志を吐き出し続ける。昼過ぎから満足に食事をしていないこともあってか、自分の勢いを足が支えきれない。


 けど、アルはそれでも言葉を止めたりはしなかった。


「それとも……いらなかったのかな、俺の力なんて。お前はいままで自分の力でなんとかしてきたのかもしれないし。けど、俺、後悔してないよ。あんなお前、放っておけなかったし、正しいことだったと思ってる。それだけは、伝えたくて」


 本当は後悔もある。割り切れない気持ちもある。


 けど、ガブリエルのためにそれだけは伝えてやりたかった。もう会えないとしても、“自分に恨まれている”という余計な傷や重荷をガブリエルに残したくはなかった。


 あんな、あんな悲しい目をしたアイツに――。できれば、もう一度会って、ちゃんと話をしたい。そして、できれば――、


「……ははっ、何やってんだ、俺。アイツがいるとは限らないのに……」


 誰へともなく(つぶや)き、アルは(どろ)(よご)れた屑鉄(くずてつ)の上に(すわ)()む。


 心のなかにあった“悔い”を吐き出したせいか、疲れがどっと彼の両肩に()()かる。


 ふと、街路で別れた姉のことが脳裏を過ぎる。無我夢中だったせいで、姉の意見を聞くことなく勝手に“手分け”してしまったけれど、心配してるだろうな……。


 必死に自分を呼び止めていた姉の顔を思い出し、申し訳なさが胸に(つの)ったが、ここを離れる気はしなかった。


 馬鹿みたいだけど、自分が感じた予感や気配を裏切ることができなかった。


 “アイツ”がここに居る気がして仕方がなかった。父が導いてくれたかもしれない、この場所に。そして――、


「あ……」


 次の瞬間、アルの瞳から涙が(あふ)れていた。それは心の奥底から(あふ)れる滂沱(ぼうだ)の、安堵(あんど)の涙だ。


 彼の瞳には確かに、屑鉄(ジャンク)(かげ)から遠慮(えんりょ)がちに姿を現す、あの小さな友人の姿が映されていた。


 現れたその友人は、消失した時と同様の、(まばゆ)緑色(りょくしょく)粒子(りゅうし)に包まれながら、そのつぶらな、悲しげな瞳をアルへと向けていた。


(アル……君は……)


 また、(うる)んだ瞳で自分を見つめる少年の姿に、現れたその友人――ガブリエルは伝えなければ、と覚悟を決めていた。


 こんな状況下で、自分なんかのためにこんなところまで来てくれた、あたたかい言葉を送ってくれた彼には、すべてを伝えてあげなければ――。


 それが自分の責任であり、誠意であるとガブリエルは強く感じていた。


「え……?」


 そして、弟を(さが)し、息を切らせていたサファイアの瞳にも予期せぬ来訪者の姿が映し出されていた。それは真珠(パール)の白銀にも似た美麗な肌を持つ機体(マシン)


 サファイアはその機体を良く知っていたが、それは現在(いま)、“ミニバイク”ではなく、流麗なデザインラインを持つ“オンロードバイク”へとその形状(フォルム)を大きく変えていた。


 あの石の色を想起させる、赤い光を満たしたスリットが白銀を彩り、機体の眼であるかのようなヘッドライトは緑色りょくしょくの光を放ちながら、サファイアを見つめていた。


 ――長年、身を預けてきたその機体を、相棒を、あの石から放たれた赤い光が飲み込んだことを、サファイアは知らない。


「エクス……シア?」


 まるで別物になっているにも関わらず、サファイアがそう認識できたのは、長い付き合いによるものだろうか。長い間、日々を共にし、一緒に旅もしてきた相棒(エクスシア)と同じ匂いがこの機体からは感じられる。


 その感覚を否定しようとも、そのスロットルに引っ掛けられたヘルメットはまごうことなく自分のものであり、それを(かぶ)り、いますぐ自分に乗れ、と言っているかのように、白銀の機体(マシン)はクイッと前輪を動かしてみせる。


「あ、ええと……」


 思考が現実に追いつかない。昨夜(ゆうべ)の“夢”の続きを見ているかのような不可思議な感覚。


 けれど、あの現実のような感覚を伴う夢の続きとして、この夢としか思えないような現実は妙に結合感がある。


「な、何か……起こってるんだね。キミがこうなっちゃうような何かが……」


 驚愕に思考を停滞させぬよう、言い聞かせるように口にして、サファイアは瞳を閉じる。


 ボクが行く道は良い道? 悪い道? 


 ヘルメットを(かぶ)り終えると同時に胸の内で(つぶや)くと、サファイアは躊躇(ためら)いながらも機体に(またが)り、そのスロットルを握る。


搭乗者(オーナー)、答エはイつモ貴女(あなた)ノ胸のナカにる】


 ――救うべき者のため、私は走る。


 機体(マシン)から伝えられたその言葉に、サファイアの迷いは消えた。どのような仕組みでか、機械で合成された擬似音声とでも呼ぶべき声は、サファイアの意識に溶け込むように伝わってくる。


 行き先は知っている気がした。機体が導くままに、自分の意志が向かう先に、サファイアと彼女を乗せた相棒(エクスシア)は疾走を開始する。


 そうだ、夢であろうが、現実であろうが、救うべき者は――同じだ。


「ガ、ガブ……?」


 不思議な、不思議な光景だった。


 (きり)(ごと)く溢れ出す緑の粒子(りゅうし)が、少年の視界を(あざ)やかに(いろど)り、殺伐(さつばつ)とした屑鉄(ジャンク)置き場を一種、幻想的(げんそうてき)な空間へと変貌(へんぼう)させていた。


 その場所で、ようやく出会えた友人の身に起きている異変……超常にアルは息を飲み、涙に()れた()を見開いていた。


依代(ボディ)の構成物質を量子化。《人間態(ヒューマノイド・フォーム)》へと再構成(サルベージ)開始)


 次第(しだい)濃度(のうど)を増す粒子(りゅうし)のなか、ガブリエルの小さな体は砂塵(さじん)が風に吹かれるように消え去り、その中心にあったエメラルドの光を覆い隠すように、粒子(りゅうし)から再構成(サルベージ)された翼が大きく羽ばたく。


 その翼に抱かれたまま、ガブリエルは愛らしい小動物の形態から自らのシルエットを大胆(だいたん)変貌(へんぼう)させていた。


 その瞬間、完全に量子化された肉体の再構成(サルベージ)が本格的に開始され、柔らかな体毛に覆われていた小さな身体は、絵画に描かれた天使のそれを想起させる白い肌、アルと同程度の身長を持つ、“本来の姿”へとその変貌(へんぼう)収束(しゅうそく)させる。


 それは――、


「え、え? あ…ええええっ!?」


 アルの声を裏返(うらがえ)らせる、可憐(かれん)なる顕現(けんげん)

 そこにあるのは、アルと同年代の、いや少し幼いくらいの少女の姿。


(女の…子!?)


 人工的な、工芸品の(ごと)(きらめ)きを秘めた、緑色の髪と同色(どうしょく)の瞳は少年の瞳に(あざ)やかに焼き付き、少女の(ほお)は真の姿を(さら)したことを恥らうように赤く染まっていた。


「あ、あの……あ、あまり、凝視しないでもらえると……」


 彼女の背にあった翼は瞬時に消失し、白を基調とした着衣(ローブ)として再生される。


 そして、その奇蹟に等しい超常の刹那に、自分の目に飛び込んできたガブリエルの女の子としての部分に、アルは――、


「あ、ああ、あの……」


 自分がいままでおこなってきた無遠慮な行動の数々を否応(いやおう)なく認識させられ、思考が爆発寸前になり、言葉に()まる。


 “けど、女の子だとしたらアルくんはちょっとエッチかなぁ?”


 そんな姉の言葉が示すように、無遠慮に抱き上げたり、無遠慮に胸の辺りをさわったり、拾った日に一緒に風呂に入ろうとしたり。


 自分の行状(ぎょうじょう)を思い返すごとに、アルの顔はまるで()れたトマトのように、真っ赤になってゆく。


「ご、ごめん! お、俺……!」

「き、気にしないでください! え、ええと、あ、あの形態のわたしには――せ、“性別”が設定されてなくて、“性差による思考の違い”が行動に反映されないように、あらかじめ構成(こうせい)概念(がいねん)から排除(はいじょ)されているんです! だ、だから、そ、その気にしないで、大、丈夫です」


 ガブリエルの顔もあわあわと説明しているうちに、みるみる赤くなり、その反応から、その時は大丈夫でも、アルと同じように“思い返すと恥ずかしい”のだと認識できて、アルも顔をますます赤くして、下げた頭をより下降させざるをえなかった。


「ごめんなさい、驚かせてしまって――。や、やり直します! 耳だけでも残せばきっと気になら――」

「え…? い、いや! それすごく可愛……じゃなくて! な、なんか余計気を(つか)いそうだからいいよ!」


 可愛いもの好きの姉ちゃんあたりは大興奮だろうな、そう(つぶや)いて身近な姉の顔を思い出したところで、飛び跳ねていたアルの心拍数は正常値に戻り始める。


(あ……)


 そして、自分を落ち着けるように息を吐いて顔を上げれば、そこには本当に愛らしい少女(ガブリエル)の顔があった。


 そのガブリエルという名が示すとおり、天使の模造品(レプリカ)としては至上と呼べる顔立ちを少女は持っていた。


 ――いや、アルの目には天使としてしか映らなかった。目が(くら)むほどの神秘を見せつけられ、その直後に姿を現した、この可憐(かれん)な少女なのだ。


 少年の主観からすれば、他に認識の仕様がないといえるかもしれない。


「ア、アル……?」

「あ、ああ! は、はは……ごめん、なんか見惚(みと)れちゃって。そ、その、あきらかに普通(ふつう)じゃないんだけど、なんか普通(ふつう)可愛(かわい)いっていうか、って――お、俺、何言ってんだ!?」


 この自治区にはほとんどいない同年代の少女、それも天使にしか思えないような美少女を前にして、舞い上がっている自分を認識できないほど舞い上がっている少年は、目を合わせられない自分を隠すようにポリポリと頬を掻き、慣れない状況に苦笑する。


「か、顔が赤いです! や、やっぱり耳――! し、尻尾も生やせます!」

「み、耳はいいって! 尻尾はサービスしすぎ!」


 少し涙目になるほどの、()くまで真剣な眼差(まなざ)しで提言(ていげん)する少女に、少年は手を振るジェスチャーとともに慌てて(こた)えて、二人の目線が不意に重なる。


 ガブリエルが身を乗り出していたこともあって、アルの目の前で彼女の綺麗な緑色の髪が、さらさらと揺れる。


「ふふ…」

「は、ははは……」


 そして、言葉なく顔を見合わせた数瞬。動転のなかで、あまりに馬鹿馬鹿しいやり取りをしていると気付いて、見つめあった少年少女の表情から、自然に笑みが(こぼ)れるのにそう長い時間はかからなかった。


 なんだかどうしようもなく可笑(おか)しくなって、二人はひとしきり笑った。


「でも、とにかく無事でよかった。よくわからないことも多いけど……また会えて話せる。それだけでも充分って気がするよ」

「アル……」


 屈託(くったく)のない笑みとともにアルは言葉を(つむ)ぎ、ホッとした息を吐く。


 それは曇天(どんてん)のなか、パッと青空が広がるような(すこ)やかな笑みだった。心からの安堵(あんど)がこめられた、心から友人(ガブリエル)安否(あんぴ)気遣(きづか)っていたが(ゆえ)の笑みでもある。


 その笑みがガブリエルの胸に優しく溶け込み、冷えた心身を芯から暖めてくれる。


(でも……)


 ――それが辛い。それが悲しい。胸に溶け込んだ笑みは次の刹那(せつな)鋭利(えいり)な刃のように凝固(ぎょうこ)し、ガブリエルの胸を引き裂かんばかりだった。


 少女の瞳から悔恨(かいこん)の涙が溢れ、(こぼ)れ落ちる。


「え……ええっ!?」


 そして、少女の幼い胸を押し(つぶ)してしまいそうな感情の(うず)嗚咽(おえつ)となり、()れる。


 孤独に震えていた自分を(ひろ)い、抱き上げてくれた少年の優しさが無数の針と化し、いま彼女の全身に突き刺っている。彼の無垢(むく)な瞳に反射して見える、自分の(ぬぐ)いようのない罪が――。


「えっ……な、泣かないで! お、俺、なんかひどいことした!?」


 縦横無尽(じゅうおうむじん)の悪ガキで知られてはいるが、自治区(ナザレス)に同年代の少女が少ないこともあり、こういう時の対処法や免疫(めんえき)はまるで持っていないアルが狼狽(ろうばい)するなか、ガブリエルは自らの嗚咽(おえつ)を振り切るように、(のど)()き、血を(にじ)ませるような懺悔(ざんげ)を響かせる。


「アル……アル、ごめんなさい」

「ガ、ガブ……?」


 涙で愛らしい顔をぐちゃぐちゃにした少女の様子に、アルも知る。

 その裏側にある彼女の抱える問題(トラブル)、その闇の深淵(しんえん)さを。


「わたしは許されないことをしてしまった! わたしは君のその優しさに甘えて、溺れきって! 君を、君のご両親を巻き込んでしまった!」


 少女の小さな手が、血が(にじ)むほど握り締められる。

 視角を通じて、アルにも、肌に食い込むような彼女の後悔の念が伝わってくる。


「このわたしに(たく)された“王者の石”……創世(そうせい)(せき)(めぐ)る争いに」

「そ、創世……石?」


 ――突拍子(とっぴょうし)もない、とはこの事だった。少女が口にした“創世(そうせい)(せき)”というのが、いまもガブリエルの首元に首輪とともに付けられている、血が凝固(ぎょうこ)したかのようなあの石なのだという事は理解できる。


 また、姉の家からガブリエルが姿を消した時に(しょう)じた、畏敬(いけい)にも似た感情を喚起(かんき)させる光。あれを()びたアルだからこそ、ガブリエルの持つ石がただならぬ物品であることは充分、推測可能だった。


「ガブ、お前いったい……」


 知れば危ういと(つぶや)く理性の声を、知りたいと叫ぶ感情、その轟音(ごうおん)が打ち消した。


 彼女の小さい、小さすぎる肩を震わせる要因となっている、その創世石という問題の根幹(こんかん)を知りたい。彼女が言うように、自分の両親が巻き込まれたというなら、尚更だ。


 そして、何より暗闇のなかで震える彼女を見つけた時と同じように、放ってなんかおけなかった。


 (あわ)ててポケットから取り出したハンカチで頬を()らす涙を(ぬぐ)ってあげると、アルはうんと(うなず)いて意を決し、慎重(しんちょう)に言葉を織り上げる。だが――、


【――大変ながらくお待たせ致しました。ようやく開演時間です】

「!!?」


 その刹那(せつな)(きわ)めて上品な響きと、(きわ)めて下劣(げれつ)残響(ざんきょう)を持つ声が、アルとガブリエルの鼓膜(こまく)(ふる)わせた。


 ()ち果てた屑鉄(ジャンク)の山に反響するその声は、発せられる音、その残響(ざんきょう)が空気を伝わるだけで肌を粟立(あわだ)たせるような、底意地(そこいじ)の悪い悪意に満ちていた。


 また、その声が上品さと下劣(げれつ)さを()ね備えているように、(つむ)がれる言葉もやはり、貴族的な荘厳(しょうごん)さを持ちながら、どこか低俗(ていぞく)下世話(げせわ)な要素に()()ちていた。


拍手(はくしゅ)喝采(かっさい)恐悦(きょうえつ)至極(しごく)幻聴(げんちょう)とはいえ、胸を(たか)ぶらせるに充分なものが聞こえてきます。しかし……なんとも、小さく愛らしい騎士様を選んだものですね、天使(エンジェル)。フフフ……その羽を(むし)り、踏み(にじ)悪役(ヴィラン)たる我々としても気合の入るところです】


 甘ささえ()(そな)えた低音の声音が自己(じこ)陶酔(とうすい)に満ちた演説を続けるなか、アルとガブリエルの周囲に積み上げられている屑鉄(ジャンク)たちが地響きとともに(うごめ)き、二人をせせら笑うような嫌な音で闇夜を(かざ)り立てる。


 強烈な磁力に引っ張られるかのように地面を削りながら迫り来る屑鉄(ジャンク)の山はまるで、よく訓練された騎兵の一団の(ごと)く二人を包囲していた。


「な、何だよ……何なんだよ、お前っ!?」


 不安、恐怖、混乱。足を(すく)ませるそれらの感情を必死に振り払うように、姿を見せぬ声の主へと少年は叫ぶ。


【――失礼。自己紹介がまだでしたね。私はドクトル・サウザンド。異能結社アルゲム最高幹部“選定されし六人の断罪者 (ジャッジメント・シックス)”の一人にして、“軍医(ドクトル)”の称号を持つ者。そして】


 暗闇のなかに赤々(あかあか)とした、鮮血(せんけつ)噴出(ふきだ)したかのような電光が走り、一人の男の立体映像がアル達の前に姿を(あら)わす。


【この惑星の(コア)たる六つの醒石(せいせき)の一つ、(けん)()(せき)に選ばれし男です】


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