表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
129/172

第08話 模造されし背信の九聖者―”alternative crist”―

#8


「”救世主(メシア)”など……私しかいないのだ」

「な……あ……」


 衝撃(ショック)が、脳髄へと突き刺さる――。


 (さら)された、フェイスレスの包帯の下の(カオ)に、誰もが言葉を、思考の深層に置き忘れていた。


 果たして、それが”顔”と呼べるものであるのかも、わからない。それ程までに奇妙な、醜悪な容貌(カタチ)が、フェイスレスの秘匿されていた顔面(カオ)にはあった。


「”顔のない男(フェイスレス)”、そういう事ですか……」


 額を濡らす脂汗を拭い、シオンは思考を侵食する衝撃を咬みきるように、言葉を吐き出す。


 フェイスレスの右頬に類する位置から”生えた”顔らしき、物体には目がなく、その口と思われる部位は、フェイスレス自身の口と一体化。その内部には歯牙ではなく、おびただしい(いばら)が生い茂っていた。


 ”救世主”と崇めるには、極めて(いびつ)容貌(カオ)である――。


「……貴方が誰を再構成(サルベージ)したかは、あえて触れませんが、”救世主”の偶像(カタチ)として相応しい事は否定しません。ですが、人類(ヒト)の価値観、思想は多岐にわたり、一つに束ねられるものではない――。”救世主”という存在にしてもそうです。その思想故に、貴方の”元”となった人物を認めない人間も多いでしょうね」


 人類の故郷である地球において、宗教と文明は深く結び付き、多くの衝突と争乱、悲劇を産んだ。


 宗教が大きく衰退した、この惑星(ほし)においても、その記憶は畏怖として残り、その歴史の陰は、この惑星(ほし)の人類史にも深く突き刺さっている。――宗教への畏れと弾圧。麗句=メイリンの過去が示すように、人類(ヒト)の思想と秩序は(いびつ)なまま、変わらぬ(わだち)を描いている。


「人類のその認識の(いびつ)さが、人類の願望(ねがい)の集積たる貴方を、そのような不完全な、歪んだ形へと再構成(サルベージ)させた。その願望(ねがい)同様、歪んだ救済をもたらす存在として――」


「……その通りだ。故に私は”顔のない男(フェイスレス)”にして”信仰なき男(フェイスレス)”。神の子を真似ていながら、神を否定し、終焉(おわり)という救済(はじまり)をもたらす、”擬似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”と呼ぶべき存在だ」


擬似(アルタネイティブ)聖人(クライスト)……」


 泥の上に(ひざまず)いたまま、麗句は(うめ)くように(つぶや)く。


 フェイスレスの右頬に”生えて”いるのは、紛れもなく麗句の信仰を具現化した”顔”だった。……正確には、人類史に根付くその肖像(イメージ)模倣(トレース)したものであっても、醜く歪められたそれは、麗句にとって、己が信じていたものの無惨を伝えるものに他ならない。


 ”負の歴史”の集積が、病んだ人心が招く歪んだ認識が、かつての信仰を、かの”救世主”の再臨を歪め、(けが)したのだ。


 恐らくは、最大の”敵”として。


 かくも、人間(ヒト)とは救い難く、度し難いものか――。


「”女王(クイーン)”……」


 その麗句の絶望と憔悴を察し、シオンはその唇を噛む。その刹那――、


「おおお……ッ‼」

「……! ムラサメ……!」


 鋭利な金属音とともに、粉塵と”畏敬の赤(アームド・ブラッド)”の粒子が舞い散る……!


 足に絡み付くような汚泥を蹴り、フェイスレスへと一気に攻めいった響は、(いばら)の如き(スパイク)に覆われた腕甲(ガントレット)に、村雨の刃を阻まれながらも、その(きっさき)をフェイスレスの首筋へと突き付けていた。


 補食した”畏敬の赤(アームド・ブラッド)”を満たし、赤く染まった鞘と、”黄金氣(マナ)”の加護により、金の(つか)(つば)を新たに得た”村雨”は、既に”妖刀”ではなく、”輝刀(きとう)“とでも呼ぶべき神々しさに満ちていた。


「……ほう、流石は”畏敬の赤(アームド・ブラッド)”を喰らう”天敵種”。随分と血の気が多いではないか」

「……アンタが何者であろうと、俺には関係ない。俺は――!」


 両者の”畏敬の赤”を灯した眼が、互いを捉え、苛烈な火花とともに刃が鉄甲を弾く……!


 足を鋭く踏み込み、間髪入れずに放たれた刺突が、舌舐めずるように(いばら)を蠢かせる”救世主”の頬を(かす)める――!


「――俺は、躊躇(ためら)わない。人間(ヒト)を害する存在(モノ)を、斬るだけだ」

「……あえて、頭ではなく、体を動かす、か。フン、確かにそれも人間(ヒト)愚かさ(いきざま)か」


 刹那、告げた”顔のない男(フェイスレス)”の顔を、黒々とした革状のベルトが覆い、再び秘匿。その異様に、響が息を()んだ瞬間、フェイスレスの腕が凪ぎ払うように放った衝撃波が、響の身体(からだ)を弾き飛ばす……!


「……理屈じゃない。俺の直感が、俺の中の”壊音(オレ)”が、俺の体に満ちる”黄金氣(マナ)”が、アンタが危険だと、そう感じている。アンタを倒し――」


 ”人間(ヒト)を護れ”と。


 響は村雨を鞘へと戻し、”煌輝(キラメキ)”への『鎧醒(アームド)』の為、その意識を集中させる――。


 呼応するように大気は鳴動し、柄に添えられた指は、黄金の粒子――”黄金氣(マナ)”を()びていた。


 そして、


「……血の気が多いだけでなく、気の早い男だ。悪いが、君とチャンバラをするつもりはない」

「何――!?」


 その刹那、響の五感に、九つの殺意が突き刺さる――!


 地の底から涌き出るような、複数の”気配”に、響の足は無意識に飛び退いていた。


 ――いや、”地の底から”という表現は正確ではない。正確には、天から、地から、”世界そのもの”から、天地を揺るがすような、その強大な気配は噴き出していた。


「……いよいよ、お前達の出番だ。我が同胞にして使徒達」


 ”模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”よ。


 フェイスレスの号令とともに轟く赤い雷鳴……! 虚空を硝子のように叩き割り、聖骸布(ローブ)に身を隠した9人の使徒が、フェイスレスの周囲に、”現実世界”に顕現(けんげん)する。


「な……あ……」


 この戦場を、(いや)、世界全体を埋め尽くす程の強大な気配に、息が詰まる。


 ――(おそ)ろしい事に、この九人、そのどれもが、フェイスレスと同等の”力”の気配に満ちていた。


「まさか、本当に我等の出番が来るとは。もう一人の貴方は、信じ難い程に感傷的(センチメンタル)だったようだな――“破壊者(ジーザス)”」


 フェイスレスにそう告げた、一人の使徒が、聖骸布(ローブ)を脱ぎ捨て、赤い鎧に覆われた身体を晒す。


 赤の鎧に映える銀の仮面は、何処か道化師(ピエロ)を想起させ、鎧の背部に張り付く、無数の処刑道具が、見る者の背筋を寒くする。


 ……そして、その仮面から覗く瞳は、響を凝視していた。


「フッ……あまり(いじ)めてくれるな、流石(さすが)に不敬だぞ? ”処刑者(エリミネーター)”――」

「……”神を殺す男”が何を言う。我等に”救済”以外の信仰はない。そうだろう?」


 ”処刑者(エリミネーター)”と呼ばれた男と、軽口を叩き合うフェイスレスを、響達は圧倒されたように見つめていた。


 同時に、理解する。


 フェイスレスにとって、”模造されし背信(レプリカント)の九聖者(・ナイン)”と呼ばれる、この九人こそが真の同胞なのだと。


 ――彼等もまた、人類(ヒト)願望(ねがい)が産み落とした、”擬似聖人(アルタネイティブ・クライスト)”と呼ぶべき存在なのだと。


「では、早速、役目を果たそう。この”処刑者(エリミネーター)”たる私のな」

「な……がっ!?」

「……! ムラサメ……!」


 ”擬似聖人”に対抗すべく『煌輝(キラメキ)』への『鎧醒(アームド)』を試みた響に、”処刑者(エリミネーター)”の初手が突き刺さる……!


 響を包囲するように、彼の周囲に突き刺さった、三本の”逆十字(さかさじゅうじ)”。それらは鳴動し、響の三半規管を、神経を掻き(むし)る、特殊な音波を発生させていた。


「“黄金氣(マナ)“と結び付いた、特殊な状態ではあるが、他の世界線において、”天敵種(おまえ)“に対処した事例など、いくらでもある。対応策は万全なのだよ、響=ムラサメ君」

「ぐっ……ああああッ!?」


 体内の“壊音(カイオン)“が荒れ狂っている。


 “壊音“の活性を乱す周波数を知り尽くしているのか、“逆十字“が奏でる音波は、響の体内の“壊音“を正確に逆撫で、苦痛に(あえ)がせていた。


 言うなれば、響を、“壊音“という生物を知り抜いた、“処刑道具“――。


 これでは、“黄金氣(マナ)“とガブリエルの生命(いのち)で制御していたとしても、意味がない。力の“(コア)“となる“壊音“自体を乱され、封じられては――、


「ふふっ……苦痛(いたみ)に喘ぐ美男の顔は良いものですね、愛玩(オモチャ)にしたいくらい――」

「……!」


 そして、また一人、”擬似聖人(アルタネイティブ・クライスト)“が、聖骸布(ローブ)を脱ぎ捨て、その姿を衆目に(さら)す。


 現れたのは、銀の髪に、褐色の肌、美しい顔立ちを持つ女性であった。


 脱ぎ捨てられた“聖骸布(ローブ)“とともに、“畏敬の赤“の粒子が舞い散り、彼女の両肩の上に浮かぶ、大型の機甲は、翼のように、天使のように、荘厳に彼女を飾り立てる――。


 そして、それとは対照的に、露出の多い、白を基調とした装束は、彼女の褐色の肌を強調し、ひどく扇情的だった。


「その他の有象無象、露払(つゆはら)いは是非、この私にお任せください、“破壊者(ジーザス)”――」

「……“誘愛者(ヴァンプ)“。君は――」


 口を開きかけたフェイスレスの言葉を奪うように、顔面を秘匿する革状のベルトに人差し指を重ね、“誘愛者(ヴァンプ)“は微笑む。


「うふふ……申し訳ありません、“破壊者(ジーザス)”。私、あの“魔女“にもなりきれぬ“聖女“顔が、どうにも気に障るもので――」


 汚泥の中に膝をつき、憔悴する麗句=メイリンを見据え、“誘愛者(ヴァンプ)“は、その艶やかな唇の端を、妖艶に、加虐的(サディスティック)に吊り上げる――。


(たぎ)って、(たかぶ)って、もう……(たま)りませんわ」


 聖女を再構成(サルベージ)した妖婦(ヴァンプ)(わら)う。


 此処(ここ)は、“救世主(メシア)“と、その使徒が降臨した、新たな戦場(ステージ)


 世界を終焉(おわり)(いざな)う、死闘の幕は、早くも上がらんとしていた。


NEXT→第09話 愛に舞う妖婦ー“grotesque“ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ