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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第六章 終わる世界 繋ぐ光―Union―
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第07話 再臨―”Jesus”―

#7


「お空が赤いね、お爺ちゃん」

「うむ……」


 深夜――突然の"異変"に、目を覚ました孫娘に連れられて、家屋の外に出た老人は、背筋を寒くするような、赤々とした虚空(そら)に、思わず孫娘の肩を抱く。


 まるで、何もかも吸い込んでしまいそうな、底知れぬ"赤"に、孫娘を奪い去られるような、奇妙な感覚を覚えたからだ。


 ――実に、言い知れぬ不安と、焦燥を掻き立てる色である。


 まるで、世界の終焉(おわり)を示すような。


「……妙な気配じゃ。お家に戻るぞ、レイン。お前に何かあれば、お前の父と母に申し訳がたたん」

「うん……でも、お空からのお姉ちゃんの声、綺麗なお声だったね!」


 無邪気な孫娘の言葉に、老人は赤く染まった夜空を仰ぐ。


「ん……そうさな、何やら(むつ)み合うような、気恥ずかしい内容じゃったが」


 "若さとは、いいものじゃのぉ……"。


 深夜に空から響いた乙女の声に、好好爺(こうこうや)はそう感想を漏らし、老人と孫娘は家屋に戻る。――そして、これと似た情景と呟きが、この惑星全体で数多く観測されていた。


「あ~~~~!!!!!!!」


 "深淵(アビス)"に、顔を真っ赤にした、乙女の悲鳴が轟く。


 響達との交信後、サファイアに知らされた現実は、あまりに残酷で、"恥ずかし"過ぎた。


 "深淵(アビス)"の殺風景な純白にうずくまる少女の頬は、熟れた林檎のように赤々と染まり、その肩はプルプルと小刻みに震えていた。


「ひ、ひどいよ……ボクの声、惑星全体に、"全人類に響いてた"なんて、全然知らなかった。全然知らなかったじゃないかぁっ‼」

「ぎぃー……」


 "心中お察しします"という意訳(こえ)が聞こえそうな鳴き声とともに、ゲル状の友人――ギィ太は少女に寄り添い、ニヤニヤと頬を緩めながら近寄る、自称"神"を(にら)む。


 その"神"は、愉悦の極みとでもいうような、満面の笑みを浮かべていた。


「いやいや、この"深淵(アビス)"から限定された一地域に向けて、君の声を届けるなんて、そんな器用な真似、いかに"神"足る私でも、難しいに決まってるじゃないか。(こんな面白いこと)事前に伝えなかったのは、確かに落ち度かもしれないが(大正解だったよ)」

「言葉の端々(はしばし)に( )が見えるんだ! ( )がぁっ‼」

「ぐぼっ……!?」


 (そで)(まく)り上げた少女の、ラリアットが自称"神"の喉笛を刈り取り、怒れる乙女の腕が、倒れた"神"の両脚を、己の脚に絡めるように交差(クロス)させ、()める――!


「か、"神"に、ラリアットからのサソリ固めはやめなさい! ちょ~しゅ~!」

「こんな意地悪する神様は、パワーホール全開でギッタンギッタンのタンだ!」


 涙目で頬を紅潮させた少女は、荒くなる鼻息とともに、腰を落とし、自称"神"――"JUDA(ジュダ)"の脚をより締め上げる……!


「よくも、乙女の純情をォ――っ‼」

「ま、待ちまたえ……! 君と喜劇(コメディ)を演じるのは楽しいが、現実が……現実世界の方が(かんば)しくないッ‼」

「えっ……?」


 それは、思考に突き刺さる一報。


 自称"神"の叫びに、怒れる乙女の腕から、力が抜ける――。


 "JUDA(ジュダ)"が告げた、その聞き捨てならぬ言葉に技を解くと、サファイアは自称"神"へと詰め寄り、その青い瞳を白黒とさせる……!


「ど、どういう事ですか……っ!? 響達に何か……!?」

「き、君の声は、確かに活路を開いた。だが、それによって――"真の敵"がいよいよ登壇した、という事さ」


 サファイアの勢いになった押されながらも、"JUDA(ジュダ)"は、ショッキングピンクの髪を掻き上げ、その神の瞳で"現実世界"の状況を見据える。


「――ここからが正念場だよ、人類(ヒト)も、この惑星(ほし)も」


※※※


「フェイス、レス……」


 立ち塞がる現実は、砂糖菓子の如き、甘く(もろ)い休息を突き崩す悪夢。


 麗句の震える唇が紡いだ名が、認め難い"現実"が、死線を潜り抜けた、戦士達の心に、寒々(さむざむ)しく木霊(こだま)していた。


 其処(そこ)に立つのは、紛れもなく、響に斬られ、消滅したはずの"信仰なき男(フェイスレス)"の異様。


 亡霊や幻覚の(たぐい)ではない――。否応なく畏敬の念を掻き立てる、凄絶な重圧(プレッシャー)が、実在する、その身体(カラダ)から溢れ出ていた。


 その拘束衣の如き黒衣は、より機械的(メカニカル)な、刺々しく、禍々しい意匠となり、その白髪と化した頭髪は、月光と"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"の粒子を帯び、神秘的な輝きを帯びている。


 ――認め難い事に、その気配は自分達が打ち倒した時よりも、強大になっているように感じる。


「ムラサメ……! 傷は――」

「大丈夫、だ。奴の言った通り、"黄金氣(マナ)"ってヤツの加護は、強力らしい」


 麗句の問に、響は頬の血を拭い、答える。


 響の身体に宿る黄金の粒子――"黄金氣(マナ)"の作用により、ダメージは軽減され、その負傷もまた瞬く間に再生。回復していた。……だが、攻撃を受けた際に発生した"共繋(リンク)"が、フェイスレスの"力"の片鱗を、響の脳裏に刻み込み、その四肢を震わせる。


 ――俺は、本当にこんな奴を斬ったのか……?


 恐怖と驚愕が、響のこめかみから、汗を(したた)らせる。


「腹立たしいですね……。私達は、愚かにも、貴方のペテンに踊らされたという訳ですか。フェイスレス」

「――"剣鬼(ブレーダー)"。シオン・(リー)・イスルギか」


 ……奇妙な反応(リアクション)だった。()し殺せぬ、悔しさを(にじ)ませたシオンの言葉に対する、フェイスレスの反応は、まるで、初めて邂逅する者へのそれだった。


 シオンの記録(データ)と、実在するシオンを照合するような、奇妙な間が、フェイスレスの物言いにはあった。そして、


【――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!】

「……!」


 轟く咆哮。


 シオンが次の言葉を吐き出す(いとま)もなかった。


 "獣王(キング)"の戦闘行動に、無益な言葉遊びは存在しない。


 刹那、シオンの言葉を消し飛ばすように、"獣王(キング)"の(あぎと)が開かれ、そこから放たれた熱線が、立ち塞がるフェイスレスへと叩き付けられていた。


 古より蘇りし"カイジュウ"の王の思考は明快(シンプル)。滅ぼすべきモノは、滅ぼす――。それだけだ。だが、


「……"諸君"らは、何か勘違いをしているようだな」

「……!」


 熱線が巻き上げた粉塵が晴れた時、フェイスレスは五体満足に、平然と、何事もなく、其処に立っていた。


 フェイスレスは(かざ)した掌で、地獄の業火足る熱線を容易(たやす)く防ぎ、高濃度の"畏敬の赤"が渦巻く、赤い両眼を、対峙する戦士達へと向けていた。


 そして、その口調は、以前のフェイスレスと何処か違う――。


「諸君らが体験し、観測した事象に、何一つ偽り(ペテン)はない。……間違いなく諸君は、“私を倒した”のだ。"救済"の為に、私が用意した、"私の半身"を」

「な、何……?」


 ――常軌を逸した解答である。短慮に理解を拒み、血迷い事と笑い飛ばしてしまいたかった。


 ……だが、出来ない。この現実を絵空事と笑い飛ばすには、響達は”奇蹟“を体験し過ぎていた。


「"世界線移動(ワールド・イズ・マイン)"に、"血に染まり(カーマイン・)転臨する世界(リィンカーネーション)"。"救済"に必要な異能(チカラ)を、多く分け与え、“救済“に到る因果を集積させた、"人類を救う"事に特化して調整した私。それが、諸君らが倒した"破壊者(リ・イマジネイター)"、フェイスレスだ」

「なっ……」


 “人類を救う“事に特化した存在。


 その言葉に、麗句の脳裏に、鮮烈に蘇る記憶。それは、磔刑(たっけい)の聖人の、“救世主(メシア)"の心中へと、その虚無に満ちた両眼を投げていた、“信仰なき男(フェイスレス)“の姿。


 言い知れぬ予感――不安とざわめきが、麗句の心を(うごめ)く。


「だが、(なが)く、人類(ヒト)の側に置いていた事で、アレは随分と人類(ヒト)に感化されていたようだ。苦痛(いたみ)なく、苦悩(くるしみ)なく、諸君ら人類が救済されるよう心を砕いたようだが――愚かな事だ」


 消滅した自らの半身を(いた)み、(あざけ)るように、風を流れる“畏敬の赤(アームド・ブラッド)"の粒子を指に絡め、フェイスレスは言葉を続ける。


「結局のところ、"私の半身"の慈悲は諸君らに届かなかった。愚かにも"私の半身"を倒したお前達を待つのは、(いばら)を素足で踏むような、苦痛(いたみ)苦難(くるしみ)に満ちた、"救済"の未来だけだ」

「な、何を言っている……。“私の半身“だと? 自分で自分を作っただと? ふざけるな……! "人造人間(フランケンシュタイン)"だとでも言うつもりか……!」


 己の中の混乱と疑問を、整理するように、響はフェイスレスへと、荒々しく言葉を吐き出す。


 サファイアに教わった古い小説が、脳裏に浮かんでいた。“生命の謎を解き明かし、自在に操る“という野心にとりつかれる狂科学者の物語――。自らも、“狂科学“から産み落とされたが故に、響はフェイスレスにも、同様の業罪(オリジン)を見出だしていた。しかし、


「……いえ、恐らくそれは違います、響=ムラサメ」

「……!」


 “彼を産み出した業罪は、もっと深くにある――“。


 シオンはそう断定し、フェイスレスを見据えていた。


「私の推測が正しければ、彼は人類(ヒト)ではなく、"畏敬の赤"を起源とする存在です。"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"に選ばれたのではなく、"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"から産み落とされた存在。それが、彼です」


 違いますか――?


 生命(いのち)削り合う死闘の中で、見出だした真実を、シオンの口舌が奏でる。


 誰もが言葉を失い、当のフェイスレスだけが、感心したように、両の(てのひら)を鳴らしていた。


 その様子は、愉しげですらある。


「フッ……そこまで理解しているとは。君への過小評価が、"私の半身"が敗北した要因の一つである事は間違いないのだろうな、シオン・李・イスルギ。そして、であるならば、その一歩先にある真実(こたえ)にも気付いているのではないか――?」

「………」


 “畏敬の赤"が円輪(リング)となって、毒々しく輝く両眼が、シオンを見据える。


 己の意識の深層まで、覗き込まれたような恐怖が、シオンの臓腑を締め付けたが、シオンはそれを振り切り、己が到達した解答(こたえ)を言葉とする――。


「……この惑星(ほし)の環境を、人類(ヒト)の住める環境としたのは、宇宙を放浪していた地球人類の願望(ねがい)。それは、多くの人類(ヒト)の無意識が、願望(ねがい)が、この惑星(ほし)に、万能の願望機足る"創世石"に届く事を意味している――。なら、多くの無意識が"救済"を願ったとすれば」

「"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"は"救世主"を産み出す」

「……!」


 核心を自ら口にし、フェイスレスは高らかに笑う。


 その事実を祝うように、呪うように、高らかに。


「"創世石"を始めとする"畏敬の赤(アームド・ブラッド)"には、あらゆる時代、あらゆる平行世界の魂の軌跡が記録されている。その中で、"救世主"に最も相応しい魂を模し、再構成されたモノ。それが、私だ――」

「なっ……」


 その刹那、強烈な“共繋(リンク)“が、それぞれの意識に突き刺さる――。


 それは、遥かなる(いにしえ)の時代、されこうべの場所(ゴルゴルタ)にて、人類の罪を背負い、逝ったとされる聖人の御姿(すがた)


 その受難を象徴する、十字架。


「では、お前は……貴方は、御身は……」

「我が顔に、詫びるがいい、人類ども――」


 衝撃に、膝から崩れ落ちた麗句を、呆然とする戦士達を、丘の上から一瞥し、フェイスレスは自らの顔を覆っていた包帯を剥ぎ取る――。


「"救世主(メシア)"など、私しかいないのだ」


 ――人類の前に、最後の試練が立ち塞がる。


NEXT→第08話 模造されし(レプリカ)背信の九聖者(ント・ナイン)ー”alternative crist"ー

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